『喘ぐ血』リチャード・レイモン ナンシー・A・コリンズ 他 祥伝社文庫
2009-06-30
夫の留守中、ジョイスは家に愛人を引っ張り込んだ。ところが浴槽のなかでセックス中に相手が急死。挿入状態のまま巨漢の死体にのしかかられて身動きできなくなった彼女は、果たして夫の帰宅前に脱出できるのか?(「浴槽」より)その過激さで前作『震える血』を凌ぐ、官能&恐怖アンソロジー第二弾! 内容紹介より
〈エロティック・ホラー〉というサブタイトルが付いています。汗とか血液とか○○とか××とか飛び散っていて、官能という上品な言葉よりか肉欲&スプラッターみたいな感じが強いです。どれもストレートで、無い物ねだりですが控えめとか繊細さに欠けます。一篇くらいはそんな作品があってもよかろうに。
「浴槽」リチャード・レイモン
内容紹介にあるとおり、死体にのしかかられてバスタブにはまってしまった女の話。予想していない展開にスキを突かれました。
「虚飾の肖像」レイ・ガートン
憧れのロックスターと同棲し始めた女の話。彼は一時期姿を消していたのだが、復活し名声を得ていた。彼の屋敷には開かずの部屋があり、また、彼女が外出するとなにやら不気味な男女が話し掛けてきては彼についての奇妙な質問をしてくる。基本的には、魅力的な人物に変身した魔物に魅入られたヒロインという従来のストーリー・パターンをなぞっていて、魔物が死ぬと砂になった後、風でビューって四散するやつの変形です。ただ、ラストの一行が現代的。
「魔性の恋人」ナンシー・A・コリンズ
『ミッドナイト・ブルー』で有名な作家ですね。倦怠期に入った夫婦。男を漁る妻が出会った相手の真の姿とは。個人的に男の正体がキモい、苦手、無理!
「ベッドルーム・アイズ」マイクル・ニュートン
お金を払って、個室から裸になった女性がいる部屋を覗く男の話。ものすごく気に入った女と巡り会った彼は彼女のアパートへ。あまり恐くもなければ面白くもない。
「女体」ゲイリー・ブランナー
家庭内で起きた事件により、妻とのセックスにふける夫の話を叙述ミステリ風に語る。狂気の連鎖と衝撃により基本的欲求に退行してしまったのでしょうか。若干説明不足なのと新鮮さに欠ける印象。
「底なし」ポール・デイル・アンダースン
まさしく「底なし」の女とその夫の話。早く病院に連れてけって。さほど。
「最上のもてなし」グレアム・マスタートン
見知らぬ男から非常に高価で貴重な品物をプレゼントされ続ける女の話。最後に明かされる男の動機が分かりやす過ぎて、神秘性を損なって雰囲気が壊れているきらいはありますが、一番気に入った作品です。
「改竄」ドン・ダマッサ
ある日、上映している映画のワンシーンがエロティックに改変されていることに気が付いた映写室で働く男の話。犯人が常連客のなかにいると思った彼は……。そんな才能があるなら別のことに使えば良いのにと思わなくもない。
「硬直」R・パトリック・ゲイツ
下ネタですみませんが、文字どおり禁断の「硬直」の味を覚えてしまった女の話。それ以上でも以下でもないです。
「真珠姫」ジョン・シャーリィ
死んだと思っていた元恋人に再会した女と〈顔喰らい鬼〉の話。B級。
「淫夢の女」カール・エドワード・ワグナー
若さを失わないあるひとりのモデルに魅せられ、写真を集め彼女の正体を追う女の話。淫夢を食べるバクといったところか。違うけど。
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テーマ : ファンタジー・ホラー
ジャンル : 本・雑誌
『銀河遊撃隊』ハリイ・ハリスン ハヤカワ文庫SF
2009-06-28
大学生で、天才科学者でもあるジェリーとチャックは、驚くべき発見をした。粒子加速器にいたずらで放りこんだチーズが、どんなものも瞬間的に移送できる新物質に変貌していたのだ! すぐさまふたりは、この物質から画期的な航法装置を作りだし、愛らしい友人サリーとともに、ジャンボ・ジェット機で試験飛行に乗り出すが、これが銀河をかけめぐる大冒険となるとは思ってもいなかった……傑作ユーモア・スペースオペラ! 内容紹介より
わたしの感想は、浅倉久志さんが訳者あとがきで的確に述べられていることの焼き直しみたいなものです。
浅倉さんのあとがきによれば、この作品はE・E・スミスのスペース・オペラのパロディだそうです。〈レンズマン〉シリーズは昔楽しく読んだ思い出がありますが、いまではすっかり記憶に残っていないのでどういうところをパロディにしているのかが分かりませんでした。一冊くらい再読してから読めば良かったのでしょうが、それでもなかなか面白かったです。容姿は素晴らしいけれど、ちょっと能天気なヒロインのサリーのキャラや彼女が奇怪な宇宙人に身体を触られている場面はスペース・オペラのお約束ごとですね。とくに後者は、そういうたぐいの本のカバーイラストにしばしば描かれているシーンです。彼女がまったく活躍する場を与えられず、しょっちゅう料理ばかり作らされる女性軽視の設定も皮肉が効いています。また、ある惑星の住人の99.9パーセントを一瞬にして抹殺してしまうなど、「異性生物に対する生命軽視」(訳者あとがきより)のブラック・ユーモア、いたるところに酸素を含む大気が存在し、出会った異星人のどいつもこいつも強力な受信機を用いて地球のラジオ番組を聴き、地球の言語を覚えたというナンセンス性、ソ連のスパイの変節ぶりやさまざまなエイリアンが集合して銀河遊撃隊を発足させる都合の良すぎる展開などなど、作者が昔読んだスペース・オペラをリスペクト(?)しつつ洒落のめしているわけです。
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『ビッグ・ヒート』ウィリアム・P・マッギヴァーン 創元推理文庫
2009-06-26
- Category : ☆☆☆☆☆
Tag : ウイリアム・P・マッギヴァーン
フィラデルフィア市警の刑事がひとり、ピストル自殺を遂げた。一見、ありふれた事件。だが、警部補バニアンはなにかきな臭いものを感じ、積極的に調査を始める。そんな彼に、事件から手をひくようにとの命令が。やはりなにかある。やがて彼の妻が殺されるや、復讐の鬼と化したバニアンはバッジをかなぐり捨て、市政の腐敗に単身戦いを挑んで行った! 著者独壇場、警官ものの名作。 内容紹介より
社会派ハードボイルドものとして、すごく完成した作品だと思います。いたってストレートなテーマ、シンプルなストーリー、妙にひねっていない判りやすい主人公と敵役のキャラクター。これらの単純明快さゆえに懐かしさを感じさせはしますが、それを超えて不朽の名作として存在しているように思いますし、凝ったミステリー作品が多い現代ではかえって新鮮さを感じます。
憎しみの感情のみを心にいだき、殺してでも敵を討とうとする修羅の如き主人公の様子や復讐に凝り固まった心がしだいに変化して行く様が簡潔な文章で書かれています。特に、
実娘が匿われている妹夫婦の家での義弟とその元戦友たち、牧師、警視と主人公とのやり取りが、定番とは言え、彼の孤独感を鎮めると共に、ユーモラスでありながら腐敗した人間たちと対照的に描き出していて非常に良いです。そして、復讐の終りと同時に、彼の心から憎しみを捨てさせ、悲しみという人間らしい感情を取り戻させた街の顔役の愛人の身に起きた一連の出来ごとも哀れを誘ってとても深い印象を受けました。
マッギヴァーンの他作品
『1944年の戦士』
![]() | ビッグ・ヒート (創元推理文庫 マ 2-4) (1994/10) ウィリアム P.マッギヴァーン 商品詳細を見る |
テーマ : 推理小説・ミステリー
ジャンル : 本・雑誌
『わたしが幽霊だった時』ダイアナ・ウィン・ジョーンズ 創元推理文庫
2009-06-24
- Category : ☆☆☆☆
Tag :
歩いててふと気がついたら、あたし、幽霊になってた!頭がぼやけてて何も思い出せないし、下を見たら自分の体がないじゃないの。生垣やドアをすり抜けて家の中に入ると、だいっ嫌いな姉さんや妹たちが相変わらずのケンカ。誰もあたしのこと気づきゃしない。でも、どうして幽霊になっちゃったんだろう……現代英国を代表する女流作家の、おかしくもほろ苦い時空を超えた物語。 内容紹介より
幽霊自身が誰なのかさえあやふやで、幽霊になった原因も明かされていないことや七年後の出来事も話に絡んでくるために、冒頭からストーリーの流れに乗り辛く読み難く感じます。しかし、読み進む内に、この物語はそういう仕様であって、それらが伏線になっているのだと判る仕掛けです。運営する学校や生徒たちにかまけ、自分たち娘をないがしろにする親を試そうと立てた企てに古代の土着の女神が係わってきて、単なる悪戯が七年後の事件に繋がってしまう展開。幽霊話にタイムトラベルを付け合わせてなかなか凝った構成になっています。たくましくて強烈な個性を持ち、こましゃくれた四姉妹の両親への願いが自分たちに関心を向けて欲しい、というなんとも子供じみて幼いことなのがかえってしんみりとさせられました。
![]() | わたしが幽霊だった時 (1993/10) ダイアナ・ウィン ジョーンズ 商品詳細を見る |
『ジャンパー』スティーヴン・グールド ハヤカワ文庫SF
2009-06-22
デイヴィッドはガールフレンドもいない、読書好きのめだたない高校生だった。だが、ある事件をきっかけに、自分に思いもよらない超能力がそなわっていることを知った。デイヴィッドはジャンパー ― 何千マイルも離れた場所へ一瞬にして移動できるテレポーテーション能力の持ち主だったのだ。それに気づいたデイヴィッドは、アル中の暴力的な父が支配する家をとびだし、ニューヨークへ向かったが……SF冒険大作映画原作 内容紹介より
どうでもいい細かいことですが、この作品てSFというより冒険ファンタジーですよね。主題であるテレポーテーションへの科学的言説がほとんどなされていないから。スーパーマンをあまりSFと言わないように、特殊な能力を授かったヒーローが悪に立ち向かう設定のアメリカン・コミックの系統をひいている感じがする、ヤングアダルト向けの作品だと思います。銀行から大金を盗み出す話は単純にうらやましくてワクワクしますけれど、青少年向けの作品としてはまずいわけで、後でなにかしらのフォローがはいるのかと考えていたらやりっぱなしでした。それから大自然のなかに捨てられたゴミを拾い集める行為は立派ですけど、人の手がはいらない自然の真っただ中に勝手に不法建造物を造ったり、他所から持って来た本来そこにはいない魚を放したりしちゃ駄目でしょ。十八歳くらいの年頃の少年がやりそうなことではありますけれど、ここでも彼の未熟さにつり合うような精神的に成長した行動か発言を後半部分で書かないといけないのじゃないかと思いました。しかし、たとえば、行方知れずになっていた母親を慕う感情とか父親との確執や年上の彼女とのラブロマンスなどを読むと逆に、成長過程の少年が上手く描かれているとも言えるわけです。異能を身に付けた者の悩みとか不安とかの部分がほとんど書かれていないのはもの足りないような、浅い印象を与えているような。
![]() | ジャンパー 下 (ハヤカワ文庫 SF ク 8-6) (2008/02/08) スティーヴン・グールド 商品詳細を見る |
あの女は殺さなくちゃならない―田舎の平穏な村で平凡な暮らしをおくる彼はそう決意した。あの女が村へやってきたときから、自分と妻の生活がおかしくなったのだ。スポーツ・カー、才能、スキャンダラスな過去。妻と生活をあの女の影響から守らなくてはならない。彼は用意周到な計画の末に、ある夜女の家に忍び込み、女を殺したのだったが……人間性に根ざす異常な殺人動機とその皮肉きわまる結末を描くルース・レンデルの第一話「運命の皮肉」をはじめ、コリン・デクスター、パトリシア・ハイスミス等現代の人気作家12人の傑作短篇を収録! 内容紹介より
「運命の皮肉」ルース・レンデル
いまさら言ってもですが、長短篇ともに水準の高い作品を書けるレンデル先生は立派。しかもこれは書き下ろし作品ですからね。被害者の意外な内面、捻った至極苦い結末。
「エヴァンズ、初級ドイツ語を試みる」コリン・デクスター
脱獄名人と刑務所長の対決の話。
こちらはいかにもコリン・デクスターらしい、らしすぎる作品。捻って捻って、二転三転四転くらいする彼の長篇のプロットを短篇でもそのまま使った感じです。ちょっと忙しい気もしますがよくまとめてはいます。
「私用電話」シリア・デイル
毎日、昼食後自宅の妻に電話する男の話。
「きみかい?ぼくだよ。どうだい」、「きみかい?ぼくだよ。どこにいたんだい?ベルが十回も鳴ったのに」、「きみかい?ぼくだよ。どこに行ってたんだい?」などなど。新婚旅行以来毎日こういう電話を受ける奥さんが採った行動も……。
「ヘイゼル、借金取立てをうけおう」P・B・ユイル
ヘタレな男とハードボイルドな女が借金取りをやる話。完全に男女の立場が逆転してます。
「パパの番だ」ジェイムズ・マクルーア
離婚した妻が引き取った子どもたちと婚約者を連れてピクニックに行った男の話。
父親の子どもへの感情の不安定さを心理サスペンスタッチで高め、ラストは子どもの持つ
残酷な心理で落とした作品で、その入れ替わりが上手い。
「一連の出来事」エリザベス・フェラーズ
五年前の未解決殺人事件の記事を書くために、舞台となった村へ取材に行ったジャーナリストが聴いた話とは。フェラーズお得意のそれは真相なのかあるいは間違いなのか、という設定が活きていると思います。
「楽園の午後」マーティン・ウッドハウス
嫌がらせを受け、妻を寝取られた破産目前の男とその敵役の男との決闘話。まあまあ。
「ラッカーの大晦日」ジョン・ウェインライト
すご腕ではあるが、フロスト警部をシリアスにしたような、さらに嫌みで皮肉屋で虫の好かない人物で、当然、警察署員全員から忌み嫌われているラッカー主任警視が主人公の話(苦笑)。まじで嫌な奴です、このひと(笑)。
「またあの夜明けがくる」パトリシア・ハイスミス
育児放棄、児童虐待の問題を先取りしたかのような作品。ハイスミス先生も相変わらずイヤーなところを突いてます。母親が精神的に疲れ病んでいく様子と問題を抱える家庭のモデルのような一家の有り様は非常に現実的で心に迫ります。
「解放者」マーガレット・ヨーク
かつてフランスレジスタンス組織に協力したことのあるオールドミスのイギリス人の元教師が他人に迷惑をかける人たちを片っ端から殺してしまう話。お節介殺人の顛末。
「あなたの従順なるしもべ」ジェフリー・ハウスホールド
ある村に新しく越してきた不思議な雰囲気を持つ男の話。
「静かな夜」デレク・ロビンソン
自宅に百二十六種類の銃を持つ男の話。パーティーから帰ってみると自宅が盗難被害に遭っていて、その日以来彼は来るべき泥棒の侵入に備えて偏執的な行動を取り始める。その妄執の先には……。
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テーマ : 推理小説・ミステリー
ジャンル : 本・雑誌
『快盗タナーは眠らない』ローレンス・ブロック 創元推理文庫
2009-06-18
- Category : ☆☆☆☆
Tag : ローレンス・ブロック
脳に銃弾を受けて眠りを失ってしまったが、その代わりに語学力と万巻の書からの知識を得たエヴァン・タナー。ギリシア-トルコ戦争時のアルメニア金貨が今もまだトルコ領内に埋もれているとの情報を得た彼は、金貨を手中にすべく旅立つが、スパイ容疑で逮捕された! 決死の脱出から始まるヨーロッパ大活劇。異能のヒーローが活躍する、ブロック初期の痛快シリーズ、ここに開幕! 内容紹介より
ローレンス・ブロックの早初期の作品らしいですが、このひとの物語の下地の作り方やこね方がかなり出来上がっている感じがします。まず、まったく眠らない(眠れない)という障害を主人公に負わせていることとそれが彼にとってプラスに働いていること。この特異な特徴付けは読者の主人公への興味をたかめます。そして各国主義主張も様々な何百もの団体にメンバーとして加入していること。これが突拍子もなくてユーモラスであり、ストーリーの上でもこの設定が後で活きてきます。それから彼がプロではなくアマチュアであること。なのに周りが彼をスパイか過激な活動家だと思い込むシュールな設定。金貨を手に入れる動機が各団体に寄付するためというものすごく判りやすく、しかも笑えるものであること。クールなヒーローが活躍する懐かしめな巻き込まれ型ロードノベル風冒険活劇。ジョン・バカンやアンブラーの『あるスパイへの墓碑銘』が好きな方にお勧めですよ。
ただ、マケドニアでの武装蜂起の箇所は、なにかフォレスト・ガンプみたいな展開で少々やり過ぎみたいで気になりました。
↓amazonのタイトル表記は誤りです。『快盗』が正しい。
![]() | 怪盗タナーは眠らない (創元推理文庫) (2007/06) ローレンス・ブロック 商品詳細を見る |
テーマ : 推理小説・ミステリー
ジャンル : 本・雑誌
『ニミッツ・クラス』パトリック・ロビンソン 角川文庫
2009-06-16
- Category : ☆☆☆☆
Tag :
インド洋で演習中の米海軍最新鋭ニミッツ級空母トマス・ジェファソンが、何の前触れもなく大爆発を起こした。米海軍始まって以来の大惨事に世界中を衝撃が走る。事故で兄を失ったポールドリッジ海軍少佐が事件を調査すると、かつて旧ソビエト軍が所有し、現在は行方不明の潜水艦が事件に関わっていた可能性が浮上する。しかし誰が乗り込み、どこから現れ、どうやって射程距離に接近したのか?その潜水艦は今どこに潜伏しているのか……。アメリカ海軍の威信をかけた秘密作戦が始まった!迫真の本格軍事スリラー、待望の文庫化! 内容紹介より
まあ、たくさん資料集めてよく調べて大勢にインタビューして何年も費やして完成させましたという、いかにもジャーナリストらしい作品です。情報量の多さには、たぶんミリヲタの方はたまらないでしょう。一方、とにかく米英海軍万歳、No軍縮の作者の思想的な背景を表しているのかどうかは知りませんが、作中での大統領のタカ派的及び差別的発言が鼻に付く箇所もあります(p395)。伏見威蕃さんが訳者あとがきで出版当時の駐英アメリカ大使の感想を引用されていて、「海軍の未来、テロリズム、大量破壊兵器の拡散が今後もたらすであろう問題を提起している」(p579)、この言葉が不吉にも当たってしまったみたいに2001年に「9.11テロ」が起きてしまったのですね。幾重にも防御された最強最新鋭の空母が核弾頭を付けた一発の魚雷で一瞬のうちに消滅してしまう内容は、アメリカという超大国のシンボルである都市が数人のテロリストによって攻撃され甚大な被害を及ぼした事件とオーバーラップしているように思えます。
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テーマ : 推理小説・ミステリー
ジャンル : 本・雑誌
『セント・アグネスの戦い』トム・イードスン 集英社文庫
2009-06-14
- Category : ☆☆☆
Tag :
酒場女をめぐる決闘で相手を殺し、カリフォルニアへ逃れる途中、スワンソンは、アパッチに襲われている幌馬車を助けた。乗っていたのは、セント・アグネスという老女をリーダーとする三人の修道女と七人の孤児たち。水もなく、味方は犬一頭のみ、武器もナイフと石弓と拳銃だけ。この極限状況で、女子供を守って、脱出することはできるのか。足を撃たれ、腕を骨折しながら、スワンソンの孤立無援の戦いが始まった…… 内容紹介より
西部劇という娯楽小説ですから、敵役は大勢いて悪辣なほど話が盛り上がるのは判ります。しかし、「インディアン=残虐非道」という単純な造形と設定はかなり時代遅れとしか言えません。そして他方のヒーローは修道女から神の使いとまで奉られているのですから、もしネイティブ・アメリカンのひとたちがこれを読んだら良い気はしないでしょう。なにも人種偏見について声高く言うつもりはありませんが、いくら娯楽小説といえども「インディアン」を絶対的な悪として描写し、バランスを考慮していないと読んでいて白けてしまうんですよね。今時こういうスタンスは流行らないと思いますが……。単純に敵方にも良識人を配するか、開拓時代に白人がネイティブ・アメリカンに行った土地や文化や人々への蹂躙を修道女に語らせるなりの配慮はあってもよかったのではないのかと。作者は、主人公が犬に示した慈しみの一片でも「インディアン」に与えるべきでした。
![]() | セント・アグネスの戦い (集英社文庫) (1995/07) トム イードスン 商品詳細を見る |
『スリー・パインズ村の不思議な事件』ルイーズ・ペニー ランダムハウス講談社
2009-06-12
家に鍵をかける習慣さえない、ケベック州の平和な小村スリー・パインズ。感謝祭の週末の朝、森の中で老婦人の死体が発見された。死因は矢を胸に受けたと見える傷。一見、ハンターの誤射による事故死に思えた。だが、凶器の矢がどこにも見当たらないことから、ガマシュ警部は顔見知りによる殺人事件として捜査を始めた……。「ポアロとモース警部へのケベックからの回答!」と絶賛される本格ミステリの新シリーズ第1弾。内容紹介より
ガマシュ警部シリーズ。
この作品の雰囲気を例えるならば、クリスティーのミス・マープルものに代表されるヴィレッジ・ミステリとシムノンのメグレ警視シリーズを合わせたようなもので、そしてその二つがよく均衡を保って互いに並び立っている感じです。この微妙なバランスが醸し出す穏やかさとストーリーを丁寧にひと編みごとに綴っていく作者の手法が作品にゆったりとした落ち着きを与えています。探偵役の男女ふたりがポアロとヘイスティングスのような主従関係になっているわけではなく、一方はヴィレッジ・ミステリの主人公らしく、また一方は警察ミステリの主人公らしく謎を解明して真犯人へと迫っていく構成が巧みに組み立てられています。事件解明に導くヒントも非常に単純なことですが解りやすく設定されています。
以下、ネタバレ気味です。
「また、犯人と犠牲者の評判がラストになって逆転するところ、特に犠牲者のイメージを犯人が意図的に創り上げていたことは、話の最初の部分に前フリがあって、地味ですが感心しました。」以上、デビュー作とは思えない程完成度が高い作品です。
巻末、著者の謝辞の一部、さまざまな関係者に感謝の言葉を述べた最後に、
「わたしはかつて友人がなく、電話も決して鳴らず、寂しさで死ぬと思った時期を、人生で経験しました。ほんとうの祝福は、わたしが本を出版したことにではなく、感謝をする相手がこれほど大勢いることにあるのを知っています」(p472)。
![]() | スリー・パインズ村の不思議な事件 (ランダムハウス講談社文庫) (2008/07/10) ルイーズ ペニー 商品詳細を見る |
『死者の季節』デヴィッド・ヒューソン ランダムハウス講談社
2009-06-10
- Category : ☆☆
Tag :
ヴァチカン図書館にひとりの男が乱入し、衛兵に射殺された。殺される直前、男は図書館にいた女性の前で手にしていた人間の生皮を広げ、「聖バルトロメオ」という言葉を残した。事件を知った刑事コスタは、ヴァチカンがローマ市警の管轄外であるにもかかわらず、男の残した言葉に従い、サン・バルトロメオ教会へ向かう。そこで彼が目にしたものは、全身の皮を剥がれた死体 ― そして、凄惨な連続殺人事件の幕が開けた……。 内容紹介より
出だしは快調だったのに、しばらくして中だるみに陥った後、物語は加速することもなく終了。なんで展開にこうもダラダラとした印象を受けるのか、考えてみるけどこれといった大きな欠点がある訳じゃなく、構成力の弱さとか人物設定の浅さとかいろいろあるのでしょう。あるいは地味に様々な事物を詰め込みすぎて、そのどれかに収斂して行くのでもないから物語全体が散漫な感じになっているのでしょうか。
「ローマにあるカラヴァッジョの作品の所在と由来を残らず知っている」主人公の若手刑事の絵画ヲタクぶりがなんの伏線になっていないし、途中で捜査から外れて実家で家庭談義を始めるし(この箇所が緊迫感を欠く一番の理由かもしれません)、病魔に冒されている彼の父親と精神的にまいっているパートナーの中年刑事は立場がやや重複しているし、ヒロインと連続殺人犯は相対的に存在が希薄だし、枢機卿は一体何をやりたかったのかよく分からなかったし。サイコスリラーでも歴史ミステリでもなく、サスペンス性も不足気味であり、警察ミステリとも言えず、すべてが中途半端に思えました。
![]() | 死者の季節 下巻 (ランダムハウス講談社文庫) (2006/10/02) デヴィッド・ヒューソン 商品詳細を見る |
テーマ : 推理小説・ミステリー
ジャンル : 本・雑誌
『タイムライン』マイクル・クライトン ハヤカワ文庫
2009-06-08
- Category : ☆☆☆
Tag : マイクル・クライトン SF
フランスにある14世紀の遺跡で大学の歴史調査チームが発掘したのは、なんと現代製の眼鏡のレンズと助けを求めるメモだった。その直後、調査チームはスポンサーでもある巨大ハイテク企業ITCによって緊急に呼び出された。遺跡発掘の責任者であるジョンストン教授の救出に協力してほしいというのだ。リーダーのマレクをはじめ、チームのメンバーたちは耳を疑った。その行き先というのが、14世紀のフランスだったからだ! 内容紹介より
マイクル・クライトンは、人間と恐竜の遭遇という古くからあるコンテンツに最先端科学技術の遺伝子工学を組み合わせて、あの傑作『ジュラシック・パーク』を書きましたが、本書でも、タイムトラベルとパラレルワールドといういわばSFの世界では手あかのついたアイデアに量子力学(量子コンピューター)をかけ合わせて作品を作り上げています。しかし、単純に比較しても恐竜の跋扈するジュラ紀と甲冑に身を固めた騎士たちが馬を駆けさせる中世フランスでは、後者は前者程にはインパクトがないのは当然なわけで、中世という舞台に立ってからの展開がやはり弱いなという印象を受けました。クライトンのことですからマーケットリサーチなんかをして時代を中世に選んだのでしょうが、捻ることもなく月並みなストーリーパターンでした。また、主人公たちが牢屋から脱出したと思ったら、すぐに牢屋に入れられてしまう箇所はらしからぬ芸の無さを感じました。ただ、権謀をめぐらすレディ・クレアの造形は中世の女性像とは違う描き方で目立っていましたから、もっと主人公たちに絡ませて欲しかったです。
マイクル・クライトンの他作品
『アンドロメダ病原体』
『ターミナル・マン』
![]() | タイムライン〈下〉 (ハヤカワ文庫NV) (2003/12/10) マイクル クライトン 商品詳細を見る |
『聞いてないとは言わせない』ジェイムズ・リーズナー ハヤカワ文庫
2009-06-06
- Category : ☆☆☆
Tag :
雲ひとつない青空はぎらぎらと輝き、地面からはゆらゆらと熱気が立ちのぼる。道路の両側はどこまでも平坦な畑だ。そんなテキサスの片田舎にヒッチハイクで流れてきた青年トビーは、一人で農場を経営するグレースに雇われて住みこみで働きはじめる。広大な土地にたった二人、たがいに惹かれあうものを感じるが……乱入するガンマン、飛び交う銃弾、逃亡と追跡、裏切りまた裏切り。予測不可能、一気呵成、疾風怒濤の大傑作 内容紹介より
「疾風怒濤の大傑作」というのは大袈裟。ヴィクター ・ギシュラーの『拳銃猿』みたいなバイオレンス・アクションを切り貼りすれば2、3作くらいは作れる程度の作品。要は情景描写を減らして会話と暴力シーンを増やせば良いだけのことで、所詮はペーパーバック向けのB級ノベル。だから「大傑作」なんて表現を軽々しく使うと眉唾物だというのはよく分かってはいるけれど、それでもちょっとは期待してしまうために上記の厳しい感想を書いてしまうはめになるのですよ、と早川さんには言っておきたい。「いきなりドアが蹴りあけられ、拳銃を持った男が家のなかに飛び込んで」きて場面がいきなり激変するところは読みどころだし、以降のスピーディーな展開も良いんですが、ただこの話には不可欠とは言え男女間に恋愛感情が芽生えたり、ベッドシーンが挿入されるとストーリーが緩くなったり流れが滞ってしまうんですよね。男同士あるいは女同士のほうがもっとドライな雰囲気になったと思います。
![]() | 聞いてないとは言わせない (ハヤカワ・ミステリ文庫) (2008/06/06) ジェイムズ・リーズナー 商品詳細を見る |
テーマ : 推理小説・ミステリー
ジャンル : 本・雑誌
『キングの死』ジョン・ハート ハヤカワ文庫
2009-06-04
- Category : ☆☆☆
Tag :
失踪中の辣腕弁護士が射殺死体で発見された。被害者の息子ワークは、傲慢で暴力的だった父の死に深い悲しみを覚えることは無かったが、だた一点の不安が。父と不仲だった妹が、まさか……。愛する妹を護るため、ワークは捜査への協力を拒んだ。だがその結果、警察は莫大な遺産の相続人である彼を犯人だと疑う。アリバイを証明できないワークは、次第に追いつめられ……。スコット・トゥローの再来と激賞されたデビュー作 内容紹介より
少しネタバレしています!ご注意下さい。
母親の死、直後の父親の失踪、妹との関係は疎遠になり、結婚生活も上手く行かず、弁護士としての仕事も激減。そんな主人公の元に父親の遺体が発見されとの報せが届く。こういうグダグダで色々面倒くさい状況のなかにいる主人公の再生の話なのでしょう。しかし、精神的抑圧下での自己憐憫系および他者攻撃性の感情にどっぷり浸かり過ぎた彼にはなかなか『ロッキー』のテーマソングは鳴り響かない。BMWからピックアップトラックへ車を交換したあたりから再生物語が始まるのかと思ったら依然ウジウジしてるし。いくら父親の多大な影響下にあったとは言え、大人なんだからもうちょっと自分というものをしっかり持たないと関わりになった者が不幸になるし。こんなネチネチした男の話を600ページも読まさせたら、「お前がしっかりしてりゃ」の一言も言いたくなるものです。これも作者の計算なのでしょうけれど、後味を悪くしている気がします。それから何度も果てしなく繰り返される主人公と彼の妻との会話のやり取り(ケンカまたは懐柔しようとする様)もラストにおけるインパクトを狙ったものなのでしょうが無駄に多すぎです。
感心したのは死体発見現場の件が計算尽くだったこと。
![]() | キングの死 (ハヤカワ・ミステリ文庫) (2006/12) ジョン ハート 商品詳細を見る |
テーマ : 推理小説・ミステリー
ジャンル : 本・雑誌
『暗闇の薔薇』クリスチアナ・ブランド 創元推理文庫
2009-06-02
- Category : ☆☆☆☆
Tag : クリスチアナ・ブランド
『スペイン階段』のリヴァイヴァル上映を観た帰り道、サリーは一台の車があとをつけてくるのに気がついた。いったんは無事やりすごせたかに思えたが、折りからの嵐に巨木が倒れ、行く手をふさいでしまう。あせった彼女は、倒木のむこう側でおなじ憂き目にあっていた未知の男性と車を交換、それぞれの目的地をめざすが……。英国の重鎮が華麗に描く、巧緻にして型破りの本格傑作。 内容紹介より
晩年の作品ということで、ミステリへの信念と情熱は保ちながら筆致は良い具合に力が抜けている感じがしました。嵐の中、見知らぬ人物と車の交換、そして死体の発見と冒頭から惹き込まれます。アクロバティックな展開が多い他の作品に較べて、読み始めはなにか作風が変化したような、主人公を含む〈八人の親友〉が協力し合って事件の謎を解いていく(ただし、このなかに犯人がいると作者が巻頭に記しています)のかと思わせますが、徐々に登場人物たちのエキセントリックさが目立ち始め、心理サスペンスの様相を呈してきます。特にヒロインのイメージの変化、嫌な面を少しずつ見せていくタッチ、彼女のせいで仲良しグループが少しづつ崩壊してゆく様子、彼女の恋人になる医師の微妙な俗物感の表出など作者の描写力の上手さが光ります。ブランドのミステリの技法はカードゲームの神経衰弱のようで面白いけれど、ややもすると捻り過ぎて読後疲れを感じる傾向がありますが、本書はその点では若干もの足りなさを覚えるものの読み易い作品と言えると思います。
クリスチアナ・ブランドの他作品
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テーマ : 推理小説・ミステリー
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