『バトラー弁護に立つ』ジョン・ディクスン・カー ハヤカワ・ミステリ

2016-10-23

☆☆☆

白い幽霊のような霧が、リンカンズ・イン・フィールズのあたりにたちこめていた。十一月も下旬の午後四時半,空も町も、もう暗かった。四階にあるプランティス弁護士事務所は、ひどく暗くてがらんとしていた。奥の事務所だけに明かりがついていて、副所長のヒューが、許婚のヘレンに笑われていた。「あなたはどう見たって冒険むきよ。こんな退屈な法律事務所にいるよりはね。たとえば、霧の中から、外国なまりの、皮膚の黒い不思議な人物が現れて“わたしはトルコの王です,ぜひご相談に乗っていただきたくて参上致しました”ていうの……」「ばかな、そんなことが現代にあってたまるもんか!」ヒューがそう言った時だった。廊下に通じるドアが前ぶれもなくあいて,トルコ帽にアストラカンのオーヴァーを着た東洋人が現われ、妙な話を始めた。「わたしはトルコのアーブーというものですが……わたしの災難のすべては、あなたの手袋が原因です。助けてくれないと殺人が起きます……」そして、不吉な予言どおり,アーブーは、ヒューとヘレンに連れていかれた他に誰もいないはずの部屋で、胸を短刀で一突きされて死んでいたのだ!名法廷弁護士パトリック・バトラーが不可能犯罪に挑む〈密室殺人の巨匠〉カー中期の傑作! 内容紹介より



深い霧が立ち込める人通りの無い街路、暗く人気の無い事務所、正体不明の男が語る不思議な話、というゴシックホラー風なおどろおどろしい開幕から、密室殺人に逃亡劇を経て女同士の対決に男女の心の行き違いとロマンス、そして活劇に最後は一同を集めての真犯人当て。こういういろいろな要素がめまぐるしく盛り込まれている、というか詰め込まれている作品なのですけれど、作品に終始一貫して流れているリズムは騒がしいどたばたです。それから古今の名探偵や敏腕弁護士をカリカチュアしたかのようなバトラー弁護士のキャラクターが非常に目立ちました。こういう派手な展開を破綻なく最後まで引っぱる技量はさすがカーだと思います。しかし、殺人犯の見当が早々に付くところと、なんちゃって密室なところがあるので、これが傑作とはちょっと言い過ぎのような気がしました。

ユーザータグ:ジョン・ディクスン・カー




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テーマ : 推理小説・ミステリー
ジャンル : 本・雑誌

『三つの棺』ジョン・ディクスン・カー ハヤカワ文庫HM

2015-07-21

☆☆☆☆

酒場で吸血鬼談義をしていたグリモー教授は、突然現れた黒服姿の男のことばに蒼ざめた。教授の生命に関わる重要な話があるので、後日教授を訪ねるというのだ。三日後の雪の夜、謎の人物がグリモー邸を訪れた。やがて教授の部屋から銃声が聞え、居合わせたフェル博士たちがドアを破ると、胸を撃抜かれた教授が血まみれで倒れていた。しかも、密室状態の部屋から、客の姿は煙のごとく消えていたのである!あらゆる密室トリックを簡潔に網羅した有名な《密室講義》、そして二つの完璧な不可能犯罪―ミステリ・マニア必読のカー不朽の名作。 内容紹介より



わたしが海外ミステリに興味を持ったのは子どもの頃で、ホームズ、ルパンものからクリスティ、クイーンの代表的な作品、そしてカーその他の有名な作品へと読んでいったのですけれど、やはり古典的名作として挙げられているものは、時をはさんで二回以上読んで見るものだなと、本書を再読して感じました。特にカーの作風は子どもごころに取っ付きにくく、難解なイメージを抱いていたので、再読することでそういう印象が薄らいだことは良い意味で意外でした。
さて、本書は物語のなかで披露される《密室講義》も含めて、密室ミステリの傑作の一つとしてオールタイム・ベストの常連で、その意表をつく密室トリックの凝り方は見事です。墓場を描いた絵画の醸し出すオカルト風味とともに、その絵を伏線の小道具にも使う二重性には感心しました。確かに、偶然が目に付きますが、“犯罪計画が破綻してからの”という展開を取り入れた流動性のある構成は巧みだと思います。




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テーマ : 推理小説・ミステリー
ジャンル : 本・雑誌

『囁く影』 ジョン・ディクスン・カー ハヤカワ文庫HM

2012-06-10

☆☆☆☆

パリ郊外の古塔で奇妙な事件が起きた。だれもいないはずの塔の頂で、土地の富豪が刺殺死体で発見されたのだ。警察は自殺と断定したが、世間は吸血鬼の仕業と噂した。数年後、ロンドンで当の事件を調査していた歴史学者の妹が何者かに襲われ、瀕死の状態に陥った。なにかが“囁く”と呟きながら。霧の街に跳梁するのは血に飢えた吸血鬼か、狡猾な殺人鬼か?吸血鬼伝説と不可能犯罪が織りなす巨匠得意の怪奇譚。改訳決定版 内容紹介より



〈殺人クラブ〉主催によるディナーの招待客である歴史学者マイルズが“ある理由”のために遅刻してクラブに到着すると、そこに会員の姿はなく当夜の講演者であるフランス人教授と正体不明の女性しかいなかった。物語の最初からこんな奇妙な状況を仕掛ける手並みが鮮やか。そして教授は女性の勧めるまま演題だった彼自身が体験したフランスで起きた不可能殺人と事件にまつわる吸血鬼の噂を二人に披露する。その後、マイルズと謎の女性の二人だけの場面になり、彼女が今夜のクラブについて仕組んだ事実を打ち明け、事件の容疑者だったイギリス人女性の話題を持ち出す。教授から女性へと行う場面転換と話の受け渡しが上手い。そして、マイルズが一人になって投宿しているホテルへ戻ると、当初読者に伏せられていた彼の遅刻の理由とそれに関連する人物の名前が明かされ、読んでいる方もぞくっとして物語にのめり込むという流れです。これらが僅か81ページで描かれ、作者のそつが無い構成力を感じました。
それから、ある人物の身を案じたマイルズたちがその人物のもとへ駆けつけるために地下鉄で向かうのですが、車内での二人の会話にしばしば挿まれる車掌の駅名を告げる声が、徐々に目的地へと近付きはするが、なかなか到着しないもどかしさや、果して間に合うのかどうか、ハラハラドキドキ感を高める効果を上げています。また貸家から見える巨大な義歯の電動ディスプレイとか小道具の使い方も見事です。

以下、ネタバレしています!ご注意下さい。




本書に登場する不可能犯罪に関しては、いわゆる被害者自身が意図的あるいは偶然に不可能犯罪に見える状況を作ってしまったという、たまに見受けられるがっかりパターンのひとつでした。

『猫と鼠の殺人』ディクスン・カー 創元推理文庫




囁く影 (ハヤカワ・ミステリ文庫 5-8)囁く影 (ハヤカワ・ミステリ文庫 5-8)
(1981/06)
ジョン・ディクスン・カー

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テーマ : 推理小説・ミステリー
ジャンル : 本・雑誌

『クリスマス12のミステリー』アシモフ 他編 新潮文庫

2008-12-10

☆☆☆☆

ジングルベルのメロディーが流れ、樅の木の飾り付けが終り、ケーキも用意して、あとはサンタの小父さんを待つばかり。でも、油断してはいけません。犯罪者は、クリスマスだからってお休みしたりしないから……。ユーモア・ミステリーから本格密室殺人まで、聖誕祭にまつわる12編をDr.アシモフが精選。ミステリー・ファンのための、知的で素敵なクリスマス・プレゼント。 内容紹介より



クリスマス・パーティ レックス・スタウト
クリスマスの万引はお早目に ロバート・サマロット
真珠の首飾り ドロシー・L・セイヤーズ
クラムリッシュ神父のクリスマス アリス・S・リーチ
仮面舞踏会 S・S・ラファティ 
フランス皇太子の人形 エラリー・クイーン
煙突からお静かに ニック・オドノホウ
尖塔の怪 エドワード・D・ホック
クリスマス・イヴの惨劇 スタンリー・エリン
ディケンズ愛好家 オーガスト・ダーレス
目隠し鬼 ジョン・ディクスン・カー
クリスマスの十三日 アイザック・アシモフ 

「物語作者には一つの不文律が課せられている。もともとは、読者の強い要望で編集者がそのような習慣を作ったとされているのだが、クリスマスの話には、必ず子供が登場しなくてはならない」「クリスマスに材を取った物語の鉄則は、ほのぼのとした温もりと明るさを備えていなくてはならない」と、「フランス皇太子の人形」の冒頭において、クイーンがクリスマス・ストーリーの約束事について言及しています。以前、『修道士カドフェルの出現』(エリス・ピーターズ 光文社文庫)で触れましたが、クリスマス・ストーリーの条件はディケンズが言い出したらしいので、クイーンがいう編集者とはチャールズ・ディケンズのことかもしれません。ちなみに、ディケンズの条件は、子供が登場し、奇跡が起きなくてはならないというものです。

さて、そうそうたる作家の作品がそろっているからか、このアンソロジーを手に取ると心持ち重いような…、まあ、気のせいですが。前記のクイーンおよびディケンズのクリスマス・ストーリーの諸条件を満たしていない作品もあるけれど、さすがにどれも完成度が高いです。一番は、やはり「目隠し鬼」。これは何回読んでも恐いですね。ストーリーはまったく違いますが、状況はサキの「開いた窓」を思わせます。訪問先の屋敷のドアは開け放たれ、暖炉には火が焚かれ、明かりは煌々と灯っているにもかかわらず全く人気がない邸内の様子。そこに現れた女が醸し出す薄気味悪さ。訪問者の突飛な想像。
カーの巧みなところは、冒頭、短い時間で緊迫感、不安感を作り上げていることだと思います。特に、女の目、瞼や姿態の描写がただの無気味さじゃなく、下品な艶かしさをそなえた妖気を感じさせるあたりはすごい。

スタンリー・エリンの作品は、とても苦くて、しれも漢方薬の苦さではなく、摂り続けると身体がおかしくなりそうな苦さです。サマロットの作品で口直しを。

タグ:クリスマス・ストーリー



クリスマス12のミステリー (新潮文庫)クリスマス12のミステリー (新潮文庫)
(1985/10)
アイザック・アシモフ池 央耿

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「猫と鼠の殺人」ディクスン・カー 創元推理文庫

2006-06-01

☆☆☆

猫が鼠をなぶるように、冷酷に人を裁くことで知られた高等法院の判事の別荘で奇々怪々の殺人事件が発生した。被害者は判事の娘の婚約者で、しかも現場にいたのは判事ただ一人。法の鬼ともいうべき判事自身に、皮肉にも重大な殺人容疑がふりかかったのだ。判事は身の潔白を主張するが状況証拠は不利になるばかり。判事は黒なのか白なのか?
そこへ登場したのが犯罪捜査の天才といわれる友人のフェル博士。意外な真犯人と、驚くべき真相を描くカー会心の本格ミステリ。   あらすじより



タイトルに引かれて購入しましたが、猫は一匹も登場しません。
猫と鼠が共謀して人を殺してしまうミステリならユニークなのでしょうが、恐れ多くもカー先生ですからそんなとぼけた話を書くはずがありませんね。

カーの作品て昔読んだけれど内容なんて当然忘れていますが、なんだか昔の印象(暗くて重い、しかもヴァン・ダイン とごっちゃになっている)と違うなと思っていたら、彼の作品のなかでもやや異色みたいですね。

本作は代表的傑作ではないから、カーのBEST5には入らないけどBEST10にはノミネートされるんじゃないか、みたいなことを訳者の厚木淳さんがあとがきに書いています。
確かに、判事とフェル博士の関係やプールでの出来事なんかは納得がいかなかったりします。でも、死体の下にあった赤い砂の謎やフェル博士がこだわった被害者の所持品とかには正統本格ミステリって感じがして楽しめました。古典と言われる作品を読んでみるのも、ノスタルジックな気持ちになってたまには良いものです。

この作品は『嘲るものの座』という題でハヤカワ・ミステリからも出ています。
猫と鼠の殺人 猫と鼠の殺人
厚木 淳、ディクスン・カー 他 (1981/04)
東京創元社

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