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『階段の家』バーバラ・ヴァイン(ルース・レンデル) 角川文庫

2020-04-07

☆☆☆☆

女の魔性とさまざまな恋
エリザベスはタクシーの窓からベル・サンガーをみかけた。ベルは刑務所にいるはず……過ぎ去った日々がまざまざと甦る。1960年代を間近にひかえたロンドン。エリザベスはやがて発病するかもしれぬ遺伝性の難病におびえながら母の従姉妹コゼットを慕いよく訪ねた。未亡人コゼットは〈階段の家〉に住み、そこには恋愛やドラッグに翻弄される若者が集っていた。が、ベルはそんななかにあってなにかが違っていた。やがて明らかになるベルの魔性、コゼットの老いらくの恋。そしてあの忌まわしい事件が起きた…… H・ジェームズの「鳩の翼」に材をとり、ルース・レンデルがバーバラ・ヴァインの名で贈る傑作長編。 内容紹介より



本書は1988年にバーバラ・ヴァイン名義で発表された作品です。
物語の柱となる登場人物は、物語の語り手である作家のエリザベス、彼女の親戚のコゼット、そしてベルの三人です。エリザベスはコゼットを母のように慕い、ベルに対しては同性愛的感情を抱きます。エリザベスは遺伝性難病の発症を恐れて人生を刹那的に考え、従順な妻だったコゼットは夫の急死により、女としてもう一度一花咲かせたいと熱望しています。そんなコゼットが購入した〈階段の家〉には、お金持ちで気前のいい彼女を目当に大勢の男女が入り浸ります。しかし、ある日やってきたベルは、そういう様子は一切見せずに階段の家の一室で暮らし始めます。やがて彼女が兄を紹介したことから話が大きく動き始めます。
まったく性格の違う三人の女性たちの姿を緻密に描き、当事者の一人を語り手にすることでコゼットに起きたこと、またエリザベスに起きること、この二つのサスペンスを高めて物語は進み、その余韻を残して終わります。冷たい炎を胸の奥底で燃やしているみたいなベルという得体のしれない異種なるもの、非常に美しい花、その中にカマキリが潜んでいるみたいな不気味な存在感が特異であり、彼女の無口な静けさが話に張り詰めた緊迫感を醸し出しています。

ユーザータグ:ルース・レンデル




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テーマ : 推理小説・ミステリー
ジャンル : 本・雑誌

『破壊者』ミネット・ウォルターズ 創元推理文庫

2020-04-04

Tag :

☆☆☆☆

女は裸で波間にただよっていた。脳裏をよぎるのは、陵辱されたことではなく、手指の骨を折られたことだった。―そして小石の浜に打ち上げられた遺体が発見される。被害者は長時間泳いだ末に力尽き、溺死していた。一方、死体発見現場から二十キロ以上離れた港町では幼女が保護される。彼女は被害者の三歳になる娘だった。なぜ犯人は母親を殺したのに娘を無傷で解放したのか​?海を恐れ船に乗らなかった女性がなぜ溺死したのか?凄惨きわまりない事件は、被害者をめぐる複雑な人間関係を暴き出す。現代英国ミステリの女王が放つ稀代の雄篇。 内容紹介より



解説によると本書は、『囁く谺』(1997)と『蛇の形』(2000)の間に発表された作品にあたるそうです。特徴としては、この作家には珍しく警察官を主人公にした、かなり警察小説寄りの物語になっているところだと思います。その点では、従来のヒロイン個人の感情の移ろいや揺れを事件に絡ませて進行していく作品とは違って、警察という揺るぎない権力を主軸に据えた、オーソドックスな型をとっているところに読みやすさを感じました。ただし被害者である女性の人物像を夫や姑、元同僚などによって浮かび上がらせる作業を丹念に行うとともに、彼女と容疑者側との関係も微細に描き彼らのエゴや欲望、思惑を表し出して見せています。悪女物語また犯罪小説の面を備え、そういうとことが単なる警察小説とは一味違うものにしている要因なのでしょう。胃もたれするみたいな話の中、田舎の巡査とうらぶれた旧家の母娘との交流が息抜きになっています。

『囁く谺』
『病める狐』




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テーマ : 推理小説・ミステリー
ジャンル : 本・雑誌

『シャドウ・キラー』ヴァル・マクダーミド 集英社文庫

2020-04-01

Tag :

☆☆☆☆

犯罪心理学者フィオナには悲しい過去があった。妹の殺害事件。それを阻止できなかった彼女は、プロファイリングの研究にいっそう熱を入れている。恋人のミステリー作家キットとの同居生活は順調だったが、彼に届いた一通の脅迫状と、彼の同業者が殺されたことで、二人の生活にも暗い影がしのびよってきた…。CWA(英国推理作家協会)ゴールド・ダガー賞受賞作家の話題の最新作登場。 内容紹介より



本書では三組の殺人事件、白昼の公園で起きた幼子を連れた女性の刺殺事件、被害者がスペイン・トレドの史跡で発見された二件の殺人事件、そしてミステリー作家を狙った連続殺人事件が描かれています。犯罪心理学者である主人公はそれぞれの事件を各警察の依頼を受けてプロファイリングしますが、最初の事件に関しては功を焦る警察当局によって別のプロファイラーが雇われるという苦い経験をしています。トレドで発生した殺人事件については、個人的にはあまり必要性を感じませんでした。物語の上での小手調べ的な挿話みたいなものなのでしょうか。またミステリー作家連続殺人事件はかなり動機がひねくれてこじつけているようなやや不自然な感じもしました。ただミステリ作家が自作で描いたとおりに殺害されるという意匠はなかなかユニークですし、フィクションとはいえ業界や同業者同士の様子を伺えて興味深いところもあります。それから主人公が行う犯罪者への分析が一般的なアプローチとは異なっている点は新鮮に感じました。

『殺しの儀式』
『殺しの四重奏』
『処刑の方程式』





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テーマ : 推理小説・ミステリー
ジャンル : 本・雑誌

『エアーズ家の没落』サラ・ウォーターズ 創元推理文庫

2020-03-26

Tag :

☆☆☆☆

この地方で、かつて隆盛を極めたエアーズ家は、第二次世界大戦終了後まもない今日では斜陽を迎え、広壮なハンドレッズ領主館に逼塞していた。かねてからエアーズ家に憧憬を抱いていたファラデー医師は、ある日メイドの往診を頼まれたのを契機に、一家の知遇を得る。物腰優雅な老婦人、多感な青年であるその息子、そして令嬢のキャロラインと過ごす穏やかな時間。その一方で、館のあちらこちらで起こる異変が、少しずつ、彼らの心をむしばみつつあった……。悠揚迫らぬ筆致と周到な計算をもって描かれる、たくらみに満ちたウォーターズの最新傑作。 上巻内容紹介より



時代背景は第二次大戦後まもない頃、労働党政権下で食料やガソリンなどの配給制度がしかれています。そのような中、由緒あるハンドレッズ領主だったエアーズ家は、経済状況の悪化により土地や家財を売って家計を支えている状態です。主要な登場人物は、エアーズ家の領主ロデリック、姉のキャロライン、彼らの母親で先代のエアーズ夫人、館の住みこみメイドであるベティ、そして物語の語り手ファラデー医師です。時代の趨勢により凋落していくエアーズ家と荒廃していくハンドレッズ館、その館を侵食するように手放した領地に労働者向けの住宅が立ち並ぶという構図を組み、館の元奉公人を母親に持つ医師がエアーズ家との交流から見た、館に起きた奇妙な出来事とその家族の悲劇を物語ります。物語の核心とは、エアーズ家の没落にとどめを刺したのは果して館で発生した数々の超自然現象なのか、あるいは人的なものなのか、ということなのでしょう。早世したエアーズ家の長女の霊または集団ヒステリー、あるいは館への執着心によって精神を蝕まれたと思えるある人物、様々に疑うことができます。作者は最後に匂わせてはいますがはっきりとした正解はないのかもしれません。下巻になると同様なことの繰り返しで、やや単調に感じてしまうところもありました。しかしすっきりした文体と、こなれた訳文で非常に読みやすかったです。




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テーマ : 推理小説・ミステリー
ジャンル : 本・雑誌

『Xに対する逮捕状』フィリップ・マクドナルド 創元推理文庫

2020-03-23

Tag :

☆☆☆☆

米国の劇作家シェルダン・ギャレットは自作公演でロンドンを訪れた。初日を成功裏に終え無聊を覚えた日曜の午後、立ち寄った喫茶店で女二人の会話を盗み聞きする成り行きに。いとも曖昧な断片ながら犯罪の匂いを嗅ぎ取ったギャレットは防がんと行動を開始する。相手にされないこと数度、やがてアントニイ・ゲスリンと面談。ゲスリンが動くや女の身許は割れたが行方は知れず、関係者の死、ギャレット自身も奇禍に遭うなど、行く手は困難を極めて……。興味深い発端、論理的な謎解き、緊迫の終局。巧みな展開が小気味よい、マクドナルドの代表作。 内容紹介より



本書は1938年に発表されたアントニイ・ゲスリン大佐を主人公にした作品です。ロンドンを訪れたアメリカ人が偶然立ち寄った喫茶店で二人の女性の間で交わされる、犯罪に関する密談を耳にしてしまいます。店を出た彼は彼女たちの後を追いますが、後ろ姿だけしか目にすることができす行方を失ってしまいます。身内が犯罪に巻き込まれたことがある彼は重大な犯罪が行われるのを危惧して警察に届け出ますが相手にされません。そこで彼は友人の伝でゲスリンと面会し、協力を頼みます。女たちの一人が喫茶店に置き忘れた切符と買い物のメモ書きから、彼らは行方を探ることに……。
犯罪を未然に防ごうと懸命な捜査を行うという珍しい趣向がとられている作品で、一片の紙切れから謎を解く妙味、犯行計画を解き明かすスリル、犯罪者からの反撃が生むサスペンス、それからロマンスも添えられている盛り沢山な良い物語です。でも、やはりちょっと古めかしくはあります。時々各章の導入部に映像を意識した描写を施しているところは、脚本家としても活動していた一面が現れているように思います。それから米英の話し言葉の微妙な違いや、イギリス人からはやや無礼とも思える直情径行なアメリカ人像が盛り込まれて、そこのところにロンドンにやって来たアメリカ人という設定が効いているみたいに感じました。

『鑢 名探偵ゲスリン登場』
『迷路』ハヤカワ・ミステリ
『ゲスリン最後の事件』
『ライノクス殺人事件』




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テーマ : 推理小説・ミステリー
ジャンル : 本・雑誌

『13時間前の未来』リチャード・ドイッチ 新潮文庫

2020-03-20

Tag :

☆☆☆☆

12時間以内に最愛の妻を殺した犯人を突き止めなければならない。13時間目には―。ニックは取調室にいた、容疑は妻殺し。彼女を殺すはずなどなかった。だが凶器の拳銃には自らの指紋。混乱するニックの前に謎の初老の男が現れ告げる。「きみには12時間ある」そして残された懐中時計……。第12章から始まり時間を遡る、異色かつ巧緻なタイムトラベル&タイムリミット・ミステリ! 上巻内容紹介より



不意に取調室に現れた謎の男から渡された懐中時計。その時計を持っていれば、2時間前にタイムスリップし、1時間が経てばその2時間前に。ただし13時間目からは時空はもとに戻るという具合です。妻殺しの容疑をかけられた主人公は、その時計を使って過去へと遡り真犯人の犯行を阻止しようとします。折しも旅客機墜落事故が起こり、街は混乱の渦中にあり騒然とした雰囲気に満ちている状況下にあります。殺人事件の犯人とその動機については割と早めに明かされるために謎解きの要素や意外性は少なめです。また、いかにもアメリカ的な娯楽作品ですので、人間像やその心理描写の掘り下げはなく極めて表面的であり、キャラクターは善か悪のいずれかに設定されています。SFとしてみても、タイムパラドックスに関しては一応パラレルワールドの概念を用いてように思えますが、過去に移動しても主人公が自分自身に会わないにもかかわらず、最後に懐中時計は二個に増えているみたいな辻褄の合わない部分も目に付きました。そういうことを気にしなければ娯楽小説としてはかなり面白い手法をとった作品だと思います。




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テーマ : 推理小説・ミステリー
ジャンル : 本・雑誌

『夜は終わらない』ジョージ・ペレケーノス ハヤカワ・ミステリ

2020-03-05

☆☆☆☆

ワシントンDC。麻薬、貧困、人種間の争いが蔓延する街―。刑事ラモーンは、この街の犯罪との終わりなき闘いに日々神経をすり減らしている。そんな彼でさえ、やるせなくなる事件が起きた。犠牲者は少年で、しかも息子の友人。事件の解決を心に誓い捜査を始めたラモーンは、二十年前の未解決連続殺人事件との類似点に気づく。さらに他の殺人事件との意外な関連性も浮びあがった。事件をめぐり、人間の欲望と執念が交錯するなか、明らかになる真相は……。家族の絆を軸に描く、哀切に満ちた傑作長篇。バリー賞受賞作。 内容紹介より



ワシントンDCの一画にあるコミュニティ菜園で少年の遺体が発見されます。警察は現場の状況や殺害方法が二十年前に起きた少年が被害者の連続殺人事件に似ていることに着目します。被害者が息子の友人だったことから、刑事のラモーンは他人事とは思えず捜査に関わることになります。一方、事件の第一発見者であるラモーンのかつての同僚だった元警官ドクは、二十年前の連続殺人事件の捜査に執念を燃やした元巡査部長に接触します。物語はこの殺人事件の他に、暗黒街でのし上がる野望を持つ若者の姿も追っていきます。この二つの話は最後までリンクするわけではないのですが、作者の意図であろう人間像やその人生を描き出すという点で重要な役割を果たしていると思います。そして作者の一貫したテーマである、貧困、犯罪、人種差別、人種間対立が本書でも強く表されています。そういうことを考慮に入れるとすると、本作は〈ワシントン・サーガ〉の外伝、またはデレク・ストレンジシリーズのスピンオフみたいな立ち位置を取るのかもしれません。人種の壁への答えとして、白人と黒人のラモーン夫婦、同じく元警官と元巡査部長のコンビ、犯罪には強盗犯の更生した従兄弟を登場させているように感じました。さらに円熟味を増した作者による人間ドラマなのではないかという印象です。余談ですが、名前の表記がジョージ・P・ペレケーノスからジョージ・ペレケーノスに変わっています。

ユーザータグ:ジョージ・P・ペレケーノス




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テーマ : 推理小説・ミステリー
ジャンル : 本・雑誌

『暗闇の囚人』フィリップ・マーゴリン ハヤカワ文庫NV

2020-03-02

Tag :

☆☆☆☆

夫の最高裁判事を爆殺した容疑で突如起訴された、美貌の女検事アビー。揺るぎない物証を揃え盤石の態勢を築く検察側は、さらに意表をつく証人を用意する。証人の名はディームズ、かつてアビーが訴追した卑劣な殺人狂だった。一方、弁護に立つのは、いまだ敗北を知らぬ辣腕弁護士レイノルズ。圧倒的に不利な状況下、彼に逆転の秘策はあるか?やがて熾烈な法廷戦の末、驚愕の真実が……仕掛けに満ちた、興奮のサスペンス 内容紹介より



夫の浮気を理由に離婚協議中の女性検事が、車に仕掛けた爆弾によって夫を殺害した容疑で逮捕されます。弁護するのは、幼い頃父親を冤罪より死刑で処せらたことで死刑訴訟を専門に扱うようになった辣腕弁護士です。爆発現場や被告人の自宅から発見された証拠品、さらに彼女から夫の殺害を依頼されたという証人まで現れて被告側は窮地に陥ります。さらに被害者付きの調査官殺害の容疑もかけられてしまう絶体絶命のピンチを弁護側はいかに逃れるのか。というリーガルサスペンスの醍醐味が十二分に味わえますが、それ以上に自分が持っていたリーガルサスペンスのイメージというものを覆すほどのインパクトのある作品でした。死刑訴訟の弁護に情熱をそそいできた優れた弁護士は、一方容姿にコンプレックスを抱え孤独な人生を送って来たという背景と、以前から被告人に対して彼が秘かに恋焦がれていた設定を用いています。キャラクター造形が弱いと言われる作者ですが、本書におけるこの弁護士の人間像は、二転三転する巧緻なプロットにも深く絡んでいる巧みな仕立てがなされていると思います。わたしがこれまで読んだ作品のなかでは本書が一番の出来だという印象です。

『黒い薔薇』
『炎の裁き』
『女神の天秤』




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テーマ : 推理小説・ミステリー
ジャンル : 本・雑誌

『監禁面接』ピエール・ルメートル 文藝春秋

2020-02-25

Tag :

☆☆☆☆

企業の人事部長だったアラン、57歳。リストラで職を追われ、失業4年目。再就職のエントリーをくりかえすも年齢がネックとなり、今はアルバイトで糊口をしのいでいた。だが遂に朗報が届いた。一流企業の最終試験に残ったというのだ。だが人材派遣会社の社長じきじきに告げられた最終試験の内容は異様なものだった。―就職先企業の重役会議を襲撃し、重役たちを監禁、尋問せよ。重役たちの危機管理能力と、採用候補者の力量の双方を同時に査定するというのだ。遂にバイトも失ったアランは試験に望むことを決め、企業人としての経験と、人生どんづまりの仲間たちの協力を得て、就職先企業の徹底調査を開始した。そしてその日がやってきた。テロリストを演じる役者たちと他の就職希望者とともに、アランは重役室を襲撃する!だが、ここまでで物語はまだ3分の1。ぶっ飛んだアイデア、次々に発生する予想外のイベント。「そのまえ」「そのとき」「そのあと」の三部構成に読者は翻弄される。残酷描写を封印したルメートルが知的たくらみとブラックな世界観で贈るノンストップ再就職サスペンス! 内容紹介より



偽のテロリスト等に重役会議を襲撃させ、監禁、尋問して重役たちの危機管理能力や問題処理能力を査定し、また、主人公を含む就職希望者に彼ら尋問をさせることで採用の可否を決める、なんていう奇想天外かつ荒唐無稽な設定に読んでいて少々頭が混乱しそうになります。仕事上のトラブルによりバイト先から損害賠償請求の訴えを起こされた主人公は、妻が反対するなか、娘から借金をして面接のそなえての情報収集と専門家による個人レッスンによる学習に励みます。ここまでが「そのまえ」。「そのとき」では、語り手が今回の面接をセッティングした元傭兵に代わり、面接がアクシデントによりとんでもない事態に見舞われる様子が語られます。そして「そのあと」では、再度主人公に視点が戻り、彼の真のたくらみが徐々に明らかになっていくという流れです。展開がまったく読めない予想外のコンゲームといったところでしょうか。都合の良さと強引さも目に付きますが、このくらい吹っ切れたほうが娯楽作品としての面白さが引き立つように思います。失業という人間の尊厳にかかわるような状態の陥り、切羽詰った初老の主人公のいたたまれなさや焦り、怒り、無念も描き、それらの感情に突き動かされ、ただ愛する家族の為を思って綱渡りのような計画を成し遂げた先にあったものは……。

『その女アレックス』文春文庫




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テーマ : 推理小説・ミステリー
ジャンル : 本・雑誌

『よき自殺』トニ・ヒル 集英社文庫

2020-02-19

Tag :

☆☆☆☆

真冬のバルセロナ。若い女性が地下鉄に飛び込んだ。彼女の携帯電話には不可解なメッセージと木に吊るされた3匹の犬の死体の写真が……。カタルーニャ州警察警部エクトル・サルガドは、女性の勤める会社では、他にも自殺者がいることに気づく。相次ぐ自殺の裏にあるおぞましい真相とは?一方、産休中のレイラ・カストロ刑事は失踪したエクトルの元妻を捜すが……。好評のバルセロナ・ミステリー第2段。 内容紹介より



本書は《バルセロナ警察三部作》の第二作目にあたりますが、わたしは第一作『死んだ人形たちの季節』は未読です。物語は、サルガド警部が指揮する化粧品会社の社員の連続自殺事件の捜査と産休中のカストロ刑事が独自に調査するサルガド警部の手詰まり状態になった元妻失踪事件、この二つに分けられています。後者は第一作の内容と被る部分がありますので、やはり順番に読んでいくほうが良いようです。地下鉄で女性の飛び込み自殺が発生し、彼女の携帯に脅迫めいたメッセージと木に吊るされた犬の写真が残されていたことから物語が始まります。彼女が勤めていた化粧品会社では数ヶ月前にも社員による無理心中事件が起きていたことが明らかになります。捜査するうちに、ある研修に参加した社員たちの間に何らかの隠し事が存在するのではないかと警部は推測するのですが……。一枚の残酷な写真と共有される秘密、そして連続死、複数の容疑者、なかなかミステリアスな設定と次第に盛り上がっていくサスペンス、多視点を頻繁に切り替えて人物像を浮き上がらせつつテンポよく進行させています。さらに真犯人の意外性もあルナ化中の作品だと思います。失踪事件に関しては、三部作全体を通しての謎という位置づけになっているためあまり進展は見られませんが、ラストは衝撃的な事実を匂わせています。




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テーマ : 推理小説・ミステリー
ジャンル : 本・雑誌

『処刑の丘』ティモ・サンドベリ 東京創元社

2020-02-16

Tag :

☆☆☆☆

深夜、かつて虐殺の舞台になったことで〈黒が丘〉と呼ばれた場所で、男たちが“処刑”と称し一人の青年を銃殺した。死体発見の報を受けた警察は、禁止されている酒の取引に絡む殺人として処理したが、ケッキ巡査だけは納得していなかった。事件の陰に見え隠れする内戦の傷。敗北した側の人々が鬱屈を抱える町で、公正な捜査をおこなおうと苦悩するケッキ。はたして正義は果たされるのか?〈推理の糸口賞〉受賞 フィンランドの語られざる闇を描く注目のミステリ 内容紹介より



舞台となるのはフィンランドにある地方の町です。時代は内戦の爪痕が残る禁酒法施行下の1920年頃。内戦終結から間もなく、警察組織内でも白衛軍勢力が幅を利かせるなか、主人公のケッキ巡査は中立の立場を保っていたにもかかわらず肩身の狭い思いをしている状況です。内戦時、赤衛軍の女性兵士が虐殺された〈黒が丘〉と呼ばれる場所で、青年の射殺体が発見されます。
事件は密造酒の取引をめぐるトラブルが原因ということで警察は幕を引こうとしますが、主人公は現場の状況から疑いをいだきます。ミステリ的には特別目立つようなものはありませんが、田舎の町でも国内を二分した内戦の傷が深く残るなか、たくましく生活していく庶民、なかでも虐殺された女性兵士の家族の内に悲しみや怒りまた無力感を抱えながらも、生きて人生を続けていかなくてはならないという強い姿を描いた良作だと思います。特に公衆サウナのマッサージ係をしている、娘を殺した敵と身近に暮らさなくてはならない母親のヒルダは、もうひとりの主人公として存在感を出しつつ、またフィンランドのサウナ文化を体現しているみたいに描き出されていると思います。




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テーマ : 推理小説・ミステリー
ジャンル : 本・雑誌

『犯罪』フェルディナント・フォン・シーラッハ 創元推理文庫

2020-02-01

Tag : 短編集

☆☆☆☆

一生愛しつづけると誓った妻を殺めた老医師。兄を救うため法廷中を騙そうとする犯罪者一家の末っ子。エチオピアの寒村を豊かにした、心やさしき銀行強盗。—魔に魅入られ、世界の不条理に翻弄される犯罪者たち。弁護士の著者が現実の事件に材を得て、異様な罪を犯した人間たちの真実を鮮やかに描き上げた珠玉の連作短篇集。2012年本屋大賞「翻訳小説部門」第1位に輝いた傑作! 内容紹介より



「フェーナー氏」「タナタ氏の茶盌」「チェロ」「ハリネズミ」「幸運」「サマータイム」「正当防衛」「緑」「棘」「愛情」「エチオピアの男」

新聞の社会面に掲載されているような事件、たとえば家庭内殺人、窃盗、誤認逮捕、死体損壊遺棄、愛人殺し、正当防衛、動物虐待、器物損壊、傷害、銀行強盗、といった用語を用いられた記事が載り、朝の一分程の時間で読みとばされてすぐに忘れ去られてしまうような事件、そんな至って大衆的な事件の裏にある様々な事情を描き独特の手法で表した作品集です。新聞記事では事件の表面しかうかがうことが出来ない犯罪と当事者たち なぜ妻を弟を殺さなければならなかったのか「フェーナー氏」「チェロ」、単なる空き巣事件がまるでパンドラの箱を開けたような災厄をもたらした「タナタ氏の茶盌」、掃き溜めに鶴みたいな境遇で、能ある鷹は爪を隠すような秘密を持つ、九人兄弟の末っ子が窃盗犯の兄を助ける「ハリネズミ」、社会の底辺で身を寄せあって生きる男女に降りかかってきた死体「幸運」、ホテルで起きた女子学生殺人事件の容疑者となった愛人が容疑から外れた訳「サマータイム」、絡んできたネオナチ二人組を瞬殺した正体不明の男をめぐる「正当防衛」、人の顔が数字に見えるという若者が起こした事件と少女の失踪事件。最後の一言が不気味な「緑」、博物館の一画にあるホールを任された警備員の精神が徐々に壊れていく「棘」、愛する恋人をいきなり刺した若者が明かした突拍子もない訳「愛情」、悲惨な人生をたどった銀行強盗犯の数奇な運命「エチオピアの男」。
いくつかの作品はジェフリー・アーチャーの『十二の意外な結末』などの短篇にどことなく似ているみたいな印象も受けました。




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テーマ : 推理小説・ミステリー
ジャンル : 本・雑誌

『頭蓋骨のマントラ』エリオット・パティスン ハヤカワ文庫HM

2020-01-29

Tag :

☆☆☆☆

中国経済部の主任監察官だった単道雲(シャン・タオユン)は、大物が絡んだ汚職事件を追及したことから北京を追われ、今はチベットの奥地、ラドゥン州で強制労働収容所で苛酷な日々を送っていた。ある日、作業現場で男の首なし死体が発見された。折悪く州の検察官は不在、しかも司法部の監査が入る予定になっていた。困惑した州の軍最高責任者は単に事件の解決を命じるが……アメリカ探偵作家クラブ賞最優秀処女長篇賞を受賞した話題の大作 内容紹介より



本書は2000年のMWA最優秀処女長篇賞受賞作品です。処女作品とは思えない程に人物造形と人間関係の機微を巧みに描いている印象が残りました。北京で経済犯罪を扱う優秀な捜査官だった主人公は、党の高官が絡む汚職事件を捜査したことにより、チベットの強制労働収容所に送られ現地の政治犯である僧侶たちと共に、厳しい自然環境の中での道路建設作業に従事させられています。その建設現場で首を切断された死体が発見されたことで、彼は事件に巻き込まれてしまいます。事件が大事にならないうちに早急に解決を図りたい軍の州最高責任者に事件の捜査を命じられた主人公は、事件が原因で作業をストライキする収容所の仲間たちの身の安全も担う事態に陥ってしまうことになります。一時期よりはましだとは言え、相変わらず厳しい信仰への締め付けと苛酷な同化政策が行われているチベットを舞台にした冒険色も強いミステリ作品です。宗教的な部分でやや分かりにくくて混乱する箇所もありますが、チベット人のなかの中国人である主人公の微妙な立ち位置、囚人である彼と軍の最高責任者である大佐、そして彼の監視役である軍曹との間の感情の変化など人間関係、主人公の助手、大佐の秘書、女医、アメリカ人の鉱山会社員などの造形もとても巧く描き出されているように感じました。仏教、チベット密教を大きな主題にして特色を出しながら、超自然な要素を過度に押出さない具合が良い作品だと思います。続編もぜひ読んでみたいです。



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テーマ : 推理小説・ミステリー
ジャンル : 本・雑誌

『その犬の歩むところ』ボストン・テラン 文春文庫

2020-01-23

Tag :

☆☆☆☆

ギヴ。それがその犬の名だ。彼は檻を食い破り、傷だらけで、たったひとり山道を歩いていた。彼はどこから来たのか。何を見てきたのか……。この世界の罪と悲しみに立ち向かった男たちと女たちと、そこに静かに寄り添っていた気高い犬の物語。『音もなく少女は』『神は銃弾』の名匠が犬への愛をこめて描く唯一無二の長編小説。 内容紹介より



物語の語り手は、イラクから帰還した元アメリカ海兵隊員。彼が偶然出会った一匹の犬が経験した出来事を過去にさかのぼって綴っています。それは犬の父親がモーテルの女主人のもとへたどり着いたときから始まり、仔犬の頃、ミュージシャンの兄弟にさらわれ、その後のタトゥー・アーティストの少女との出会いと別れ、そして元兵士との出会いという具合に進んでいきます。その文体は『凶器の貴公子』ほどではないにせよ大仰な印象を受け、まるで犬版のオデッセイアみたいに感じてしまいました。一匹の犬と様々な人物とのかかわり合いを通して、それぞれの人生の一片を描き出す手法はよくとられていますが、本書では語り手であるイラク帰還兵の他に朝鮮、ベトナムからの帰還兵も登場させているところが特徴ではないでしょうか。そのなかのひとりがベトナムにおいて、終戦後アメリカ軍の軍用犬が当地に捨てられたことに触れ、軍から同じようなひどい仕打ちを受けた自分たちの姿を重ねあわせる場面があります。また、9.11で姉を亡くし、激戦で戦友を失い、自らも負傷しサバイバーギルトに苦しみ、名誉勲章授与でいわば処理された帰還兵の姿も鮮明に描いています。神が天地創造の際、地上を人間の住む場所とそれ以外の生き物が住む場所を深淵によって二つに分けた時、その深い溝を犬は人間が住む側へと跳躍した、という話を作者は引き、「さて、人は底知れぬ深淵を跳んだ生きものに値する生きものたれるや否や」(p293)と結び、それは国民と国との関係にも当てはまるものだと暗示しているようにも感じました。

『音もなく少女は』
『凶器の貴公子』




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ジャンル : 本・雑誌

『モンキー・パズル』ポーラ・ゴズリング ハヤカワ文庫HM

2020-01-17

☆☆☆☆

第一の被害者は、胸をめった突きにされ、舌を抜かれた英文学の教授。二人目は耳を切り取られた学部長。厳冬の大学町を襲った異常な事件を、新聞は“見ざる聞かざる言わざる”の諺に見立てて「猿の殺人鬼」と書き立てた。狂気の業としか思えない凶行の目的は何か。ストライカー警部補の必死の捜査が探りだした犯人は?サスペンスの女王が意欲も新たに本格推理に挑んだ傑作。英国推理作家協会賞ゴールド・ダガー賞受賞作 内容紹介より



第三の犠牲者は両目をくり抜かれた警備員。大学の英文学部構内を舞台にした連続殺傷事件の始まりは、ことあるごとに同僚に対して悪意ある言葉で攻撃していた男性教授です。同僚各人が抱えている隠し事を探り出しては、それを当人たちにほのめかしていた被害者に敵意を持っている者が大勢いる状況です。被害者は強打され、さらに幾度も刺されたうえに、舌を切りとられており、現場には糖尿病を患っていた被害者の中身が薄められたインスリンのアンプルが残されていました。大勢の容疑者があがるなかで、通常ならば読んでいて誰が誰でどういう人物なのか混乱しがちになるのですけれど、それを同僚の女性講師の視点を用いることによって、それぞれの人となりを約2ページの描写で書き分けている点は作者の小技が効いている感じがしました。さらに事件の一部始終を偶然に目撃した人物を脅迫者として登場させているところもスパイスを加えている巧いアイデアだと思います。一方、主人公と女性講師の間に起きた過去のエピソードについてはあまり必要性を感じませんでした。彼女が受け持つ推理小説に関する講義の内容にもう少し詳しく触れられていたなら面白さが増したような気もします。

ユーザータグ:ポーラ・ゴズリング




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テーマ : 推理小説・ミステリー
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  • Author:てんちゃん1号
  • 海外ミステリなどの感想を誤字脱字、表現・文法間違いを交え、思い込みと偏見を持って書いています。そんな素晴らしいブログなのでリンクとか何でもフリーです。異次元、霊界、他惑星からもお気軽にどうぞ。

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