『死霊たちの宴 下』 J・スキップ&C・スペクター 編 創元推理文庫

2012-01-30

Tag : ホラー 短編集

☆☆☆

生ける死者、生者の肉を喰らう亡者の群れ。それがソンビ ― 「そこで別の死体と鉢合わせした。……相手をふと見やった。そして出会ったのが、彼女だった」死してなお、究極の愛を求める男と女。その姿が鮮烈なマキャモンの逸品「わたしを食べて」をはじめ、下巻には全七編を収録した。生と死のあわいを極彩色に映しだし、恐怖と哄笑、生と汚辱のはざまをたゆたう待望の傑作集! 下巻内容紹介より



「レス・ザン・ゾンビ」ダグラス・E・ウィンター
尾之上浩司氏の解説によると本作は、ブレット・イーストン・エリス『レス・ザン・ゼロ』のパロディだそうで、『レス・ザン・ゼロ』というと80年代に咲いたあだ花みたいな作品ですが、刹那的退廃的な雰囲気をうまくゾンビ話に移し替えているように思いました。ドラッグやセックスとか一時的な快楽を求める若者たちの姿はゾンビとあんまり変わんない、っていうことなのでしょうか。

「パヴロフの犬のように」スティーヴン・R・ボイエット
昔、アリゾナ砂漠にバイオスフィアの実験施設が建てられ、外界と遮断された人工生態系の中で科学者たちは暮らしていけるのかという研究が行われましたけれど、本作はそのアイデアにゾンビを絡ませたものです。壮大な科学実験の理念にくらべて、エコスフィアと呼ばれる施設内での研究者たちの自分本位で身勝手な考えや行動が描かれ、それに怒った外界の人物がカーニトロープ(ゾンビ)を使って破壊活動を仕掛けるというもの。

「がっちり食べまショー」ブライアン・ホッジ
ゾンビに支配された世界で、彼らの娯楽を満たすためのバラエティ番組『がっちり食べまショー』の司会を務めることで生かされ名声を博している男の話。視聴率重視の軽薄な番組と制作するTV業界、彼らが作る番組を観て喜ぶ視聴者たち。こういう傾向をパロディにしているのでしょうか。そうだとしたら、あまりひねりがないです。

「キャデラック砂漠の奥地にて、死者たちと戯るの記」ジョー・R・ランズデール
科学者時代に死者をゾンビ化する細菌を世界にまき散らす事故を起こした宗教家と彼に拉致された賞金稼ぎとお尋ね者の話。ランズデールらしく下品な言葉や表現が満載で、そういうところはパンチが効いていますが、内容自体は特別に斬新なものではないと思います。

「サクソフォン」ニコラス・ロイル
東西両勢力が戦い合うユーゴスラヴィア、そこに臓器売買のための人間を求めて参入するゾンビグループ。元サクソフォン奏者のゾンビがもう一度楽器を奏でるためにある女を呼び寄せようと計画し、その資金を得ようとグループに参加するという話。音楽への強い欲求がなによりも他を圧倒している状態にある死者というのがミソなのかどうか、やや説明不足か、よく分かりません。

「聖ジェリー教団VSウォームボーイ」デイヴィッド・J・ショウ
要塞化した屋敷に侵入してくるゾンビを捕食にしている男とゾンビの集団を率いる宗教者の男との戦い。
肉片骨片体液のシャワーが浴びれる、〈スプラッタパンク〉そのものともいえるエグくてグロい作品。ゾンビを喰らう人間が登場する話はこの作品以外に読んだことがないです。

「わたしを食べて」ロバート・R・マキャモン
ゾンビの男女の恋愛を描き、それを成就、昇華せしめた、このジャンルの傑作。こういう世界にロマンチックな要素を持ちこんでさまになるのはこの作者くらいかも。

『死霊たちの宴 上』




死霊たちの宴〈下〉 (創元推理文庫)死霊たちの宴〈下〉 (創元推理文庫)
(1998/08)
ロバート・R. マキャモン、スティーヴン・R. ボイエット 他

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テーマ : ホラー小説
ジャンル : 本・雑誌

『フラッシュ』 カール・ハイアセン 理論社

2012-01-28

☆☆☆

ここはフロリダ・キーズ諸島。子どもたちは海水浴を楽しみ、ウミガメが産卵に訪れる浜辺がある。伝説では、沖合で“グリーンフラッシュ”と呼ばれる緑の閃光が見られるという。そんな小さな町の夏休みの物語。 カジノ船を沈めて父さんが捕まった。船は、ビーチ近くで汚水を垂れ流しているのだ。父さんの汚名をはらすため、ぼくは作戦を決意した…。おかしくて、ちょっとあったかい。人気ミステリー作家がティーンエイジャーに贈る一冊。 「BOOK」データベースより



直情径行で熟慮に欠け、後先考えない行動をとる“父さん”が江戸っ子気質みたいで、あまり身近では接したくないタイプで、こういう親を持つと子供が苦労するということを如実に示すヤングアダルト向けの物語。この作者が持つ独特のクセが抑えられていて、いつものエキセントリックな人物像が“父さん”と後半に登場する“じいちゃん”に集約された感じがしました。留置場に入れられた父親の代わりに、兄妹ふたりがカジノ船による海洋汚染の証拠をつかもうとするストーリーなのですが、『HOOT』同様に娯楽性の高い子供向けの作品で、分かりやすい形で環境破壊を絡めて読ませることは、自然保護の啓蒙活動としても非常に有意義なことだと思いますし、ハイアセンの姿勢はあらためて立派だと思います。
そして、もう一つのテーマが家族愛なのでしょうけれど、“母さん”のキャラに意外性がなく活躍するシーンも少なくて印象に残らなかったのが物足りないところです。

タグ:
カール・ハイアセン




フラッシュフラッシュ
(2006/04)
カール ハイアセン

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テーマ : YA(ヤング・アダルト)
ジャンル : 本・雑誌

『消えゆく光』 マイクル・ディブディン ミステリアス・プレス ハヤカワ文庫

2012-01-25

Tag :

☆☆☆☆

ここは英国のカントリーハウスの一室。一堂に会すは、退役大佐、伯爵夫人、神父、米国の大富豪、等々。この中に冷酷な殺人犯が潜んでいるのだ!……と思いきや、実はここは老人ホーム。殺人などは起こっていない。すべては探偵小説好きの老女の妄想なのだ……と思いきやー? 英国ミステリ界きっての俊英が贈る、才知とたくらみに満ち溢れた本格ミステリ 内容紹介より



老人ホームを舞台にしたノン・シリーズ物です。
ストーリーは、入居者の老婦人ローズマリーが親友のドロシーとともに造り上げている、ホーム内で起きた空想の殺人事件と実際に起きた死亡事件とを絡ませる構成になっています。こういう趣向というのはやりすぎると、意図的にせよあるいはそうでないにせよ読者を混乱させる結果を招きがちですが、本書の場合はそこら辺りの加減が上手だと思いました。まず兄妹が運営するホームの劣悪なサービスと設備のなかに閉じこめられ管理されて、消えかかる灯火のようにおぼろげで惨めな状態に置かれ、まるで時間が止まっているみたいな入居者たちを描き、老いてまた精神を病んでいるようにも見える彼らのなか、一人の入居者の死によってローズマリーが動きだすことで時間が進み始め、視界が晴れていくように妄想から現実へと場面が転換していきます。そして、その死を探るために警部が施設を訪れ調査を開始することにより、閉じられていた空間が外へと開かれ、やがて死の真相が明らかになるという流れです。灰色からセピア色に、そして薄いパステルカラーへと色彩が戻っていくイメージがしました。物語はさらに明るい色を予感させて終わりますが、彼らに残された時間はどれくらいなのか。ラスト近くのケシの花の種を蒔くシーンとともにしんみりさせられました。




消えゆく光 (ハヤカワ文庫―ミステリアス・プレス文庫)消えゆく光 (ハヤカワ文庫―ミステリアス・プレス文庫)
(1994/09)
マイクル ディブディン

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テーマ : 推理小説・ミステリー
ジャンル : 本・雑誌

『負けた者がみな貰う』 グレアム・グリーン ハヤカワepi文庫

2012-01-23

Tag :

☆☆☆☆

さえない中年会計係のぼくと若い恋人のケアリーは、つましい結婚式を計画していた。ところが、勤め先の有力者の気まぐれな勧めにさからえず、高級リゾートのモンテ・カルロで式をあげることに。市長立会いの挙式、美しい海、そして豪華ヨットが待つ港町へむかったぼくたちはしかし、ギャンブルをめぐる不器用な愛のすれちがいにはまりこむ―丸谷才一の名訳で贈る巨匠の異色恋愛喜劇。著作リスト・年譜を収録した保存版 内容紹介より



ネタバレ気味です!ご注意下さい。

雇い主の気まぐれな提案で結婚式をモンテ・カルロへ変更することになった主人公と婚約者は、先に現地に着き、そこのホテルに滞在し、合流する雇い主と彼のヨットの到着を待ちます。ところがいつまでたってもヨットが現れないため、二人だけで結婚式を挙げるはめになります。その後も一向に現れる気配がないなか、懐が寂しくなった彼らは高級ホテル内のカジノでギャンブルに挑戦することに……。異国の地で、現れない人物を待ち続けるというシチュエーションは、なにか不条理劇のようでもありました。続く話の成り行きは案の定、主人公がギャンブルにはまってしまうという定型をとりますが、ここで違っているのは彼が賭けに勝ってしまうところにあります。大金を手にし、自分が見出した賭けの確率論(みたいなもの)を試すのに夢中な主人公、一方、彼の新妻は金持ちになることを嫌い、そのような状況に嫌気がさします。この一筋縄では行かない展開に持っていくのですね、この作家は。また、諸々の件で主人公が恨みをもつようになった当の雇い主への意趣返しのため、彼は会社の経営権のキャスティング・ボートを握る一人の株主へある賭けを提案します。それも読者の予想外の流れになり、内容は軽く、短い物語であるにもかかわらず、作者の構成力の巧さを感じられる作品になっていると思いました。
ただ、丸谷才一氏の会話の訳出が古めかしい。まあ、旧仮名遣いじゃなくてよかったけど。



負けた者がみな貰う―グレアム・グリーン・セレクション (ハヤカワepi文庫)負けた者がみな貰う―グレアム・グリーン・セレクション (ハヤカワepi文庫)
(2004/12)
グレアム グリーン

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テーマ : 読書メモ
ジャンル : 本・雑誌

『謝ったって許さない』 ソフィー・リトルフィールド ハヤカワ文庫HM

2012-01-21

Tag :

☆☆☆☆

ミシンと手芸の店を営むステラおばさんの裏稼業、それは女性を苦しめるクズ男に過激な天誅を下すこと!ある日、以前助けた若妻クリッシーが子供を別居中の夫にさらわれたと泣きついてきた。どうやら徹底的なお仕置きが必要ね ― だが、その夫は怪しげな犯罪組織と関わっているようで……ヤバい奴らを向こうに回し、ステラとクリッシーの熱い戦いが始まった!!タフな毎日を生き抜く女性たちへ、主婦作家が贈る応援歌! 内容紹介より



Dvという重いテーマに対して、更年期障害に悩む五十歳の主人公というやや異色でコミカルなキャラクターとその語り口の軽さとでバランスをとっているように感じました。また、手芸店の主でありながら、裏では仕置き人というギャップの可笑しさも持ち合わせています。かといって、イヴァノヴィッチの〈ステファニー・プラム〉シリーズのようなどたばた路線には走らず、夫にまつわる彼女自身の過去の悲惨な体験とひとり娘との疎遠な関係という負の設定を設けてあり、彼女の人物造形を単純にはしていません。これらの要素がストーリーに他とは違う独特な雰囲気を与えているような気がしました。主人公は裏稼業をやってはいても、ノウハウは独自に身につけたもので、テクニックはアマチュアの延長線上にあるようなものであって、洗練されてない泥臭さがまた主人公に肩入れしたくなる要因になっているのです。依頼人を助けたいという揺るがない信念と一途さの他にも、過去に救った女性たちの間にネットワークを持っていたり、加齢によるハンデを自覚しながら身体を鍛えていたり、保安官にまんざらでもない感情を抱きながら、それを素直に表に出せなかったり、少々パラノイア気質のヒロインの人間性がとても魅力的に描かれています。気になったのは、我が子がさらわれたにしても、クリッシーの伏線のないいきなりな豹変ぶりにはちょっと違和感を覚えました。




謝ったって許さない (ハヤカワ・ミステリ文庫)謝ったって許さない (ハヤカワ・ミステリ文庫)
(2010/10/22)
ソフィー リトルフィールド

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テーマ : 推理小説・ミステリー
ジャンル : 本・雑誌

『猫は14の謎をもつ』 リリアン・J・ブラウン ハヤカワ文庫HM

2012-01-18

☆☆☆

もっとも身近におりながら、猫ほど不思議な生きものはいない。ペットとして愛情を浴びる一方で、ときには飼い主の心にひそかに忍びこみ、人生を変えてしまうことだってある。犯罪にかかわる猫、幽霊と遭遇する猫、飼い主を救う猫、マスコミにもてはやされる猫など、性格も境遇もさまざまな猫たちと人間をめぐる十四の物語。シャム猫ココ・シリーズで人気沸騰中の小説家が腕によりをかけて贈る猫好きにはたまらない短篇集 内容紹介より



「猫は神経を集中する」「大きな水たまりが現れた週末」「ヤッピー猫現象」「ドラモンド通りのヒーロー」「怒った博物館のネズミとり猫」「黒い猫」「イースト・サイド・ストーリー」「ティプシーと公衆衛生局」「良心という名の猫」「ススと八時半の幽霊」「スタンリーとスプーク」「ヒゲ長の奇妙な猫」「マダム・フロイの罪」「おおみそかの悲劇」収録。

幽霊と猫の話、二話。 幽霊たちのせいで濡れ衣を着せられる羽目になった猫の話「大きな水たまりが現れた週末」、普通、ミステリ上、猫は幽霊とは相性が悪いのが定番ですけれども、幽霊に甘える猫がでてくる「ススと八時半の幽霊」。人間と猫の心が入れ替わった「スタンリーとスプーク」。
故障していたステレオを直したりするなど機械装置を動かす才能を持った猫の「ヤッピー猫現象」、ガス漏れを発見してドラモンド通り一帯が大惨事に見舞われるのを未然に防いだ野良猫の「ドラモンド通りのヒーロー」。
泥棒と猫の話、二話。「猫は神経を集中する」、「怒った博物館のネズミとり猫」。飼い主の命を救った「黒い猫」。最後にぞっとするオチが仕掛けられている「良心という名の猫」。息子の敵討ちをする母猫「マダム・フロイの罪」、事故に見せかけた殺人事件を解決する「おおみそかの悲劇」。
ウェスト・サイド・ストーリーの猫版「イースト・サイド・ストーリー」。杓子定規な役人をからかう下町の人情噺みたいな「ティプシーと公衆衛生局」。
西岸良平の『鎌倉ものがたり』のキャラクターのひとつである、地球を征服しようとする凶暴可愛いピピョン星人の話みたいな「ヒゲ長の奇妙な猫」。

シャム猫ココ・シリーズから受けたマンネリ感やワンパターンなイメージが、しばらくの間払拭されるような、失礼ながらまともなショート・ミステリも書こうと思えば書ける人だったんだと見直したバラエティ豊かな短篇集でした。彼女の魂が安らかに眠らんことを。

タグ:リリアン・J・ブラウン




猫は14の謎をもつ (ハヤカワ・ミステリ文庫)猫は14の謎をもつ (ハヤカワ・ミステリ文庫)
(1991/07)
リリアン・J・ブラウン

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テーマ : 推理小説・ミステリー
ジャンル : 本・雑誌

『死者の心臓』 アーロン・エルキンズ ミステリアス・プレス ハヤカワ文庫

2012-01-16

☆☆☆☆

しぶしぶ引き受けた仕事でギデオンはエジプトを訪れた。エジプト学研究所の宣伝用ビデオに、ナレーターとして出演することになったのだ。だが、撮影が始まって間もなく、ナイル川を進む船で、研究所の所長が不審な死を遂げた。さらに、研究所の裏で発見された人骨が不可解な謎を呼び起こし……悠久の歴史が眠る地でスケルトン探偵が活躍するシリーズ第七弾。 内容紹介より



このスケルトン探偵シリーズは、『古い骨』と『呪い!』の二冊しか読んだことがなくて、どちらかといえばクリス・ノーグレン シリーズのほうが好みだったりします。さて、本シリーズ作品の立ち位置は、E・S・ガードナーの弁護士ペリー・メイスン シリーズと同じようなものを感じます。本書では登場人物たちの多くが、学者であったり学術のパトロンだったりするので、キャラクターの幅が狭く、しかも人物像に丁寧な背景を付けるのでもないので、手慣れすぎるているような創作技術とも相まって、作品全体のイメージがより軽く薄く思えてしまうのです。ただ、他者よりも少しだけ人物背景を細かく描写している警察官のガブラが、とても人間臭く印象に残るキャラなので、当然描けないわけじゃなく、意図的に人物造形を掘り下げるのを避けているのでしょうね。また、視点のほとんどがギデオンからであるため、他視点部分の心理描写が徹底して省かれているのも構成のシンプルさを考えてのことなのでしょう。ほとんどの読者に受けそうな、クセを排した作風みたいな。
エルキンズは「“飛行機に四時間乗っている知的な人”を対象」(東理夫氏の解説より)に書きたいらしいのですけれど、良くも悪くも彼の作品から受ける軽さはこういう姿勢からくるのではないかと思いました。




死者の心臓 (ハヤカワ文庫―ミステリアス・プレス文庫)死者の心臓 (ハヤカワ文庫―ミステリアス・プレス文庫)
(1996/03)
アーロン・エルキンズ

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テーマ : 読んだ本。
ジャンル : 本・雑誌

『裏切りの街』 ポール・ケイン 河出文庫

2012-01-14

Tag :

☆☆☆☆

ロサンジェルスにやってきた、流れ者のジェリー・ケルズは、ある組織のボスに呼ばれ、賭博船の用心棒になってくれと頼まれる……。“不況と混乱の時代”、“ギャング・エイジ”と呼ばれる30年代のロサンジェルスで、政界とつながる組織の陰謀にまきこまれる主人公は、したたかにハードに、反撃にでる。チャンドラーが“超ハードボイルド”と評し、ビル・プロンジーニやジョー・ゴアズも“『裏切りの街』はまさにハードボイルドだ”と絶賛した極めつきの名作。ポール・ケイン唯一の長篇。 内容紹介より



たしかにハードボイルドの硬度がものすごく高かったです。東部から訳ありでロサンジェルスに流れてきた一匹狼の主人公が、地元の裏の権力者たちの勢力争いに巻き込まれてしまう話であり、なにかハメットの『赤い収穫』を思い浮かべそうな設定です。本書の場合、主人公にたいして権力者たちから手を組むように誘いがきますが、それを断ると主人公が敵方に付くのを危ぶみ、一転して彼を陥れようとします。そして一人の有力者のスキャンダルのネタをめぐって殺し合いが始まります。
作品のイメージが硬質なのは文章にも特徴があって、作者は、登場人物が会話の中で用いる以外に「彼」「彼女」という単語(三人称代名詞)を使っていないことです。例えば物語冒頭で主人公ケルズが登場する場面では、「ケルズは小さな部屋にはいった。部屋はすりガラスを張った壁で仕切られていた。ケルズは壁際の使い古した長椅子に腰をおろすと」(p5)みたいに登場人物たちは必ず名前で表記され、短いセンテンスを使用し、傍白や心理描写は極端に省かれています。このことは作者が脚本家だった経歴と絡めて、村田勝彦氏も訳者あとがきで触れています(p257~258)。
主人公が三回も殴られて、その度に気絶したり、いざとなると脇役に窮地を救ってもらうことのほうが多かったりして、ちょっと違うんじゃないかと思う場面もありましたが、昨今の饒舌系で軟弱なハードボイルド系の主人公およびその作者たちに読ませたい異色作だと思います。




裏切りの街 (河出文庫)裏切りの街 (河出文庫)
(1989/03)
ポール・ケイン

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テーマ : 推理小説・ミステリー
ジャンル : 本・雑誌

『こちらゆかいな窓ふき会社』 ロアルド・ダール 評論社

2012-01-12

Tag :

☆☆☆

以前はお菓子屋さんだった、おんぼろのへんてこな空き家。ショーウインドーには〈売れ出し中〉の文字。それが、ある朝〈売約じみ〉に、そして〈はしご不用窓ふき会社〉に変わった。中から顔を出したのは、キリン、ペリカン、サル!この三人〈三びき〉で、どうやって窓ふきをするっていうの?さっそく、お金持ちのハンプシャー公爵から仕事をたのまれて、ぼくは、彼らの仲間に入れてもらい、公爵の屋敷に向かった。〈窓ふき会社〉の活躍ぶりは、それはそれはものすごくて……。 内容紹介より



動物が芸をしてお金を稼ぐという童話といえば、ブレーメンの音楽隊が思い浮かびます。本書はキリン、ペリカン、サルの三匹が窓ふき会社を始めるというのもです。読んでみるとまったくの子供向けの内容で、この分野のダールの作品で薄々感じたり、かいま見えたりする残酷さやグロテクスさといったものがまったくありませんでした。ストーリー自体も捻らずストレートな展開です。語り手の「ぼく」が窓ふき仕事を世話するなどのワンクッションを置いてからのハンプシャー公爵の屋敷での仕事という流れのほうが良かったような気がしますけれど、子供向けの話なら展開はこれくらい速いほうが良いのでしょう。大人が読むにはちょっと物足りないです。でも深読みさせるようなテーマとか主張などがなく、単純に子供に読んであげたら喜びそうな物語でした。

『おばけ桃が行く』ロアルド・ダール 評論社
『ぼくのつくった魔法のくすり』 ロアルド・ダール 評論社




こちらゆかいな窓ふき会社 (ロアルド・ダールコレクション 15)こちらゆかいな窓ふき会社 (ロアルド・ダールコレクション 15)
(2005/08)
ロアルド ダール

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テーマ : 児童書
ジャンル : 本・雑誌

『ゆかいなホーマーくん』 ロバート・マックロスキー 岩波少年文庫

2012-01-10

Tag : 短編集

☆☆☆

アメリカの田舎町に住む少年ホーマーくんは、機械いじりが大すき。ペットのスカンクと協力して4人組の強盗をつかまえたり、おじさんの店でドーナッツ洪水事件にまきこまれたり……。ホーマーくんのゆかいな大活躍を描きます。 小学3・4年以上 内容紹介より



タイトルにホーマーくんとありますが、収録されている六話の短篇のすべてにおいて彼が活躍するというわけでもありません。主に彼が暮らす田舎町で起きる騒動を描いたものです。新しくペットに加わったスカンクとともに強盗たちを捕まえる「ものすごい臭気事件」。コミックの中で活躍する“スーパーマン”への友達の熱狂ぶりとは裏腹に、結構冷めた目でいるホーマーと交通事故を起こしたスーパーマンの話「大宇宙漫画」。自動化、省力化することが大好きなホーマーのおじさんが営む食堂の自動ドーナツ製造機をめぐる騒動と指輪紛失事件の「ドーナツ」、糸くずを集めて巨大な糸くずボールを作ることが趣味の三人が巻かれた糸くずの長さを競い合う「いとふしぎな物語」、三十年間、世捨て人の生活をしていた男が新型の音楽式ネズミとりを考案し、ネズミ退治の契約を町と結ぶというあの有名な童話のパロディ「この世にあたらしきものは、なにも(ほとんど)なし」、規格化され大量生産された、まったく同じ100軒の住宅の住人たちの騒動を描き、フォードシステムをからかった(らしい)「進歩の車輪」。それぞれ一見たわいない話のようですが、作者の皮肉っぽい視線が見え隠れしているような作品もありました。




ゆかいなホーマーくん (岩波少年文庫 (017))ゆかいなホーマーくん (岩波少年文庫 (017))
(2000/06/16)
ロバート・マックロスキー

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テーマ : 児童書
ジャンル : 本・雑誌

『あぶない部長刑事』 チャールズ・ウィルフォード 扶桑社ミステリー

2012-01-08

Tag :

☆☆☆☆

マイアミシティ、六月。前作『マイアミ・ポリス』の事件から半年、娘たちとの共同生活も順調に、平和な毎日をおくっていたホウク部長刑事だったが、ある朝、突然「燃え尽き症候群」になってしまい、出勤拒否。同僚の手配で、無給休暇をとってリハビリにつとめることとなった。さて一方、悠々自適の生活を営むスタンリー老人は、ひょんなことから拘置所へ。そこで知り合った悪党にずるずると悪事の片棒を担がされる羽目に ― 。エルモア・レナードらが絶賛する知られざる巨匠ウィルフォードのユーモア警察物語。 内容紹介より



マイアミ警察殺人課部長刑事ホウク・モウズリーを主人公にした〈マイアミ・ポリス〉シリーズの一冊で、扶桑社ミステリーからは本書以外に『マイアミ・ポリス』と『部長刑事奮闘す』が邦訳されていますが、わたしはこの作品で初めて読みました。ノワール風なフロリダ・ミステリとかマイアミ・ミステリに警察小説のエッセンスを微量に加えたような一風変わった雰囲気を持つ作品で、非常にクセがありました。「燃え尽き症候群」になってしまったホウク部長刑事とフォード自動車工場を定年退職したスタンリー、このふたりの主人公の視点から交互に物語が進んでいくのですが、ホウクが警察を休職してアパートの管理人の仕事をしていることもあって、これが日常の細かな出来事(また、風景描写が異様なほど細かい)ばかりでいっこうに犯罪事件が起きません。かえって面白いのは、変わり者ではあるけれど、どこにでもいそうな隠居した老人のスタンリーが冤罪から悪事に荷担していく様子で、これが新聞の三面記事に掲載された事件を再現した実録ものを読んでいるみたいな感じがしました。ある事件のぬれぎぬを着せられたのを契機に、いままで妻や息子に抱いていたうっぷんが表面に表れ、小悪党に肩入れしてしまう心の動きが上手に描かれていると思います。クライマックスの突然バイオレンスにいたるシーンや主人公ふたりの人生が交わるところはそこなのか!っていう部分が読者の意表を突いていると思いました。軽そうな内容にみえますが、なかなか緻密に構成されたユニークな作品でした。

『炎に消えた名画』チャールズ・ウィルフォード 扶桑社ミステリー




マイアミ・ポリス あぶない部長刑事 (扶桑社ミステリー)マイアミ・ポリス あぶない部長刑事 (扶桑社ミステリー)
(1989/10)
チャールズ・ウィルフォード

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テーマ : 推理小説・ミステリー
ジャンル : 本・雑誌

『龍のすむ家』 クリス・ダレーシー 竹書房

2012-01-05

Tag :

☆☆☆☆

下宿人募集 ― ただし、子供とネコと龍が好きな方。そんな奇妙なはり紙を見て、デービットが行った先は、まさに“龍だらけ”だった。家じゅうに女主人リズの作った陶器の龍が置かれ、2階には〈龍のほら穴〉と名づけられた謎の部屋があった。リズはそこで龍を作っているというが、奇妙なことにその部屋には窯がない。いったいどうやって粘土を焼いているのか…。ひっこし祝いに、リズはデービットに「特別な龍」を作ってくれた。それは片手にノートを持って、鉛筆をかじっているユニークな龍だった。「一生大事にすること、けして泣かせたりしないこと」そう約束させられたデービットは彼をガズークスと名づけた。やがて、ふしぎなことが起きはじめる。デービットが心の中にガズークスの姿を思い浮かべたとたん、ガズークスが持っていた鉛筆で文字を書きはじめたのだ!デービットはもうすぐ誕生日を迎えるリズのひとり娘ルーシーのために、ガズークスと一緒に物語を書くことにした。だが、物語に書いた出来事がどんどん現実になりはじめて……。はたして、ふたりの物語はどんな結末を迎えるのか?リズとルーシーは何者なのか?そしてこの家の龍たちは、もしかして……?ファンタジー王国イギリスからやってきたすてきなすてきな物語。 内容紹介より



あけましておめでとうございます。本年もよろしくお願い致します。皆様にとって面白い本が一冊でも多く読める一年でありますように。

縁起をかついで、辰じゃないけれど龍がでてくる児童文学を読みました。
本書は〈龍のすむ家〉シリーズの第一作目です。ストーリーは大学生が下宿する家にある龍の置物とそれを作る母親と娘にまつわる話、彼女たちの家の近辺に出没する一匹のリスをめぐる話、この二つがデービットの書き綴る物語によってリンクして語られます。龍たちと母娘の謎についてはシリーズが進むごとに徐々に明らかになっていくメインテーマであり、リスの話は一話限りのエピソード的な位置づけになっているのだと思います。近所にあった大木が切り倒されてしまい、そこに棲んでいたリスたちは、片目をケガした一匹のリスを残していなくなってしまいます。下宿先の娘ルーシーに頼まれたデービットはリス救出活動を手伝う羽目に、リス嫌いの隣人や付近を縄張りにしているカラスを向こうに回し、はたして片目のリスを救うことができるのか?引っ越し祝いにもらった龍からインスピレーションを受けながら、ルーシーの誕生日用に創作しているリスたちの物語が現実をなぞるような展開をみせていきます。ハッピーエンドで物語が終わった後、その向こう側にある現実には辛い出来事が待っています。本の中で読者はさまざまに設定された世界(ファンタジー、フィクション、リアリティ)を行き来できる重層性を持った作品だと思います。




龍のすむ家龍のすむ家
(2003/08)
クリス・ダレーシー

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テーマ : 児童書
ジャンル : 本・雑誌

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てんちゃん1号

  • Author:てんちゃん1号
  • 海外ミステリなどの感想を誤字脱字、表現・文法間違いを交え、思い込みと偏見を持って書いています。そんな素晴らしいブログなのでリンクとか何でもフリーです。異次元、霊界、他惑星からもお気軽にどうぞ。

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