『真夏日の殺人』P・M・カールスン ハヤカワ文庫HM

2017-06-21

Tag :

☆☆☆☆

真夏だというのに窓を閉めきった書斎で、飛行機の爆発事故を取材中の新聞記者が撲殺された。そばには、凶器と思われる真鍮の電気スタンドが落ちていたが、書斎は中から鍵を掛けられており、犯人が出入りできたはずはない。記者の死は、取材中の事故と何か関係が?休暇中に事件と出くわした統計コンサルタントのマギーは、犯人探しに乗りだすが……好奇心あふれる人情家の素人探偵が、密室殺人の謎に挑む本格ミステリ。 内容紹介より



1990年に発表された作品ですが、舞台は1975年です。この年代設定は作品に色濃くでているベトナム戦争に従軍した若者たちの心に迫るためなのでしょう。そのテーマにくらべると、最近では珍しい本格密室ミステリの趣向はやや添えものみたいに感じました。主人公のマギーと家族は反戦運動の経験者、その一方、事件を担当する女性刑事は元従軍看護士であり、容疑者にも帰還兵がおり、ふたりとも戦場での過酷な体験によって心に闇を抱え、傷を負っている状態です。さらに被害者の家族、特に思春期の少女に父親の死が与えたダメージを強調して描いています。その彼女らの被った心の傷を癒そうとするのが主人公で、また女性刑事には煙たがられながら独自に犯人探しも始めます。しかし面白いのは、主人公より女性刑事のほうが登場機会が多く、シリーズ物にしては異色で、彼女の心理が入念に描かれているところです。彼女の心の奥底を描写するかたわら、序盤に置ける彼女の表には出さない心の内での皮肉や毒舌が愉快でした。密室殺人という派手な設定を採りながら、実は心理小説みたいな形態をとる作品だと思います。ゆえに謎解きへの過度の期待は肩すかし気味であり、事件もいきなり慌ただしく急展開をみせ、それまでに構築した情感が薄れたのは残念でした。




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テーマ : 推理小説・ミステリー
ジャンル : 本・雑誌

『静かな水のなかで』ヴィヴェカ・ステン ハヤカワ文庫HM

2017-06-14

Tag :

☆☆☆☆

漁網に絡まって漂着したその死体は、長く水中にあったせいで無惨なありさまだった。死因は溺死、身元もすぐに判明し、トーマス・アンドレアソン警部も事故と断じかける。だが男性の従妹が殺害されたことから事態は急展開。島に住む女性弁護士で幼馴染のノラの助けも借りて捜査にあたるトーマスだったが、事件には複雑な背景が……風光明媚なリゾート・アイランドで起きる事件に挑む、スウェーデンで人気の新シリーズ開幕 内容紹介より



舞台となっている季節が夏であるため、北欧ミステリに付きものの酷寒で暗く鬱々とした長い冬という雰囲気はなく、また警部の視点で描かれる警察小説調の章に対して、キャリアウーマンであり主婦でもあるヒロインの視点のややコージーミステリをおびた章のために、もたれるような重さは感じません。作者が女性であり、自身がキャリアウーマンであったことの投影なのか、栄転のチャンスが訪れてにわかに上昇志向になったヒロインの夫婦関係や子育てといった私生活の部分にかなりの重点が置かれています。彼女と幼馴染の警部との間の恋愛感情のない友人関係というロマンスをはさまない設定はよいにしても、ミステリ部分では、捜査が進展するにつれ徐々に核心へと近づいていく緊迫感の高まりはさほどなくて読みごたえがある訳ではありませんし、クライマックスは、あたかも〈少女探偵ナンシー・ドルー〉の流れをくんでいるかのような展開でした。社会的性差がほとんどないイメージの北欧でも家庭内では従属関係を強いる圧力が見られることも珍しくはないのですね。




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テーマ : 推理小説・ミステリー
ジャンル : 本・雑誌

『ドライ・ボーンズ』トム・ボウマン ハヤカワ文庫HM

2017-06-10

Tag :

☆☆☆☆

厳しい自然に囲まれた田舎町ワイルド・タイム。雪解けの季節のある日、銃痕があるうえ野生動物に荒らされた青年の死体が発見された。町で唯一の警察官ファレルは被害者の身元を洗うが、開拓時代から自分の身は自分で守ってきた住人たちは協力的ではなく、シェールガス利権や薬物の蔓延も捜査の行く手を阻む。や がて、法を信じない人々の暗い過去にたどりついたファレルは……アメリカ探偵作家クラブ賞最優秀新人賞受賞作。 内容紹介より



MWA新人賞受賞作というと、どうして受賞したのか個人的に首を傾げたくなるような作品がこれまでにもあったのですけれど、本書もそのひとつです。たしかに作品に漂う雰囲気は良いのですが、突出したと感じられるものがありませんでした。霜月蒼氏が解説で述べている「カントリーノワール」のジャンルにあたるらしく、特にC・J・ボックスのジョー・ピケット・シリーズの世界観によく似ている印象を受けました。狩猟が単なるスポーツではなく、生活を支える手段になっている、自主独立の気風が強い非常に保守的な地域社会、そこに持ちあがった資源を巡る利権、そして、町を浸蝕していく薬物汚染。これらをストーリーの背景に据えて、頑迷なモラル、それに反する者との間で起きた、都会では起こり難いであろう殺人事件の捜査をソマリア従軍歴があり、愛妻を病で亡くした心の傷を持つ郡の警察官の視点で描いています。こういった陰影のある主人公の造形はネオ・ハードボイルドを思わせます。この作品の難点は、そもそも原文がそうなのかあるいは訳出のためなのか、文章がなにか読みづらかったのと、登場人物が誰が誰なのかかなり判りにくかったことです。海外ミステリは読み慣れていると思っていましたが、表紙折り返しにある登場人物一覧では足りませんでした。それから全体的に、もう少し話を掘り下げて欲しかったところです。




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テーマ : 推理小説・ミステリー
ジャンル : 本・雑誌

『ルクセンブルクの迷路』クリス・パヴォーネ ハヤカワ文庫NV

2017-06-06

Tag :

☆☆☆☆

ワシントンDCに住むケイトは、夫が新しい事業を始めるルクセンブルクに息子たちとともに移住した。やがて彼女はマクレーン夫妻と知り合うが、夫妻にはどこか怪しげなところがあった。何かの犯罪を企んでいるのか?それとも依然ある組織に属していたケイトの過去を探っているのか?あるいは彼女の夫を狙っているのか?疑惑の迷路の中で、彼女は想像を絶する事実を知ることに。意想外の展開が連続するサスペンス巨篇 内容紹介より



以下、ややネタバレ気味です。未読の方はご注意下さい!

CIA、FBI、ルクセンブルク、というワードからスパイが絡む国際謀略ものをイメージしてしまいますが、実は元CIA職員だったヒロインの懊悩煩悶話。妻であり二児の母親である主婦が、子育てや主婦業にせわしない毎日を送りながら、自身のCIA工作員時代にしでかした不法行為やネットセキュリティのコンサルタントの夫の行状、現地で知り合ったアメリカ人夫妻の態度について悩んだり怪しんだり、疑ったりする様子が570ページに渡って描かれています。元スパイと専業主婦というミスマッチな取り合わせと切り口が目新しく、さすがに後半に入るとやや飽きてくるにしても、それでも読み通させるテクニックはたいしたものだと思います。ただ、アクションシーンはまったくといっていいほどなく、心理小説みたいな終始ヒロインによる視点のみのああだこうだという内省傍白の繰り返しであるために評価はさまざまでしょう。さすがに長々と話を引っぱった割にこの結末はどうよ、みたいな感じもありますけれど、この作品が作者の初のフィクションとすると才能を感じさせます。




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テーマ : 推理小説・ミステリー
ジャンル : 本・雑誌

『エルサレムから来た悪魔』 アリアナ・フランクリン 創元推理文庫

2017-05-25

Tag :

☆☆☆☆

1171年のイングランド。トマス・ベケット大司教殺害の衝撃もさめやらぬ王国を、ケンブリッジの町で起きた、子どもの連続失踪・殺害事件が揺るがしていた。事件はユダヤ人の犯行だとする声が強く、私刑や排斥運動が起きる。富裕なユダヤ人を国外に追放してしまえば国の財政は破綻し、かばえば教会からの破門は避けられない。進退窮まったヘンリー二世は、シチリア王国から優秀な調査官と医師を招聘し、事件を解決させようとする。若き女医アデリアは、血に飢えた殺人者の正体をあばくことができるのか。CWA最優秀歴史ミステリ賞受賞の傑作。 上巻内容紹介より



修道士カドフェル・シリーズが舞台にしている、女帝モードとスティーブン王が争った無政府時代が終わって、十数年後、ヘンリー二世によるプランタジネット朝が本書の舞台です。そのイングランドで起きた子どもが犠牲となる猟奇的連続殺人事件の捜査につかわされたシチリア王国の敏腕調査官シモン、彼に同行するヒロインのサレルノ医科大学の優秀な女医であり検死医でもあるアデリア、彼女の召使いで偉丈夫な宦官マンスールの三人組が登場します。サレルノでは女医という存在はさほど奇異に見られませんが、イングランドでは魔女扱いされる恐れがあるためにアデリアは身分を隠して活動せざるを得ません。開放的な生まれ故郷とそこで育まれた進取の気性に富み独立心旺盛なヒロインと宗教的な抑圧や頑迷な女性蔑視、そして根深いユダヤ人排斥がはびこるイングランド社会を常に対比させて、それらに臆することのないヒロインの爽やかな姿を鮮明に描き出している印象を受けました。その他の登場人物たちも個性的に描き分けられ、当時の習慣や風俗も面白く読むことができました。ただ、一点引っかかったのは、シチリアから来た三人組の構図が崩れてしまい、それにともなってストーリーのテンポも失速してしまったように感じたところです。非常にバランスのとれた良い三人構成だったし、シリーズ化するうえでも不可欠なチームだと思っていたのですが、これについては作者の意図が図りかねます。



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テーマ : 推理小説・ミステリー
ジャンル : 本・雑誌

『青銅の翳り』リンゼイ・デイヴィス 光文社文庫

2017-05-06

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☆☆☆☆

—紀元70年のローマ—。内乱を制したウェスパシアヌス帝だが、なお各地に潜伏する謀反の残党がいた。これを探し出し、服従を誓わせるのが、今回、密偵ファルコに与えられた使命である。ペトロ一家との家族旅行を装い、彼が向かったのは、ベスビオ山の大噴火により壊滅するわずか8年前のポンペイ。運命を知りようもない人々は、思い思いに夏の日を楽しんでいた……。—イギリス・ミステリー界で人気No.1のシリーズ第2弾! 内容紹介より



〈密偵ファルコ〉シリーズ。
「小難しい歴史ものではなく、ハリウッド製のコスプレ時代劇」(p545)と、高瀬美恵氏が解説で述べているように、作品の雰囲気は確かに時代劇風であり、内容はハードボイルド調で語られる冒険ロマンス小説に間違いありません。作中で牡牛ネロが引く牛車の歩みのごとく、ストーリーはゆっくりと進み、もう少しスピードアップして欲しいようなまどろっこしさを感じなくもないです。それはたったひとりの男を追跡するだけにページを費やし、しかも何度も取り逃がしてしまうためと、主人公ファルコとヒロインのヘレナとの恋愛沙汰があれこれとああだこうだと描かれ、さらにもう一つの柱となるべきミステリの色合いがかなり薄いためです。舞台をポンペイに選んだことも話題性だけで、作品にこれといった効果はあげていないように感じました。しかし、そういったマイナス面も著者が描き出す真に迫った古代ローマの風景や社会風俗によって十二分に補われているように思います。ファルコとへレナのラブロマンスが大きな部分を占めていて、彼らの今後の行く末が気になって続編を読みたくなる仕掛けが巧妙です。

『密偵ファルコ 白銀の誓い』




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テーマ : 推理小説・ミステリー
ジャンル : 本・雑誌

『ウィッチフォード連続殺人』ポーラ・ゴズリング ハヤカワ文庫HM

2017-04-30

☆☆☆☆

被害者は中年の女性で、喉をざっくりと切り裂かれていた。残酷な事件とは無縁のようなのどかな田舎に捜査のためにやってきたのは土地出身の若い主任警部。優秀な刑事だが、今回は昔なじみの人々が多く、やりにくい面もあった。しかも、彼の捜査を嘲笑うかのように、すぐに若い女性が第二の犠牲者となった。被害者にはどんな繋がりがあり、犯行を繰り返す首切り魔の目的とは何なのか。文庫初登場の女流が本格に挑む新作! 内容紹介より



以下、ネタバレ気味です。ご注意下さい!

しょっぱなから後に重要容疑者として浮かび上がる二人の人物の背景を描いて読者の視線を向けさせる手法をとっています。しかし、それにくらべると真犯人へのそれらしい言及は非常に少ない気がしました。ある人物などは真犯人だと名指しされても、読者にはかなりのいきなり感があるわけで、ロマンスの要素はこの著者の持ち味ですから否定はしませんが、主任警部と幼なじみの女医との恋愛模様に紙面を費やすのなら、犯人に対するなんらかのほのめかすような書き込みもある程度は必要だったのではないかと思います。また、それがあれば著者が仕掛けた二重のトリックと相まって動機の面でも読者を混乱させる相乗効果も期待できたでしょう。連続殺人事件の被害者たちは同じ医院を受診していた以外に,年齢も社会階層も異なりまったく関係性が見つかりません。捜査もなかなか進展せず、物語は故郷に帰ってきた警部のしがらみとか恋愛事情でやや埋もれ気味になり、ややめりはりに欠けるような印象も受けてしまいました。もう少しハードな本格ミステリを期待していたのですが、ロマンスの比率がやや高めで、ノンシリーズにおいてのロマンスというスパイスの配合はなかなか難しいことが見て取れます。

ユーザータグ:ポーラ・ゴズリング




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テーマ : 推理小説・ミステリー
ジャンル : 本・雑誌

『キング・オブ・クール』ドン・ウィンズロウ 角川文庫

2017-04-26

☆☆☆☆

舞台は南カリフォルニア。大麻の種子を持ち込んだ軍人チョンは平和主義者のベンを相棒に大がかりな大麻供給グループを築き上げ、またたくまに軌道に乗せた。しかし、商売敵の手によって仲間が病院送りに。すぐさま大麻密売組織にお礼をお見舞い、腐敗警官との駆け引きに臨んだが,前世代から続く因縁が2人の前に立ちふさがる—。過去と現在をつなぐ覇権争い2人は生死を賭け、一発逆転の大勝負に打って出るが—!? 内容紹介より



『野蛮なやつら』の前編(前日談)として書かれた作品です。2005年現在のベン、チョン、O(オフィーリア)三人組、1967年から始まる、ドク、ジョン、スタンとダイアンの“連合”というサーファーやビートニック世代が属するグループ,この二つに起きた出来事がともにカリフォルニアを舞台に時代を替えて交互に綴られて物語が進みます。『野蛮なやつら』同様に短いセンテンスの積み重ね,ときにはヒップホップのラップを思わせるリズムをおびた筆致(東江一紀氏の訳によるところも多いのでしょう)でもって非常に軽妙な仕上がりになっています。さらに筋立ても似ていて、ベンに対してある組織がみかじめ料を要求してくることから話が動きだし、やがて対決にいたる出来事を描きますが、本書では1967年から現在までの“連合”のメンバーたちフラワーチルドレンくずれたちの理想、つまずきを経ての現実を、彼らが嗜好し商売品であるマリファナからLSDそしてコカインへとわたる変遷に象徴させて、それを別の流れとして展開していく形を採っています。この二つの流れがクライマックスで一つに合流し、これまでに張り巡らされていた伏線が次々に鮮やかに回収される手法は見事です。ボビーZやフランキー・マシーンもちょっとだけ登場する読者サービスもあります。

ユーザータグ:ドン・ウィンズロウ




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テーマ : 推理小説・ミステリー
ジャンル : 本・雑誌

『フリーファイア』C・J・ボックス 講談社文庫

2017-04-15

☆☆☆☆

イエローストーン国立公園で四人の若者の射殺事件が起きた。しかも出頭してきた犯人は、〈死のゾーン〉と呼ばれる法律の抜け穴を巧妙に使って釈放されてしまう。調査を依頼された猟区管理官ピケットは、犯行動機に大きな企業陰謀がからんでいることに気づく。全米ベストセラーの超一流必読ミステリー。 内容紹介より



「ゾーン・オブ・デス」として、昨年ネットのニュースでも取り上げられたイエローストーン国立公園にある区域を題材にした作品です。入り組んだ行政区画と同国立公園内においては人が住むことを禁じる法律、そして陪審員制度を逆手に取った殺人事件によって四人の犠牲者が出たにもかかわらず、犯人である弁護士は釈放されてしまいます。事件が起きる前に環境保護主義者であった被害者の一人から謎のメールを受け取っていたワイオミング州知事によって事件の再調査を依頼された主人公が国立公園へ赴くという流れです。公園内に存在する莫大な利益をもたらす可能性のある資源を開発しようとする企業が登場し、シリーズ第一作目から一貫している自然保護と開発というテーマが本書でも据えられています。相変わらず愚直に調査を進める主人公ですが、今回は生き別れた父親を登場させ、これまたこのシリーズのもう一つのテーマである家庭愛,家族の絆を描こうとしているようですが、やや上っ面をなでる程度に止まっている感じがしました。一方、特に目を引いたのは主人公の相棒である鷹匠のスーパーヒーロー風なちょっと浮いている活躍ぶりなのですが、それ以上に存在感が際立っていたのは、殺人犯である弁護士でした。冷酷な犯罪行為を犯したにもかかわらず、非常に人間臭い一面を持ち合わせたこの男の姿がストーリーの中で異彩を放っていました。それから、この著者の終盤における巻き気味な展開が見られませんでした。

ユーザータグ:C・J・ボックス




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テーマ : 推理小説・ミステリー
ジャンル : 本・雑誌

『完全なる沈黙』ロバート・ローテンバーグ ハヤカワ文庫HM

2017-04-09

Tag :

☆☆☆☆

「彼女を死なせた。死なせてしまった」血に濡れた両手を差し出しそう告げたのを最期に、容疑者は完全に口を閉ざした。浴槽の中で見つかった内縁の妻の死体。見かけどおりの単純な事件なのか、それとも……すべての鍵はその沈黙の中にある。事件関係者,警官,検察官,弁護士、それぞれに過去を背負う登場人物が織りなす迫真の群像劇。緻密な構成と真実を追う者たちへの温かな眼差しが光る現役弁護士作家渾身のデビュー作 内容紹介より



カナダのトロントを舞台にした、警察小説とリーガルミステリを合わせたような作品です。カナダで有名なラジオ司会者の容疑者を除いた主要な登場人物による多視点と短い章の繰り返しで飽きずに読むことができました。ただ、後半に入るとさほど高低の無いその構成が単調に感じてしまう欠点もあります。物語の中で起きた事件が一つであること、自白ともとれる発言をした容疑者がそれ以降沈黙を守っていることで犯罪そのものにまつわる動きというのはかなり地味なのですけれど、事件を担当する刑事と巡査のふたりの細かな捜査活動は読みごたえがあります。伏線も多数仕込まれ、その回収もなかなか良いタイミングでなされている印象を受けました。さらに、これは諸刃の剣にもこれからなるかもしれませんが、上昇志向が強くて卑劣な検察官というステレオタイプな人物を登場させないなど、根っからの悪人が見当たらない意外な点も新鮮に感じました。欲を言えば、他の登場人物に較べると存在感が希薄な被害者である内縁の妻について、その造形にさらに肉付けされていたら話に味や厚みがでたのではないでしょうか。




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テーマ : 推理小説・ミステリー
ジャンル : 本・雑誌

『憎しみの連鎖』スチュアート・カミンスキー 扶桑社ミステリー

2017-03-06

Tag :

☆☆☆☆

シカゴの老刑事リーバーマンの身近で、事件は起きた。彼らが通うユダヤ教の教会堂が、無残な略奪を受けたのだ。犯人はネオナチ集団かと思われたが、事件後まもなくアラブ人の学生活動家が殺害され、ユダヤ教会堂の帽子が残されていた—平穏なはずの街にひろがる憎悪の炎。リーバーマンたちの捜査は、事件の背後にひそむ意外な真相をあぶりだしていく。人間の果てしない憎しみの連鎖を断ち切ることはできるのか?名匠が、困難なテーマに正面から取り組んだ、緊迫感あふれる警察小説の名作。 内容紹介より



〈刑事エイブ・リーバーマン〉シリーズの第五作目です。
イスラエルでユダヤ人のテロによって家族を亡くしたアラブ人の姉弟、白人至上主義者集団のメンバー、リーバーマンが属するユダヤ教会の信徒ら、これに加えて韓国系のギャング、メキシコ系ギャング、黒人イスラム活動家が登場し、さらにリーバーマンの相棒はアイルランド系であり、その婚約者は中国系、というまさしく人種も宗教も階層もさまざまなるつぼであるアメリカ社会を強く感じさせる作品に仕上がっている印象を受けました。そして根深い人種差別と人種間の対立がテーマに据えられています。各登場人物たちに起きるそれぞれの、まったく関連のないエピソードや密接に関係するエピソードを二人の刑事が核となって回していく訳ですが、主題とは関係のない私的な出来事を物語に上手く取り入れる手際がとても効果的に働いています。刑事としてさまざまな事を見聞きし、人生の機微に通じた主人公に降り掛かる困難や悩みなどをくぐり抜けていく様を、乾いたユーモアを交えつつ日常生活に則して現実味のある語り口で描いてみせる非常に味わい深い作品です。

『愚者たちの街』
『冬の裁き』
『人間たちの絆』




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テーマ : 推理小説・ミステリー
ジャンル : 本・雑誌

『ねじの回転』ヘンリー・ジェイムズ 創元推理文庫

2017-03-01

Tag : 短編集 ホラー

☆☆☆☆

「この百年間に世に出た怪奇小説で傑作といえるのは、わたしにはシャーリー・ジャクソンの『たたり』と、この『ねじの回転』の二作だけという気がする」スティーヴン・キング(『死の舞踏』より) 幼い姉弟の家庭教師が体験した恐怖を独自の手法で描き、ゴースト・ストーリーの古典として称賛される一方で、その難解さばかりが喧伝されてきたこの名作が、泰西怪談に精通する役者により、真の姿をここに現す。あなたは、この物語の本当の恐ろしさを、ここにはじめて知ることになるだろう。他に、数多い短篇の中から厳選された、怪奇譚四篇を併録。ホラー作家としてのヘンリー・ジェイムズに焦点を当てた、本邦初の傑作集である。 内容紹介より



収録作品、「ねじの回転」「古衣装の物語」「幽霊貸家」「オーウェン・ウィングレイヴ」「本当に正しい事」。

内容紹介文には「姉弟」とありますが、本文では10歳の男の子、8歳の女の子の兄妹関係です。
本書が難解だという話は知っていてこれまで食指が動かなかったのですけれど、実際に読んでみたら難解というか解釈の仕方がいろいろとあるように感じました。それはとにかくそもそもの原因となった出来事の記述の曖昧さによるのでしょう。家庭教師の手記という形式であるために視点が固定されて、読者は彼女の述べることを信じる、または懐疑的な見方をする、という立場に置かれるために、彼女が見る二人の幽霊の存在と生前に彼らが幼い兄妹に行ったという邪悪な行為(ある程度予測はつくものの)の不確かさが土台になっているせいで、語り部が描く物語の信憑性が揺らぐのです。また、訳者後書きで英米人の階級意識に言及しているように、英国社会の存在する階級制度が物語の大きな背景となっています。家庭教師の雇い主である兄妹の伯父は眉目秀麗で性格も温厚の上流階級に属する男性ですが、その階級につきものの、養育を乳母や家庭教師任せにして、それらにまつわるトラブルが持ち込まれるのを嫌う無責任ともとれる傾向が顕著です。そして、家庭教師は父親は社会的には地位のある牧師の身分ですが経済的に困窮し、その末娘である彼女は家を出て自ら職を見つけなければなりません。幽霊の片割れの女も前任の家庭教師でした。階級の下である女中頭は、新任の家庭教師に全面的に協力しますが、兄妹を盲目的に可愛がり、彼らの問題には見て見ぬ振りをする態度を取ります。そして男の子に悪影響を及ぼしていた下男は当然階級的には一番下の身分に当たります。家庭教師は雇い主に恋心を抱き、女中頭は上に者に対して無批判。このような各階級間の差異をシンボル化しているようにも感じました。これは米国生まれ育ちの作者による英国階級社会へのアイロニーを含んでいるのかもしれません。

ほかに他の作品とは異なる捻りが加えられた幽霊貸家」は、毛色が変わった話で面白かったです。

ユーザータグ:ホラー




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テーマ : ホラー小説
ジャンル : 本・雑誌

『運命のボタン』リチャード・マシスン ハヤカワ文庫NV

2017-02-26

☆☆☆☆

訪ねてきた見知らぬ小男は、夫婦に奇妙な申し出をする。届けておいた装置のボタンを押せば、大金を無償でご提供します。そのかわり、世界のどこかで、あなたがたの知らない誰かが死ぬのです。押すも押さないも、それはご自由です……究極の選択を描く表題作をはじめ、短篇の名手ぶりを発揮する13篇を収録。スピルバーグ、キング,クーンツら世界中のクリエイターたちに影響を与え、彼らに崇拝される巨匠中の巨匠の傑作集 内容紹介より



収録作品、「運命のボタン」「針」「魔女戦線」「わらが匂う」「チャンネル・ゼロ」「戸口に立つ少女」「ショック・ウェーヴ」「帰還」「死の部屋のなかで」「小犬」「四角い墓場」「声なき叫び」「二万フィートの悪夢」。

ふしだらで傲慢なある女性を殺したいほど憎んでいる“わたし”はヴードゥーの呪い(これがマシスンの得意ネタらしい)を用いて目的を果たそうとする「針」、世俗とか常識を受け入れてしまうと純真な心にあったものを失ってしまうことの過酷さを伴う悲劇を描いた「声なき叫び」、純粋であるからこそ持つことのできる能力と、その心のななかに潜む残酷さを描いた「魔女戦線」、この二つの作品は大人たちの利己的な動機によって犠牲になる子供たちの姿も現わしていると思います。匂いと怪談を組み合わせた「わらが匂う」、「戸口に立つ少女」、追い払っても始末しても舞戻ってくる白い犬「小犬」、処分されることに気づいたパイプオルガンの最期の咆哮、ブラドベリ風な「ショック・ウェーヴ」、タイムトラベルとホラーの組み合わせ「帰還」、砂漠地帯の田舎町のはずれに建つ喫茶店を舞台にした蒸発失踪もの。短篇であるため紙数に制限があること、地元の保安官が被害者よりであることで、サスペンス性と登場人物たちとの駆け引きがもう一つに感じられる「死の部屋のなかで」、コナン・ドイルの短篇「大空の恐怖」と同様に空に棲む怪物が登場する非常に印象に残る作品、オムニバス映画『トワイライト・ゾーン』の「2万フィートの戦慄」の原作ですが、主人公が精神的な問題を抱えている設定が効いています。短篇集『リアル・スティール』に収録されている「リアル・スティール」と同じ作品です。編者の尾ノ上浩司氏によると「リアル・スティール」のほうは、「四角い墓場」に手を入れているそうです。取り調べを録音した形式で綴られたモンスター系の作品でジャンク・ホラーっぽい「チャンネル・ゼロ」。あり得ない状況設定の流れのなかで、オチが実に現実的なものが意外に感じた「運命のボタン」。

ユーザータグ:リチャード・マシスン




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テーマ : 海外ファンタジー
ジャンル : 本・雑誌

『夜がはじまるとき』スティーヴン・キング 文春文庫

2017-02-23

☆☆☆☆

悲しみに暮れる彼女のもとに突如かかってきた電話の主は……愛する者への思いを静かに綴る「ニューヨーク・タイムズを特別割引価格で」、ある医師を訪れた患者が語る鬼気迫る怪異譚「N」、猫を殺せと依頼された殺し屋を襲う恐怖の物語「魔性の猫」ほか全6篇を収録した最新短篇集。巨匠の贈る感涙,恐怖、昂奮を堪能ください。 内容紹介より



「N」「魔性の猫」「ニューヨーク・タイムズを特別割引価格で」「聾唖者」「アヤーナ」「どんづまりの窮地」

本書は、『夕暮れをすぎて』に続く、短篇集『Just After Sunset』(2008年)の二分冊目。こちらにもサンセットノートという著者による作品説明文が付いています。

「N」のどかな田舎にできた異界に通じる裂け目。そこから出て来て世界を滅ぼそうとする怪物を防ぐためのストーンサークルを偶然管理するはめになった男。クライヴ・バーカーの「髑髏王」(『セルロイドの息子』収録)も岩で封印してましたけど、鬼とか悪魔とかの封印系のよくある話に強迫性障害を組み合わせたところがとてもユニークな作品。

「魔性の猫」新薬開発のために動物実験によって大量の猫を殺し、その成果で莫大な財産を築いた製薬会社のオーナーのもとを訪れた殺し屋は、自宅の飼猫を殺すよう依頼される。
妖猫と殺し屋の闘いをストレートに描いたもの。

「ニューヨーク・タイムズを特別割引価格で」飛行機事故の犠牲者になったはずの夫からの電話。夫を想う妻の心情がしんみりくる話。

「聾唖者」ヒッチハイクで乗せた男が口と耳が不自由だと知ったセールスマンは、妻の不倫や浪費について愚痴をこぼし始め、さらに彼女が引き起こしたとんでもない大問題も明らかにする。車内と教会の告解室、このふたつの密室で行う告白の場面が面白い二重性を形作っているように思える。

「アヤーナ」末期癌で寝たきりになった老父のもとへ、ある日突然現われてキスをした盲目の少女。その出来事を機に状態が改善し、歩けるようになったのだが、その場に立ち会った息子にもある能力をもたらす。派手さは無いけれど心に残る作品です。

「どんづまりの窮地」土地の所有権について揉めている男が相手にある場所に閉じこめられてしまう。読むとしばらくの間、幻臭を感じる気がする話。

ユーザータグ:スティーヴン・キング




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テーマ : 海外ファンタジー
ジャンル : 本・雑誌

『リアル・スティール』リチャード・マシスン ハヤカワ文庫NV

2017-02-20

☆☆☆☆

人間同士のボクシングが禁止された近未来、リングで闘うのは人間ではなく精巧なロボットたちになった。しかし変わらないものもある。華やかな勝利とは裏腹の負け犬は今でも存在する。旧式のロボットを抱え、落ちぶれて金もなく窮地に追いつめられた元ボクサーの男は、起死回生の手段に打って出る……名作「四角い墓場」(『運命のボタン』所収)を改題した表題作をはじめ、ホラーからユーモアまでを網羅した、巨匠の傑作集 内容紹介より



50年代から70年代に発表された作品を集めたものです。
「リアル・スティール」「白絹のドレス」「予約客のみ」「指文字」「世界を創った男」「秘密」「象徴」「おま★★」「心の山脈」「最後の仕上げ」

「リアル・スティール」小型ロボット同士を格闘させる競技会は日本でも催されているようですが、この作品は六十年前に時代を先取りしていた作品で、しかも、人間そっくりの人型ロボットが登場しています。ロボットの格闘シーンにリアルに迫力があります。

「白絹のドレス」有名なあの母親と息子の話ではなく、母親と少女のパターンをとったサイコスリラー。少女のこどもっぽい独白で構成されるストーリーがじわじわと恐い。

「予約客のみ」金銭欲、魔術、意外な舞台設定、この三要素を見事に絡めてまとめあげたショートショートのお手本のような作品に感じました。

「指文字」日常と異界の境界線、もしくはグレーゾーンに踏み入ってしまった異様な体験を描いたような作品。

「世界を創った男」フレドリック・ブラウンの短篇にもありそうな小話。自分が世界を創り出したのだ、と言う男が精神科医のもとを訪れ診察を受ける様子を台本形式で描いた作品。

「秘密」サスペンスを徐々に高め、なにやら悲劇的な様相も盛り上げ、若い男女のメロドラマぽいものも取り入れ、ピークに達したところでどすんと落とす作品ですが、注釈がなかったらわたしにはオチが理解できなかったでしょう。

「象徴」食べ物や嗜好品がタブー視され、不変であることが規範となっている統制社会に住む家族を描いた作品。科学的合理性にそわない物事は排除される社会に疑問を抱いた人々が隠れて受け継いでいるアンチパターンを象徴する品物とは……。

「おま★★」これまた食べ物が忌諱されている未来世界が舞台。タイムマシンに乗ってその世界に研究にやってきた科学者が食べ物を所持していたために引き起こしたドタバタ劇。

「心の山脈」中庸で良いのですけれど、もうちょっと捻ったラストが用意されているのかと思っていました。ブラッドベリの感傷、あるいはマキャモンの奇想が欲しいところ

「最後の仕上げ」ホラー要素を絡めているが、さすがにスタイルが古めかしい。

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てんちゃん1号

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