『恐怖の呼び声』ウィリアム・カッツ 新潮文庫
2014-08-11
最初の夫を失い、再婚でつかのまの幸福を得ながら、今度は一人娘までも事故で失って悲嘆にくれるクリスタ。だが、死んだ娘の声が、思いもかけぬ事故の真相を彼女に告げる。しかも娘の溺死した湖には、まごうことなき殺人事件の証拠が残されていた。死者と交信してしまった彼女は、その告発をどう証明すればいいのか。犯人を暴くことはできるのか。恐怖と戦慄の長編小説。 内容紹介より
この作品のユニークなところは、心霊現象を物語の核に据えてオカルトチックな趣で進みながらも、342/507ページから舞台が刑事裁判の場に移り、リーガル・サスペンス調になっていることです。最初の夫、一人娘を喪い、ヒロイン自身も交通事故により一時、心肺停止状態に陥ります。臨死体験をした彼女はその直後から同じ事故で死亡した女友達、亡くなった夫や母親、そして愛娘の霊とコンタクトができるようになります。娘の証言から、事故による溺死と思われていた事件が殺人事件だったことが明らかになり、ヒロインは真犯人を訴え出るのですが……。陪審員に果たして死者との交信したという彼女の主張が認められるのか。二転三転する裁判の行方も興味をそそります。
やや物足りないのは、動機を含めた犯人の裏の面の人物像が希薄な点です。また、ヒロインも彼女の精神科医の存在感と比べてみても、裁判の場面に入ると精彩を失ったように感じられました。しかし、計算された結末はなかなか見事です。
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テーマ : 推理小説・ミステリー
ジャンル : 本・雑誌
『コパーヘッド』ウィリアム・カッツ 創元推理文庫
2010-08-04
大西洋上を西へ向かう一機の旅客機。それは英国航空の定期便に巧妙に偽装したソ連軍機だった。その任務は、アメリカが開発中の超高性能兵器の完成を阻止すること。本物の英国機は洋上で撃墜されたが、異変を知らせることが出来るのは奇跡的に助かった一人の乗客だけだった。彼が大西洋を漂流するあいだ、ソ連機は刻一刻、目的地に近付いて行った。 内容紹介より
米国が開発中の、核爆弾による放射能汚染を無力化する兵器の完成を妨害するために、英国旅客機とすりかわったソ連軍機が刻々と目的地へと向かうなか、ホワイトハウス付きの米国空軍の将軍である主人公が、北欧にある米軍基地への攻撃に端を発した一連の出来事からソ連の陰謀を嗅ぎとっていく、という軍事スリラー。コパーヘッドというのはソ連軍が保有する空対空ミサイルのことです。
ここで描かれている軍事超大国である米国の防空能力のぜい弱さにリアリティがあって、9.11事件を引くまでもなく、局地的、限定的なテロやゲリラ活動の有効性や恐さを改めて認識させられます。その上、この作者は本書の娯楽性を否定するかのような壮絶なクライマックスを用意しており、まずあっけに取られた後、それはまるでわたしの頭の中でシンバルが打ち鳴らされたような衝撃を与えたのでした。当然、これについての評価は個々の判断に任せるしかありませんが、有事における冷酷さ、無慈悲さといったものを思い知らされました。
『マンハッタン連続殺人』ウィリアム・カッツ サンケイ文庫
『殺人者は眠らない』ウィリアム・カッツ 扶桑社ミステリー
『フェイスメーカー』ウィリアム・カッツ 新潮文庫
『偽装の愛』ウィリアム・カッツ 扶桑社ミステリー
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テーマ : 推理小説・ミステリー
ジャンル : 本・雑誌
『マンハッタン連続殺人』ウィリアム・カッツ サンケイ文庫
2010-03-03
真夏のニューヨーク、ウェスト・サイドのアパートで、若く美しいひとり暮らしの女性が一人、また一人と殺されていく。いずれも心臓を一突きされて。被害者は加害者を自室にいれ、もてなした気配がある。暴行、抵抗の形跡なし。現場に残された粘土のゴンドラが意味するものとは?自信たっぷりの殺人犯の挑戦にふるえあがるニューヨーク市民!「恐怖の誕生パーティ」「コパーヘッド」で人気沸騰。ウィリアム・カッツが放つ最新サスペンス。 内容紹介より
オーソドックスなシリアルキラーもので、これ以降の描写がどんどん過激で過剰になっていくサイコ、シリアル・キラーもの、例えば『羊たちの沈黙』などの作品群と読み比べるとグロくなく、しつこくないです。作品として中庸ですから、エスカレートし過ぎた現代の作品を読み慣れた読者にはやや刺激が足りないかもしれません。しかし、非常にバランスがよく、適度なページ数でもあり、本書を参考にすれば、作品の出来不出来はともかくとして、シリアルキラーものかなにかの作品が書けそうなくらい優れたテキストになっているのではないでしょうか。要するに、ある理由により警察に怯える警察官という特徴付けだけに止め、主人公の私生活を最小限にしか描いていない。また、彼に恋愛話を絡ませない。連続殺人犯に至った経緯を事細かく述べていない。そして、何かと捜査に係わりたがる検死医と収賄で警察を去った元警視。この二人のような個性的あるいは印象的な脇役を登場させている。特に、元警視は登場場面は少ないながらとても印象深く、もっと彼にまつわるエピソードを描いて欲しいほどでした。
『殺人者は眠らない』ウィリアム・カッツ 扶桑社ミステリー
『偽装の愛』ウィリアム・カッツ 扶桑社ミステリー
『フェイスメーカー』ウィリアム・カッツ 新潮文庫
![]() | マンハッタン連続殺人 (サンケイ文庫―海外ノベルス・シリーズ) (1986/07) ウィリアム・カッツ 商品詳細を見る |
テーマ : 推理小説・ミステリー
ジャンル : 本・雑誌
『フェイスメーカー』ウィリアム・カッツ 新潮文庫
2010-01-20
事故で顔面に重傷を負った女性記者カーリーの顔は、天才的形成外科医の手で見事に修復された。だが彼女はほどなく、医師のいかがわしい前歴を知らされる。そして、自分と同じ顔を与えられた女が存在し、しかも彼女が行方不明になっていることも ― 。医師は完全無欠の顔を作り出し、自分の名を不朽のものにしようとしていたのだ。真相を知りかけたカーリーに、医師の魔の手が迫る。 内容紹介より
小さくまとまってしまったみたいな感じの作品です。
なんとなく思うのですけど、ウィリアム・カッツという作家の作風は、わかりやすさにあるのじゃないでしょうか。特にプロット、悪役である人物の動機に見られる単純さなど。本書においても犯人の動機はそっけないほど平明で、意味深なものが付け加えられていません。『偽装の愛』や『殺人者は眠らない』ではそれがプラスに働いていると思います。しかし、この作品の場合は、単刀直入なところが逆にあっけなさを感じさせ、説明不足で上っ面をなでているいみたいな印象しか残りません。犯人の持つ芸術に対する狂気と劣等感については、読者を納得させるほどの描写は足りていないし、類型的すぎてしらけます。
プロットにおいては、ラストで自分そっくりに整形した他人を身代わりとして殺害し、警察の目を欺くとか、天才形成外科医らしい展開が欲しかったところです。
『殺人者は眠らない』ウィリアム・カッツ 扶桑社ミステリー
『偽装の愛』ウィリアム・カッツ 扶桑社ミステリー
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テーマ : 推理小説・ミステリー
ジャンル : 本・雑誌
『殺人者は眠らない』ウィリアム・カッツ 扶桑社ミステリー
2009-10-01
「眠れない ―」不眠症に悩むアンは向かいに住むマーク・チェイニーに興味をもった。前の夫とは正反対、素敵な男性だわ、とアンはひそかに好意を抱いた。しかし、マークの正体は、彼をかつて少年院送りにした教師や判事をつぎつぎに殺している連続殺人鬼だった。「見張られている?」と疑うマーク。あの女は警察のスパイかもしれない。なんとか始末しなければ。だが、マークの真意を知らず、アンは一人勝手な恋にのめり込んでいく。「殺すしかない」マークは決意した ―。『マンハッタン連続殺人』『恐怖の誕生パーティ』で大都会の恐怖を描いた鬼才ウィリアム・カッツが放つ戦慄の心理サスペンス! 内容紹介より
深夜、死体とともに帰宅するイケメンな殺人鬼と彼を覗き見する不眠症の女っていう状況設定は興味を惹くけれど、ストーリー展開に意外性がないために無難な作品に仕上がってしまった感じです。カッツらしい心理サスペンスもの。ハイアセンだったらスラップスティックな味を付けそうだし、レンデルだったら恋する女をどんどんパラノイア気味にもっていったでしょう。そういうのが読みたかったような。ブラック・ユーモア調にもとれますが、やりきってないようで、あるいは最初からやる気がなかったのか不完全でした。午前四時に電話をかけたり、軽食を届けたり、彼の車を尾行したりと徐々に妄執からもう少しで常軌を逸しそうな気配は見られるけれど、それ以上に過激な、または異常な展開にならなかったのは残念でした。彼女の押し付けがましい行動に、殺人鬼がいらいらをつのらせて何度もキレそうになる場面は可笑しかったです。登場人物たちのパターンが単調なので、家庭内暴力が原因で別れた前夫を登場させて、もっと人間関係を錯綜させてもよかったのかもしれません。
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テーマ : 推理小説・ミステリー
ジャンル : 本・雑誌
『偽装の愛』ウィリアム・カッツ 扶桑社ミステリー
2009-08-19
海軍次官補ブレッド・ルイスは、いずれは政界に出て、大統領になろうという野心をもっている。そのためには役にたたない妻セーラを「始末」するしかない、そうブレッドは考えた。しかし離婚すれば、この政治の街ワシントンではすべてを失うことになる。妻への愛を装いながら、ブレッドの冷酷な計画は、結婚二十周年記念のパーティに向けて刻一刻と進んでいく―。「恐怖の誕生パーティ」「マンハッタン連続殺人」で知られるサスペンスの鬼才が贈る、異色の犯罪スリラー。 内容紹介より
ネタバレを含んでいます。ご注意下さい!
540ページをほとんどダレさせず緊張感を持って読ませるカッツの才能はたいしたものです。ただ、奸計をめぐらす夫ブレッド・ルイスにたいして妻のセーラが終始騙されてばかりというのがもの足りませんでした。1から9.9まで同じ味でこられたら飽きます。やはり何かの拍子に夫の悪事が徐々に明かになっていく展開が面白いと思うのですが、実際には決定的な証拠によってバレてしまって、これは残りのページ数が少なくなってきた時点で読者には予測が付いてしまうわけです。超ネタバレ→「シェルがブレッドの危険性を承知していてセーラ宛の手紙を残すくらいなら、そのことをブレッドに告げて彼の行動を牽制しておくべきだとは読者なら当然思うでしょう」、これはやはり不自然な気がしますし、安易な解決方法を採ったように読者は感じてしまうのではないでしょうか。非常によく出来た作品だけに惜しいですね。
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