『隠密部隊ファントム・フォース』ジェイムズ・H・コッブ 文春文庫
2018-04-18
- Category : ☆☆☆☆
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インドネシア各地で武装集団によるテロが多発、多数の島々を擁する同国は内戦の危機に陥った。テロ組織を支援する富豪ハーコナンを密かに排除せねばならない。隠密作戦の指揮をとるのは戦略の天才アマンダ・ギャレット。アマンダ自身が構想した新戦略〈ファントム・フォース〉が始動する。現在最高の軍事冒険シリーズ最新作! 上巻内容紹介より
本書は、紛争地域において、民間の貨物船に擬装した軍艦が敵の不意をついて襲う、という戦時国際法からみてどうなんだろうかと思うような設定がある軍事スリラーです。舞台は多数の島嶼と様々な民族からなるインドネシアで、各民族を煽って中央政府と対立させ、最終的にインドネシアの分裂後に自らの王国を創ろうとする海賊の頭目と彼が起こした争乱に乗じて軍事クーデターを企てる海軍の提督の二人が敵役になります。内戦状態に陥ったインドネシアに介入するのが、主人公が率いるアメリカ海軍の隠密部隊という話です。面白くない訳ではないのですけれど、まず対戦するインドネシア軍、それもその中の反乱軍、しかももっぱら海軍の戦力、装備なりが、超近代的最新装備を誇るアメリカ海軍に比較して、当たり前にあまりにも負けているところ、敵が強ければ強い程話は盛り上がるというのに、相手がやられすぎなところが目立ってしらけてしまいました。それに軍事冒険小説における恋愛話が個人的に受けつけないのでその点も目障りでした。嵐など自然の驚異という要素を持ち込んでいないところはアリステア・マクリーンの作品に比べると冒険譚の弱さを感じてしまいます。
『ステルス艦カニンガム出撃』
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『レディ・スティンガー』クレイグ・スミス ミステリアス・プレス ハヤカワ文庫
2018-04-11
- Category : ☆☆☆☆
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マギーは詐欺師。ホテルのバーに一人座り、下心を覗かせて近づいてくる男から金品を失敬するのが仕事だ。ところがある日、網にかけた男シャンクスから逆に仕事を持ちかけられてしまう。ある男をカモにしてフロッピーを盗めば、一万ドル出すというのだ。話に乗ったマギーは、ジャマイカに飛ぶが……二転三転する展開で一気に読ませる洒落た大人のサスペンス 内容紹介より
本書は1992年に発表され、1993年のMWA賞最優秀処女長篇賞候補にノミネートされた作品です。ちなみにその年の受賞作は、マイクル・コナリーの『ナイトホークス』です。
棚ぼたで手に入ったマフィアの大金を一般人や小悪党がねこばばしてしまったために、マフィアから追われるはめに陥る、というプロットは良くありますが、本書もそのパターンのひとつです。主人公は色仕掛けで気を惹いた男に薬物を飲ませて、金品をくすねる女詐欺師で、盗品を処分する役をする男のパートナーがいます。そんなヒロインがある晩引っ掛けた男から、多額の謝礼金を示されてある計画を持ちかけられます。彼女は依頼人を怪しく思いながらも、報酬目当てに話に乗ってジャマイカへと向かいます。根っからの詐欺師のパートナー、ある事情からFBIを辞めた男、マフィアのボスとその組織の金を横領している会計士、ひと癖もふた癖もある登場人物のなかでも魅力的なのがヒロインです。プロの詐欺師なのに妙に素人ぽさがあり、依頼人に恋心を抱いてしまう女らしさを持っています。そういう魅力を描きながら、物語がありきたりのラブロマンスに堕ちなかったのは、クライマックスにおける依頼人との対面シーンでしょうし、そのために作品が締まっている印象を受けました。
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テーマ : 推理小説・ミステリー
ジャンル : 本・雑誌
『記憶なき殺人』ロバート・クラーク 講談社文庫
2018-03-26
- Category : ☆☆☆☆
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MWA賞最優秀長篇賞に輝いた傑作ハードボイルド!美貌のダンサーが絞殺された。捜査の途中で第二の美女殺人が。連続殺人の容疑で挙げられたホワイトは、曖昧な記憶のまま自白を強要され終身刑に。同僚の尋問に疑念を抱いたホーナー警部補は、ホワイトの日記を丹念に検分しだすと、恐るべき真相が……。 内容紹介より
出産時の後遺症のせいで記憶障害のハンディを持つ孤独な主人公は、子供時代や直近の過去以外の記憶が曖昧になるため日記をつけるとともに、新聞記事などをスクラップブックに保存することを日課にしています。行きつけのクラブのダンサーの絞殺事件が起こり、主人公に似た人物が死体発見現場で目撃されて容疑者となります。その事件を担当するのが人生に疲れたもうひとりの主人公の警部補です。過去と未来とは一体何なのか、というテーマがあって、“文学”寄りで探偵小説としての犯人探しと事件解決のカタルシスを期待して読むと満足しないかもしれません。その他にも真犯人についての人物像の掘り下げが足りないような印象が残るし、その人物が最後に採った行動にも、なぜそれを選択したのかという説明が不十分のように感じました。裁判において弁護士が不在なこととか証拠品の扱いとかの粗さが気になったりしました。真犯人をあやふやのまま特定せずに、主人公の犯行の余地を残すというグレーゾーンを設けても良かったような気もします。
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テーマ : 推理小説・ミステリー
ジャンル : 本・雑誌
『野兎を悼む春』アン・クリーヴス 創元推理文庫
2018-02-25
シェトランド署の刑事サンディ・ウィルソンは、実家のあるウォルセイ島にいた。祖母のミマから電話で請われ、久しぶりに彼女の小農場を訪ねたサンディは、こともあろうにその祖母の死体の第一発見者となってしまう。ミマは一見、ウサギ狩りの銃弾に誤って撃たれたように見えた。親族間に潜む長年のわだかまりや、本土から来た調査班が小農場の敷地でおこなっている遺跡の発掘とは無関係の、単なる事故のはずだった。だが……。島に渡ったペレス警部がえぐり出す、事件の真相とは。現代英国ミステリの最高峰〈シェトランド四重奏〉、圧巻の第三章。 内容紹介より
原題の“RED BONES”のとおり、被害者が一人暮らしていた農場敷地内の、ハンザ同盟に関係すると思われる遺跡から発掘された骨から事件は端を発します。第二次世界大戦中、島民は英海軍とともに、ノルウェーによる対ドイツへの抵抗運動に協力していた歴史もあります。そういう時代背景を据えて、作者はこれまで同様に、被害者の家族、親戚、発掘作業に携わる大学関係者、捜査を指揮する警部、これらの人物たちの視点をその時々に移しながら、彼らの心の機微を緻密に描写し、人間関係に潜む心理をあらわにして見せます。悲惨な物語にもかかわらず、こういう物語を織り上げるデリケートな手際が読んでいてとても味わい深く、読み心地が良い感じがしました。遺跡を発掘するみたいに、事件の全容が断片からじわじわと形を採りはじめていく進み方も雰囲気を盛り上げていると思います。また、これまで頼りなかったサンディ刑事の人間的な成長の一面も描かれているのも一興です。
『大鴉の啼く冬』
『白夜に惑う夏』
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テーマ : 推理小説・ミステリー
ジャンル : 本・雑誌
『非情の裁き』リイ・ブラケット 扶桑社ミステリー
2018-02-04
- Category : ☆☆☆☆
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LAの私立探偵エド・クライヴは、ひそかに愛しあう女性ローレルの身辺警護につく。また、旧友ミッチに対する脅迫事件を依頼された。殺意に満ちた何者かの影が迫り、エドはふたりを守ろうとする。だが、事件は起こった—残酷な悲劇が。こうして、エドの孤独な戦いがはじまった。何者をも信じず、みずからの肉体と頭脳だけを頼りに入り組んだ謎に挑むタフガイの姿を描きあげた、ハードボイルド黄金期を飾る逸品。ハワード・ホークスを驚嘆させた女性作家、幻の傑作!〈序文:レイ・ブラッドベリ〉 内容紹介より
翻訳は浅倉久志氏です。わたしにとって浅倉訳というと、たとえ未知の作家の作品であっても手にとってしまうほどの信頼のブランドであり、はずれがないイメージがあります。1944年に発表された本書はストレートな正統派ハードボイルド作品です。もっと早く翻訳されていたら日本でも高く評価されていたと思います。いかんせん正統派の型にはまりすぎているがために、現代ではそのスタイルが古めかしく、登場人物たちの造型もカリカチュアされているみたいに思えてしまいました。彼らの会話や行動パターンにしてもしかり。また発表時の時代に、あえてあわせたかのような訳出もさらに古めかしさを感じさせる一因になっています。(従者を連れて)卑しき街をゆく騎士という私立探偵、酒と煙草、バーと悪女、拳銃と暴力、お金持ちと家庭不和、といった定番要素に王道の展開と捻りを加えた結末。はからずも正統派古典ハードボイルドとそれが表した古き良き時代への鎮魂歌みたいに思えました。
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テーマ : 推理小説・ミステリー
ジャンル : 本・雑誌
『猟犬』ヨルン・リーエル・ホルスト ハヤカワ・ミステリ
2018-01-31
- Category : ☆☆☆☆
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17年前の誘拐殺人事件で容疑者有罪の決め手となった証拠は偽造されていた。捜査を指揮した刑事ヴィスティングは責任を問われて停職処分を受ける。自分の知らないところで何が行われたのか?そして真犯人は誰なのか?世間から白眼視されるなか、新聞記者の娘リーネに助けられながら、ヴィスティングはひとり真相を追う。しかしそのとき、新たな事件が起きていた……。北欧ミステリの最高峰「ガラスの鍵」賞をはじめ、マルティン・ベック賞、ゴールデン・リボルバー賞の三冠に輝いたノルウェーの傑作警察小説 内容紹介より
DNA鑑定の結果、犯人特定に至った、犯行現場で採取された煙草の吸い殻が、捏造された物だと指摘する容疑者側の弁護士の告発を受け、当時捜査責任者であった警部である主人公が停職処分を受けます。
彼の娘は、その告発を大々的に報じた新聞社の記者でもあります。そんななか新たな若い女性の失踪事件が発生します。物語はふたりの視点から描かれていきます。主人公が深夜の警察署に忍び込むという行動をとったりしますが、作者は、父親には主に推理を担当させ、娘は取材や尾行などの行動を受け持たせる役割分担を行っているようです。猪股和夫氏の訳者あとがきにもあるように、この静と動の対比が作品にめりはりを与え、かつ過去と現在の事件を絡めることで話に深みを付けているように感じました。父娘と元鑑識員以外の登場人物の印象が薄いようで残念な気もしますけれど、それも父娘にスポットライトをあてるという意味では上手い効果を上げているのかもしれません。作者は元警察官だったそうでが、新聞記者の取材活動の細かなところにもリアリティがあって面白く感じました。
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テーマ : 推理小説・ミステリー
ジャンル : 本・雑誌
『ブラック・キャブ』ジョン・マクラーレン 角川文庫
2018-01-20
- Category : ☆☆☆☆
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難病の娘を救うため、なんとしても治療費五十万ドルを稼がねば……。冴えない中年タクシー運転手のレンは、運転手仲間、女たらしのテリーとIQの高い天才アインシュタインを引き入れ、一攫千金計画を練る。客の情報を盗み聞きし、株で一山当てようというのだ。だが、情報源の一人がタクシーの中で殺されてしまい……。資金稼ぎと犯人探し、でこぼこ三人組の涙ぐましい努力と奮闘は果して実を結ぶのか?スリルと笑いがたっぷりの、痛快マネーゲームミステリー! 内容紹介より
ロンドンを舞台に、タクシー運転手の三人組を主人公にしたユーモアミステリですが、読みどころは、英国のある銀行とそこにヘッドハントされて来た米国人らがスイス人を交えて仕掛ける敵対的買収計画の顛末、そして、それを嗅ぎつけた主人公たちの奮闘ぶりで、殺人事件に関してはそれより面白さがやや劣ります。さらに三つの国の人物を登場させ、落ちぶれかけたプライドの高い英国人、非常に実務的で悪辣な米国人、冷徹で威圧的なスイス人、とそれぞれのお国柄を描き、さらに内面ではお互いを馬鹿にしたり嫌ったりしているところがも可笑しかったです。そういうエリートに挑んで一泡吹かせようとするのがまったく階級の異なるタクシー運転手に据えたアイデアが非常に気が利いていると感じました。しかも難病の娘を助けるための資金を稼ごうという錦の御旗を用意しているために、マネーゲームの話ながら読後感がすっきりしています。登場人物たちの個性がひかり、彼らの虚々実々の駆け引きも面白い秀作です。
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テーマ : 推理小説・ミステリー
ジャンル : 本・雑誌
『野良犬トビーの愛すべき転生』W・ブルース・キャメロン 新潮文庫
2018-01-07
- Category : ☆☆☆☆
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兄弟姉妹に囲まれ、野良犬としてこの世に生を受けた僕。驚くことに生まれ変わり、少年イーサンの家に引き取られ、ベイリーと名づけられる。イーサンと喜びも悲しみも分かち合って成長した僕は、歳を取り幸福な生涯を閉じる。ところが、目覚めると今度はメスのエリーになっていた!警察犬として厳しい訓練を受け、遭難した少年の救助に命がけで向かうが……。全米ベストセラー。 内容紹介より
ケン・グリムウッドの『リプレイ』(新潮文庫)の主人公は、前世の記憶を保ったまま同じ青年時代に何度も立ち戻る設定でしたが、本書の主人公の犬は、やはり前世の記憶を留めたままではありますが、まったく境遇の異なった時代や場所に生まれ変わるという設定です。最初は野良犬として、その後はブリーダーのもとに生まれ偶然にある少年の家に引き取られます。少年とともに過ごした幸せな一生が主人公の心に強く残り、犬としての使命を全うしたと考えて生を終えます。ところが今度はメスの警察犬として生まれ変わることになります。誘拐された被害者や行方不明者を何度も捜し出し、救助したりする活躍をみせ、警察官のハンドラーの人生にも深くかかわり充実した一生を終えます。しかし、またもや生まれ変わったため、主人公は一体なぜ何度も転生を繰り返すのか、その意味するところを深く考えていくのです。犬を愛するがために多くの野良犬を保護し、そのために役所から眼をつけられる女性、犬に対してまったく愛情を持たない、金儲けが目的のブリーダー、こういう人間たちを登場させて、生涯や境遇を人間任せにしかできない犬(ペットの動物)たちの運命、そして飼い主たちの人生が主人公の視点で語られる物語です。犬派の方には特にお勧めです。
新年明けましておめでとうございます。皆様にとって良い一年になりますように。
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『約束の土地』リチャード・バウカー 創元推理文庫
2017-12-08
男は一枚の古ぼけた雑誌の切り抜きを取り出した。『物議を醸す新しいクローン技術を弁護する』?記事の大半はさる生物学者のインタヴューから成っていたが、問題はそれに付された写真だった。当の教授の顔は、目の前の男のそれと異様なまでに似ていた。そう。男はみずからをその生物学者のクローンと信じ、過去の真相を探りたくてこの事務所を訪ねてきたのだった……。時は未来。限定核戦争後のアメリカで、一人の青年が私立探偵の看板を掲げる。夢と現実の狭間に揺れる若者の、葛藤、挫折、そして成長。胸がつまる青春ハードボイルドの逸品! 内容紹介より
1987年に発表され、日本では1993年に出版されている、近未来型SFとハードボイルドをあわせた懐かしい感じがする作品でした。主に米国東海岸を狙った限定核戦争後から二十年後の戦火を免れたボストンが舞台で、飛行機や鉄道といったインフラは復旧しておらず、食料や燃料も不足しているなどまだ混乱状態にあります。そんな街に探偵小説好きな二十二歳の青年が私立探偵事務所を開設し、初めての依頼人が訪れる場面から物語が始まります。その依頼とは、戦前にクローン技術の研究をしていた科学者である父親を捜し出して欲しいというもので、しかも、医師である依頼人は父親のクローンだと信じ込んでいます。調査の結果、依頼人の父親は戦後イギリスへ渡ったことが明らかになり、主人公は依頼人とともに未知の地ロンドンへ向かうことに……。
眼を見張るような派手な描写はありませんが、戦争後に両親を亡くして悲惨な少年期を過ごした主人公や彼の恋人、被爆して身体を壊した同居人、同じく小人症の家主をめぐるエピソードがじわりと胸にせまります。たとえいくら科学技術が発達したといっても、それがクローンであっても、人にとって一番必要なもの、大事なものは、父親、母親、子供、恋人からの愛情なのだ、ということがテーマになっています。欠落してしまった愛情に焦がれる人たちを、喪失した愛情に苛まれる主人公が哀切の念をもって見つめる姿がナイーブに描かれている青春小説の秀作だと思います。主人公が暮らす世界のように、核戦争をもたらした科学へのささやかなアンチテーゼとなっているのかもしれません。
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テーマ : 推理小説・ミステリー
ジャンル : 本・雑誌
『火焔の鎖』ジム・ケリー 創元推理文庫
2017-11-03
- Category : ☆☆☆☆
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「あたしは嘘をついた」新聞記者のドライデンは、知人であるマギーの死に際の告白を聞く。27年前、アメリカ空軍の輸送機が農場に墜落した。彼女は乗客の赤ん坊を助け出したが、生後2週間の息子は死んだと語っていた。だが実際は自分の息子と死んだ赤ん坊をすり替えたのだ。なぜ我が子を手放したのか?少女の失踪や不法入国者を取材しつつ真相を探るドライデンは、鎖でつながれ拷問された男の死体を見つけてしまい……。大旱魃にあえぐ沼沢地を舞台に、敏腕記者が錯綜する謎を解き明かす。CWA賞受賞作家が贈る、現代英国探偵小説の白眉。 内容紹介より
27年前、英国内の基地から飛び立った米軍用機の墜落事故の巻き添えとなり、両親と生まれて間もない息子を亡くしたとされていた農場暮らしの女性。彼女と子どもの頃から親交のあった主人公は臨終の床で、墜落事故の際に、彼女が息子と飛行機に父母と乗り合わせていた赤ん坊とをすり替えたことを知らされます。その子どもはアメリカの祖父母に引きとられ成長した後、米空軍のパイロットになり、イラク戦争に従軍し捕虜となって過酷な体験をしたという経緯があります。その彼が事故機が飛び立った同じ基地に再び戻ってきて、本当の母親の告白を聞かされます。
新聞記者である主人公は、彼女はなぜ実の息子をすり替えたのか、という謎を探るとともに、安価な労働力としてアフリカから渡ってくる不法入国者と密入国ルート、違法なポルノ写真の流通とモデルになった少女の行方不明事件、これらを彼専属のタクシー運転手を伴って取材に飛び回ります。警察小説によく見られる、いわばモジュラー形式のミステリですが、主人公が新聞記者であるためいろいろな事件にかかわるというのは別に不自然ではないにしても、それぞれの事件に関連性が薄く、どうしても本筋の出来事の中だるみを避ける理由で二件の事件を持って来た、間に合わせみたいな印象が残りました。また、母親が我が子を手放した訳には、長々と引っぱったわりには拍子抜けしてしまいました。
過去に母親のついた嘘によって現在において翻弄されることになったひと組の男女たどった哀れな運命を、墜落事故での焼失、基地内での火災、野火という火焔とともに描き出しています。
『水時計』
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テーマ : 推理小説・ミステリー
ジャンル : 本・雑誌
『死のオブジェ』キャロル・オコンネル 創元推理文庫
2017-10-28
- Category : ☆☆☆☆
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画廊で殺されたアーティスト。胸の上には一枚のカードがタイトルのように「死」と告げていた。NY市警には、同じオーナーの画廊で12年前に起きた猟奇殺人事件との関連を示唆する手紙が届く。切り刻まれ、オブジェとして展示されたアーティストとダンサーの死体。捜査を担当したマーコヴィッツは、容疑者の自白を信じていなかった。マロリーの再捜査は関係者たちの秘密を容赦なく暴き、閉ざされた過去をこじ開ける。娘の死と同時に失踪した画家の行方は?膨大に遺されたマーコヴィッツのメモが指し示す真犯人は?伏魔殿のようなアート業界に踏み込んだマロリーに、市警を牛耳る何者かの捜査妨害が……シリーズ第3弾! 内容紹介より
スピンオフみたいに感じたシリーズ七作目の『陪審員に死を』に対して、正編らしい仕上がりの本書。『陪審員に死を』の雰囲気の中でその存在に違和感があったヒロインのマロリーのキャラクターが、本書ではぴったりとはまっていました。彼女のアンドロイドみたいな非常にクールでタフな面が作品のしっかりした軸になり、彼女を取り巻く同僚、友人知人たちが彼女に欠けている情緒面を担当している印象を受けました。その対照がヒロインを幼い少女のようにも感じさせるところもありますし、作品が殺伐としたものになっていない所以でもあります。また、警察という職場において、女性であることでの差別や偏見あるいは重圧といったことにまったく言及されない点は、他の作家による女性刑事ものとは一線を画しています。といっても、本書はどちらかといえば警察小説というより、一匹狼で単独行動が多い探偵みたいな行動をとっていてハードボイルドみたいですけど……。芸術が愛でるものから投機の対象のひとつになり、それが生みだす金に群がる芸術家、評論家、ギャラリーのオーナーの強欲、醜態を荒唐無稽になる一歩手前で描いた物語でした。
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テーマ : 推理小説・ミステリー
ジャンル : 本・雑誌
『石の微笑』ルース・レンデル 角川文庫
2017-10-23
フィリップは暴力的で血なまぐさいことが嫌いな、ナイーヴな青年だった。彼が愛するのは美しいものだけ。わが家の庭に置かれた彫像・フローラと、姉の結婚式で花嫁付添人をしたゼンダ。白い肌、波打つ銀の髪を持つゼンダは、彼の目にはまるで愛するフローラそのものとして映った。一目で恋に落ちた二人は情熱的に愛し合うが、甘い日々は長くは続かなかった。ゼンダが二人の愛の証明として、驚愕すべき提案を持ち出したのだ。そして、フィリップは逃れようのない運命へと足を踏み入れていく……。衝撃の結末へと加速する、官能的で壮絶な愛の形。 内容紹介より
ゼンダに初めて逢った日に運命の人だと言われたフィリップは、彼女の美しさに魅了され、その日のうちに関係を持ってしまう。彼女の奇矯な言動に戸惑いながらも、彼女との関係に溺れてしまった彼は、二人の愛の証のために彼女が出した要求につい嘘をついてしまう。その嘘を信じたゼンダはフィリップへのお返しに、彼のためにある犯罪を犯したことを告白するのです。
ストーリーは、虚偽と真実、空想と現実がないまぜになったような展開で進み、その渦中にいるフィリップは翻弄され混乱した姿をさらします。表面的な美しさに魅入られ、その下にある本質を見誤った男が落ちていく闇は愛という狂気でした。社会人になったばかりの平凡な男であるフィリップがのめり込んだゼンダへの愛は、彼女のなかに秘めたものがそれに呼応し拍車をかけ、さらに狂気へと絡めとられていきます。異様な事態にフィリップの時々に浮き沈む感情の変化と同様に、読んでいるこちらも何が嘘でどれが本当なのか、混乱してしまい、気づいたら狂気が作り出した眼を背けたくなるような真実を突きつけられます。本来避けなければならない、住む世界が違った男女が偶然出会ったために起きてしまった悲劇と哀れなゼンダの姿が印象に残る作品です。
ユーザータグ:ルース・レンデル
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テーマ : 推理小説・ミステリー
ジャンル : 本・雑誌
『陪審員に死を』キャロル・オコンネル 創元推理文庫
2017-10-06
- Category : ☆☆☆☆
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完璧な美貌をもつ天才的なハッカーにしてニューヨーク市警の刑事、キャシー・マロリー。彼女の相棒ライカーは四発もの銃弾を受け、瀕死の重傷を負った後遺症で現在傷病休暇中だ。弟の《ネッド事件現場清掃社》を代わりに経営し、警察に復帰する気がないかのようなライカーの態度にマロリーの苛立ちが募る。そしてジョアンナ・アポロ。ライカーの会社の清掃員として働くその女性にはFBI捜査官がつきまとい、彼女に嫌がらせをしていた浮浪者は惨殺された。ライカーが心を寄せる彼女は何者なのか。氷の天使マロリーが相棒ライカーの事件に挑む。 内容紹介より
本書はマロリー・シリーズの第七弾だそうです。わたしはこのシリーズは初読なのでマロリーと彼女の仕事上のパートナーであるライカー、この二人の他の作品における描写される比率がどのくらいなのかわかりませんが、S・J・ローザンの〈リディア・チン&ビル・スミス〉シリーズでの作品ごとに主役が交替する趣向のように、本書ではライカーがほぼ主人公役に当てはめられ、しかもマロリーの存在が作品の雰囲気に対してちょっと浮き気味な気がして、まるでスピンオフ作品みたいに感じました。ストーリーは、ある殺人事件の裁判で無罪の評決を下した陪審員たちが次々に殺される事件が起き、姿をくらました生き残った陪審員の行方を番組を通してリスナーに求めるラジオパーソナリティーの奇矯な行動を絡めて進みます。エキセントリックな人物が多く、読者に混沌として見せながら点と点を徐々に線で繋いでいきやがてうっすらと全体像が浮かび上がってくる手法を使っているせいで、読み始めはちょっと取っ付きにくいのですけれど、かかっていた霞の晴れていく具合が良く、とても印象的に描かれているライカーとある女性の愛情とマロリーの鋼のようなクールさとが非常に対照的に際立っています。ラストはセンチメンタルに偏っているとはいえ泣けます。
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『WORLD WAR Z』マックス・ブルックス 文春文庫
2017-10-01
中国で発生した謎の疫病—それが発端だった。急死したのちに凶暴化して甦る患者たち。中央アジア、ブラジル、南ア……疫病は急速に拡がり、ついにアウトブレイクする。アメリカ、ロシア、日本……世界を覆いつくす死者の軍勢に、人類はいかに立ち向かうのか、未曾有のスケールのパニック・スペクタクル。大作映画化。 上巻内容紹介より
本書は、原因不明の謎の疫病によるゾンビ化現象が発生した、各国のさまざまな地位や立場にいた人々への事後のインタビューという形式をとっています。わたしの知る限り、これまでのゾンビ作品は、限られた場所でのアウトブレイク、または世界的なパンデミックであっても特定のサークルを切り取って舞台にしたものが多数だと思いますが、ここでは全世界の場所を取り上げています。この二つが作品の大きな特徴なのではないでしょうか。そして、ゾンビという触媒を用いて、各国の政治体制、社会構造、軍事組織、経済構造、文化、科学、などが抱える矛盾なり問題点を浮かび上がらせるとともに、皮肉な苦い味付けをした作品であるように感じました。それは、これまでに使い古された“戦争”というキーワードに“ゾンビ”を付け加えたものともいえます。世界的な災厄をもたらしたという意味では、ヨーロッパにおけるナチスであるし、アジアにおける日本軍でも、あるいはISISに当てはまるかもしれませんが、彼らとは違い人肉を喰らい感染性をもつ、極めて異質で誇張された外敵に代えながらも、基本的なアプローチは従来どおりであり、ゾンビの生態は旧態依然のままなんら変更が加えられていないため、『ウェットワーク』みたいな新境地を開いているとは言い難いです。
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『爆殺魔(ザ・ボンバー)』リサ・マークルンド 講談社文庫
2017-09-24
- Category : ☆☆☆☆
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オリンピック競技場が何者かによって爆破された。バラバラの肉片となった被害者。開催を妨害するテロ行為か。あるいは個人的な怨恨か。女性新聞記者アニカは独自に真相を追う。そこへ第二の爆破殺人が。しかもアニカまで爆薬入り小包で脅される。スウェーデン推理作家協会ポロニ賞受賞のクライム・ノベル。 内容紹介より
以下、ネタバレしています。未読の方はご注意下さい!
夕刊紙の事件報道部デスクに昇進したばかりの女性記者が主人公です。彼女の上司である総編集長から眼をかけられ将来を嘱望されている一方で、年長の男性記者の部下に妬まれたり、女性秘書との間に軋轢が生じたりするとともに、二児の母親として私生活でもストレスを抱え、しばしばキレつつ連続爆破事件の取材に当たる姿を描いています。
先日読んだフィンランドを舞台にした『雪の女』と同じように、北欧諸国がまとうポジティブな印象からは隠れた負の部分、本書では女性差別をテーマにしています。ヒロイン、被害者、加害者の三人ともに優秀で上昇志向を持ちながら、過去や現在において男性優位な環境のなかでストレスに晒され、ハラスメントを受けてきています。ヒロインはこれからさらにプレッシャーがかかるであろうし、被害者は男性社会の波に揉まれてのし上がって成功を収め、加害者はプレッシャーに飲み込まれ、味方だと信じた被害者に裏切られたと思い込んでいる状況にあります。この物語の悲劇は、本来なら助けあう仲間となって、女性への偏見や差別そして蔑視に立ち向かわなければならなかったであろう女性たちが、互いに傷つけあってしまう皮肉な状況に陥ってしまったことです。そして、そうならざるを得なかった男社会という問題を描き出しています。被害者が遺していたモノローグみたいな文章に彼女の特異な人となりが創られたヒントが含まれていれば良かったのでしょうけれど、そこら辺りは弱い感じがしました。
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テーマ : 推理小説・ミステリー
ジャンル : 本・雑誌