精神科医ケイレブの患者が謎の死を遂げた。警察は自殺と発表するが、そんなはずはないと直感した彼は、独自に調査をはじめる。一方、捜査にあたったシネス刑事はじつはケイレブに殺人の容疑をかけていた。人間を犬型と猫型に分類し、超然と生きる精神科医と、たたき上げの実直な刑事、ふたりはいつしか立場を超えて理解しあうが、時すでに遅く、第二の殺人が……マリス・ドメスティック・コンテスト最優秀作に輝く話題作。内容紹介より
主人公のひとりである精神科医が、人間を猫型と犬型に分類するという疑似科学的な考えを持っていることにきわめて不自然な感じが…。はたしてこのストーリーにそのような設定が必要だったのでしょうか。かえって邪魔な気がするんですけど。だいたい冒頭の夢おちからして作者の意図が理解できません。プロットはしっかりしているのに、変なものを付け加えて作品の価値を落としているような気がします。
ところでそんなことより、わたしがこの作家と作品において一番注目したいのは“駐車(場)”問題です。車をどこどこに駐車したという記述がなんと少なくとも8ページ以上あります。以下、抜粋。
「警官用駐車場の遠い北西の隅に車をとめるしかなかった」(p47)、「通りには駐車スペースがあり、ジャガーをそこにとめても」(p55)、「医者用駐車場に入り、ジャガーを見張れる場所に駐車した」(p97)、「マリーナ・タワーに挟まれた狭い場所に覆面パトカーをとめた」(p112)、「第六管区警察の駐車場に車をとめた」(p153)、「ケイレブがジャガーをアパートメントのひと気のない駐車場に入れたときは」(p172)、
「シネスはガラス・ドアの前の駐車禁止ゾーンに車をとめた」(p230)、「シネスはブロードウェイの消火栓の横に駐車し」(p235)など。
この強迫観念とでもいえるような作者の“駐車”へのこだわりと執着、これはまさしく作者の執筆当時の職業である市営バスの運転手からきているのではないのか、と推測してみたわけです。
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