『石の微笑』ルース・レンデル 角川文庫

2017-10-23

☆☆☆☆

フィリップは暴力的で血なまぐさいことが嫌いな、ナイーヴな青年だった。彼が愛するのは美しいものだけ。わが家の庭に置かれた彫像・フローラと、姉の結婚式で花嫁付添人をしたゼンダ。白い肌、波打つ銀の髪を持つゼンダは、彼の目にはまるで愛するフローラそのものとして映った。一目で恋に落ちた二人は情熱的に愛し合うが、甘い日々は長くは続かなかった。ゼンダが二人の愛の証明として、驚愕すべき提案を持ち出したのだ。そして、フィリップは逃れようのない運命へと足を踏み入れていく……。衝撃の結末へと加速する、官能的で壮絶な愛の形。 内容紹介より



ゼンダに初めて逢った日に運命の人だと言われたフィリップは、彼女の美しさに魅了され、その日のうちに関係を持ってしまう。彼女の奇矯な言動に戸惑いながらも、彼女との関係に溺れてしまった彼は、二人の愛の証のために彼女が出した要求につい嘘をついてしまう。その嘘を信じたゼンダはフィリップへのお返しに、彼のためにある犯罪を犯したことを告白するのです。
ストーリーは、虚偽と真実、空想と現実がないまぜになったような展開で進み、その渦中にいるフィリップは翻弄され混乱した姿をさらします。表面的な美しさに魅入られ、その下にある本質を見誤った男が落ちていく闇は愛という狂気でした。社会人になったばかりの平凡な男であるフィリップがのめり込んだゼンダへの愛は、彼女のなかに秘めたものがそれに呼応し拍車をかけ、さらに狂気へと絡めとられていきます。異様な事態にフィリップの時々に浮き沈む感情の変化と同様に、読んでいるこちらも何が嘘でどれが本当なのか、混乱してしまい、気づいたら狂気が作り出した眼を背けたくなるような真実を突きつけられます。本来避けなければならない、住む世界が違った男女が偶然出会ったために起きてしまった悲劇と哀れなゼンダの姿が印象に残る作品です。

ユーザータグ:ルース・レンデル




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テーマ : 推理小説・ミステリー
ジャンル : 本・雑誌

『陪審員に死を』キャロル・オコンネル 創元推理文庫

2017-10-06

Tag :

☆☆☆☆

完璧な美貌をもつ天才的なハッカーにしてニューヨーク市警の刑事、キャシー・マロリー。彼女の相棒ライカーは四発もの銃弾を受け、瀕死の重傷を負った後遺症で現在傷病休暇中だ。弟の《ネッド事件現場清掃社》を代わりに経営し、警察に復帰する気がないかのようなライカーの態度にマロリーの苛立ちが募る。そしてジョアンナ・アポロ。ライカーの会社の清掃員として働くその女性にはFBI捜査官がつきまとい、彼女に嫌がらせをしていた浮浪者は惨殺された。ライカーが心を寄せる彼女は何者なのか。氷の天使マロリーが相棒ライカーの事件に挑む。 内容紹介より



本書はマロリー・シリーズの第七弾だそうです。わたしはこのシリーズは初読なのでマロリーと彼女の仕事上のパートナーであるライカー、この二人の他の作品における描写される比率がどのくらいなのかわかりませんが、S・J・ローザンの〈リディア・チン&ビル・スミス〉シリーズでの作品ごとに主役が交替する趣向のように、本書ではライカーがほぼ主人公役に当てはめられ、しかもマロリーの存在が作品の雰囲気に対してちょっと浮き気味な気がして、まるでスピンオフ作品みたいに感じました。ストーリーは、ある殺人事件の裁判で無罪の評決を下した陪審員たちが次々に殺される事件が起き、姿をくらました生き残った陪審員の行方を番組を通してリスナーに求めるラジオパーソナリティーの奇矯な行動を絡めて進みます。エキセントリックな人物が多く、読者に混沌として見せながら点と点を徐々に線で繋いでいきやがてうっすらと全体像が浮かび上がってくる手法を使っているせいで、読み始めはちょっと取っ付きにくいのですけれど、かかっていた霞の晴れていく具合が良く、とても印象的に描かれているライカーとある女性の愛情とマロリーの鋼のようなクールさとが非常に対照的に際立っています。ラストはセンチメンタルに偏っているとはいえ泣けます。




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『WORLD WAR Z』マックス・ブルックス 文春文庫

2017-10-01

Tag : ホラー

☆☆☆☆

中国で発生した謎の疫病—それが発端だった。急死したのちに凶暴化して甦る患者たち。中央アジア、ブラジル、南ア……疫病は急速に拡がり、ついにアウトブレイクする。アメリカ、ロシア、日本……世界を覆いつくす死者の軍勢に、人類はいかに立ち向かうのか、未曾有のスケールのパニック・スペクタクル。大作映画化。 上巻内容紹介より



本書は、原因不明の謎の疫病によるゾンビ化現象が発生した、各国のさまざまな地位や立場にいた人々への事後のインタビューという形式をとっています。わたしの知る限り、これまでのゾンビ作品は、限られた場所でのアウトブレイク、または世界的なパンデミックであっても特定のサークルを切り取って舞台にしたものが多数だと思いますが、ここでは全世界の場所を取り上げています。この二つが作品の大きな特徴なのではないでしょうか。そして、ゾンビという触媒を用いて、各国の政治体制、社会構造、軍事組織、経済構造、文化、科学、などが抱える矛盾なり問題点を浮かび上がらせるとともに、皮肉な苦い味付けをした作品であるように感じました。それは、これまでに使い古された“戦争”というキーワードに“ゾンビ”を付け加えたものともいえます。世界的な災厄をもたらしたという意味では、ヨーロッパにおけるナチスであるし、アジアにおける日本軍でも、あるいはISISに当てはまるかもしれませんが、彼らとは違い人肉を喰らい感染性をもつ、極めて異質で誇張された外敵に代えながらも、基本的なアプローチは従来どおりであり、ゾンビの生態は旧態依然のままなんら変更が加えられていないため、『ウェットワーク』みたいな新境地を開いているとは言い難いです。




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テーマ : ホラー小説
ジャンル : 本・雑誌

『爆殺魔(ザ・ボンバー)』リサ・マークルンド 講談社文庫

2017-09-24

Tag :

☆☆☆☆

オリンピック競技場が何者かによって爆破された。バラバラの肉片となった被害者。開催を妨害するテロ行為か。あるいは個人的な怨恨か。女性新聞記者アニカは独自に真相を追う。そこへ第二の爆破殺人が。しかもアニカまで爆薬入り小包で脅される。スウェーデン推理作家協会ポロニ賞受賞のクライム・ノベル。 内容紹介より



以下、ネタバレしています。未読の方はご注意下さい!

夕刊紙の事件報道部デスクに昇進したばかりの女性記者が主人公です。彼女の上司である総編集長から眼をかけられ将来を嘱望されている一方で、年長の男性記者の部下に妬まれたり、女性秘書との間に軋轢が生じたりするとともに、二児の母親として私生活でもストレスを抱え、しばしばキレつつ連続爆破事件の取材に当たる姿を描いています。
先日読んだフィンランドを舞台にした『雪の女』と同じように、北欧諸国がまとうポジティブな印象からは隠れた負の部分、本書では女性差別をテーマにしています。ヒロイン、被害者、加害者の三人ともに優秀で上昇志向を持ちながら、過去や現在において男性優位な環境のなかでストレスに晒され、ハラスメントを受けてきています。ヒロインはこれからさらにプレッシャーがかかるであろうし、被害者は男性社会の波に揉まれてのし上がって成功を収め、加害者はプレッシャーに飲み込まれ、味方だと信じた被害者に裏切られたと思い込んでいる状況にあります。この物語の悲劇は、本来なら助けあう仲間となって、女性への偏見や差別そして蔑視に立ち向かわなければならなかったであろう女性たちが、互いに傷つけあってしまう皮肉な状況に陥ってしまったことです。そして、そうならざるを得なかった男社会という問題を描き出しています。被害者が遺していたモノローグみたいな文章に彼女の特異な人となりが創られたヒントが含まれていれば良かったのでしょうけれど、そこら辺りは弱い感じがしました。




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テーマ : 推理小説・ミステリー
ジャンル : 本・雑誌

『妻の沈黙』A・S・A・ハリスン ハヤカワ文庫HM

2017-09-16

Tag :

☆☆☆☆

不動産開発業で成功を収めた夫トッド。彼を支えるサイコセラピストの妻ジョディ。二十年以上連れ添ってきた二人の生活に、ある日亀裂が入った。トッドの浮気相手が妊娠したのだ。まだ見ぬ我が子に心を奪われはじめるトッドと、すべてを知りながら何も言わないジョディ。二人のあいだの緊張が最高潮に達したとき、事件が起きる—。誰にでも起こりうる結婚生活の顛末を、繊細かつ巧妙に描いたベストセラー・サスペンス! 内容紹介より



四十五歳の妻と四十六歳の夫、妻の希望で子どもはいません。彼女と彼の視点が交互に入れ替わって話が進みます。彼女は家事を完璧にこなしながら自宅でセラピーの仕事をし、浮気性の彼はリノベーションなどを手がける不動産開発会社の社長です。彼の数々の浮気を見てみぬ振りをして、何ごともなかったように振る舞い、落ち着いた規則正しい生活を送っていた彼女に、彼の浮気相手の妊娠という思わぬ事態が生じてしまいます。「彼女のことがほとんど理解できず、外見の下に何が潜んでいるかよくわからない」(p83)と彼が考えるように、物語は彼女の心の奥底に秘められたものを明らかにし、さらに彼女が将来もずっと盤石だと信じていた生活がもろくも崩れて行く様を描き出して行きます。彼女が若い頃受けたセラピーの場面、彼から見た彼女の姿、彼女自身の内省によってもたらされた、彼女の内面にある不気味さ薄気味悪さがじわじわと浮かび上がってくるようです。彼女と「彼の場合はすべて偽りだ。仮面をつけ、形だけの行動をとり、何も言わない。いまはすべて順調だし、今後も順調に進んでいくかのようにふるまう。(略)沈黙は彼女の武器でもある」(p139)。
それにしても、題名の『妻の沈黙(The silent wife)』って怖い言葉です。




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テーマ : 推理小説・ミステリー
ジャンル : 本・雑誌

『雪の女』レーナ・レヘトライネン 創元推理文庫

2017-09-04

Tag :

☆☆☆☆

ロースベリ館。有名なセラピストである女主人エリナが女性限定のセラピーセンターを開設、敷地内に一切の男性の立ち入りを認めず、かつて物議を醸した。エスポー警察巡査部長マリア・カッリオは、依頼されてそのロースベリ館で講演をおこなう。数週間後、エリナが行方不明になり、館から離れた雪深い森の中で死体となって発見された。彼女はなぜ厳寒の中、ガウンとパジャマという格好でそんなところにいたのだろうか?当時館に滞在していたのは、なにやら訳ありげな女性ばかりで……。北欧フィンランドを舞台に、小柄な女性警官マリアが事件を追う。 内容紹介より



フィンランドではシリーズ作品ですが、邦訳はシリーズ四作目の本書が初めての作品です。北欧ミステリは、とにかく白夜とか雪による暗さとか重みで鬱々とした雰囲気をイメージしがちですけれど、本書では主人公のよく考える先に行動に移してしまう、きっぷがよいともいえる行動的なキャラクターのおかげでそんなイメージが軽減されているように感じました。ただ、予期せぬ妊娠のせいでとまどったり混乱したり、同僚に起きた出来事に衝撃を受けたり、事件の関係者の女性にまつわる過去に憤ったりと、フィンランド社会における女性の立場をふまえての傍白がかなりの部分を占めています。警察小説の形を取りつつ、一人称視点でフィンランドが抱えるいろいろな問題を取り上げる意図もあるように感じましたし、北欧というと高福祉、豊かな生活、幸福度が高いという印象が強いのですけれど、それがややくつがえされたように思いました。それから妊婦や赤ちゃんのいるお母さんはいろんなことを我慢したり、制限したりしなくてはいけない、本当に大変なのですね。




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テーマ : 推理小説・ミステリー
ジャンル : 本・雑誌

『紳士の黙約』ドン・ウィンズロウ 角川文庫

2017-09-01

☆☆☆☆

サンディエゴの探偵にして地元屈指のサーファー、ブーン・ダニエルズは、“紳士の時間”を海で楽しむサーフィン仲間から妻の浮気調査の依頼を受ける。同じころ、爽やかな人柄で愛されるサーファーのK2が、ダイナーで殴り殺された。人気者の死に街中が悲しむなか、加害者の弁護士に雇われたブーンは調査を開始、真相は別にあると直感。そして危険過ぎる事件の内実が、カリフォルニアの太陽の下に晒される時が訪れる……。 内容紹介より



本書は、訳者の中山宥氏が“サーフ・ノワール”シリーズという巧い呼び方をしている、『夜明けのパトロール』の続編です。
地元に愛され尊敬される人格者である伝説のサーファーが撲殺された事件、ドーンパトロール後の“紳士の時間”を楽しむ実業家のサーファーに依頼された浮気調査。気が進まないなか二つの事案の調査を引き受けざるを得なくなった主人公。地元民の敵意やドーン・パトロールのメンバーの反感を買いながら、当初は単純なものと思われた事件を調べていくにつれ、街の有力者や麻薬組織が絡む巨悪が明らかになっていくというストーリー展開です。決して片意地を張るのではなくて、犠牲者である伝説のサーファーの声を心の内で感じながら、自問しとまどいつつ逆境に晒されても真実を追究していく主人公の姿が自然体で描かれています。サーフィン、人生、友情をテーマにしながら、青臭くならず、ニール・ケアリーをひとつ大人にしたような人物像を造り上げているように思いました。ミステリにしても適度にもつれさせるさじ加減にテクニックの巧みさを見せ、全体を通して作者の円熟味が感じられる佳作だと思います。

ユーザータグ:ドン・ウィンズロウ




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テーマ : 推理小説・ミステリー
ジャンル : 本・雑誌

『復讐のトレイル』C・J・ボックス 講談社文庫

2017-08-29

☆☆☆☆

その遺体には頭部がなく、狩られた獲物たちと同じような「処理」が施されていた。まるで狩猟が生き物を面白半分に殺す行為だと世界に訴えるように。ワイオミング州知事からの特命を受けた猟区管理官ジョー・ピケットは、ハンター連続殺人の背後に卑劣な人間たちの深い闇が潜んでいることをつきとめていく。内容紹介より



頭部が切断され、内蔵が抜かれた射殺体が発見され、ある遺留品から過去に事故死とされていた犠牲者たちも同じ犯人による犯行と判明する。反狩猟団体に共鳴する人物が犯人と推測されると、狩猟からもたらされる莫大な収入減を危惧した州知事が主人公に調査を依頼する。というわけで今回は狩猟と反狩猟という単純で判りやすいテーマが設定されています。また、ある場面において主人公の長女が明確な意思表明をして家族の絆を表しているところも感動を呼びますが、ストーリーの中ではやや一過性の流れです。それから、隠れテーマとして居留地に置ける先住民族の問題も描いてあります。それらの要素があるにもかかわらず、結局印象的であきれてしまったのは、主人公のやむを得ないとは言え衝動的に暴力をふるってしまう感情面でのコントロールのできなさ、そして粗忽とも思える行動でした。今回の主人公像は浅さが目立ってこれまでより魅力を感じませんでした。しかし、どつぼにはまった彼が次回作ではどうなっているのか、楽しみなところではあります。

ユーザータグ:C・J・ボックス




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テーマ : 推理小説・ミステリー
ジャンル : 本・雑誌

『渚の忘れ物』コリン・コッタリル 集英社文庫

2017-08-25

Tag :

☆☆☆☆

失業中の犯罪報道記者ジム・ジェリー(♀)。母の経営するリゾートを仕方なく手伝う毎日だが、ある日、砂浜で生首を発見。村長に連絡するもその対応に疑問が残り、独自に生首の身元を探ろうとする。やがてジムは、タイに暮らすミャンマー人コミュニティに行き着き、事件はさらに暗い様相を示すのだが……。個性溢れるキャラクターにたっぷりのユーモア。CWA賞受賞作家が描く、社会派ユーモア・ミステリー登場! 内容紹介より



〈犯罪報道記者ジムの事件簿〉シリーズ第一弾。
CWA賞受賞作の〈シリ先生〉シリーズの舞台は約四十年前のラオスでしたが、本シリーズは現代のタイを舞台にしています。滋味深いユーモア人情ミステリーの〈シリ先生〉シリーズに比べると、ユーモア満載ではあるもののかなりはっちゃけた、しかし社会派のミステリーに変わっています。軍事政権下のミャンマーからタイに出稼ぎでやってきているミャンマー人たちの悲惨な境遇をメインに、ヒロインの母親が営むホテルに宿泊する母娘の謎もテーマのひとつです。記者魂にかられたヒロインが、浜辺に打ちあげられた生首の身元を追ううちに、偏見や差別の下で暮らすミャンマー人への権力が絡んだ犯罪行為の実態を知るという展開です。抗鬱剤の副作用で常に発情状態に陥ったヒロインの他に、何かズレてる心優しい母親、ハッキングが得意な性転換した姉(元兄)、マッチョながら気の優しい、母親と同じ年の婚約者がいる弟、優秀なゲイの警官、などを始めとしてシリーズ物には必須の愉快でかつ奇人変人の傍役たちが充実しています。かなり重いテーマを据えながらも、陰鬱にならない軽さ明るさがとても印象的な作品だと思います。翻訳が止まっている〈シリ先生〉シリーズも集英社文庫から出してもらえないでしょうか。

『老検死官シリ先生がゆく』ヴィレッジブックス
『三十三本の歯』ヴィレッジブックス




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テーマ : 推理小説・ミステリー
ジャンル : 本・雑誌

『殺人者は夢を見るか』ジェド・ルーベンフェルド 講談社文庫

2017-08-09

Tag :

☆☆☆☆

1909年、摩天楼建築ブームにわくニューヨークにフロイトがユングとともに到着した夜、豪華アパートメント〈バルモラル〉で、若い娘が鞭打たれ、絞殺される。続いて襲われたノーラ・アクトンは記憶と声を失っていた。市長じきじきの依頼を受けたフロイトは、若き分析医ヤンガーとノーラの精神分析治療にあたる。内容紹介より



摩天楼がそびえ立つなか、道路には馬車と自動車が混じりあって行き交い、指紋が裁判では証拠として採用されないくらいまだ現代の科学捜査が一般的でない時代背景。そんなニューヨークへ、後に寝椅子に横たわって精神分析を受けるアメリカ人のイメージの発端とも言えるフロイトがユングらと共に訪れ、そのいわば接待役みたいなアメリカ人の分析医ヤンガーが主人公です。なのでフロイトが名探偵役として活躍する訳ではありません。しかし、NY市警のリトルモア刑事の飄々としたキャラクターがとても好感が持て、その存在感が安定し、捜査活動の軸になっている印象でした。主人公のシンガーもなかなか良いキャラなのですが、犯罪被害者の娘への恋愛感情を交えて描かれているためにそれほど突出したものがないように感じました。アメリカに置ける精神分析の黎明期と社会の転換期、猟奇的な犯行、大がかりな悪巧みを思わせながらの冒険小説風な展開に、さてこれからさらに面白くなるだろうと考えていたら、下巻の三分の二くらいで結局は男女の感情にスタンスをおいたからくりが明らかになって,別方向へ矮小化されたように感じて興味が冷めてしまいました。精神分析学が主題なだけに仕方ないのですけれど……。




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テーマ : 推理小説・ミステリー
ジャンル : 本・雑誌

『無意識の証人』ジャンリーコ・カロフィーリオ 文春文庫

2017-08-04

Tag :

☆☆☆☆

南イタリアの海辺の町で、九歳の男の子が殺され、出稼ぎのアフリカ人が逮捕される。圧倒的に不利な被告の弁護を引き受けたグイードは、妻に逃げられて憂鬱な毎日を送る三十八歳。正義を振りかざすような柄でもない……が、ジェフリー・ディーヴァーが「最良の法廷スリラー」と評した見事な論証で、物語は大逆転! 内容紹介より



何かの志や使命感を持って法律家を目指した訳ではなく、何がしたいのか見つかるまでの時間稼ぎで弁護士になった主人公は、まさしく中年になりかけたモラトリアム型人間です。彼の何となく生きてきた人生が妻との別居を契機に壊れそうになり、精神のバランスが崩れてしまいます。そんなどん底の状態で引き受けたのが殺人容疑で逮捕されたセネガル人の弁護です。物語は、リーガルミステリと主人公の再生過程の二つが割合を占め、こういうジャンルに付きもののどんでん返しによる急転直下の解決みたいな醍醐味は薄く、現実的な帰結ではあるもののディーヴァーの言葉にある「最良の法廷スリラー」とまでは感じませんでした。しかも、20ページに渡る最終弁論が意味もなく長過ぎでした。翻訳された文体を見ただけですが、アメリカ文化をかなり意識し,作品もアメリカナイズされているような印象を受けました。シリーズニ作目の『眼を閉じて』よりは出来が良いです。

『眼を閉じて』



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テーマ : 推理小説・ミステリー
ジャンル : 本・雑誌

『ベストセラー「殺人」事件』エリザベス・ピーターズ 扶桑社ミステリー

2017-07-26

Tag :

☆☆☆☆

世紀の大ベストセラー「氷のなかに裸で」の原作者キャスリーンの失踪から七年後、続編の出版が決定した。厳選なる審査のすえ、続編の執筆者に抜擢されたジャクリーン。彼女はよりよい原稿を仕あげるべく、原作者が暮らしていた田舎町に活動の拠点を移した。だが、過去の資料をひもとくにつれ、彼女に関する謎は深まるばかり。しかも、偶然とは思えない事故が重なり,ジャクリーンの身に危険がせまるようになり……。1989年度アガサ賞受賞、本格ユーモア・ミステリー。〈解説・穂井田直美〉 内容紹介より



大ベストセラー小説の著者キャスリーンは、幾度か事故に見せかけて命を狙われた末に行方がわからなくなった。殺人か、自殺か、失踪か、判らないまま彼女が行方不明になって七年後に死亡宣告がなされる。それとともに家族の要望でベストセラーの続編が書かれることになり、公募された作家のなかから選ばれたヒロインはキャスリーンが生まれ育った町に執筆の調査のために赴くが、彼女にも事故や謎の出来事が降り掛かってくる、という展開です。これまでは大学図書館の司書だったヒロインは、『ロマンス作家「殺人」事件』を経て、本書からロマンス作家に変わっています。司書時代の豊富な読書経験に加えて独立心旺盛、したたかで辛辣でSっ気のある性格、目から鼻に抜けるような聡明さ、こういう気質が今回はプラスに働いていて大変魅力的でした。このシリーズは、主人公のキャラクターで読ませる作品なので、ヒロインのキャラクターのさじ加減で評価が変わりそうです。一方、ミステリでは,動機はともかく、真犯人の行動がふに落ちません。三度も犯行を重ねていたら、被害者の家族が異変に気づきそうですけれど……。ただ、ある人物の正体は結構意外でした。

『リチャード三世「殺人」事件』
『ロマンス作家「殺人」事件』




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テーマ : 推理小説・ミステリー
ジャンル : 本・雑誌

『州知事戦線異状あり!』トロイ・クック 創元推理文庫

2017-07-22

Tag :

☆☆☆☆

総勢123名もの人間が立候補した狂乱のカリフォルニア州知事選挙も投票日まで残り二週間。ところがここへきて、有力候補が相次いで死亡する。とある有力候補が当選確率を上げるため、殺し屋コンビを差し向けていたのだ。一方、政治家一族の出にもかかわらず、大の政治嫌いのため私立探偵もどきを営むジョン・ブラックは、現職ロサンジェルス市長にして有力候補のひとりである実姉エレオノールが狙われたことを知り、頼れる相棒のハーリーと,姉を守るべく動きだすのだった。才人クックが政治の世界に投げこんだ,破天荒かつ痛快なる傑作犯罪小説。 内容紹介より



政治(家)嫌いで、自然破壊を憂う主人公の姿、そしてかなり逝っちゃってる彼の相棒と素人殺し屋コンビのキャラクター、俳優、プロレスラー、元ギャングのラッパーといった州知事選立候補者の面々、こういった登場人物のエキセントリックぶり、加えて当選するためには殺人もいとわない候補者の存在が、『最高の強盗のための47ヶ条』よりもカール・ハイアセンの作品をさらに彷彿とさせました。ただ、ハイアセンの作品では人が殺される場面はなかったと思いますが、本作では結構ばんばん人が殺されていくところが相違点かもしれません。といっても殺し屋の凸凹コンビのどたばた具合と彼らに協力する爆弾オタクのクレージーぶりが陰惨さなど微塵も感じさせません。それに対して、身内想いでいってみれば青臭い信条の持ち主である(結果的に汚いことは相棒に任せてしまう)主人公の造形がバランスを取っているといえるのでしょうけれど、強烈な個性の持ち主たちに対比させられる始末になって、良い子過ぎる存在が物足りない気にもなりました。

『最高の銀行強盗のための47ヶ条』




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テーマ : 推理小説・ミステリー
ジャンル : 本・雑誌

『殺しの儀式』ヴァル・マクダーミド 集英社文庫

2017-07-19

Tag :

☆☆☆☆

イギリス中部の大都市で連続殺人事件が起った。犠牲者はすべて男性だ。きれいに洗われた死体にはむごい拷問の跡。血眼で犯人を追う警察は内務省から心理分析官トニーの応援を頼んだ。警察内部の冷ややかな目を背に、女性警部補キャロルとチームを組んで息づまる捜査が始まった。犯人は同性愛者か!? そして、さらに犠牲者が……。CWAゴールド・ダガー賞受賞の迫真のミステリー!! 内容紹介より



テレビドラマではあるのでしょうが、小説ではほとんど見かけたことがない犯罪心理分析官を主役した作品です。彼と警察との連絡係の警部補をヒロインに据えています。プロファイリングをうさん臭く見る傾向が強く、また、女性軽視が残る警察組織という環境のなかで、いわば異質な者同士がコンビを組んで捜査に当たる設定を用いています。さらに犯罪被害者をすべて男性にして、従来多かった女性の被害者のパターンを覆して見せ、男が被害者だったら言わないであろう「夜中に出歩くな」、という声を取り上げて揶揄したりします。このような男女の立場の逆転、ゲイへの差別意識、人権を無視した不当逮捕の犠牲となった人物を描いて、権力による人権侵害を暗に批判するなど、作者のメッセージが強く込められていると言えるでしょう。一方、早々と物語からいなくなった警視の存在、警察官と密会する女性新聞記者の人物造形とストーリーへの貢献度が中途半端に感じました。女性作家に多く見られる繊細な心理描写というスタイルはこの作者には見られず、木目が粗い感じがしました。

『殺しの四重奏』




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ジャンル : 本・雑誌

『イン・ザ・ブラッド』ジャック・カーリイ 文春文庫

2017-07-14

☆☆☆☆

刑事カーソンが漂流するボートから救い出した赤ん坊は、謎の勢力に狙われていた。収容先の病院には怪しい男たちによる襲撃が相次いだ。一方で続発する怪事件—銛で腹を刺された男の死体、倒錯プレイの最中に変死した極右の説教師……。すべてをつなぐ衝撃の真相とは?緻密な伏線とあざやかなドンデン返しを仕掛けたシリーズ第五弾。 内容紹介より



以下、ややネタバレしています。ご注意下さい!


「最初に真相を設定し、そこから逆算してストーリーやプロットをかっちり堅牢に組み上げ、伏線あるいはヒントを丹念にちりばめた上で、それらを「読者が真相に感付かないように」配置する、きわめて緻密な構成を採用している」(p423)、と酒井貞道氏が解説に記しているように、この作者の小説作法はまず極めて意外な真実を設けて、そのまわりに迷路を張り巡らせるものだということがこの作品でようやく気が付きました。大ドンデン返し、急転直下の効果、悪く言うならサプライズありきでストーリーが構築されているのですね。この効果を見事に成功させるためには意外な真実へと向かう迷路が直線だったり、単純至極な路ではなくて、当然入り組んだものでなくてはなりません。この迷路にあたる伏線、トリック、エピソード、脇道などの物語の枝葉末節が今回はこれまでの作品に比べてやや弱い、あるいは冗長、そしてあざとい感じがしました。よく比較されるディーヴァーとは、話の膨らませ具合や作品全体をみたときの完成度の違いがわかるような気がします。怪しい行動をする博士を物語に挿みつつ、アイラ・レヴィンの『ブラジルから来た少年』のクローンを想像させるようなミスリードを仕込んでいる点は巧いと思います。

ユーザータグ:ジャック・カーリイ




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てんちゃん1号

  • Author:てんちゃん1号
  • 海外ミステリなどの感想を誤字脱字、表現・文法間違いを交え、思い込みと偏見を持って書いています。そんな素晴らしいブログなのでリンクとか何でもフリーです。異次元、霊界、他惑星からもお気軽にどうぞ。

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