『笑いながら死んだ男』デイヴィッド・ハンドラー 講談社文庫
2010-07-30
- Category : ☆☆☆
Tag : デイヴィッド・ハンドラー
ご存じホーギー・ミステリ本邦第三弾。元超売れっ子のコメディアン、ソニー・デイの自伝執筆のためにロスを訪れたホーグ。だが招かれた豪邸のベッドには、ソニーの写真を肉切り包丁で刺しつらぬいた枕が置いてあった。続いて届いた死の脅迫状。奇矯な娘と別れた二人の妻、迷犬ルルまでが織りなす傑作推理! 内容紹介より
本書がシリーズの一作目なのだそうです。日本ではMWA賞受賞作品である三作目から刊行したみたいで、どうりで読み始めに変な感じがしたのでした。
とにかく、小説が書けなくなってしまった主人公の職業をゴーストライターに設定したというのはすごいなあと個人的に感心して、ただでさえ小説の登場人物の造形という作業は大変気を使うものだろうに、主人公以外の人物に伝記が書けるほどの肉付けを過去にさかのぼって丁寧に、魅力的に、エピソードをも含めてやらなければならないのでしょうから。しかも、本書では喜劇業界ですが、人物が就いた職業にも精通していなくてはいけないだろうし。そんな著者の技術と根気は立派だなと思ったので、セキュリティの厳重な屋敷のごく少人数の住人を容疑者に設けてしまった(事件後、被害者と親しい外部の人物が屋敷内に居たことが明らかになりましたが)ミステリ(犯人捜し)としての失敗は大目に見ようかなと。でもやっぱり、事件の元となった過去の出来事は、非常に嫌なことだったので後味の悪さが残りました。
『真夜中のミュージシャン』デイヴィッド・ハンドラー 講談社文庫
『フィッツジェラルドをめざした男』デイヴィッド・ハンドラー 講談社文庫
タグ:デイヴィッド・ハンドラー
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テーマ : 推理小説・ミステリー
ジャンル : 本・雑誌
『国境の少女』ブライアン・マギロウェイ ハヤカワ文庫
2010-07-26
- Category : ☆☆☆☆
Tag :
少女の白い肌に舞い落ちたひとひらの雪が融ける。下着一枚の姿だが寒くはない。少女はもう死んでいるのだから。クリスマスを控えたその日、アイルランドを南北に分断する国境地帯で、彼女は発見された。捜査を始めた南側の刑事ベン・デヴリンは、少女と父親との性的関係の噂、彼女がある少年に引き込まれたドラッグとセックスの世界の噂を知る。南北に散らばる手掛かりを集め、ベンがたどり着いた事件の意外な真相は…… 内容紹介より
北アイルランドといえば、宗教対立やIRAのテロなど血なまぐさい出来事が思い浮かぶので、この作品も政治や宗教、民族問題を背景に暗くて重い話なのかと思っていました。ところが、これがあっけないほどそういう色合いが薄くて拍子抜けしました。ベルファスト合意以降、北アイルランド問題も沈静化しているのでしょうか。そうだったらとても良いことですけれど。小説としては過去の陰影をスパイスとして効かせて欲しかったようでもあります。
さて、この作品の形式は真っ当な警察小説で、主人公の警部もひらめき型の探偵ではなくて、どちらかといえば普通の警察官です。容疑者に噛まれてHIV感染を恐れたり、昔の元恋人に感情的なしこりを残していたり、飼い犬の心配をしたり、日常の事柄や感情の起伏が細々と書き込まれています。それに比べると、事件の真相にいたる重要な駒であるはずの被害者とその関係者側の描き方が物足りない気もしました。それから、やたら多い殺人の被害者の数がストーリーの後半部分をおおざっぱな感じにしたのと、それまでの落ち着いた雰囲気がバタバタと微妙に変わってしまったように思いました。これも伏線不足のせいかもしれません。
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テーマ : 推理小説・ミステリー
ジャンル : 本・雑誌
『黒猫ルーイ、名探偵になる』キャロル・ネルソン・ダグラス ランダムハウス講談社
2010-07-22
- Category : ☆☆
Tag :
いかがわしい裏路地すらも、勝手知ったる自分の庭。ラスベガスの裏社会ではちょっとした顔の黒猫ミッドナイト・ルーイは、ひょんなことからブックフェアの会場で出版社社長の他殺死体を嗅ぎつけた。同じく死体につまずいて第一発見者となったのは、美人広報のテンプル・バー。身体は小さいが頑張り屋の彼女を相棒(飼い主)に、黒猫探偵ルーイが犯人に迫る!猫と本が事件の鍵を握る、コージーミステリ・シリーズ、第一弾。内容紹介より
非常に退屈な作品。
主人公が借りているアパートの大家をのぞいて主な登場人物たちに魅力が感じられない。殺人事件の現場であるコンベンションセンターとヒロインのアパートの往復の毎日で場面転換に乏しい。全編を通してリズムが単調で飽きる。ラスベガスを舞台にしながら、肝心のギャンブルや裏ラスベガス、華やかなエンターテインメントショーがまったく描かれていない。事件の関係者を一同に集めて謎解きを行うラストシーンがかなりだらだらとあくびが出そうなくらい冗長で盛り上がらない。
まあ、スロットマシンでジャックポットを当てるというわざとらしい場面はいりませんけど、やっぱりラスベガスといえばギャンブルなのだから、そういうゲームの場面とか知識とかを外すなんてあり得ないと思うのですけど。肝心の黒猫ルーイはフィリップ・マーロウばりにクールぶってて、あまり可愛くないし、ヒロインももっと個性的じゃないと次の作品を読む気になれません。
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テーマ : 推理小説・ミステリー
ジャンル : 本・雑誌
『フラワー・ベイビー』アン・ファイン 評論社
2010-07-20
- Category : ☆☆☆
Tag :
フラワー・ベイビー〈小麦粉ぶくろの赤ちゃん〉を育てるんだって!三週間めんどうをみて、毎日、育児日記をつける……。こんな、とんでもない「理科」のプロジェクトを押しつけられた落ちこぼれの「四ーC」クラスは、ブーイングの嵐。けれど、サイモンはちがった。サイモンはフラワー・ベイビーの世話をしながら、父親のことを考える。自分が生まれてたった六週間で家を出ていってしまった父親のことを。 内容紹介より
英国の児童文学賞であるカーネギー賞受賞作品だそうです。
自分が生まれたせいで父親が家族を捨て家を出ていった、と思い込んでいる少年の辛さとかやるせなさとか憤りとかもろもろが混ざりあった感情を頭では理解できるように描写されているのですが、それが心、胸の内まで降りてくるほどには描かれていないように感じました。ようするにやや感動に乏しい。しかし、少年のめそめそしていないさっぱりした態度を含めやたら感傷と感涙を強いるような書き方をしていない作品全体のドライな雰囲気には好感が持てるかもしれません。
そんななか、読んでいて胸にひしひしと伝わってくるのが、“フラワー・ベイビー”にかかる毎日の世話という名の苦行とその赤ちゃんについての他人からの口出しの煩わしさでしょう。この年頃の少年たちにとって、大げさに言えば自尊心との戦い、試される忍耐の永遠とも思える三週間になったことでしょうから。
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『ドラマ・シティ』ジョージ・P・ペレケーノス ハヤカワ文庫
2010-07-16
- Category : ☆☆☆☆
Tag : ジョージ・P・ペレケーノス
別れの時は近づいていた ― 罪を犯し、服役していたロレンゾは、出所後、動物虐待監視官の職に就く。そこで安楽死直前の犬、ジャスミンに出会った。人間のような愛らしい表情をみせるこの犬に触れ、ロレンゾも人間らしさを取り戻していく。が、彼を親身に世話してくれた仮釈放監察官がギャングに撃たれ、事態は急変する。怒りに駆られたロレンゾは復讐を誓う ― 男は犬を救い、犬は男を救った。しかし待っていたのは…… 内容紹介より
何度もいいますが、ペレケーノスという作家は、オーソドックスな作法でありながらも男同士の友情や絆を描くのが非常に巧いです。今回も主人公のロレンゾとナイジェル、メルヴィンとリコの繋がりが過度過ぎず、しかし充分に描き出されていると思います。ここに物足りなさを感じる読者もいるかも知れませんけど、従来よりいい具合にくどさが抜けている感じがしました。この二つの繋がりのなかで特に注意を引く人物がリコという若いギャングで、彼を殺しを好むただの冷血漢にしていないところに作者の心配りを感じました。異常な性格の原因として子供時代の環境を背景描写し、さらにメルヴィルを父親のように慕う感情を描き、異常な悪人ながら切り捨てることはしていません。ここにペレケーノスの作品に一貫して流れる、いわゆる誰も悪人として生まれてくる人間はいない、犯罪の芽は子供時代の家庭、社会環境にあるという主張が見られます。本書においても“父親の不在”が目に付きました。センチメンタルあるいは単純な理想主義的言説と捉えられるにしても、無骨に言い続ける姿勢には共感できるものがあります。
男の描き方に比べて女性についてはいまひとつの感があったペレケーノスですが、仮釈放監察官レイチェルについては人物像の表裏が興味深く設定されていました。彼女が通う中毒者自主治療会の活動内容や動物虐待監視官という主人公の職業自体も物珍しく印象に残りました。
タグ:ジョージ・P・ペレケーノス
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テーマ : 推理小説・ミステリー
ジャンル : 本・雑誌
『アルバムをひらく猫』リタ・メイ・ブラウン スニーキー・パイ・ブラウン ハヤカワ文庫
2010-07-10
- Category : ☆☆☆
Tag : リタ・メイ・ブラウン
高校卒業から20年。記念の同期会が近づき、ハリーたちは準備に奔走中。そんなある日、同期生たちに謎めいた手紙が届く。そこには「あなたは決して老いない」というメッセージのみが。単なるいたずらと一笑に付すハリーだったが、賢いトラ猫ミセス・マーフィは不吉な予感を覚える。はたせるかな、在学中に人気者だった男が射殺される事件が起き、同期会には暗雲が……人間たちにはまかせられない!動物探偵団始動! 内容紹介より
〈トラ猫ミセス・マーフィ〉シリーズの八作目。
実は実を言わなくてもいいけど実を言うと数あるコージーのなかでも、わたしはこのシリーズが気に入っていて、なぜだろうと考えてみたら主人公のライフスタイルに理由があるのではないかと思い至りました。田舎町の郵便局長であり、自然のなかにある農場を営みながらペットたちとつましい生活を送り、過去の経験からなかなか異性に心を許さず独立心が強いところ。そして、ミステリ作品に登場するペットの多くが室内飼いなのに比べて、彼女のペットたちは、リードを着けることもなく自然の中で活動したり、町なかに現れたりして住民から広く存在を認知されているところ。郵便局の仕事内容や農場での作業も興味深く、主人公もペットたちも閉塞感がなく活き活きしている様子が魅力だと思います。
さて今回は、卒業20周年同期会を控えて準備中の主人公はなにか機嫌が悪く。そんななか、高校時代から女癖の悪かったプレイボーイが射殺体で発見され、連続殺人事件に発展します。降って湧いたみたいな真犯人やその動機についての詳しい背景説明が不足気味でミステリとしては物足りなさを感じました。
『町でいちばん賢い猫』リタ・メイ・ブラウン スニーキー・パイ・ブラウン ハヤカワ文庫
『散歩をこよなく愛する猫』リタ・メイ・ブラウン スニーキー・パイ・ブラウン ハヤカワ文庫
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テーマ : 推理小説・ミステリー
ジャンル : 本・雑誌
『〈ヤギ〉ゲーム』ブロック・コール 徳間書店
2010-07-07
- Category : ☆☆☆
Tag :
サマーキャンプに参加していた十四歳の内気な少年ハウイは、ほかの少年たちに服をはぎ取られ、湖に浮かぶ島に置き去りにされてしまう。必死で逃げ込んだ小屋には、少女が身を隠していた。みんなから陰で「超ブスイヌ」と呼ばれていたローラだ。ふたりは、〈ヤギ〉ゲームの標的にされたのだ。いっそ森の中へ消えてしまいたいと願うハウイと、母親のもとへ帰りたいと願うローラ。ふたりはこっそり島を抜け出すと、二度とキャンプには戻らなかった。周囲にとけこめず、ずっと友だちを作れなかったハウイとローラ。しかし、途中で起こるさまざまな出来事に立ち向かい、信頼しあうことを覚えたふたりは、少しずつ変わり始めて……?
現代の子どもたちが直面している、深刻な問題を取り上げながらも、前向きで爽やかな読後感が、広く共感を呼ぶ意欲作。以前、『森に消える道』として刊行されていた作品の、待望の復刊。ALA(全米図書館評議会)最優良図書(ヤングアダルト部門)、「スクール・ライブラリー・ジャーナル」誌選定最優良図書。内容紹介より
この〈ヤギ〉というのは、黒ヤギさんたら読まずに食べた♪の山羊のことです。訳者の中川千尋さんいよると、西洋ではヤギのイメージが日本とは違うそうです。
割と短い作品にもかかわらずいろいろな要素を含んでいて、親と子の関係、大人たちの思惑、いじめ、思春期の恋愛の芽生え、友情、家庭内虐待といったものについて軽く触れられ、全体としては逃避行という名の冒険物語になっています。ネガティブなテーマについても重過ぎない程度に止めてあるため作品自体が重いという印象は受けませんでした。しかし、主人公の少年と少女のふたりがどうして悪質ないたずらの生け贄として目を付けられる羽目になったのか、なぜ友だちもいなくて周囲に溶け込めなくなったのか、こういった点についての具体的な出来事や育った環境を過去にさかのぼって描いていないので説明不足の感は否めないような気がします。
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テーマ : YA(ヤング・アダルト)
ジャンル : 本・雑誌
『安楽死病棟殺人事件』マーシャ・マラー 徳間文庫
2010-07-05
新進気鋭の写真家スネリングのルームメイトジェーンが突然行方不明になった。彼から捜索依頼を受けた“わたし”はさっそく彼女の故郷に足を運ぶ。彼女は帰っていた。しかしその後の消息はプッツリ。調査を進めているさなか、海辺に彼女の刺殺体が……。そして第二の殺人。ホスピスに勤務していたジェーンの過去を探るうちに意外な事実が浮かび上がる。現代の医療問題、死生観をテーマに鋭く迫るシリーズ第三弾! 内容紹介より
〈シャロン・マコーン シリーズ〉です。
前二作品に比べて今回はよりアクションシーンが目立ちます。海岸での犯人との対決はテレビでよくあるサスペンスドラマのラストシーンみたいで、まあ、全体のストーリーからしてTVドラマの原作になりそうな出来です。それくらい分かりやすくて起承転結がはっきりしているということなのでしょう。相変わらず破たんのない筋の運び方を見せているし、意外性のある犯人の設定も手慣れています。でもやっぱり作品の印象は小粒。
何に不満を感じてしまうのだろうか、と考えてみると、ヒロインの出来あがってる感、もう一人前感、こなれているところなのでしょうか。引っ越しとか古い車とか“死生観”とか、悩みが同列化しているといいますか、底が浅くて人間的魅力に乏しいのではないだろうか、この主人公は。
『タロットは死の匂い』マーシャ・マラー 徳間文庫
『チェシャ猫は見ていた』マーシャ・マラー 徳間文庫
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テーマ : 推理小説・ミステリー
ジャンル : 本・雑誌
『ナショナル・ストーリー・プロジェクト 1』ポール・オースター編 新潮文庫
2010-07-03
- Category : ☆☆☆
Tag :
「誰かがこの本を最初から最後まで読んで、一度も涙を流さず一度も声を上げて笑わないという事態は想像しがたい」。元はラジオ番組のためにオースターが全米から募り、精選した「普通の」人々の、ちょっと「普通でない」実話たち ― 。彼の小説のように不思議で、切なく、ときにはほろっとさせられ、ときに笑いがこみ上げる。名作『トゥルー・ストーリーズ』と対になるべき180もの物語。 内容紹介より
日本の新聞にもうけてある読者エッセイ欄みたいな短めの文章が180話。それぞれ「動物」、「物」、「家族」、「スラップスティック」、「見知らぬ隣人」とカテゴリー分けしてあります。内容は「物」は、たとえば『100万分の1 驚異の奇跡体験141』(ピーター・ハフ 文春文庫)に収録されている偶然を主題とした話や『こころのチキンスープ』シリーズ(ダイヤモンド社)みたいな話が多い「家族」など。ただし、心温まるもの、可笑しなもの、不思議なもの以外に、辛辣、残酷、悲惨などの陰の話も収められています。ポール・オースターは編者まえがきで、「これらの物語をあえて定義するなら、「至急報」と呼びたい。つまり、個人個人の体験の前線から送られてきた報告」(p21~p22)と記しています。人生において降り掛かる様々な事件や出来事を「運命」というなにか意味ありげな言葉で表すよりも、海辺に運ばれた砂礫のように波に翻弄される一粒の砂や一個の小石みたいな単なる自然現象のひとつとしてとらえたほうがより適切なのじゃないかと思いました。
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