「狼の帝国」ジャン=クリストフ・グランジェ 創元推理文庫

2008-08-07

☆☆

パリに住むアンナは不可解な記憶障害に苦しんでいた。高級官僚である夫は、脳の生検を勧めるが……。同じパリの街で不法滞在のトルコ人女性たちが次々に顔をつぶされた死体となって発見された。この猟奇事件がアンナの記憶障害と奇妙に交錯し、驚くべき事実が明らかになる! 世界的大ベストセラー『クリムゾン・リバー』のグランジェが、ふたたび世界のミステリ界を震撼する! 内容紹介より



ネタばれを含んでいます。ご注意下さい!


ジャン=クリストフ・グランジェの発想の仕方にはどこか突飛なところがあって、そこが気になりだすといわゆる〈おバカミステリ〉ぽく思えてきたりします。その傾向が『クリムゾン・リバー』ほどではなかったぶん、本書では設定の強引さと都合の良さが気になりました。

司法警察の一部局による独断専行の脳・神経機能の生体実験。偶然!選ばれた被験者のラドラムの『暗殺者』を思わせる正体。民族主義グループのメンバーの異常な性癖。とくに被害者の顔を切り刻む理由がとてもあり得ないし、読者の興味を引くためだけに猟奇的な味付けをしたに過ぎない気がします。

トルコ人の不法就労者問題とトルコの歴史問題は、作者のジャーナリストの経歴が語らせているのでしょうが、後半部の流れを阻害している感じがする箇所も見受けられます。
「ジャーナリスト時代の経験が、のちの小説を書くにあたり、様々なインスピレーションの源となった」(『コウノトリの道』平岡敦さん訳者あとがきより)らしいけれど、そのひらめきに知識と調査資料が付け加わり、ジャーナリストの知ってること調べたことは全て書き出したい悪癖が筆を走らせ過ぎる原因になっているのでしょうか。もう少し現実的なものとの折り合いの付け方みたいなことを考えてもらいたいです。

それから、このような主要登場人物の扱いはきっとアメリカでは受けないでしょうね。




狼の帝国 (創元推理文庫)狼の帝国 (創元推理文庫)
(2005/12/07)
ジャン=クリストフ・グランジェ高岡 真

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テーマ : 推理小説・ミステリー
ジャンル : 本・雑誌

「クリムゾン・リバー」ジャン=クリストフ・グランジェ 創元推理文庫

2008-07-13

☆☆☆

古い大学町周辺で次々に発見される惨殺死体。両眼をえぐられ、両腕を切断され…。同じ頃別の町で起きた謎の墓荒らし。二つの事件の接点は何か? フランス司法警察の花形警視と、いなか町の若き警部がたどり着く驚愕の真相。殺人者の正体は? 死んだ少年の墓はなぜ暴かれた二か?「我らは緋色の川を制す…」という言葉の意味するものは? 仏ミステリ界期待の大型新人登場! 内容紹介より



本作品とグランジェ氏には〈すごく残念でした大賞〉というものを贈りたい。
何故なら主人公のふたりの人物像、謎、テンポ、雰囲気が見事なのに、肝心の真相が脱力してしまうほどにしようもなくありえないから。誠におしい! 期待が高まったぶん、あきれる気持ちも大きなものがあります。

犠牲者たちが行った犯罪行為とその目的は、行動生態学からみると「利他行動」の現れと言ってもいいと思うのですが、数人の個人の集まりでしかない者たちがこんな行為を働くかという疑問。動物の利他行動はおもに自分の遺伝子を持っている血縁関係のなかで観られる現象のはず。これが大きな組織体、たとえばナチス・ドイツや軍産複合の企みならまだ説得力があると思いますが(蟻の群れみたいなナチスは思想、軍産複合体は金、権力が血縁の代わりになっているから)、二世代に渡って数人の人間がやるものかなと不自然に感じました。彼らが目指したものを階級とみなすならば、それに属さない人間が加担していることもおかしい。

これがひとりの行動なら狂信的という言葉で説明がつかなくもないのですが、二、三人なのが微妙にありえない。しかも、彼らはドイツ人じゃなくてあの個人主義のフランス人ですよ。どうせなら時代設定を古めに設ければ良かったかもしれません。



クリムゾン・リバー (創元推理文庫)クリムゾン・リバー (創元推理文庫)
(2001/01)
ジャン‐クリストフ グランジェ

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テーマ : 推理小説・ミステリー
ジャンル : 本・雑誌

「コウノトリの道」ジャン=クリストフ・グランジェ 創元推理文庫

2008-05-20

☆☆☆☆

秋にアフリカに渡り、春、欧州に戻るコウノトリがなぜ今年はかなりの数帰らなかったのか? 調査に発つ直前、青年ルイは調査依頼主の無惨な死体を発見する。検死の結果、記録のない心臓移植手術の痕があることが判明。東欧、中東、アフリカ、行く先々でルイの遭遇する残虐な殺人。コウノトリの渡りの道に何が隠されているのか?『クリムゾン・リバー』の著者、驚嘆のデビュー作。内容紹介より



デビュー作でこのレベルとは大したものです。
巻き込まれ型の伝統的な西欧風冒険小説で、コウノトリの渡りのルートを辿るユニークなロード・ノベルです。作者はジャーナリストとして世界各地のルポルタージュ記事を書いていたらしく、主人公が訪れる国々の風物や抱える問題が詳しく描かれています。たとえば、ロマ(ジプシー)やイスラエルのキブツのことなど。いかにも取材して書きましたという感じがして、ちょっと説明臭いところもありますが、各地の女性についての主人公のコメントが作者の目線とオーバーラップしているみたいで可笑しい。

凄惨をきわめる犯行が続くわりにあまり重苦しくなく感じる理由は、コウノトリとモラトリアム人間型の主人公のおかげかもしれません。

冒頭、腑に落ちない箇所がいくつか出てきて気になりますが、後半になってその意味が分かります。ただ、読者は後半まで納得できない気持ちを抱いたまま読み進めるのですから、それはプロットとしてどうなのでしょう。それから、ネタばれ→「素人が偶然にしてもプロの相手を殺害してしまうのは不自然ではないかという疑問は最後まで解消されません。

ミステリなれ、あるいは、ミステリずれしたミステリ・ファンに限定しての話ですが、この小説の重大な欠点は、作者が読者の推理の一歩前を行くのでなく、読者のほうが話を一歩先読みができてしまうことだと思います。

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コウノトリの道 (創元推理文庫)コウノトリの道 (創元推理文庫)
(2003/07)
ジャン=クリストフ グランジェ

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テーマ : 推理小説・ミステリー
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