『ブラックベリー・ワイン』 ジョアン・ハリス 角川文庫
2012-06-29
しがないSF作家のジェイは、長い眠りについていたワインの封を開けた。少年時代に出会った、不思議な老人ジョーの忘れ形見だ。花と植物をこよなく愛し、ジェイと心を通わせた彼は、ある夏忽然と姿を消した。古びたワインの味とともに甦る想い出……その魔法に導かれるように、南仏の村に移り住んだジェイは、そこでジョーの亡霊と出会う。止まっていた人生が、再び明るい方へと動き出した ― 。感動作『ショコラ』の姉妹編。 内容紹介より
サラ・アディソン・アレンの『林檎の庭の秘密』に似たマジック・リアリズム風な大人のファンタジーです。昔一冊のベストセラーが世に出たこともある主人公ジェイは、いまでは別のペンネームでSF作品を書いて日々を過ごしています。ある日、彼はかつてのベストセラーの登場人物のモデルになった老人ジョー自家製のワインを飲んだ途端、少年時代の想い出が甦り、偶然目にとまったパンフレットに掲載されていたフランスの農家を衝動買いしてしまいます。その農家のある村が『ショコラ』の舞台になった場所であり、登場する村の住人たちも同じ人たちなのだそうですが、わたしには少しも思い出せませんでした。内容はまったく別の話ですけれど、『ショコラ』をざっとでも読み返しておけばよかったかもしれません。
ストーリーは主人公の少年時代の回想と、ピーター・メイルのプロヴァンス・シリーズを彷彿とさせるフランスの片田舎での村人との交流の話がほぼ交互に描かれて進んでいきます。この二つの時間を繋いでいるのが老人ジョーと彼の幻影です。そして登場人物たちに不思議な作用をもたらすものがジョーが別々の材料でつくった六本の自家製ワインです。主人公の隣人で、かたくなに村人から孤立して生きる母娘の存在、土地を開発して観光客を呼び寄せようとする一部の住人たちの目論みと主人公が書きかけている新たな傑作との関係など全体に興味深いけれどどこかで聞いたことがあるような話で、それも掘り下げ不足みたいな気もするから、もっと熟成させたらより芳醇な作品になったかも、とワインだからお決まりの陳腐な言葉を羅列してみました。
『ショコラ』ジョアン・ハリス 角川文庫
『紳士たちの遊戯』ジョアン・ハリス ハヤカワ文庫
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『ショコラ』ジョアン・ハリス 角川文庫
2009-11-12
フランスのはずれの小さな村に、町から町へと放浪を続けている、謎めいた女性ヴィアンヌとその娘アヌークがやってきた。古いしきたりに囚われないこの不思議な母娘は早速、教会近くにチョコレートの店を開く。村人たちが見たこともない色鮮やかなチョコに溢れる店内。そしてなぜか彼女の薦めるチョコは、それぞれの口にぴたりとあった。その甘く
ほろ苦い、至福のひととき。固く閉ざされていた村人たちの心はゆっくりと解きほぐされ、これまで忘れていた、人生を愛する喜びを取り戻してゆくのだが……。読む人すべてを幸せにしてしまう、とびきり美味な極上の寓話。 内容紹介より
こういうアウトサイダーが問題を抱える集団に加わって意識改革を行うストーリーは、洋の東西を問わず、あまた存在していて、TVだと体育会系の学園ドラマだったり、映画だと潰れそうなスーパーマーケットの再建話だったり、児童文学だと『少女パレアナ』など
ですかね。意識変化を起こす触媒は、それぞれ青春、お金、無邪気さだったりしますが、本書の場合は「ショコラ」なのですね。スイーツへの飽くなき欲求です。夫から暴力を振るわれる盗癖のある奥さん、病んだ老犬を飼う気弱な老人、娘のせいで孫と疎遠になっている老女、教条主義的な司祭に抑えられている村人たちが、チョコレート店主と彼女が作るチョコレートをきっかけに変身していく様子が感動的です。
ヒロインもアウトサイダーの常として根なし草の感覚に囚われているのでした。
『紳士たちの遊戯』ジョアン・ハリス ハヤカワ文庫
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『紳士たちの遊戯』ジョアン・ハリス ハヤカワ文庫
2009-05-25
伝統ある男子校セント=オズワルド校で不可解な事件が次々と起きる。人種差別を糾弾する落書き、アレルギーをもつ生徒の昏倒、教師は交通違反を密告された。最初は小さな事件に過ぎなかったが、職員の不祥事が新聞に書き立てられ、やがて生徒の一人が失踪するにおよび、学園は危機に陥る。学園を愛する老教師は一連の事件の裏で何者かが糸を引いていると睨み、見えざる敵に挑む……学園を舞台に息づまる頭脳戦が展開する 内容紹介より
作者はグラマースクールでの教員歴があるそうで、学校生活や教職員たちの日常などに精通しているらしく教師や生徒たちの描き方にそういうところが感じられます。内容もかなり読みごたえがあり、作者の構成力は優れていると思います。でも、この作品をチェスゲームに見立てた頭脳戦というのならば、対戦相手であるはずの老ストレートリー先生があまりに弱くて受け身過ぎ。終始防戦とも言えないやられっぱなし。犯人からさんざん攻撃され、さあこれから反撃が開始されるのだろうと思っていたら……。どういう風に犯人の正体を暴いていくのかと楽しみにしていたのに、これでは鬱憤が溜まります。犯人の正体は早々に見当が付きますが、それでも非常に出来が良いだけに終盤の詰めの甘さが余計に目立ちます。犯人からの攻撃に尺を取り過ぎたために、後半部分を端折らざるを得なかったのでしょうか?それによって犯人の帰結も中途半端な印象を与えてしまい、それならなにも殺人を犯さなくても良かったのではないかと、整合性に欠けるのではないかと思ってしまいます。所詮、犯人が起こした事件は、金持ちとある一定以上の階級に立脚したセント=オズワルド校を一過した嵐にすぎなかったのじゃないかという結論になってしまいます。
老先生と生徒たちのかかわり合いは、内容は違いますが映画『いまを生きる』(N・H・クラインバウム原作)を思わせてなかなか感動的。
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