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『天使の鬱屈』アンドリュー・テイラー 講談社文庫

2019-12-06

Tag :

☆☆☆☆

夫と別居し、教会付属の図書館で働き始めたウィンディ。半世紀前の聖職者にして詩人フランシスのことを調べている彼女の身辺で、死の悲劇が相次ぐ。「醜聞の主」「立派な紳士」と人物像の定まらない詩人の過去を追っているもう一人の人物とは誰か?歴史の謎に彩られたミステリーの大聖堂!CWA賞受賞作。 内容紹介より



本書は、三部作Requiem for an Anjelの『天使の遊戯』『天使の背徳』につづく三作目にあたります。わたしは順番を違えて最終巻から読み始めてしまったのですが、やはり発表順どおりに読んだ方が良いみたいです。
夫の浮気現場を目撃したヒロインは、お金もないため学生時代の親友で、今は神学校の副校長をしている夫と娘と暮らす学生時代の親友の家に居候のような形で住み始めます。やがて神学校付属の図書館で蔵書整理の臨時仕事についた彼女は、五十年前に司祭だった人物が出版した詩集に出会います。女性司祭の登用や地域の貧困問題に取り組んだその地元で毀誉褒貶のある聖職者に興味を引かれたヒロインは、彼女の他にもその人物について調べ回っている男がいることに気づきます。物語は、この聖職者についての調査、親友家族との日常生活、離婚を考えて別居した夫に関すること、教会の敷地内という特殊な環境に入り込んだ彼女の視点から教会関係者やその家族についての日々の出来事を眺め暮らす様子 が綴られて進み、ミステリらしい事件が起きるのは最終盤になってからです。本書を読んだだけでは CWA賞受賞作として食い足りない感じが残りますが、主人公のユニークな造形が印象的な作品だと思います。

『我らが父たちの偽り』サンケイ文庫
『第二の深夜』 文春文庫




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テーマ : 推理小説・ミステリー
ジャンル : 本・雑誌

『紙片は告発する』D・M・ディヴァイン 創元推理文庫

2019-12-03

☆☆☆☆

お父さんが思ってるほど、あたしは馬鹿じゃない。誰かさんを刑務所送りにできる秘密を知ってるんだから—町議会議員の娘だが、周囲に軽んじられているタイピストのルースは、職場で拾った妙なメモのことを警察に話すと、町政庁舎(タウンホール)の同僚たちに漏らしてしまう。その夜、彼女は何者かに殺害された……!現在キルクラノンの町では、町長選出にまつわるいざこざが持ち上がっており、庁内には腹に一物ある連中がひしめいていた。即座に口封じに及んだのは誰か?地方都市を舞台に起こる殺人事件とその謎解きは、ディヴァイン犯人当ての真骨頂! 内容紹介より



1970年に発表された本書は、時代的に新しいわけでも、かと言って古めかしいわけでもないのですが、被害者の職業がタイピストというところに時代感を覚えました。一方、町議が職場で有能な女性に否定的であったり、面と向かってセクハラやモラハラ発言をしたり、性的少数者に世間の理解がまったくなかったりする傾向が当たり前であった時代でもあります。こういう要素が物語に組み入れている点などに時代の移り変わりを感じます。物語には、不正入札や職場内の不倫をはじめとした人間関係や出世競争といったかなり世俗的なテーマが盛り込まれ、公務員であるヒロインの視点でもあるために、二件の殺人事件のわりには全体的には地味目なトーンで推移していきます。しかし、役所内を主要舞台にした設定は一見社会派ミステリ風でもありますが、実際は作者らしいパズラー小説に仕上がっているという、ミステリにおける古典と現代の混在のようにも見えます。犯人の意外性はあると思うのですけれど、欲を言えば各容疑者にさらなる動機を付け足していたらもっとサスペンスが盛り上がったようにも思いました。

ユーザータグ:D・M・ディヴァイン




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テーマ : 推理小説・ミステリー
ジャンル : 本・雑誌

『黒い薔薇』フィリップ・マーゴリン ハヤカワ文庫NV

2019-11-21

Tag :

☆☆☆☆

ポートランドの弁護士ベッツィは破格の報酬で、建設会社の社長から、起訴された時には弁護するよう依頼された。その直後、彼は連続女性失踪事件の容疑者として逮捕されてしまう。十年前、ニューヨークでも今回と同様、現場に薔薇が残される失踪事件が起きており、彼と二つの事件との関係が疑われたのだ。やがてベッツィの身辺に危険が迫り、裁判の行方は混迷を極める……二転三転するダイナミックな展開の傑作サスペンス 内容紹介より



一輪の黒い薔薇と「去れど忘られず」と記された紙が現場に残された女性失踪事件が立て続けに起き、十年前にニューヨークで発生した同様の事件を手がけた刑事の情報により、地元の大手不動産業者の容疑者が逮捕されます。その容疑者の弁護を引き受けたのが、夫と別居中で幼い娘と暮らす主人公です。状況証拠ばかりの容疑であり、彼女は依頼人の保釈を勝ち取りますが、彼に不審なものを感じた彼女は彼の過去を調べ始めます。弁護士が主役のリーガルサスペンスといえば、冤罪を着せられた依頼人を不利な状況ながら一発逆転無罪を勝ち取るというスタイルが定番だと思うのですけれど、本書はそれとはまったく違うスタイルを採っています。十年前に起きた事件の真犯人に近い容疑者だった、 非常に怪しく好感の持てない人物を依頼人に仕立て、読み手はこれからどういう展開になっていくのか先が読めない状態になります。そんななか後半に入った頃、予想しない衝撃的な真実が明かされてびっくり仰天してしまうのです。しかし一方では種明かしされて、それ以降の流れはだいたい読めてしまうという残念なところも併せ持っている作品だと思います。サイコパス犯罪を逆手に取ったかなりユニークな作品だと思いました。

『炎の裁き』ハヤカワ文庫NV
『女神の天秤』講談社文庫




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テーマ : 推理小説・ミステリー
ジャンル : 本・雑誌

『珍獣遊園地』カール・ハイアセン 角川文庫

2019-11-15

☆☆☆☆

世界に二匹しかいないという珍獣が盗まれた。それがすべての発端。遊園地(テーマ・パーク)の広報課に雇われた元新聞記者のジョーは、珍獣盗難騒動にかんしてでっち上げ記事を描くように言われる。なにか怪しい。超過激環境保護団体を率いる老女、妙に義理堅い泥棒、素性が怪しい遊園地(テーマ・パーク)経営者……奇怪な人間が跳梁し、奇妙な事件が次々と起こる。抜群のユーモアが冴える会心の一撃。 内容紹介より



ディズニーランドに敵愾心を燃やす二流テーマ・パークのオーナーは、地元の不動産王でもあり、フロリダの自然豊かな地域をリゾート地として開発しようと計画を進めています。テーマ・パークで広報担当の元新聞記者の主人公が、珍しいハタネズミの盗難と、それに続く動物学者の失踪事件を契機にテーマ・パークのオーナーの悪巧みを調べ始めるという流れ。作者の人生のテーマと言えるであろう“悪質開発業者による自然環境破壊対環境保護”が、相変わらず彼の軽妙な筆致と奇天烈なプロットで表されブラックな笑いをまとった作品です。登場人物たちもこれまた相変わらず奇矯な者たちばかりで、当然常連である元州知事、すぐに銃をぶっ放す環境保護団体のボスである老婦人、彼女に銃で撃たれた凸凹コンビの泥棒たち、ミッキーとミニーの卑猥な刺青を入れたテーマ・パークのオーナー、ステロイドで増強した筋肉自慢の警備課長、そして人間だけでなく猥褻行為をはたらくイルカまで種々様々です。キー・ラーゴの現在の自然環境はどういう状況なのか、読後に、ああ面白かった、というだけでなく考えさせられる作品だと思います。

ユーザータグ:カール・ハイアセン




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テーマ : 推理小説・ミステリー
ジャンル : 本・雑誌

『悪魔の星』ジョー・ネスボ 集英社文庫

2019-11-06

Tag :

☆☆☆☆

一人暮らしの女性が銃で撃ち殺され死体で見つかった。左手の人差し指が切断されていた上に、遺体から珍しいダイヤモンドが見つかると、猟奇的な事件に、注目が集まる。ハリー・ホーレ警部は、3年前の同僚刑事の殉職事件を捜査し続けていたが、証拠を得られず捜査中止を命じられ、酒に溺れて免職処分が決定。正式な発令までの間、この猟奇的事件の捜査に加わるが、事態は混迷を深めていく……。 上巻内容紹介より



連続殺人に死体損壊、犯人が意図的に置いた遺留品、それから警察内部の腐敗とアルコール中毒の刑事。こういう要素それぞれは珍しくもなければ新しい訳でもないし(特に、警察内部に犯罪ネットワークみたいなものが存在しているという話にはかなりの既視感を覚えました)、どん底に墜ちたヒーローが、何かの拍子に覚醒して手強い悪を倒す、という話をなぞっているプロットもオーソドックスなのですけれど、それらの材料の処理と手際がとても巧い作家だと思いました。上巻では、仕事を放棄して酒に溺れ悪夢にうなされる主人公の底まで堕ちた姿をこれでもかと描いているため話がちょっと停滞気味です。下巻に入って、犯人が残した逆五芒星を手がかりに捜査が進み始めますが、それに主人公の仇敵を絡ませて緊迫感を高めています。「殺人犯は完璧な暗号をわれわれに示して、日時と場所を教えてくれました。しかし、“なぜ”は教えてくれませんでした。そうすることで、犯人は動機よりも行動にわれわれの目を向けさせたんです」(下巻p334)、これは主人公が真犯人に目を付けた理由を説明した言葉で、猟奇殺人につきものの性的、変質的なものが事件の背景に見当たらなかったことを指していて、この視点を別方向からとらえているところに、従来にない何か目からうろこみたいな新鮮さを感じました。

『ザ・バット 神話の殺人』
『スノーマン』




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テーマ : 推理小説・ミステリー
ジャンル : 本・雑誌

『震えるスパイ』ウィリアム・ボイド ハヤカワ文庫NV

2019-11-03

Tag :

☆☆☆☆

英国の大学院生ルースは、母親のサリーが命の危険を感じて描いたという手記を読み、驚愕した。母親は本名はエヴァ・デレクトルスカヤといい、第二次大戦中は英国の諜報員として対独情報工作やアメリカを参戦させる作戦にも加わっていた。だがそこで彼女は死の危険に見舞われたのだった。そして1976年の今、母から依頼された調査を始め、ルースは驚くべき事実を知ることに。コスタ賞最優秀長篇賞を受賞した本格スパイ小説。 内容紹介より



物語は、主に1941年のエヴァ(サリー)と1976年のルース(エヴァの娘)の視点を交互に挿んで進みます。前者の時代背景は、英国が孤立主義をとる米国をなんとかヨーロッパの戦争に参戦させようと躍起になっていた時期で、対独情報工作をしていたエヴァの所属する組織は、ニューヨークに移って秘密工作をすることになります。ナチスによる米国への脅威を煽るための偽の情報を仕込む作戦を担当した彼女は、その現場において正体が暴かれ窮地に陥ったことで、ある疑念を抱き始めます。かたや後者は、ドイツのテログループの記事が紙面に載ったり、ロンドンに来るイラン王室に対する抗議デモがある程度で、博士論文を執筆中のルースは外国人に英語を教える仕事をしながら、一人息子を育てています。そんな日常を過ごすなか、彼女は母親から元スパイだったことをカミングアウトされることになります。このエヴァとルースの各章の緊張感の落差が緩急になって非常に良いテンポとバランスを作り出しているように感じました。またルースの章にも、ドイツからやってきた、彼女の元愛人の弟とその女友だちにまつわるテロリスト疑惑や警察から密告者(スパイ)にならないかと勧誘を受ける件など、ちょっとしたサスペンス風味を効かせた仕掛けもしてあるところなど作者の達者な一面がうかがえます。米国の参戦をめぐっての各国の思惑、歴史の裏に秘められた事実には意表を突かれるとことがありました。ル・カレでも007でもない、新しいスタイルを備えた完成度の高いスパイ小説ではないでしょうか。




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テーマ : 推理小説・ミステリー
ジャンル : 本・雑誌

『泉』キャサリン・チャンター 東京創元社

2019-10-31

Tag :

☆☆☆☆

イギリス全土で3年にわたって異常な干魃が続いているにもかかわらず、“わたし”がいる農場〈泉〉にだけは雨が降り、草木が青々と茂っている。“わたし”はここで自宅監禁生活を送ることになった。〈無個性〉〈3〉〈ボーイ〉と名付けた男たちに常に監視され、行動を厳しく制限されながら孤独に暮らす“わたし”を、殺人事件の記憶が苦しめる。なぜ家族も友人も失うことになったのか?自分は何をしてしまったのか?“わたし”は精神のバランスを崩すほど思い悩みながら〈泉〉での生活を降りかえり、殺人犯をつきとめようとする—。異様な状況下で傷ついた女性の、追憶と再生の物語。 内容紹介より



“わたし”が、冤罪で失職した夫の希望で共に暮らし始めた郊外の農場には泉があり、それはイギリス全土に及ぶ異常干ばつでも涸れることはなかった。ふたりの農家暮らしもなんとかやりくり出来始めたものの、異常気象が続くにつれ、彼らの泉が注目を集め、いわれのない妬みや中傷に晒される事態が起き始めます。世間から隔絶状態になったため、“わたし”は農場を売却してしまうよう勧めますが、夫は聞き入れません。ふたりの関係にわだかまりが生まれかけた頃、離れて暮らしていた娘が孫息を連れてに彼らの前に姿を見せます。そして泉の存在に魅せられた女性だけの宗教グループが敷地内で暮らしはじめたことから、“わたし”と夫の間には、さらに亀裂が広がる状況に陥ります。精神が不安定になった“わたし”に衝撃的な事件が降りかかります。ある事件を起こして施設に囚われていた“わたし”が自宅での監禁生活に処され、そこで現在の状況を交えつつ、事件に至るまでの経緯を回想するかたちで物語られています。本書は、CWA賞最優秀新人賞候補作なのだそうですけれど、ミステリ色は薄く拙く、かなり(純)文学寄りの作品で、表現力や文章力、豊富なイメージでもって、尽きぬ泉によって楽園となった土地に絡めとられ、妬まれ、崇められ、利用され、そして、もっとも大事なものを失ってしまう様を丹念に幻想的に描き出して見せます。




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テーマ : 推理小説・ミステリー
ジャンル : 本・雑誌

『贋作』ドミニク・スミス 東京創元社

2019-10-25

Tag :

☆☆☆☆

画商に修復の腕を見込まれ、ある富豪の弁護士が所有する17世紀オランダ女流画家の作品の贋作をひそかに制作し、心ならずも絵画窃盗に加担してしまった女子画学生。私立探偵を雇って彼女の存在を探り出したその弁護士は、罪を暴き、大切な絵を取り戻そうと、彼女に近づくが、彼女の絵に対するひたむきさと知識の深さに敬意を抱くようになる。そして彼女は絵を愛する、自分とは別世界に住む大人の男に惹かれ始めたが……。40年以上の時が流れ、過去を封印し罪の意識におののきながら、美術史学者として活躍する彼女の前に、自分の手になる贋作と真作がそろって出現した!いったいなぜ?17世紀の女流画家と現代の女性学者、それぞれの愛と喪失と苦悩が時代を超えて呼応する。絵画贋造の技法、複雑に絡み合う人間関係も、ミステリアスで美しい光のなかに見事に描きあげられた情感溢れる物語。 内容紹介より



物語は、17世紀のオランダ、1957年のニューヨーク、2000年のシドニー、この三つの時代と場所によって各章に分けられ、主要な登場人物は女流画家サラ、富豪の(元)弁護士マーティ、(元)画学生エリーです。女流画家に降りかかった悲劇と制作した絵画にまつわる出来事、彼女の遺した絵画をめぐって起きた盗難事件、その盗難事件に利用された贋作と盗まれた真作が美術館に持ち込まれたことで明らかになる過去が語られていきます。サラが絵画を描いた動機は、ひとり娘を喪った悲しみから、エリーは女性差別を体験したことからくる怒りで贋作を描いているように、彼女たちの人生を重ねあわせ、また対比させています。注目したいのはマーティの存在ですが、先祖の財産で裕福に暮らし、サザビーズに出入りする彼は、エリーとはまったく異なる世界に住む人物に設定され、借金や貧困に苦しんだサラと生活のために絵画補修をしつつ、論文を書いている苦学生エリーとは対照的な存在であり、彼の存在はほとんど添え物に過ぎません。彼の立ち位置は、エリーのオークション自体への揶揄に表されているように、そしてサラのパトロン的存在の大金持ちの老人に代表されるように、貧しさの中からうまれた絵画が金持ちの所有になる現実を皮肉ってもいます。サラの人生の一部を切りとったことにより物語に奥行きと情感を出し、時代を超えた二人の女性の数奇な結びつきを巧みに描き上げた作品だと思います。




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テーマ : 推理小説・ミステリー
ジャンル : 本・雑誌

『影』カーリン・アルヴテーゲン 小学館文庫

2019-10-19

Tag :

☆☆☆☆

ノーベル賞作家である父アクセル・ラグナーフェルトは、脳疾患で全身麻痺となり施設に入っている。息子ヤン=エリックはその威光で尊敬を集めて生活しているが、家庭は崩壊し浮気三昧の日々だった。物語は、高齢で死んだ老女の身元確認から始まる。彼女はかつてラグナーフェルト家で家政婦をしていた。葬儀のために探し物をすることになったヤン=エリックは、事故死と聞かされてきた妹の死因に不審を抱く。やがて彼は、高潔なはずの父が何かをひた隠しにしていることを知る……。人は、ここまで堕ちることができるのか—生きることの絶望と希望に迫る問題作。 内容紹介より



誰もが多かれ少なかれ秘めている影をテーマにした作品です。ノーベル文学賞受賞という強い光に照らされた大作家には、また深い影を持っていたことが、かつて彼の家の家政婦だった女性の死をきっかけに明らかになっていく過程を描いた物語です。全身麻痺で施設で介護されている大作家、アルコール依存症のその妻、父親の名前で暮らしている彼らの息子、その妻、捨て子だった脚本家の青年、主にこの五人の視点で語られていくのですが、どれも心理描写が深く、彼らの抱える影を際出させています。特に、文学的才能を持たない息子のひがみと父親を憎みながら、その名声を頼って暮らさざることを得ないことへの葛藤、それが原因で家庭不和に陥いる悪循環の中でもがく姿を詳細に描き出していきます。元家政婦の死によって、作家と彼の家族に起きた過去、そして青年の母親に起きた出来事により、人がいかに残酷なほどエゴに堕ちるものなのかが暴かれていきます。己の幸福を追求し過ぎて、手に入れた幸せに満足できなかった者が一度の過ちでつまずき、影に呑まれるのを抗う中で図らずも周りの者たちをも不幸にさせたしまった一つの人生の物語です。

『喪失』
『罪』
『裏切り』




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テーマ : 推理小説・ミステリー
ジャンル : 本・雑誌

『冷たい家』JP・ディレイニー ハヤカワ・ミステリ

2019-10-13

Tag :

☆☆☆☆

フォルゲート・ストリート一番地—そこにはミニマリストで完璧主義者の建築家エドワードが手がけた家がある。最先端テクノロジーによって制御された立方体の建物。簡潔さが追求された室内。エドワードの厳しい審査をパスした者だけがここに入居を許される。だがこの家に住む女性たちには、なぜか次々と災厄が訪れるのだった—。この建築家は一体何者なのか?この家に隠された秘密とは?交錯する語りから驚愕の真実が明かされていく—映画化決定の新時代サスペンス。ニューヨーク・タイムズ・ベストセラー 内容紹介より



物語の構成は、フォルゲート・ストリート一番地に建つ家の借り主の女性たち、過去の借り主エマ、現在の借り主ジェーン、二人の視点が入れ替わって組み立てられています。ミニマリズムを追求し超ハイテクな家、そこに入居を許される者は、建築家の意向による煩雑なアンケートに答え、面接を受けなくてはなりません。さらには、入居者には二百ほどの禁止事項やルールに従うことが求められています。強盗事件に巻きこまれたエマ、死産を経験したばかりのジェーン、二人は家に包み込まれたような居心地の良さを感じ、建築家と恋に落ちてしまいます。やがてエマは建築家の妻子が事故死した事件を、ジェーンはエマが不審死を遂げた事件を調べ始めることになります。過去と現在の視点が、短い章でスムーズに切り替わり、建築家が彼女たちにアプローチする方法やデートの場所、プレゼントなど言動がまったくと言っていいほど同じなのが無気味であり、彼の尋常の無さを強く印象づける手法になっています。また、中盤になってのある人物の隠された姿、それは物語の潮目が変わるような、これまでのイメージを覆すような事態への急激でショッキングな変化がとても効果的で見事だと思いました。




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テーマ : 推理小説・ミステリー
ジャンル : 本・雑誌

『惨劇のヴェール』ルース・レンデル 角川文庫

2019-10-10

☆☆☆☆

ウェクスフォード、テロに遭う!後から思えば、ウェクスフォードはほんの一足違いで事件を逃したのだった。その同じ偶然が、娘の車に仕掛けられた爆弾でばらばらに吹き飛ばされるのから、間一髪かれを救った。入院したウェクスフォードに代わって捜査の指揮をとったバーデンは、死体発見者の女性の息子を犯人とにらみ、取りつかれたように取り調べす進めた。だがその時かれは母と子の関係の底に隠された、摩訶不思議な、同時に恐るべき影の存在に気づかなかった。そして事件の本当の恐ろしさにも。ウェクスフォード・シリーズ、最大最高の長篇! 内容紹介より



本書は、ウェクスフォード・シリーズの14作目にあたり、1988年に発表されています。
ショッピング・センターの地下駐車場で中年女性の絞殺体が発見され、ウェクスフォード主任警部が捜査にあたりますが、警部自身が爆弾テロの被害を受け入院したため、部下であるバーデンが捜査の指揮をとることになります。彼は死体発見者の息子が犯人だと確信して取り調べを進めます。母親と二人暮らしで、心理療法士を受診する、その容疑者の様子に異様なものを感じたバーデンが、幾度も面談を重ねるにつれ、容疑者の態度に変化が起き始めます。ウェクスフォード・シリーズとノン・シリーズのふたつを掛け合わせたみたいな作品に仕上がっている本書は、死体発見者の息子の造形と、彼とバーデンとの一連のやり取りとそれにつれて変化する彼らの関係性が読みどころなのでしょう。本書の心理的な息苦しさをふくむサスペンス性の部分をバーデンが受け持ち、ミステリ自体はウェクスフォードが解き明かすという二重性を持たせているという点ではかなり凝ったプロットだと思います。サスペンスに目が行きがちになりましたが、雑誌に掲載されている読者の人生相談欄が事件の謎を解く重要なヒントになっているところに著者の巧さを感じました。また、爆弾犯が狙った真の標的にも捻りが加えられて軽いアクセントになっています。

ユーザータグ:ルース・レンデル



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テーマ : 推理小説・ミステリー
ジャンル : 本・雑誌

『踊る骸』カミラ・レックバリ 集英社文庫

2019-10-07

Tag :

☆☆☆☆

今は亡き母は、なぜ最期まで私達姉妹に冷たかったのだろう?屋根裏で母が戦時に書いた日記と古い勲章を見つけたことで、再び謎と向き合うことになったエリカ。だが、勲章の鑑定を頼んだ歴史家は直後に撲殺され、ヒントを探すために読み始めた母の、別人のように感情豊かな日記は戦中のある日唐突に終わっていた。スウェーデン発シリーズ第5弾、二つの時代が交錯する味わい深い名作ミステリ! 内容紹介より



〈エリカ&パトリック事件簿〉シリーズ。
地元警察の刑事パトリックは育児休暇中、作家のエリカは新作を執筆中ながら屋根裏で見つけた亡き母親の日記とナチの勲章が気になって集中できない状態です。母親になった彼女は、なぜ母親が自分たち姉妹に心を閉ざしていたのか、その理由を日記から読み解こうとするとともに、勲章がなんらかの手がかりになるのではないかと、元歴史教師でナチスの歴史に詳しい人物に勲章を持ち込みます。しかし、その後彼は自宅で撲殺死体として発見されます。この殺人事件を核として物語は、現在と1943年から1945年を行き来し、少女時代のヒロインの母親とその友人たちとノルウェーにおけるナチスへのレジスタンス活動を支援する若者の過去を描き、また、現在のヒロインを含む多くの登場人物たちにまつわる種々様々なエピソードをこれでもかと幾重にも重ねる手法をとって展開します。沢山の逸話が語られているにしても、そこに共通して浮かび上がっている一貫したテーマは家族であること、それが作者の強い思いであることは、さほど登場機会の少ない人物にもテーマにつながる場面を設けていることから感じられます。物語の行き着くところが予想しやすいにしても、勲章が六十年前に起きた事件と心を閉ざした母親の理由、その謎を開ける鍵にしているところは巧さを感じます。人物たちの色々な確執や個々の問題が都合良く、あるいは安易に解消される点が気になりますが、読みごたえのある作品だと思います。

『氷姫』
『説教師』
『悪童』
『死を哭く鳥』




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テーマ : 推理小説・ミステリー
ジャンル : 本・雑誌

『サトリ』ドン・ウィンズロウ ハヤカワ文庫NV

2019-10-04

☆☆☆☆

1951年東京。日本的精神の至高の境地〈シブミ〉を学んだニコライ・ヘルは、服役中にCIA局員の訪問を受け、釈放と引き換えに暗殺の仕事を請け負った。朝鮮戦争が勃発し、中国とソ連は親密な関係にあるが、アメリカは中国の顧問役であるKGB幹部ヴォロシェーニンを暗殺し、中ソを反目させようとしていた。標的を知らされ、ニコライは驚いた。母と浅からぬ因縁があったからだ。彼は武器商人になりすまし、北京に赴くが…… 上巻内容紹介より



本書は、トレヴェニアン作の『シブミ』の中に書かれているエピソードを基に創作された前日譚になるそうです。『シブミ』は読んだことがありますが、囲碁や洞窟の話があったことを覚えているくらいで、あとはまったく記憶に残っていません。本書は、主人公ニコライ・ヘルの若かりし頃の冒険譚です。ロシア貴族の血を引き、日本において武道と囲碁の教えを受けた主人公にCIAが目を付け、中国にいるロシアの要人の暗殺を依頼してきます。中国、ラオス、ヴェトナム、と物語は舞台を換えて進み、時代背景や各国の街の雰囲気も丹念に描き出し、また、「サトリ」という日本人に取っては馴染み深い言葉と思想を主人公の精神的支柱に据えているせいで話にスムーズに入り込むことができました。日本人の「心」を備えた主人公という設定は極めて珍しく、銃をやたらと撃ちまくるアメリカ的アクション場面は極めて少なく、闘う相手には素手で対決しているところも特異なところだと思います。登場人物二人の正体にかなり意外性があった辺りはウィンズロウらしく、逆に暗躍するCIAの敵役がたずさわる「X計画」なるものが、まったく衝撃的でないのは作者らしからぬ感じを受けました。

ユーザータグ:ドン・ウィンズロウ




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ジャンル : 本・雑誌

『ロンリー・ファイター』ハーラン・コーベン ハヤカワ文庫HM

2019-10-01

Tag :

☆☆☆☆

マイロンにはいつもトラブルが降りかかる。名門ゴルフクラブを訪れたことがきっかけで、彼はプロゴルファーの夫婦の息子を誘拐した犯人を探しだすことになったのだ。ゴルファーとして不遇だった少年の父親は再起を賭けて全米オープンに出場中だった。彼を動揺させるための犯行か?さらに相棒ウィンは調査への協力を拒絶し……孤立無援のなか、スポーツ・エージェントのマイロンが機知とジョークで敵に立ち向かう第4弾 内容紹介より



三作目の『カムバック・ヒーロー』は未読です。いつもコンビを組むウィンの親戚から依頼された少年誘拐事件の調査にもかかわらず、彼は母親との間に確執があるため主人公への協力を断ります。というわけで主人公は単独で誘拐事件の真相を追うことになるのですが、金銭だけが誘拐犯の狙いなのかどうか不審な点が浮かび上がってきます。実は誘拐を装った少年による狂言なのではないか、全米オープンで首位にたつ少年の父親に対しての圧力なのか、さらに過去の試合にまつわる怨恨の線も浮かび上がってきます。いつもは相棒が受け持つ容疑者への暴力などの慣れない汚れ仕事を、今回は主人公が担う羽目になり、日頃の彼ら二人の関係を内省したりする場面も織り込まれています。しかし、達者な減らず口や軽口は相変わらずであり、この辺りは非常にアメリカ的に感じました。登場人物たちそれぞれの意外な関係性も構築され、取り揃えられた容疑者たちとその動機も様々に設定され、さらに最後の捻りも利いていてミステリ性は結構高いと思います。

『沈黙のメッセージ』
『偽りの目撃者』




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『罪深き眺め』ピーター・ロビンスン 創元推理文庫

2019-09-25

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☆☆☆☆

バンクス警部はため息をついた。都会の喧噪を逃れて、ロンドンからヨークシャーの片田舎、ここイーストヴェイルに転属してきたというのに、このありさまはどうだ。今は秋。だから灰色の空、冷たい雨に祟られるのはやむをえないとしても、町にはのぞき魔が出没して被害が相つぎ、老人宅を狙った盗難事件も、いっこうにやむ気配がない。そして今度は、三日前に八十七歳の誕生日を迎えたばかりの老婦人が殺されたというのだ……。音楽を愛する首席警部イアン・バンクスの活躍を描いて独特の詩情漂う現代英国ミステリの新シリーズ、堂々の開幕! 内容紹介より



1987年に発表された作品です。
主人公は三十六歳の首席警部、家族は妻と一男一女。ロンドンから希望して地方に転属してきた人物です。舞台となるのは、人口一万四千人ほどの自然と歴史に恵まれた「絵に描いたような美しい町」ですが、中心部を外れると、荒廃が進む低所得者向けの市営住宅地が広がっているという状況です。その閑静な田舎町で、のぞき魔事件や強盗事件が頻発し始め、さらに他殺と思われる老婦人の遺体が発見されることに。視点は主人公やその妻、部下や町の住人に頻繁に入れ替わって進みます。主人公は人間臭く、等身大の人物で、のぞき魔事件の捜査に協力する美人心理学者に心が揺れ動いたり、部下に八つ当たりしたりします。物語は、主人公の妻がのぞき見の被害者になったり、強盗事件の犯人側からの視点が据えられたりと、なかなか変化に富んでいて進行も速いのですが、主人公と心理学者との序盤の会話部分にややもたつき感がありました。作品全体は地味な印象なのですけれど、三つの事件を捜査する展開は、いかにも警察小説らしく、犯人との直接対決、意外な真犯人、危機一髪の場面などが盛り込まれておりなかなかの出来映えだと思います。

『必然の結末』




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テーマ : 推理小説・ミステリー
ジャンル : 本・雑誌

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てんちゃん1号

  • Author:てんちゃん1号
  • 海外ミステリなどの感想を誤字脱字、表現・文法間違いを交え、思い込みと偏見を持って書いています。そんな素晴らしいブログなのでリンクとか何でもフリーです。異次元、霊界、他惑星からもお気軽にどうぞ。

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