『ラファエロ真贋事件』イアン・ペアズ 新潮文庫

2010-03-31

Tag :

☆☆☆

ローマも場末のちっぽけな教会にイギリス人の青年が侵入、放浪罪で保護された。この青年、美術史を専攻する大学院生で、件の冴えない教会には、聖画に擬装されたラファエロの知られざる傑作が、一世紀以上にもわたり飾られてきた筈だと供述。しかも彼が教会に侵入した時には、その絵は既になくなっていた、というのだが……。謎が事件を呼び事件が謎を生む、美術犯罪ミステリー。 内容紹介より



世の中には、事実は小説よりも奇なりという、熱力学第二法則と同じくらいにガチな法則が存在するように、有名な画家や名画の贋作事件については実際に起きた事件のほうが面白そうなんですけど、本書を読んでも物語としてスケールが小さく、エキサイティングでもなく、かといって贋作についての歴史や技術などの初心者向けの知識が披露されているのでもなくてもの足りなさを感じました。正直、わたしは『モナ・リザ』などを含め西洋古典絵画にはほとんど芸術的興味が湧かず、画家や絵画にまつわるスキャンダラスな話題について関心があるような人間なので、そもそもラファエロと聞いてもピンとこないのですね。そういえば、『ダ・ヴィンチ・コード』も未読です。
だいたい300ページにも満たない作品のなかに、主人公タイプの人物を三人も持ってきて、役割を分担させ、フラフラと視点も移ろうというのが作品全体のイメージを薄く感じさせる原因なんじゃないでしょうか。美術史専攻のイギリス人の大学院生をメインに据えて、イタリア人の女性アシスタントとの英伊対決ありながらの冒険をさせたら面白かったでしょうに。




ラファエロ真贋事件 (新潮文庫)ラファエロ真贋事件 (新潮文庫)
(1995/09)
イアン ペアズ

商品詳細を見る

テーマ : 推理小説・ミステリー
ジャンル : 本・雑誌

『リガの犬たち』ヘニング・マンケル 創元推理文庫

2010-03-29

☆☆☆☆

スウェーデン南部の海岸に、一艘のゴムボートが流れ着いた。その中には、高級なスーツを身につけた二人の男の射殺死体が抱き合うように横たわっていた。彼らはいったい何者なのか?どうやら海の向こう、ソ連か東欧の人間らしいのだが……。小さな田舎町の刑事ヴァランダーは、この国境を超えた事件に思いもよらぬ形で深入りすることになるのだった!注目のシリーズ第二弾。 内容紹介より



第一作目は移民問題を、第二作目では国際政治問題をミステリに絡ませながら、一作目の警察小説から一転してエスピオナージ調の物語になっています。ラトヴィアという国を描写するのに手間がかかったのかどうか、ヴァランダーの魅力が前作ほど表れていないような気がしました。まだソ連の影の支配下にあるラトヴィアが舞台になっているのですが、国や社会の様相がこれまでに読んだ幾多のスパイ小説に登場した社会主義国のそれとまったく代わり映えしていません。ネタばれ→「体制側に敵の敵がいる」という落としどころもよく使われるプロットです。そして、主人公の立場も、まるでナチス占領下にある国のレジスタンス活動を助ける工作員みたいな既視感を覚えました。このように従来からあるパターンの使いまわしのような印象を強く受けてしまいます。
作風を一作毎に変えることは良いと思いますが、これまでのスパイ小説の焼き直しみたいなストーリーにおいては主人公にもっと強烈な個性を持たせるべきでしょう。
または、警備主任を募集しているゴム工場に送る履歴書を書きながら、いつのまにか眠ってしまい、すべてはその時に見た夢だったという、夢オチにしてしまっても……。

『殺人者の顔』ヘニング・マンケル 創元推理文庫




リガの犬たち (創元推理文庫)リガの犬たち (創元推理文庫)
(2003/04)
ヘニング・マンケル

商品詳細を見る

テーマ : 海外ミステリ
ジャンル : 本・雑誌

『チョコチップ・クッキーは見ていた』ジョアン・フルーク ヴィレッジブックス

2010-03-27

☆☆☆

ハンナはお菓子作りの腕をいかして、世界一おいしいクッキーを出すお店を経営している。店の評判は上上、地元の人たちのくつろぎの場として愛されていた。そんなハンナの悩みといったら、「結婚しなさい」とうるさい母親くらいのもの。忙しくものどかな毎日だったが、ある日、店の裏手で牛乳配達人の死体が発見され、町は大騒ぎに。義弟である保安官助手に捜査を手伝うと約束してしまったことから、ハンナは自慢のクッキーを手に町の人たちへの聞きこみを始めた。おいしいものの前ではだれしも口が軽くなる。思わぬ名探偵ぶりを発揮するハンナだが……。甘くコージーなお菓子ミステリー・シリーズ第一弾! 内容紹介より



ようやく読んだ〈ハンナ・スウェンセン・シリーズ〉第一作目。
ローラ・チャイルズよりもジョアン・フルークの作品のほうが人気があるみたいで、著者名での検索キーワードで来られる方が多いです。ミステリ的にもキャラクター的にも、本シリーズが若干ですが上回っているような気がします。しかし、人気の一番の要素はやっぱりお茶よりお菓子っていうところにあるのかもしれません。
ともにショップのオーナーだったり、弱っていたところを保護した猫と犬*をそれぞれペットにしているなどの共通点を持つ主人公たち、それ以外でもかなり設定の似ているローラ・チャイルズの〈お茶と探偵シリーズ〉に無くて本シリーズにあるものは、「家族」の存在ではないかと思います。〈お茶と探偵シリーズ〉のセオドシアにはおばしかいませんが、本書のハンナには母親、二人の妹、義弟がおり、特に、仲が良いとは言えなかったらしい次女アンドリアと姉妹の絆*を深めあったり、アンドリアの母親としての成長する姿を見守ったりする場面が描かれています。そして、そういうところがこのシリーズの魅力なのかなと、一作目を読んでみて感じたのでした。

*猫派と犬派に分かれているところも注意したい点。
*シリーズの他の作品でもよく言及されています。

タグ:ジョアン・フルーク




チョコチップ・クッキーは見ていた (ヴィレッジブックス)チョコチップ・クッキーは見ていた (ヴィレッジブックス)
(2003/02)
ジョアン・フルーク

商品詳細を見る

テーマ : 推理小説・ミステリー
ジャンル : 本・雑誌

『死の天使アザレル』W・L・デアンドリア ハヤカワ文庫

2010-03-25

☆☆☆

手始めは、少年だった。しばらくその頭を清流の中に押さえつけておくだけですんだ。次は、車の修理工。車の下敷きにするだけだった。眠っている赤ん坊はもっと簡単だ。タオルで顔を押さえて窒息させれば事足りた……ニューヨーク州のある田舎町で、一見何の脈絡もなく人が死んでいった。いずれも事故や突然死とみなされたが、共通しているのは死者の髪がなぜかみなべったりと濡れていることだった。誰が何を目的として動いているのか?事件の背後にソ連の謀略〈クロノス〉の存在を読みとった工作員トロッターと見えざる敵との息づまる対決! 内容紹介より



本書は、『クロノス計画』『スナーク狩り』に続く三部作の最後に当たる作品で、できれば前二作を読んでおいたほうがいいみたいです。ソ連が遠大な謀略計画の一端を実行に移すために、アザレルというコードネームを持つ殺し屋を雇い、巨大メディアグループの長に圧力を掛ける。それを察知した大統領直属の〈機関〉が工作員のトロッターを差し向ける、というもの。23年前の作品ですから工作員の造形が古めかしいし、〈機関〉という情報機関の設定からして一時代前のニュアンスがあります。それから、メディアグループの総師を無理矢理従わせて情報操作や世論誘導をしようとする目的がまどろっこしいような、生温いような。むしろ軍事技術とか科学技術を盗み出すみたいなダイレクトな計画のほうが緊迫感が高まったような気がします。
鈴木啓子さんの訳者あとがきにあるように、「本書などあえてスパイ絡みにせずとも、連続殺人の設定といい、犯人のキャラクターといい、単なる謎解き小説」(p405)に仕上げてみたらどうだったのかなあと思いました。




死の天使アザレル (ハヤカワ・ミステリ文庫)死の天使アザレル (ハヤカワ・ミステリ文庫)
(1989/10)
ウィリアム・L. デアンドリア

商品詳細を見る

テーマ : 推理小説・ミステリー
ジャンル : 本・雑誌

『ハロウィーンに完璧なカボチャ』レスリー・メイヤー 創元推理文庫

2010-03-23

☆☆

ルーシーの夫が以前に修復した屋敷が全焼。焼け跡から友人でもある、屋敷の女主人の焼死体が発見された。このところ町では古い建物の火事が妙に多く、自分も古い農家に住むルーシーは不安を募らせる。折しもハロウィーンをひかえて、町をあげてのお祭り気分。大騒ぎのなか赤ん坊をかかえたルーシーは、増えすぎた体重を気にしつつ独自調査を始める。好評主婦探偵シリーズ第三弾。 内容紹介より



前作でお腹のなかにいた赤ちゃんが生まれ、四人に増えた子供たちの世話やハロウィーンの催しの準備で相変わらずお母さん探偵は忙しいのです。
前二作ともなかなか高い水準だったのに今回は不出来。ミステリ部分で言えば、ローラ・チャイルズの〈お茶と探偵〉シリーズと同じくらいに推理(とも呼べないお粗末なものですけど)が短絡的過ぎます。焼死した友人の夫を容疑者として疑ってかかるところは本来、誰か別のワトスン役にやらせるべきでしょう。探偵役の推理能力の低さが描かれていると、読み手のテンションが下がります。各章の頭にあった短い引用文もなく、今回は何か手を抜いた印象。
コージーミステリにおいて主人公の職業を主婦に設定することは、他の仕事を持つ主人公たちに比べてハンディキャップがあるわけで、例えばローラ・チャイルズは主人公をティーショップのオーナーにしていて、ミステリ部分が冴えなくともお茶に間する知識やティーショップ経営の部分で読者の興味を惹かせています。本書の作者も主人公に共働きをさせたり、妊娠させたり、育児をさせたりと目先を変えてはいますが、主婦業の大変さだけでは保たないでしょう。
ただ、このシリーズは海外ミステリの入門書として薦めるには良いかもしれません。

『メールオーダーはできません』レスリー・メイヤー 創元推理文庫
『トウシューズはピンクだけ』レスリー・メイヤー 創元推理文庫




ハロウィーンに完璧なカボチャ (創元推理文庫)ハロウィーンに完璧なカボチャ (創元推理文庫)
(2008/09)
レスリー・メイヤー

商品詳細を見る




テーマ : 推理小説・ミステリー
ジャンル : 本・雑誌

『ホテル・カリフォルニア』アラン・ラッセル 集英社文庫

2010-03-19

Tag :

☆☆☆

サンディエゴの海岸に聳え建つ、客室数712を誇る豪華リゾートホテル〈ホテル・カリフォルニア〉。副総支配人のアム・コールフィールドは保安部長の兼任を仰せつかったが ― ひとの集まるところには事件も起こる。下着泥棒、飛びおり騒ぎ、175人の同姓同名客の押し寄せた晩についに死体まで見つかって……かくしてアムは右往左往の毎日。素人ホテル・ディックのオフ・ビートな活躍。 内容紹介より



病院やホテルというところは、裏側が非常に見えにくい職場で、表を見て想像するものとに大きなギャップがありそうですね。経験上、病院というところはある程度知っているつもりですが、ホテルの内情というのはかなり面白そうです。            
この作者は実際にリゾートホテルの総支配人の経歴があるそうで、たぶん実体験をふまえたであろうエピソードの数々が興味深かったです。つまり内幕もの系ノンフィクションみたいな部分については。ただし、物語としては、舞台をホテルに据えながらも群像劇の面白さがあまり感じられませんでした。作者が見知った経験からのエピソードと殺人事件の取り合わせが主であり、あくまで副総支配人兼保安部長の主人公の視点で多くが語られていますから、ホテルの他の従業員、殺人犯以外の宿泊客に印象に残る人物、行動が少なくてもの足りなさを覚えました。まあ、この主人公とてキャラクターが中庸で、とくに個性的な人物でもないのですが。ホテルマンという黒子に徹するとこういう風になるのでしょうか。
それから、イーグルスの同名のタイトルの曲とはまったく関係がなく、言及もされていませんでした。




ホテル・カリフォルニア (集英社文庫)ホテル・カリフォルニア (集英社文庫)
(1995/08)
アラン ラッセル

商品詳細を見る

テーマ : 推理小説・ミステリー
ジャンル : 本・雑誌

『ライラック・ホテルの怪事件』キャロリン・キーン 創元推理文庫

2010-03-17

☆☆☆

友人がオープンする〈ライラック・ホテル〉に招待された、ナンシーとヘレン。ところがホテルでは不気味な出来事が頻発。幽霊はでるし、ナンシーたちの泊まっているコテージは放火される。一方、ナンシーの留守宅に泥棒がはいり、さらにはナンシーの偽物が出没、勝手に買い物までしているらしい。いったいなにが起きているのか。犯人の目的は?大好評、少女探偵シリーズ第四弾。 内容紹介より



今回、カーチェイス(みたいなもの)、ダイビング、爆発、ある大道具など、なんだか冒険活劇みたいに派手な展開が続き、今までの探偵ごっこから007シリーズもどきな作風に変わってしまっていました。これがTVドラマのシリーズものだったら予算が増えたのかと想像してしまうところです。それから一人前にレッドヘリングも用意されており、このシリーズにしては複雑なプロットになっています。しかし、犯人の動機があまりに単純すぎて、ポッカーンみたいな。そして、相変わらず十八歳の少女にかける大人たちの期待感が半端ではなく・・・。良いのかそれで、と突っ込みたくなりました。
主人公が他人から無礼なもの言いをされたり、不躾な態度をとられたりして憤慨しても、育ちの良い娘らしく決して表情に出さない様子を何度も描いているのは、読者の大多数であろう女の子たちへの一種の啓蒙なのでしょうね。

『古時計の秘密』キャロリン・キーン 創元推理文庫
『幽霊屋敷の謎』キャロリン・キーン 創元推理文庫




ライラック・ホテルの怪事件―ナンシー・ドルーミステリ〈4〉 (創元推理文庫)ライラック・ホテルの怪事件―ナンシー・ドルーミステリ〈4〉 (創元推理文庫)
(2008/11)
キャロリン キーン

商品詳細を見る

テーマ : 推理小説・ミステリー
ジャンル : 本・雑誌

『ホワイト・ピーク・ファーム』バーリー・ドハーティ あすなろ書房

2010-03-15

Tag :

☆☆☆☆

永遠に変わらないと思っていた
農場の暮らしに、
思いもかけない新たな風が……。
内容紹介より



ヤングアダルト作品です。
イギリス、ダービーシャーの丘陵地帯にある農場を舞台に、牧羊を営む一家、祖母、おば、姉、兄、妹、両親、そして、語り手の“わたし”、それぞれを主題にした連作短編に
なっています。何十年も昔から存在する森の木々のように、ある者は芽吹き、ある者は花を咲かせ、ある者は葉を落とし、ある者は倒れるといった具合に、少女がずっと変わらないと思っていた家族の有り様が、それぞれの身に起きた老い、成熟、事故、成長などによって、ある時は劇的に、または徐々に変化していく。その過程で起きた出来事が少女の目を通して描かれています。そして、それらの出来事とその後の変化に対する彼女自身の悲しみ、驚き、恐れ、喜び、失望、寂しさ、といった感情が、大げさではなく押さえた筆致ながら丁寧に書き込まれ読み手に伝わってきます。




ホワイト・ピーク・ファームホワイト・ピーク・ファーム
(2002/12)
バーリー ドハーティ

商品詳細を見る

テーマ : YA(ヤング・アダルト)
ジャンル : 本・雑誌

『殺人者の顔』ヘニング・マンケル 創元推理文庫

2010-03-13

☆☆☆☆☆

雪の予感がする早朝、小さな村から異変を告げる急報が入った。駆けつけた刑事を待っていたのは、凄惨な光景だった。無惨な傷を負って男は死亡、虫の息だった女も「外国の」と言い残して息をひきとる。地方の片隅で静かに暮らしていた老夫婦を、誰がかくも無惨に殺したのか?イースタ署の面々が必死の捜査を開始する。スウェーデン警察小説に新たな歴史を刻む名シリーズ開幕! 内容紹介より



移民が何者かに射殺される後半まで、読むのを中断して他のことをしてしまうくらい、やや話に乗れませんでしたけれど、その事件以降の展開が鞭が入ったみたいに速くなり、面白くなりました。北欧ミステリは、長く厳しく続く冬のイメージから何か重厚なストーリーで、主人公となる警察官も初老の沈着冷静なタイプで、というものを想像してしまいましたが、本書の主人公は、なんと、あのR・D・ウィングフィールドのジャック・フロスト警部みたいな感じではないですか!まあ、あれほど強烈ではないけれども、地味に似てます。
柳沢由実子さんが訳者あとがきで書かれているように、コミカルで、とても人間臭い人柄であり、また特に彼の顔が繰り返し起きる打撲や外傷によってひどい様になっていく描写を重ねているところは、いわゆるお笑いの手法で言うところの「天丼」ですよね。
非常に地道な捜査と主人公の私生活の問題、この私生活に問題を抱える主人公はこれまであまた存在していますが、本人がいたって深刻なほどシリアスを通り越して滑稽になってしまう、そして、仕事では真面目なのに、それ以外ではかなりの駄目人間ぶりを発揮しているキャラクターが絶妙の味わいを作品に与えていると思います。




殺人者の顔 (創元推理文庫)殺人者の顔 (創元推理文庫)
(2001/01)
ヘニング マンケル

商品詳細を見る


テーマ : 読んだ本。
ジャンル : 本・雑誌

『報いの街よ、暁に眠れ』マイケル・ハーヴェイ ヴィレッジブックス

2010-03-11

Tag :

☆☆☆

シカゴの探偵マイケルは、警官時代の相棒ギボンズに古い事件お洗い直しを依頼される。被害者はレイプされ瀕死の重傷。にもかかわらず、その場で逮捕したはずの男は次の朝留置場から姿を消し、事件は迷宮入りになったという。そんな矢先、埠頭でギボンズの射殺死体が発見され、現場で意外な証拠が見つかる。時を同じくして頻発する不可解なレイプ事件と、増えていく死体 ― 。すべては9年前に封印された何かのせいなのか?死んだ友の依頼を受けてもつれた糸をほどきはじめたマイケルは、やがて骨まで凍えるような真相にたどりつくが……。M・コナリーほか絶賛のハードボイルド・ミステリー! 内容紹介より



映像メディアに携わる人間が書いた作品の特徴として、人物像も浅ければプロットも浅い印象。いやに気合いが入っている邦題みたいに、センチメンタルに落ちるには年齢が行き過ぎ、シニカルを気取るには若過ぎる三十五歳の主人公の中途半端さが、深みと奥行きに欠けている作品全体を象徴しているような。ギリシャ哲学を語る一方、ハードボイルドの主人公にお約束の軽口もたたくキャラクター付けが果たして効果的なのかどうか。
「レイプ」を主題にしていろいろ取り上げていても、どうも上辺だけを撫でている感じがします。レイプ問題の深刻さを登場人物たちに語らせながら、作者自身がその問題を、殺人犯が犯行を行った心理的な説明の単なる前振りとして利用していることには白けます。たとえ娯楽小説だとしても、もっと別な描き方をすべきなのでは。
レイプ事件と連続殺人事件との切り換えに鮮やかさが欠けた、二十倍に薄めたデニス・ルヘインみたいな作品。




報いの街よ、暁に眠れ (ヴィレッジブックス)報いの街よ、暁に眠れ (ヴィレッジブックス)
(2007/12)
マイケル ハーヴェイ

商品詳細を見る

テーマ : 推理小説・ミステリー
ジャンル : 本・雑誌

『ゾマーさんのこと』パトリック・ジュースキント ジャン=ジャック・サンペ 絵

2010-03-09

Tag :

☆☆☆☆

南ドイツの湖畔の村、少年の日々の節目毎に、なぜかいつも出会う謎の人、ゾマーさん、絵と文が語りかける、最高のギフトブック 内容紹介より



絵はジャン=ジャック・サンペ。物語の語り手は小さな男の子だから、〈プチ・ニコラ・シリーズ〉と似たような構成です。しかし、本書では、少年が心身ともに成長していく中での日常生活において常に点景として「ゾマーさん」が描かれています。この異質で移ろう影のような存在が、少年の子供っぽい生活の、その時々において明暗を付けています。一年中、一日中、常に歩いているゾマーさんのことを知らない者はいないけれど、歩き続ける理由も本名もどこからやってきたのかも、村のひとたちは彼について何ひとつ知りません。
読者もまた、主人公の少年の家族がする噂話と、少年がつかの間に目にした表情からしかゾマーさんの心を窺うことしかできません。そこに見られるのは、恐怖や切迫、飢渇や絶望といった感情です。ゾマーさんを歩かせるものは、それらの感情なのでしょうが、それがどこからきたものなのか、病気からなのか戦争のような過去の出来事からなのか何かの事故の後遺症なのか、一切説明されないため、読者は推察するしかないのです。
ゾマーさんが行方不明になった時、新聞に載った古い身分証明書の写真、「誰にもそれがゾマーさんとはわからない。黒髪がふさふさした若者で、口元に自信にみちた、大胆不敵なほどの微笑を浮かべている」(p118)一葉からただひとつ判ることは、何があったにせよ、彼も普通の若者だったということ。そして、その人生の悲痛さを思わざるを得ないのですね。印象深い作品です。

『香水 ある人殺しの物語』パトリック・ジュースキント 文春文庫


ゾマーさんのことゾマーさんのこと
(1992/11)
パトリック ジュースキント

商品詳細を見る

テーマ : 読んだ本。
ジャンル : 本・雑誌

『グリフターズ』ジム・トンプスン 扶桑社ミステリー

2010-03-07

Tag :

☆☆☆☆

グリフターズ ― 詐欺師たち。口先たくみに人をだまして、小銭を稼ぐ男ロイ。だが、今日は運悪く見破られ、ひどく殴られてしまった。ロイが適切な処置をしなければ、彼の命はあと3日……ロイがこんなふうになったのは、14歳ちがいの若い母親リリイの影響だ。そしてロイには、もうひとりの女性がモイラがいる。この3人がLAに集うとき、運命はもつれ、愛憎と欲望はからみあい、先の見えない悲劇が転がりだす……ノワールの鬼才ジム・トンプスンが放つ、悪党どものドラマ。 内容紹介より



わたしにとって三冊目のジム・トンプスンである本書は、途中まで“安物雑貨店のドストエフスキー”ならぬ“小悪党のフィッツジェラルド”みたいな雰囲気でした。ただし、主人公の母親が彼と彼の愛人の間に介在してくるまでは。わずか14歳の年の差しかない母親と息子の関係は、幼少のころから精神的な面において、かなり複雑なものがあったところに、彼の愛人の存在がさらに事態をもつれさせるとともに、さらに、別の女性もかかわってきます。そして、主人公はセールスマンという仮の姿をまとっているのですが、会社の上司に昇進を打診されて心に変化の兆しが現れたところに・・・。
この作品には『内なる殺人者』や『ポップ1280』で見られた、壊れかけたり、ネジの弛んだ男たちがいないかわりに、それらの男ほど単純でなく、ストレスが高まると暴発してしまう、上辺では分からない狂気を秘めた女たちを登場させつつ、主人公を挟んだ対極に、彼の上司や看護婦をいわゆるまっとうな存在として配しているように思いました。彼の心の針がそちら側に振れたとき、すべては破局を迎えるわけです。

『内なる殺人者』ジム・トンプスン 河出文庫




グリフターズ (扶桑社ミステリー)グリフターズ (扶桑社ミステリー)
(2006/07)
ジム トンプスン

商品詳細を見る

テーマ : 推理小説・ミステリー
ジャンル : 本・雑誌

『ブラッドオレンジ・ティーと秘密の小部屋』ローラ・チャイルズ ランダムハウス講談社

2010-03-05

☆☆

美しいヴァイオリンの調べと、美味しい紅茶を味わう優雅なひと時。コンサート会場に選ばれたのは、古いヴィクトリア様式の豪邸 ― かつて病院や葬儀場として使われていたという、暗い歴史をもつ邸宅だ。それでも、すべてが順調に運んでいたその時、地元の名士が何者かにナイフで刺殺され、会場は騒然!まさか屋敷の呪い!?手がかりを求め、後日セオドシアが邸宅に忍び込んでみると、なんと隠し扉を見つけてしまい……。冒険と美味しさが詰まった第7弾 内容紹介より



毎回、読む度に文句を付ける、わたしのような読者には、作者もきっと「じゃあ読むな」という一言でも言いたくなるでしょうが、肩が凝らないから読んでしまうのですよね。このシリーズ自体がお茶みたいな、次のミステリ作品との間のつなぎみたいな存在になっている(笑)。よく考えなくても、このシリーズは本書でも名前が上げられている〈ナンシー・ドルー・シリーズ〉と似ているところがあります。謎解きより冒険の要素が強いし、今回、主人公が女友達のデレインとともに屋敷へ忍び込み調査する場面などは、ナンシー・ドルーの『幽霊屋敷の謎』を彷彿とさせます。つまり、主人公セオドシアは、大人になったナンシー・ドルーではなく、ナンシー・ドルーみたいな大人(あまり良い意味じゃなくて)なのですね。
ラストにおいて他所の地域の野鳥を地元に放つ場面があって、こういう子供っぽいセンチメンタルな、しかし、それらが帰化動物化しかねない迷惑な行為をやっちゃうところなんか特にそう思いました。

タグ:ローラ・チャイルズ




ブラッドオレンジ・ティーと秘密の小部屋 (ランダムハウス講談社文庫 チ 1-7)ブラッドオレンジ・ティーと秘密の小部屋 (ランダムハウス講談社文庫 チ 1-7)
(2008/12/10)
ローラ・チャイルズ

商品詳細を見る

テーマ : 推理小説・ミステリー
ジャンル : 本・雑誌

『マンハッタン連続殺人』ウィリアム・カッツ サンケイ文庫

2010-03-03

☆☆☆☆

真夏のニューヨーク、ウェスト・サイドのアパートで、若く美しいひとり暮らしの女性が一人、また一人と殺されていく。いずれも心臓を一突きされて。被害者は加害者を自室にいれ、もてなした気配がある。暴行、抵抗の形跡なし。現場に残された粘土のゴンドラが意味するものとは?自信たっぷりの殺人犯の挑戦にふるえあがるニューヨーク市民!「恐怖の誕生パーティ」「コパーヘッド」で人気沸騰。ウィリアム・カッツが放つ最新サスペンス。 内容紹介より



オーソドックスなシリアルキラーもので、これ以降の描写がどんどん過激で過剰になっていくサイコ、シリアル・キラーもの、例えば『羊たちの沈黙』などの作品群と読み比べるとグロくなく、しつこくないです。作品として中庸ですから、エスカレートし過ぎた現代の作品を読み慣れた読者にはやや刺激が足りないかもしれません。しかし、非常にバランスがよく、適度なページ数でもあり、本書を参考にすれば、作品の出来不出来はともかくとして、シリアルキラーものかなにかの作品が書けそうなくらい優れたテキストになっているのではないでしょうか。要するに、ある理由により警察に怯える警察官という特徴付けだけに止め、主人公の私生活を最小限にしか描いていない。また、彼に恋愛話を絡ませない。連続殺人犯に至った経緯を事細かく述べていない。そして、何かと捜査に係わりたがる検死医と収賄で警察を去った元警視。この二人のような個性的あるいは印象的な脇役を登場させている。特に、元警視は登場場面は少ないながらとても印象深く、もっと彼にまつわるエピソードを描いて欲しいほどでした。

『殺人者は眠らない』ウィリアム・カッツ 扶桑社ミステリー
『偽装の愛』ウィリアム・カッツ 扶桑社ミステリー
『フェイスメーカー』ウィリアム・カッツ 新潮文庫




マンハッタン連続殺人 (サンケイ文庫―海外ノベルス・シリーズ)マンハッタン連続殺人 (サンケイ文庫―海外ノベルス・シリーズ)
(1986/07)
ウィリアム・カッツ

商品詳細を見る

テーマ : 推理小説・ミステリー
ジャンル : 本・雑誌

『凍れる森』C・J・ボックス 講談社文庫

2010-03-01

☆☆☆☆

広大なワイオミング州の自然と家族を愛する猟区管理官ジョー・ピケットはエルクの大量殺戮現場に遭遇。違法ハンターを追い詰めるも、死体で発見する。森林局のキャリアウーマンと好戦的なFBI捜査官は、森でキャンプを張る反政府グループに目を付けるが。新人賞独占のデビュー作を超えたシリーズ最新作。 内容紹介より



シリーズ一作目の『沈黙の森』よりこの三作目のほうが出来が良い感じがします。相変わらず西部劇の登場人物みたいな雰囲気を持った主人公ですが、サイドストーリーに家族、特に娘たちの物語が設定してあるのを読んだら、TVドラマ『大草原の小さな家』(ローラ・インガルス・ワイルダー原作)の父親とその家族が想い浮かびました。
物語は、大自然を畏敬し、家族を愛する父親であり、実直な猟区管理官である主人公が殺人事件の捜査に係わるうちに、森林局の役人、FBI捜査官と対立してしまう話と、里子として預かっている少女とその子を取り戻しにきた母親との話が絡んで進みます。
役人たちの理不尽さに憤りを覚えながらもそちら側に付かざるを得ない立場、そして父親として娘の身を案じながらも法律の前で何もできないことにもどかしさを感じ、苦悩する主人公の姿。やや無骨ともいえるこのアンチヒーロー・タイプの彼の様が作品に妙味を与えていると思います。
犯罪者の権利保護について非常に厳しいアメリカで、保安官助手が容疑者を簡単に殴ってしまう場面や森林局の役人とFBI捜査官の姿がいかにもカリカチュア化されすぎているのには、多少、違和感が残りました。

『沈黙の森』C・J・ボックス 講談社文庫




凍れる森 (講談社文庫)凍れる森 (講談社文庫)
(2005/10/14)
シ-・J・ボックス

商品詳細を見る




テーマ : 推理小説・ミステリー
ジャンル : 本・雑誌

プロフィール

てんちゃん1号

  • Author:てんちゃん1号
  • 海外ミステリなどの感想を誤字脱字、表現・文法間違いを交え、思い込みと偏見を持って書いています。そんな素晴らしいブログなのでリンクとか何でもフリーです。異次元、霊界、他惑星からもお気軽にどうぞ。

カテゴリー

最近の記事

月別アーカイブ

03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07 

ユーザータグ

短編集 ホラー SF クリスマス・ストーリー アンソロジー ルース・レンデル アーロン・エルキンズ スティーヴン・キング デイヴィッド・ハンドラー キャロリン・G・ハート ジョージ・P・ペレケーノス ジョアン・フルーク ローラ・チャイルズ マイクル・クライトン ジョー・R・ランズデール ドン・ウィンズロウ ジェームズ・パターソン ジェイムズ・パタースン エド・マクベイン ジル・チャーチル ヘニング・マンケル ローレンス・ブロック ポーラ・ゴズリング リチャード・マシスン レジナルド・ヒル D・M・ディヴァイン C・J・ボックス スチュアート・ウッズ ジャネット・イヴァノヴィッチ リリアン・J・ブラウン ピーター・ラヴゼイ パーネル・ホール S・J・ローザン レックス・スタウト アリス・キンバリー ジョルジュ・シムノン ジョー・ゴアズ マーガレット・ミラー ウィリアム・カッツ クレオ・コイル カール・ハイアセン レスリー・メイヤー アイザック・アシモフ ヒラリー・ウォー エド・ゴーマン カーター・ディクスン マイケル・ボンド ルイーズ・ペニー マーシャ・マラー ジェフリー・ディーヴァー ジョン・ディクスン・カー リタ・メイ・ブラウン ジェームズ・ヤッフェ イーヴリン・スミス ジャック・カーリイ キャロリン・キーン ウィリアム・L・デアンドリア コリン・ホルト・ソーヤー ローラ・リップマン フレッド・ヴァルガス ポール・ドハティー ロブ・ライアン ジェフ・アボット G・M・フォード エヴァン・マーシャル オーサ・ラーソン ジョアン・ハリス サイモン・カーニック リン・S・ハイタワー ドナ・アンドリューズ ファーン・マイケルズ アンソニー・ホロヴィッツ ジャン=クリストフ・グランジェ スタンリイ・エリン レイ・ハリスン ケイト・ロス アンドレア・カミッレーリ レニー・エアース ジョン・クリード コニス・リトル デイヴィッド・マレル クリスチアナ・ブランド ウイリアム・P・マッギヴァーン ウィリアム・ランデイ ジャック・フィニイ リック・ボイヤー サキ ジェーン・ラングトン ユージン・イジー ウォルター・モズリイ アン・クリーヴス ビリー・レッツ イーサン・ブラック ダナ・レオン エーリヒ・ケストナー ウォルター・サタスウェイト スタンリー・エリン ポール・ドハティ トバイアス・ウルフ 

ブログ内検索

全ての記事を表示する

全ての記事を表示する

リンク

RSSフィード

最近のトラックバック

最近のコメント