「魔術師」ジェフリー・ディーヴァー 文藝春秋
2008-06-29
- Category : ☆☆☆
Tag : ジェフリー・ディーヴァー
ニューヨークの名門音楽学校で殺人事件が発生。犯人は人質を取ってリサイタルホールに立てこもる。駆けつけた警官隊が包囲し出入り口を封鎖するなか、ホールの中から銃声が聞こえてきた。ドアを破って踏み込む警官隊。だが、犯人の姿はない。人質もいない。ホールは空っぽだった……。衆人環視のなかで犯人が消えるという怪事件の発生に、科学捜査専門家リンカーン・ライムと鑑識課警官のアメリア・サックスは、犯人はマジックの修業経験があることを察知して、イリュージョニスト見習いの女性に協力を要請する。奇術のタネを見破れば次の殺人を阻止できる。しかし、超一流イリュージョニストの“魔術師”は、早変わり、脱出劇などの手法を駆使して次々と恐ろしい殺人を重ねていく―。
内容紹介より
リンカーン・ライムがソーンダイク博士の系譜を引く探偵なのは間違いないでしょうが、一方、彼とその仲間たち(*1)が相手にする犯人たちはアメリカン・コミック(*2)に描かれる悪党たちの血を引いているのではないかと本書を読んで感じました。その悪党たちは、あちこちに罠を仕掛け、スルリスルリと正義のヒーローの手を逃れてしまう。たとえ死んでしまったかに見えても次回作では名を変え身を変えて復活し、犯罪の芸術家として再び悪事を働くのです。
作者がどんでん返しを繰り返すほど、回を重ねる毎に比例して彼らの不死身さは増していき、それにつれて当然主人公も能力をさらに高めるかあるいは味方の数を頼むようにならざるを得なくなります。つまり読者がこのシリーズに飽くなきエンドルフィンを求め作者がそれに応えようとすればするほど、この別名七転び八起きミステリ・シリーズはエスカレートし、「七」と「八」の数字が天文学的(!)に数を増していくことになるでしょう。たぶん、きっと、おそらく。
*1)たとえば『悪魔の涙』のパーカー・キンケイド
*2)スーパーマン、バットマンなど
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「愚か者の祈り」ヒラリー・ウォー 創元推理文庫
2008-06-26
コネチカット州の小さな町で、顔を砕かれた若い女性の死体が発見された。頭蓋骨をもとに復元された生前の容貌が導き出したのは、女優になる夢を抱いて故郷を出た少女が惨殺されるまでの5年間の空白だった。その間に何が? ダナハー警部とマロイ刑事は被害者の過去を追い、ニューヨークへ……。『失踪当時の服装は』と並ぶ警察小説の巨匠の初期傑作。内容紹介より
ネタばれ気味です。ご注意ください。
被害者が女性で、死体が損傷されているために身元の特定に難航するところは『ながい眠り』(☆☆☆)と似ています。さらに、『愚か者…』では蝋による顔の復元作業、『ながい…』では目撃者の証言にもとづく容疑者の似顔絵の作成をどちらも専門家ではなく素人(!)が行っています。そして、『愚か者…』では、ダナハー警部が事実を積み重ねる地道な捜査方法を堅持するタイプで、部下のマロイ刑事が推理、直感を取り入れる新しいタイプですが、『ながい…』ではフェローズ署長がマロイ型でウィルクス刑事がダナハー型に代わっています(初期作品において役割の転換があったのでしょうか)。その相違について、おもに旧タイプから新タイプへの批判的発言などのやり取りがあるわけですが、最終的には推理、直感型がポイントをあげる展開になっています。これはウォーの考え方をうかがう上で興味深いところだと思います。
個人的には『愚か者…』のほうが良くできている気がします。『ながい…』は早々に犯人の見当がついてしまうので。しかし、地道な捜査活動を丁寧に描いている点では後者の作品が読みごたえがあるのかもしれません。また、四人の警察官の中で一番個性的なのはマイク・ダナハー警部でした。
『冷えきった週末』
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テーマ : 推理小説・ミステリー
ジャンル : 本・雑誌
「ママは決心したよ!」ベイリー・ホワイト 白水社
2008-06-24
毎週毎週ラジオの音楽番組に同じ曲をリクエストし、国道で轢かれたてのほやほやのウズラや七面鳥を料理し、台風のさなかベランダのベッドで平然と眠るママ。恐ろしく風変わりでかつ愛すべきママと、それを取り巻くさらにおかしな家族の物語。抱腹絶倒保証付きの全米ベストセラー。内容紹介より
南部ほら話的なものから、アニー・ディラード風なものまで様々な色をしたビー玉みたいな超短編を55話収録。優れた長編は面白いエピソードの集合体でなりたっている場合がありますが、本書に詰められている短編は長編として編まなかったのがもったいないと思うほどひとつひとつが出来が良いです。55話もの短編だと途中で飽きてしまいそうですが、コミカルだけどシニカルな、騒がしいようで静かな、ドライだけどウェットな、懐かしいようで新しいような、いろいろな印象を与えて楽しませてくれ、またすぐ読み返したくなりました。力を抜いたしつこくないタッチにもかかわらず、物語の情景が目に浮かぶ簡潔な表現力は秀逸。
「路上の死骸」
車に轢かれた動物の死骸を持ち帰って食べるママ。轢いた車の車種とナンバーをママが言えない(つまり轢きたての新鮮な死骸ではない)とそれを食べないわたし。
「ルリツグミ」
ソニーおじさんの木こり時代の思い出話。何十年ぶりかに降った雪夜の翌朝に見た光景。
「夏の午後」
『高慢と偏見』を朗読する姪ルーシーとそれを聞きに集まってくる沼のワニたちの話。
「ワニ」
ベルおばさんと手なずけた一匹のワニの話。
「ジョー・キング」
馬の老調教師と老馬の思い出。
ラスト・シーンの描写が美しい「花のエキス」、一瞬、少女の眼を通して夜の海を航海するタイタニック号が見えるような「味な人生」、チャペックみたいに園芸熱に罹ったときのようすを描いた「ガーデニング」、ブラッドベリのごとく“内燃機関”のすばらしさを讃える「生きながらえて」などなど。
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「雨の午後の降霊会」マーク・マクシェーン 創元推理文庫
2008-06-20
- Category : ☆☆☆
Tag :
霊媒マイラが立てた計画は奇妙なものだった。子どもを誘拐し、自らの霊視で発見に導けば、評判が評判を呼び、彼女は一流と認められるはずだ。そして、夫ビルと共謀し実業家クレイトンの娘を誘拐。夫には身代金を要求させ、自分は娘を霊視したとクレイトンに伝える。すべては計画どおりに進んでいたが……。待ち受ける最終7ページの衝撃。ミステリ史上唯一無二、驚愕のサスペンス。 内容紹介より
こんなことでいちいち驚くわけがないことくらい…、と言いながらも
ついつい惹句に釣られる読者も…、そう思いながら読むわたしも…、
皆、良きミステリ・ファンかな。
邦題からはのどかな感じをうけますが、中身は嫌な夢を見ているようであり、犯罪実話ものを読んでいるみたいでもあります。本物の霊媒の能力が備わっていると思い込んでいる女、そんな妻に心酔している夫。薄汚れた印象を与える彼らの身勝手な動機、ずさんな誘拐計画とそのてん末が梅雨のこの時期をますます鬱陶しくさせてくれます。
衝撃とか驚愕とかを期待して読むより、かすかに腐臭が漂うような雰囲気と不快感を感じ取りながら読むのがそれなりの愉しみ方なのでしょう。読み手を不快にさせることも作家にとって一つの才能なのでしょうが、わたしのような子どもが被害者になる話が苦手なかたにはちょっとお勧めしません。読後、ユーモアあるいはコージー・ミステリが必要。
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テーマ : 推理小説・ミステリー
ジャンル : 本・雑誌
「黒いスズメバチ」ジェイムズ・サリス ミステリアス・プレス ハヤカワ文庫
2008-06-18
- Category : ☆☆
Tag :
彼女の手は彼から離れ、その体は遠ざかっていった。まるで歩み去るかのように……
フリーランスの探偵ルー・グリフィンの目前で、街を震撼させていた連続狙撃魔の銃弾が女性新聞記者を襲った。彼女と出会って、まだ数時間。だがルーの胸に何かが宿った。彼は単独で狙撃魔を追いはじめる! 熱き時代と追跡劇を描き、CWA賞候補となった傑作ハードボイルド 内容紹介より
わたしは習作みたいに感じました。偶然に頼り過ぎ、比喩法(注)を使い過ぎるこの探偵が、頭ばかりでかくなってひっくり返らないか心配です。理知的なのはかまいませんが、静かな怒りみたいなものが伝わってこなくては物足りなく共感できません。事件など追いかけずに家にこもり思索にふけってなさいと言いたい。これならストイックで気の利いた傍白をする探偵より、減らず口をたたく直情型の探偵のほうが分かりやすく可愛げがあっていいかもしれません。
(注)
「わたしはカウンターに五ドル札を置いた。札は、トカゲのそばにとまった蠅のようにすばやく消えた」
「時間はいつも、カーニバルの山車のように、現れては通りすぎていく」
「腹這いのまま鰐のように這いずっていって」
「相棒は、雀も滑り落ちそうな肩をすくめた」
![]() | 黒いスズメバチ (ミステリアス・プレス文庫) (1999/06) ジェイムズ サリス 商品詳細を見る |
テーマ : 推理小説・ミステリー
ジャンル : 本・雑誌
「眼を閉じて」ジャンリーコ・カロフィーリオ 文春文庫
2008-06-16
- Category : ☆☆☆
Tag :
南イタリアの海辺の町で、ストーカー傷害事件が起きた。加害者の父親は地元法曹界の有力者。裁判官、証言者、弁護士の誰一人として被害者女性の味方はいない。証拠も乏しく、絶望的な状況で弁護を引き受けたグイードは、いかに苦境に挑むか……。イタリアのマフィア担当検事が描く法廷サスペンス。J・ディーヴァーも激賞。 内容紹介より
石橋典子さんの訳者あとがきによると、イタリアでは、ドメスティック・バイオレンスとかストーカー犯罪が社会問題として表面化していた時期に出版されたそうで、時宜を得たものだったのでしょう。
だからなのか、娯楽小説としての面白さは今一つの感じがあります。
主人公を締め付けるネジが緩くて、内容紹介文にある「絶望的な状況」にはほど遠く、相手が強大であるほど物語は面白くなるのが必定ですが、作者はそういう方向性を狙っていなかったのか、すべてがあっさりしすぎであっけない。
また、本書での作者のテーマは「恐怖心とその克服」だそうです。
登場人物たちがそれぞれ抱えているトラウマまたは恐怖心を克服していく様子を書きたかったとしても、語られるものに何ら新しい感がなく意外性もありません。スカイダイビングをして心の問題が晴れる程度の脳天気な四十代弁護士、中年プレッピーの軽さが目立った作品でした。多忙を極めるだろうマフィア担当検事が片手間に書くミステリとしてはこんなものか。リーガル・サスペンスを詠みたくなっても、特別本書を選ぶ必要はないと思われます。
『無意識の証人』
![]() | 眼を閉じて (文春文庫 カ 12-2) (2007/02) ジャンリーコ・カロフィーリオ 商品詳細を見る |
テーマ : 推理小説・ミステリー
ジャンル : 本・雑誌
「市民ヴィンス」ジェス・ウォルター ハヤカワ文庫
2008-06-14
- Category : ☆☆☆☆
Tag :
しがない街のしがないドーナッツ屋店主、ヴィンス・キャムデン。まっとうな暮らしを望みつつも、裏稼業のカード偽造と麻薬の密売をやめられず、汚れた金にまみれていた。そんなある日、事態が一変した。何者かがヴィンスの命を狙い始めたのだ。四年前のあの忌わしい事件が関係しているのか?暗い過去を清算すべく、ヴィンスは街を出るが……新鋭が読書界にその名を知らしめたアメリカ探偵作家クラブ賞最優秀長篇賞受賞作。内容紹介より
昔、ニューヨークというところに、マーティという小悪党がおりました。マーティはけちな悪事を働いて日々過ごしておりました。ある日、マフィアが彼の命を狙っているとの噂が流れました。すると彼の前に、お釈迦様が現れ証人保護プログラムというお札を差し出して言いました。「マーティよ、この札を使って身を浄め悪事から足を洗い、人生を一からやり直すのじゃ」。マーティは棚ぼたで手に入ったお札を使い、好きな女とも別れ、見知らぬ土地で名前を変えてドーナッツ屋を始めました。ところが、身に付いた悪癖を直すことができず、また以前のように悪さを始めてしまったのです。それを知ったお釈迦様は、今度は、選挙に投票できる有権者登録カードというお札と殺し屋という鬼をマーティのもとへ使わしました。
(中略)
そして、マーティは思いました。「おれが望んでいたことは、好きな女と結婚し子供を作り、選挙があれば投票に行き、小さな家で平凡に暮らすことだったんだ」。
という仏教説話みたいなお話でした。古風で(女性の描き方まで古くさい)分かりやすいテーマを現代に置き換えた感じです。主人公(とくに作者)が大統領選挙にこだわる訳とそれが彼の生活を変える一つの要因になるのは若干違和感があります。けちな悪党がなぜ証人保護プログラムの適用を受けたのか、そのいきさつは皮肉で面白かった。
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テーマ : 推理小説・ミステリー
ジャンル : 本・雑誌
- Category : ☆☆☆
Tag : ジェーン・ラングトン
偉大な詩人エミリー・ディキンスンの没後百年シンポジウムは不穏な空気につつまれた。
参加者の間でディキンスンの写真の真偽をめぐる激しい対立が起き、式典で大役を務めた学生が失踪したのだ。これらの間には何か関係が? 元刑事のホーマー・ケリー教授が調査に乗り出すなか遂に死者が出た! ちょっぴり辛辣なユーモアに彩られたネロ・ウルフ賞受賞作。 内容紹介より
場当たりな犯行とその犯人、巻き込まれた関係者たちの騒動をクラズニク教授を中心にして描いたミステリ。一応、ホーマー・ケリー・シリーズの一作であるにもかかわらず、ケリー教授は本作品では不味そうな料理を作るばかりで、最終盤になるまで脇役に甘んじるほど目立つ活躍をしていません。『消えたドードー鳥』ではまともに活躍していたと思うのですが。
事件のきっかけは、クラズニク教授の何気ない一言でディキンスンのシンポジウムが開催されることになったことに加えて、ウィニー・ガウの解雇が彼女の心にスイッチを入れたこと。これに嫉妬と劣等感と名誉欲などのきわめて人間臭い動機が火種となって連鎖反応を起こし犯罪を誘発していきます。詩人のシンポジウムという浮世離れした舞台といかにも学究の徒であるクラズニク教授の純朴さがかもし出すユーモアがウィニーの悲惨さや動機の生臭さと微妙に入り混ざって一風変わったミステリに仕上がっていると思います。
![]() | エミリー・ディキンスンは死んだ (ミステリアス・プレス文庫) (1999/07) ジェーン ラングトン 商品詳細を見る |
テーマ : 推理小説・ミステリー
ジャンル : 本・雑誌
「修道士カドフェルの出現」エリス・ピーターズ 光文社文庫
2008-06-10
ーー 時は1120年の晩秋。国王ヘンリーは16 年にもわたって続けられていた戦闘に終止符を打ち、イングランドとノルマンディの所領を統一することに奏効した。そして王のために戦った諸侯や騎士たちの中に、経験豊かな練達の戦士カドフェルはいた。(「ウッドストックへの道」)
ーー カドフェルがいかに天の啓示を受け、修道院にたどり着き修道士になったのか。その経緯を描いた作品を含む、シリーズ唯一の短編集。全21巻完結。内容紹介より
「ウッドストックへの道」
いかにしてカドフェルは悟りを開き、僧坊に入ったのか、みたいな。
仲間と人生を振り返る場面が味わい深い。
「光の価値」
この作品は、『誰にでもある弱味 イギリス・ミステリ傑作選'79』(中村保男 訳)にも「お灯明の代価」という題名で収録されています。
クリスマス・イブからクリスマスにかけての話です。クリスマスの奇跡、幽霊(聖母マリア様を幽霊呼ばわりしてすみません)とくれば、クリスマス・ストーリーの約束事を連想しますね。『贈り物 クリスマス・ストーリー集1』(長島良三 編 角川文庫)の長島良三さんの解説で知ったのですが、チャールズ・ディケンズが言い出したクリスマス・ストーリーの条件には、子供を登場させ、奇跡が起こらなければいけないそうです。また、エラリイ・クイーンは、クリスマス「物語そのものに、《美と光》とを指向すること」と言っているとのこと。長島さんはそれらの条件に「幽霊を登場させる」ことを付け加えています。残念ながらこの短編には子供は登場しませんが、たぶん偶然にも美しい幽霊(マリア様のことです、たびたびすみません)が光の中に現れ、奇跡が起きています。
「目撃者」
「光の価値」がカドフェルものの雛形みたいな作品とすれば、これはエリス・ピーターズが作品に仕込むレッド・へリングの傾向がよく分かる作品かもしれません。
![]() | 修道士カドフェルの出現?修道士カドフェル・シリーズ〈21〉 光文社文庫 (2006/05/11) E・ピーターズ 商品詳細を見る |
テーマ : 推理小説・ミステリー
ジャンル : 本・雑誌
「眠れる森の惨劇」ルース・レンデル 角川文庫
2008-06-08
五月十三日の月曜日はその年、もっとも不吉な日だった。ウェクスフォード警部の部下マーティンが、銀行強盗に殺されたのだ。そして同じ日の夜、高名な社会学者が住む森の奥の豪奢な館から緊急通報が入った。「助けて、早く来て、早くしないとみんな殺されてしまう」 強盗殺人と森の奥での一家惨殺。二つの事件に何らかのつながりがあることを確信したウェクスフォードは鬱蒼たる森に潜む狂気に近づいていく。が、不可解出来事の連続で、謎はどんどん深まりゆくばかりだった……。待望のウェクスフォード警部シリーズ。 内容紹介より
あくまでもこのシリーズのなかでの話ですが、長い割にはやや凡庸か。ミステリと人物造形共に優れている稀な作家レンデルには期待してしまいますから、まずまずの出来では物足りません。この作者は、平凡なのに普通から少しずれている、しかしそのずれ具合が妙に気持ち悪い人物を描くのが得意で、本書にもブレンダ・ハリソンやグリフィン一家といった人たちを登場させています。その奇矯さには軽い嫌悪感を覚えながらも癖になってしまう味があるのですが、本書ではそこが食足りませんでした。影の主役であるダヴィナの性格は変わってはいるけれど、一般人ではなく作家であり学者であるので少しくらいの奇態さは変わっているうちに入らないし。それと関連して思ったのですが、どうして同じ作家で同じ俗物のガス・ケイシーを登場させたのでしょうか?公私ともに作家に悩まされるシニカルさを現したかったのか。ウェクスフォードが抱える家庭問題を描くためだとしても、ガス(彼の場合は、レンデルの現代文学批判あるいは揶揄が込められているのかも。p489参照)のその後のフェードアウトな扱いはレンデルらしからぬ芸のなさを感じました。
以下、少しネタばれです。ご注意下さい。
一人の女性の行方がわからなくなり、事件に巻き込まれた可能性があるため捜査を始めるのですが、その時、失踪かと思ったらただ休暇を取っていただけという過去の出来事(これはたぶん『運命のチェスボード』のこと)をウェクスフォードが思いだすくだりがあります。結局、この女性の場合も似たようなケースだったわけですが、ひねらずに同じ展開を二回も繰り返すあたり、このアイデアをレンデルは気に入っているのかもしれません。
![]() | 眠れる森の惨劇―ウェクスフォード警部シリーズ (角川文庫) (2000/04) ルース レンデル 商品詳細を見る |
テーマ : 推理小説・ミステリー
ジャンル : 本・雑誌
「海の警部」ミシェル・グリゾリア ハヤカワ・ミステリ文庫
2008-06-06
- Category : ☆☆
Tag :
南仏のニースは五月だった。バックミラーに映った二つの黒い目が、男を恐怖のどん底にたたき落とした。次の瞬間、男は見るも無残な死体となり果てていたーー連続凶悪殺人の最初の犠牲者として。同じ頃、海岸には弾丸で目をえぐられたビキニ姿の女の死体が浮かんだ。そして死体はその後、何者かの手で主任警部ダヴィド・ジェアン宅のガレージに移されたのだ。あたかもダヴィドが挑戦状をつきつけられるかのように、次々と消されてゆく被害者たち。彼らをつなぐ糸は、また犯人の真の狙いとは? 1978年度フランス・ミステリ批評家大賞受賞の傑作! 内容紹介より
この本の良さが全然理解できません。フランス・ミステリの苦手なところが揃ってしまっている感じです。ストーリー展開に関係がなくても思い付いたことを書き連ねる、理路整然なんてものはなく、イメージを感覚的に多量な言葉に移し替え放出する。アングローサクソン系沈思黙考など取るに足りないとばかりにラテン系饒舌さを重ねている印象です。こちらはイメージと言葉の海に浮かぶしかなく、その海は溺れそうなくらい泳ぎにくい。書いてあることを一字一句理解しようとするならこめかみが痛くなりそうです。仏週刊新聞「レクスプレス」紙の書評は、「この『海の警部』の最大の功績は、推理小説と文学作品とのあいだのあらゆる境界をとりはらったことである」と賞賛したそうです。わたしにとっては、まさしく文学作品めいた部分が非常に読み辛かった(翻訳に問題があるのかもしれませんが)。
さらに、六人も殺されてしまう主人公の主任警部の致命的能無しぶりときたら…。連続して起きる爆発、放火、失踪事件には言及もしていないではないですか。ミステリにおけるフランス人が感じる面白さのツボはちょっと違うのだろうなと思いました。
![]() | 海の警部 (ハヤカワ・ミステリ文庫 79-1) (1982/03) ミシェル・グリゾリア 商品詳細を見る |
テーマ : 推理小説・ミステリー
ジャンル : 本・雑誌
「著者略歴」ジョン・コラピント ハヤカワ文庫
2008-06-04
- Category : ☆☆☆☆
Tag :
作家になることを夢見る青年キャルは、ある日ルームメートが書いた原稿を盗み読んでショックを受けた。自分をモデルに書かれたそれが、紛れもない傑作だったからだ。だが、書いた本人が事故で死に、キャルはそれを自分の作品と偽り発表してしまう。一躍ベストセラー作家となって夢を叶えたキャル。ところが、盗作の事実を知る脅迫者が現れた時、彼の生活は足下から崩れ、転落の人生が始まった―比類なき傑作スリラー。
内容紹介より
映画化狙い(と勝手に想像)の作品として、主人公と悪役に読者が嫌悪感を抱かないように細部まで計算していることに感心。
たとえば、主人公が小説家になりたいと思っている理由は、何か書きたい欲求があるのではなく、読書好きだった「母親の心を横取りした本を憎み」ながらも「母との絆を深める」唯一の方法は小説を書くことという幼い頃からの思い込みなのです。この適度にバカバカしくも哀れな動機、または彼の作家になったときのイメージは小説を書いている姿ではなくマスコミのインタビューに答えている姿であったり、少年時代から書きためた“作品”を『キャル・カニングハム全集』と呼んでみたり、小説を書けない言い訳をいろいろしてみたりと作家志望の人物のカリカチュアとも言える造形が彼の軽さとスノッブさを印象付け、さらに笑いを誘っていると思います。悪女であるレスリーでさえも小悪魔風な雰囲気を持っていて、底が浅いジャネットよりも魅力的に感じさせています。
本書は主人公の優柔不断さと右往左往ぶりを愉快がる話であって、ようするにスリラーどころではなくスラップスティック・コメディであり、作者は、パトリシア・ハイスミス+スコット・スミスではなく(主人公に人殺しをさせない)ジム・トンプスンになれるのではないかと思ったところです。ただ、あまりに商業主義に堕ちたラスト部分の生温い決着の付け方には苦言を呈したい。
![]() | 著者略歴 (ハヤカワ・ミステリ文庫) (2005/11) ジョン コラピント 商品詳細を見る |
テーマ : 推理小説・ミステリー
ジャンル : 本・雑誌
「果しなき旅路」ゼナ・ヘンダースン ハヤカワ文庫SF
2008-06-02
陰気で閉鎖的な人々が住むゴースト・タウンさながらの鉱山町ーーだが、女性教師ヴァランシーが赴任した町には、思いもよらぬ秘密が隠されていた。町の人々は、宇宙を旅する途中で遭難し、地球に散らばった遠い星の種族《ピープル》だったのだ! 超能力をもちながらも、厳しい種族の掟に縛られ、暗い日々を送る子供たちは、やがてヴァランシーにだけは心を開いていく……地球でひそかに生きる異星種族の姿を描いた感動作 内容紹介より
ファンタジー寄りのSFでしょうか。《ピープル》、彼らと地球人のミックス、超能力を身に付けつつある地球人が《同胞》と出会うことで孤独ではなくなる話です。
連作短編を長編化していて、リーという若い女性がそれぞれの短編を繋ぐ狂言回しみたいな役割で登場しています。しかし、このヒステリカルなわめいているばかりの人物が本当に必要だったのか?
原題の『PILGRIMAGE』とは「巡礼」の意味だそうで、学校で習ったピルグリムーファーザーズを思いだしました。どうりで神様にお祈りする場面がよく出てきます。だけど彼らは出て行きたくて母星を離れたわけじゃないし、帰るべき星はないし…。どちらかと言えば漂着(者)ではなかろうか、と思いますが。
地球人《外界人》は機械文明を発達させて、《ピープル》は超能力という意味での精神文明を発達させたとの設定です。まあ、サイコキネシスやテレポーテーションなどはまだ納得できますが、洋服の長さや色を変える能力は魔法みたいで少し違和感があります。
すべて素朴な話のまま終わり、人類の精神を高めようみたいなお節介な展開にならなくて良かった。
![]() | 果しなき旅路 (ハヤカワ文庫 SF ヘ 8-1 ピープル・シリーズ) (2000) ゼナ・ヘンダースン 商品詳細を見る |