『テッサリアの医師』 アン・ズルーディ 小学館文庫

2012-02-29

Tag :

☆☆☆

モルフィの町に住む独身の姉妹、ヌーラとクリサの前に現れたフランス人医師シャブロル。彼に求婚され結婚することになったクリサだったが、式当日、シャブロルが何者かに襲われ、顔面に火傷を覆う。偶然モルフィに居合わせた探偵ヘルメス・ディアクトロスは、襲撃事件の真相を追って捜査を開始する。
フランスからやってきたシャブロルは、ある秘密を抱えていた。捜査が進むごとに露呈する驚くべき事実 ― そしてヘルメスは、憎しみと哀しみにさいなまれた一組の親子にたどりつく。苦渋多き人間の存在を描写し、善悪のその先を見据えた傑作サスペンス第三弾が登場。 内容紹介より



以下、ネタバレ気味です!ご注意下さい。

「わたしは警官ではないからです。わたしは、もっとずっと高い権威のもとで働いています」(p146)と言う、主人公ヘルメス・ディアクトロスまたは“太った男”の正体は、今回も明らかにされませんでした。何者かによって、視力を失うほどの怪我を負わせられたにもかかわらず、被害者である医師は警察沙汰にしようせず、主人公による調査も拒みます。一方、被害者の婚約者は、姉が自分を妬む気持ちから事件を起こしたのではないかと疑っています。そして、被害者のバイクや鞄がなくなってしまう出来事が起き、婚約者の元交際相手だった羊飼いの男が関わっている疑惑も出てきます。それとはまた別に、町を活性化させるために精力的な活動を続ける新市長に対して、前市長だった元医者を含む旧グループは、それを快く思わずに策略をめぐらせています。このように、巻頭に引用されている『転身物語』(オウィディウス作)の一節のとおり、本書は〈嫉妬〉をモチーフにするとともにミスリードにも使っています。主人公は事件を解決する以外にも、その他の出来事や関係者に、忠告や助言を施し、物事が良い方向に進むように努めます。「〈嫉妬〉は他人を蝕みながら、それによって自分をも蝕んでいく」(p5引用文より)、『テッサリアの医師』の医師とは、この蝕まれた部分を治療する主人公の姿も表しているのかもしれません。

『ミダスの汚れた手』アン・ズルーディ 小学館文庫




テッサリアの医師 (小学館文庫)テッサリアの医師 (小学館文庫)
(2010/12/07)
アン・ズルーディ

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テーマ : 推理小説・ミステリー
ジャンル : 本・雑誌

『十二人目の陪審員』 B・M・ギル ミステリアス・プレス ハヤカワ文庫

2012-02-27

Tag :

☆☆☆☆

人気TVキャスターのエドワード・カーンが妻殺しの容疑で告発された。彼は強く犯行を否定したものの、数々の不利な情況証拠を前に、なぜかいっさいの証言を拒否していた。その心中にあるものとは?そして、彼を裁く立場に立った陪審員たちの揺れ動く心が下した評決とは……英国推理作家協会賞ゴールド・ダガーを受賞した緊迫感溢れる法廷ミステリの傑作 内容紹介より



以下、ネタバレ気味です!ご注意下さい。


リーガル・サスペンスもので、「十二人」ときたら、どうしても、映画あるいはTVドラマの傑作『十二人の怒れる男』が思い浮かぶわけでして、本書も大雑把に言えば同様の情況設定とストーリー進行をとっていますから、後はどういう具合に違いを見せているかに興味がわきます。とりあえず一般的に感じたことは、エンターテインメント性や読者サービスの面において、良くも悪くも米国のリーガルものはやはり旺盛だということ、英国産の本書はやはり上品で娯楽指数は大人し目のような気がしました。これは、このジャンルでよく見られる、弁護士や検察官ではなく、陪審員のひとりが主役だからというのもあるのかもしれません。
そして、『十二人の怒れる男』との相違点は、真犯人は誰なのか?と問うているところでしょう。被告人なのか、または別の人物なのか、という犯人探しが示されています。被告人は無罪を主張しますが、自ら証言台に立って証言をすることは拒否し、自身のアリバイさえ明らかにしない態度を取り続けます。
勘の良い読者なら、早めに犯人の見当はつくと思います。ただ、ほぼ20年ほど前の作品ですから、犯人の人物像から受ける衝撃度は当時と今では違いがあるかもしれません。
もしも、『十二人の怒れる男』に似せた設定を作者があえて選んだとしたなら、その心意気は買いますが、結果は期待したほどではありませんでした。




十二人目の陪審員 (ミステリアス・プレス文庫)十二人目の陪審員 (ミステリアス・プレス文庫)
(1991/05)
B・M・ギル

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テーマ : 推理小説・ミステリー
ジャンル : 本・雑誌

『洞窟の骨』 アーロン・エルキンズ ミステリアス・プレス ハヤカワ文庫

2012-02-25

☆☆☆

旧石器時代の遺跡の洞窟から人骨が発見された。調査に協力したギデオンの鑑定により、事態は急転した。人骨は旧石器時代のものではなく、死後数年しかたっていなかったのだ。ギデオンは、以前に先史文化研究所で捏造事件が起きた時、行方不明者が出た事実をつかむが……複雑に絡みあう人類学上の謎と殺人の真相にスケルトン探偵が挑む、人気シリーズ第九作 内容紹介より



ネアンデルタール人は人類の祖先か否か、という考古学上の問題を根底に据えたミステリです。三年前、ある考古学の研究所と発掘現場を舞台にして起きた捏造事件、墜落事故、失踪事件があり、犬が掘り出した人骨によって、一連の出来事の経緯が徐々に明らかになっていくというもの。ただ、飛行機事故のくだりやある人物の死体の処置の仕方のトリックには、間に合わせのアイデアみたいな印象を受けて、TVのサスペンス・ドラマ的なお手軽感があって残念でした。
さて、『死者の心臓』ではエジプトに、『呪い!』ではメキシコへと、主人公が愛妻を伴って出かけて行くこのシリーズですが、今回はクロマニヨン人の人骨が初めて発見されたフランス・レゼジー村を訪れています。人類学者の主人公にとっては、いわゆる聖地巡礼みたいなものでしょうか。本書に登場する「ホテル・クロマニヨン」は実際に存在するそうで、今回特に思ったのですが、作者が意図しているかどうか分からないけれど、なんだかんだいってもこのシリーズはトラベル・ミステリ色が強いと思うのですよね。

『死者の心臓』 アーロン・エルキンズ ミステリアス・プレス ハヤカワ文庫




洞窟の骨 (ミステリアス・プレス文庫)洞窟の骨 (ミステリアス・プレス文庫)
(2000/12)
アーロン・エルキンズ

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テーマ : 読んだ本。
ジャンル : 本・雑誌

『ミダスの汚れた手』 アン・ズルーディ 小学館文庫

2012-02-23

Tag :

☆☆☆☆

現代化の波が押し寄せるギリシャの町アルカディア。パンデリス親子もまた、さらなる利益を求めて観光客誘致に躍起となり、人里離れてひとり静かに暮らしているガブリリス老人の土地を、ヴィラ建設地にしようと目論んでいた。そんななか、ガブリリスがひき逃げ事故で命を落とす。折しも故郷に戻ってきた太った男ヘルメス・ディアクトロスは、友人ガブリリスを偲びつつ、真相の究明に乗り出す。地元の警察、マスコミ、開発者……各々の利権や欲望が露呈し、事件は意外な結末を迎える。娘を黄金に変えた古代ギリシャのミダス王の悲劇が、再び現代に繰り返される。 内容紹介より



太った探偵ヘルメス・ディアクトロスを主人公にしたシリーズ二作目。一作目の『アテネからの使者』は未読です。近頃、債務問題で話題になったギリシャが舞台です。友人だった老人をひき逃げした犯人を捜す主人公に、引退者たちを狙った長期滞在型の邸を建てるため、被害者の老人の土地を手に入れようと画策する地元の大立者親子、事件を捜査する地元警官コンビ、出世のために警官を籠絡しようとする報道記者が絡み合ってストーリーが展開します。地元の大立者をミダス王に見立ているのですが、それとは対照的に、まったく蓄財に興味がなく、一日十二人の客を散髪したら店仕舞をして釣りに出かけるのを日課にしている床屋を登場させています。ミダス王は黄金の手の持ち主以外に、「王様の耳はロバの耳」の王様でもあるわけで、その秘密を知ったのが床屋でしたから、もう一つちょっとした趣向が凝らされているのです。
テーマは金儲けより人生を楽しみ、家族や友人を愛せという至って分かりやすいものであり、また、窮地に陥った新人警官、彼を助けようとする実直なベテラン警官のやり取りなどは人情噺みたいな一時代前の設定のような感じがしますから、主人公の謎のオールマイティっぷりもあわせて、いっそ時代背景を一昔前にした歴史ミステリにすればよかったのじゃないかと思いました。




ミダスの汚れた手 (小学館文庫)ミダスの汚れた手 (小学館文庫)
(2010/05/07)
アン・ズルーディ

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テーマ : 推理小説・ミステリー
ジャンル : 本・雑誌

『優雅な町の犯罪』 キャロリン・G・ハート ミステリアス・プレス ハヤカワ文庫

2012-02-21

☆☆☆☆

テネシー州の小さな町で、元新聞記者の老婦人ヘンリー・Oは思わぬ事件に巻き込まれた。友人の甥が、妻殺しの容疑で逮捕されたのだ。彼はヘンリー・Oに自分が無実だと訴えていた。真相を探るべく彼女は調査を始め、美しい町の複雑な人間関係がしだいに明らかになっていくが、やがて第二の殺人が!アガサ賞受賞作『死者の島』に続く人気シリーズ第二弾。 内容紹介より



ある事件によって小さな町の住民たちの秘密とその人間模様が露になるという、ミステリ小説では定番のパターンをとり、対象になるの者も、お約束のアッパーミドルに属する住人たちです。前作『死者の島』においてもオーソドックスな状況設定を取り入れてはいましたが、内容にはサスペンス性を持たせるという新味を利かせていました。しかし、本書では、ただただ人間関係を探っていく、どういう人物なのかを調べていく、そして、この人にはこういう動機があり、あの人にはこういう動機がある、だから誰が犯人でもおかしくない、この煽りとほのめかしの繰り返しがこすり過ぎていて、それだけでお腹いっぱいになりました。しかも、関係者たちの秘密がさほどスキャンダラスなものでもなかったので、覗き見趣味的な意味でも読んでて高まらず。シリーズ前作では主人公の気の強さが、嵐が迫る孤島に殺人者という設定のスリリングさと釣り合いが取れていたのとは違って、本作では彼女の気性がやや鼻に付きました。ラストの私憤の晴らし方とか。全体的に、もう少し短く削ったらもっと良い作品になったような気もします。

『死者の島』キャロリン・G・ハート ミステリアス・プレス ハヤカワ文庫




優雅な町の犯罪 (ミステリアス・プレス文庫)優雅な町の犯罪 (ミステリアス・プレス文庫)
(1996/07)
キャロリン・G・ハート

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テーマ : 推理小説・ミステリー
ジャンル : 本・雑誌

『幻想と怪奇 ―宇宙怪獣現わる― 』 仁賀克雄 編 ハヤカワ文庫NV

2012-02-19

☆☆☆☆

ひとくちに恐怖といっても、その対象はさまざまである。超常現象への恐怖、殺人者への恐怖、死や病気への恐怖、未知の生物への恐怖、そして人の心への恐怖―実在しないはずの子供が恐怖をもたらす「ハリー」、不定型の怪物が襲いかかる「それ」、サイコ・スリラーの元祖的傑作「ルーシーがいるから」、さらにはホラー映画ネタ満載で爆笑させつつも恐ろしい表題作など、ホラー短篇の名作が勢揃いの11篇を収録〈全三巻〉 内容紹介より



屋根裏部屋に仕舞ってあったものみたいに、少し褪せて埃の匂いがするような、ノスタルジックな作品が多いような気がします。

「こおろぎ」リチャード・マシスン
こおろぎの鳴く音の暗号を解読した男と旅先で知り会った男女の話。西洋人って虫の音は騒音にしか聴こえないとか言われてますけれど、それ以上の意味付けをしたところがユニークなのでしょう。バッタは草食ですけれど、コオロギは雑食で肉も食べるから……。

「なんでも箱」ゼナ・ヘンダースン
『果しなき旅路』の作者。持ち主の少女にしか見えない《なんでも箱》。その箱には少女の叶った夢が詰まっていて、見ると幸せな気持ちになり、その中へ入って行きたくなるのです。《なんでも箱》を作り出さなくてはならないような、少女の不幸な家庭環境とその内での孤独が切ない。

「それ」シオドア・スタージョン
『千の脚を持つ男』にも収録されている作品です。ここに登場する怪物「それ」は、人間に敵意や悪意を抱いているわけではなく、幼児が虫の羽をむしり取ったり踏みつぶしたりするのと同じで、好奇心から人間をばらばらにしてしまいます。それがかえってじわじわと恐いのです。

「ルーシーがいるから」ロバート・ブロック
『殺しのグルメ』(ロバート・ブロック 徳間文庫)には、「ルーシーがいてくれると」
として収録されています。
これはサイコパスをテーマにした作品の模式標本みたいなものではないかと。それゆえ、今読むと早々にネタが分かってしまいます。

「その名は悪魔」ヘンリー・カットナー
どこからかやってきて、穴蔵に巣食い、子供たちからの供え物である生肉を食べる「悪魔」は、寄生する家族のなかに偽者の叔父を入り込ませますが、子供たち以外にはそれが偽者とは分からない。残酷を極めればキングの作品みたいになるかもしれませんけれど、それほどでもないので少々安心。

「埃まみれのゼブラ」クリフォード・D・シマック
偶然、異次元に住む者たちと物々交換を始め、彼らが送ってくる器械で金儲けを企んだ男たちの顛末。
星新一のショートショート「穴」に似ているような。

「トランク詰めの女」レイ・ブラッドベリ
個人的にブラッドベリはとても尊敬する作家です。しかし、この作品にある謎解き色が、ブラッドベリの作品が備える独特な雰囲気を薄めているように感じました。トランクに詰められた被害者を殺したのは誰なのか?死体発見者である少年以外の家族全員に動機付けをして容疑者にする流れがどうもあざとく思えました。

「裁きの庭」デイヴィッド・イーリイ
「裁きの庭」と名づけられ呪いがかけられた名画を不正な手段で手に入れた、金に困っている退役少佐の話。どこかで読んだような気がするから、同じようなストーリーがたくさん派生しているのでしょう。

「ハリー」ローズマリー・ティンバリー
この作者の代表作だそうで、「子供にだけは見える“お友だち”」をモチーフにした話。
養女にした女の子の過去を調べた母親が見つけた真実とは……。

「かたつむり」パトリシア・ハイスミス
伝説の巨大かたつむりを再発見し捕獲しようと無人島に渡った大学教授の話。
短編集『11の物語』で、初めて読んだときもなんだこれって思ったけど、今回読んでもなんだこれって思いました。そもそもどうして主題がかたつむりなのか、しかしまた、かたつむりだからどうでもいいような、議論をする気持ちも失せるような、ハイスミスさんだから許されているような、ハイスミスさんはこれを書いたことでかなり得してるような。

「宇宙怪獣現わる」レイ・ラッセル
全身に毛が生えてて、べたべたした液体が付いている怪物が女性を襲うという恐怖映画を、マリリン・モンローや合衆国大統領や元恋人や知り合いとかが周りに座っている映画館でパジャマのズボンだけを履き、ポップコーンを食べながら観ている男の話。

タグ:ホラー




幻想と怪奇 宇宙怪獣現わる (ハヤカワSF)幻想と怪奇 宇宙怪獣現わる (ハヤカワSF)
(2005/03/24)
仁賀 克雄

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テーマ : ホラー小説
ジャンル : 本・雑誌

『死者の島』 キャロリン・G・ハート ミステリアス・プレス ハヤカワ文庫

2012-02-17

☆☆☆☆

元新聞記者で今はミステリ作家の老婦人ヘンリー・Oは、情報産業の大立者からの依頼で、彼の所有する島に赴いた。そこで彼から驚くべき話を聞かされた。「誰かがわたしを殺そうとしている。容疑者を島に集めたので、犯人をさがしてほしい」彼女はさっそく調査を始めるが、やがて恐ろしい事件が……人気作家の新シリーズ第一弾、アガサ賞最優秀長篇賞受賞作 内容紹介より



内容は暗くシリアスな面がありながら、ユーモア及びコージー系ミステリの雰囲気を帯びた〈デス・オン・ディマンド〉シリーズに比べると、本書ではユーモラスさが抑えられ、本格ミステリ色の強い骨組みが基本にしてあります。舞台は、船でしか行き来できない小島というクローズドサークルであり(しかもハリケーンが接近中)、登場人物は島の所有者一族とその関係者、そして使用人のみ、その中に殺人を企む人物がいるという、これまた典型的な本格古典そのものの設定です。仙波有理氏の訳者あとがきでは、クリスティーや『そして誰もいなくなった』にふれ、エルキンズやマーガレット・マロンが本書のヒロインをミス・マープルに例えていることを紹介しています。たしかに、元新聞記者で作家であるヒロインは、先鋭化し、より行動的、現代的に進化したミス・マープルかもしれません。また、後半部分ではハリケーンの襲来や蛇の群れを登場させて、パニックアドベンチャーの要素も軽く織り交ぜるというサービス精神旺盛なところも見せていて意外でした。文章は短いセンテンスを重ねてあり、非常に読みやすさ感じました。

タグ:キャロリン・G・ハート




死者の島 (ミステリアス・プレス文庫)死者の島 (ミステリアス・プレス文庫)
(1995/01)
キャロリン・G・ハート

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テーマ : 推理小説・ミステリー
ジャンル : 本・雑誌

『白い殺意』 デイナ・スタベノウ ハヤカワ文庫HM

2012-02-15

Tag :

☆☆☆

アンカレッジ地方検事局の辣腕捜査官ケイトは、職務中に重傷を負い辞職した。それから一年、故郷のアリュート人入植地で暮らす彼女のもとに、失踪した国立公園レインジャーと検事局捜査官の捜索依頼が舞い込んだ。公園内の資源開発をめぐる対立に巻き込まれたらしい。二人の足どりを追うケイトを、やがて何者かの銃弾が襲った!極北のアラスカを駆ける女探偵ケイト・シュガック初登場。アメリカ探偵作家クラブ賞受賞作 内容紹介より



シリーズものの第一作目。
作者の生まれ故郷であるアラスカの自然描写とそこに暮らす先住民社会と彼らが抱える問題が目立っているだけで、あまり印象に残りそうにない作品でした。ストーリーの概要になにか既読感を覚え、それ以上ものがありません。自然をめぐって保護か開発かという対抗する勢力構造以外にも、豊かな自然環境を保護しながら一般に開放するのか、あるいは極力閉鎖してしまうのか、という軋轢もあり、また、先住民の間では、伝統文化を強硬に保護しようとする者と閉塞的な社会を嫌って他の土地へ移り住んで行く者もいます。その他にも法律と因習、国と個人の利権などの対立の構図が描かれ、そのなかで失踪した二人の法執行官の行方を追い、過去の事件の影を引きずるヒロインもそれらの諸々の問題に直面せざるを得なくなります。これらのテーマに対して、ヒロインの造形が弱い、人間的な魅力が引き立っていないように感じます。もっとも、ケイト・シュガックを主人公にしたこのシリーズは六作邦訳されているようで、作品やヒロインも変化していっているのかもしれません。




白い殺意 (ハヤカワ・ミステリ文庫)白い殺意 (ハヤカワ・ミステリ文庫)
(1995/01)
デイナ・スタベノウ

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テーマ : 推理小説・ミステリー
ジャンル : 本・雑誌

『ディミティおばさまと古代遺跡の謎』 ナンシー・アサートン ランダムハウス講談社

2012-02-13

Tag :

☆☆☆☆

村の果てに広がる何の変哲もない原っぱ。そこに一人の考古学者が現われ、古代遺跡を発見したからさあ大変。発掘をめぐり、村人は賛成派と反対派で一触即発の危機に。両者の板ばさみになり頭を抱えるロリだったが、解決策は一つ。遺跡の秘密が記されているという古書を入手し公開すること。そこでロリがディミティおばさまの力を借りて古書捜しに乗り出すと、思いがけず、村に眠っていた暗い過去まで呼び覚ましてしまい!? 内容紹介より



〈優しい幽霊〉シリーズの三作目です。
そして、このシリーズのなかで最優秀作品かもしれません(まだ三作品しか読んでないから暫定で)!!もしコージーミステリに硬軟のレベルがあるとするならば、殺人、傷害事件がまったく起きない本シリーズは最もソフトな部類に入るのですが、これまでの二作品はその傾向が裏目に出てしまい、全体の印象をぼんやりしたものにしていたように思います。しかし、今回は甘さや緩さや温(ぬる)さが良い方向に働いている気がしました。たとえば、村人の様子や関係性は、ルイーズ・ペニーの名シリーズである〈ガマシュ警部〉シリーズを軽めにしたような雰囲気を備えているように感じました。
遺跡発掘か、それとも収穫祭の開催かでもめる村人たちの間には、実は第二次世界大戦にさかのぼる出来事が溝として横たわっていたわけで、憎まれ役はいますが、その人物にもそうならざるを得ない理由が付けてありますし、考古学者に反感を持つ人物にもそれなりの経緯があります。また、怪しげな現場で発掘作業を続ける考古学者やパブを改装するオーナー夫婦たちが抱える隠れた事情も興味深く、鉄道模型が趣味の村人、ティールームのオーナーの孫娘などの多彩な登場人物やエピソードに富んでいる、ミステリ部分を補って読ませてしまう心温まる物語でした。

『ディミティおばさま現わる』ナンシー・アサートン ランダムハウス講談社
『ディミティおばさま旅に出る』ナンシー・アサートン ランダムハウス講談社




ディミティおばさまと古代遺跡の謎 (優しい幽霊 3) (ランダムハウス講談社文庫)ディミティおばさまと古代遺跡の謎 (優しい幽霊 3) (ランダムハウス講談社文庫)
(2009/11/10)
ナンシー・アサートン

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テーマ : 推理小説・ミステリー
ジャンル : 本・雑誌

『床下の小人たち』 メアリー・ノートン 岩波少年文庫

2012-02-11

Tag :

☆☆☆☆

イギリスの古風な家の床下に住む小人の一家。暮らしに必要なものはすべて、こっそり人間から借りていましたが、ある日、その家の男の子に姿を見られてしまいます ― カーネギー賞を受賞した「小人シリーズ」の第1作。 小学5・6年以上 内容紹介より



「たとえば、安全ピンね。工場では、どんどん安全ピンをつくっているでしょ。そして、みんな、毎日のように安全ピンを買ってるわ。それなのに、どういうわけだか、さあいるというときには、一つだってないんですもん。どこに、みんなあるんでしょう?」(p14~15)と、ある女の子が、もしかしたら借り暮らしのひとたちがいるのではないか、と思う理由を話します。実は、わたしもかねがね大量のゼムクリップの行方が気になっており、ゼムクリップモンスターの存在を憂慮していたので……。
というわけで、本書の小人たちは、森のキノコの家に住み、緑の服を着て、三角の帽子を被った妖精のような生き物ではなく、人間をそのまま小さくしたような服装と暮らしぶりをしています。彼らの体験する冒険も、ワンダーランドを駆けたり、飛んだりする壮大なものじゃなくて、床上や床下を舞台にしたとても日常的なものです。ただし、その世界は狭くても語られる冒険は実にエキサイティングです。
それとともに、また、親戚一族の気取りぶりを馬鹿にしていたホミリーが、しだいに所有欲にかられ自分も俗物ぶりを見せたり、彼女の娘アリエッティが暗くて限られた空間での暮らしに飽きて、外の世界へ移住したいと切望する気持ちなど、小人たちの人間臭さも描き出し、風刺にも富んでいる優れた作品です。




床下の小人たち―小人の冒険シリーズ〈1〉 (岩波少年文庫)床下の小人たち―小人の冒険シリーズ〈1〉 (岩波少年文庫)
(2000/09/18)
メアリー ノートン

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テーマ : 児童書
ジャンル : 本・雑誌

『地球の静止する日』 ハリー・ベイツ 他 角川文庫

2012-02-09

☆☆☆☆

「上には上がいる」とよく言うが、地球上の生物のなかで頂点にいる ― と思い込んでいるだけかもしれない ― 人類。その人類のまえに、遠宇宙や異次元から、はるかに高い知能や文明を持つ種族が不意に出現したとき、何が起きるのか?かれらは人類に恩恵をもたらしてくれるのだろうか?(「地球の静止する日」) これまでに映像化された作品を集めた、SFスリラー傑作選。 内容紹介より



創元SF文庫からも同名の本が出版されています。でも、ベイツの短篇以外には収録作品に被りはありません。

「地球の静止する日」ハリー・ベイツ
空中タクシーや光線銃などが存在してて、現代よりも科学技術が発達している設定なのに、なんで銀塩カメラ使ってんの?とか、ハンディビデオカメラとかないのかよって突っ込みたくなるほどの漂うB級感が独特でした。ストーリー云々よりそっちのほうが気になりました。作品の肝であるラストの一言もそんな機械文明を風刺しているのでしょうか。


「デス・レース」イヴ・メルキオー
ピーター・へイニングが編んだアンソロジー『死のドライブ』(文春文庫)にも、「デス・レース二000」として収録されている作品。公道をレーシングコースにして、通行人をはねて死傷させたらポイントが与えられるという、とんでもないレースに参加したドライバーの話。『死のドライブ』を読んだときの記憶が残っているくらい、かなりインパクトがあるアイデアですけれど、主人公が人間性に目覚めてしまい陳腐な展開になってしまったのは残念。

「廃墟」リン・A・ヴェナブル
この作品は《トワイライト・ゾーン》に使われた原作だそうで、外部からの圧倒的に大きな力(この場合は最終戦争ですが)によって翻弄されるひとりの人間を描いていて、本好きの人間なら主人公が見舞われた悲運と彼の哀切が胸に迫ってくるでしょう。

「幻の砂丘」ロッド・サーリング&ウォルター・B・ギブスン
これも《トワイライトゾーン》絡みの作品だそうです。西部開拓時代、カリフォルニアへ向かう、食料も水も尽きそうな幌馬車隊の話。隊のリーダーが時空のゆがみで現代にタイムスリップしてしまい、高速道路端のカフェに辿り着き、そして彼が知る未来とは。ライフル銃が暴発し過ぎ。

「アンテオン遊星への道」ジェリイ・ソール
多数の移民を乗せて遊星へと向かう長期間の宇宙旅行、その期間、船内で何らかのトラブルが発生し、計画が失敗に終わる事例が続いたため、〈星間移民推進局〉はある監視役を同乗させることにした。そこでもやがて正体不明の人物が起こす犯罪が頻発するようになるが……。大山鳴動してっていう気もします。

「異星獣を追え!」クリフォード・D・シマック
不法に手に入れた凶暴な異星獣が逃げ出したため、事が大きくなるまえにそれを始末してしまおうという飼い主の話。いわば外来生物問題を先取りした作品かも。ただ、ひと捻りが加えてあって後味は苦め。
主題がぼやけてるような感じを受けました。

「見えざる敵」ジェリイ・ソール
探査目的で、ある惑星に降り立った宇宙船の乗組員全員が消息を絶った。原因を究明するため戦艦が派遣され、コンピューター専門の科学者も同行する。しかし、その一隊にも被害が出始める。姿を現わさず痕跡も残さない敵に襲われたらしいのだが……。敵の正体、そして軍人と科学者の反目みたいなものもテーマになっているようなのですが、科学者のキャラはもう少し強目でも良かったのでは。

「38世紀から来た兵士」ハーラン・エリスン
遠未来における残酷で悲惨な戦闘場面と絶望的な状況に陥った兵士たちの様子が見事に描かれた傑作。
尾之上浩司氏の解説によると、《アウター・リミッツ》の「38世紀から来た兵士」のもとになった作品で、1957年に雑誌に発表されたものだそうです。その頃はまだ冷戦時代のまっただ中なので、込められたメッセージは時代の影響も少なからず受けているのでしょうね。

「闘技場(アリーナ)」フレドリック・ブラウン
フレドリック・ブラウンの短編集『スポンサーから一言』(創元SF文庫)に収められているこの作品も印象に残っている名作で、人類とその戦争相手の異星人、この二つの勢力からピックアップされた者が、それぞれの星の命運を賭けて闘うというシンプルな話。相互を隔てるバリアーとそれを通過できるかどうか、というアイデアがとても上手いと思います。

タグ:SF




地球の静止する日 (角川文庫)地球の静止する日 (角川文庫)
(2008/11/22)
ハリー・ベイツ、他 他

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テーマ : SF小説
ジャンル : 本・雑誌

『冷たい方程式』 トム・ゴドウィン 他 ハヤカワ文庫SF

2012-02-07

☆☆☆☆

ただ一人の乗員を目的地まで届ける片道分の燃料しかない緊急発進艇に密航者がいたとしたら、パイロットの取るべき行動は一つ ― 船外遺棄!だがそれが美しい娘で、たった一人の兄に会いたさに密航したのだとしたら? SF史上に残る記念碑的名作「冷たい方程式」ほか、思うままに空を飛べるようになった大学教授の悲喜劇を巨匠アシモフがユーモラスに描く「信念」など、よりすぐった6中短篇を収録した待望の傑作集! 内容紹介より 



「接触汚染」キャサリン・マクレイン
「大いなる祖先」F・L・ウォーレス
「過去へ来た男」ポール・アンダースン
「祈り」アルフレッド・ベスター
「操作規則」ロバート・シェクリイ
「冷たい方程式」トム・ゴドウィン
「信念」アイザック・アシモフを収録。

サブタイトルは、SFマガジン・ベスト 1。
新版のほうではなく旧版の感想です。新版では「冷たい方程式」「信念」の二篇以外は別の作品が収録されているそうで、個人的に大好きな「徘徊許可証」も入っているみたいです。

さて本書では、作風が好きなのはトワイライト・ゾーン的な「祈り」、昔、文春文庫から出ていた『ミステリーゾーン』の何巻だったかにも超能力を持った子供が、気に食わない人物をどこかに転送してしまう話がありましたが、それと似ています。どうして超能力を持てるようになったかという説明をすっきり省いて、その能力を利用しようとする人物とその末路と、子供の意図しない残酷さを描いています。送られた先の虚無な空間を想像すると非常に怖いのです。そして、10世紀末あたりのアイスランド付近に飛ばされたアメリカ軍兵士の話、「過去へ来た男」を書いたポール・アンダースンといえば、ユーモアSFの“ホーカ・シリーズ”が思い浮かびますが、それと違って本作品はかなり悲劇的な物語でした。現代の文明的な考えや利器を携えた者が必ずしも過去の世界で上手くやって行ける訳ではない、という皮肉が込められているのでしょうか。宇宙に適応放散していった人類の祖先を探して、余計なことをやってしまった「大いなる祖先」は訳のせいかどうなのか読みにくかったです。ある星の探査にやってきた植民団が特異な疫病に感染してしまう「接触汚染」、突然、空中浮揚の能力を身に付けた大学教授が、そのことを頭がおかしくなった異常者だとか嘘つきだとかトリックだとかと周りに誤解されないように、いかに他人に納得させるかという方法論を(回りくどく)説いた「信念」、宇宙船の燃料を節約する目的で雇った、念動能力を持った乗組員への取り扱い説明の話「操作規則」、「冷たい方程式」は、意図せず過積載に陥った小型宇宙艇、その場合パイロットは該当する荷物をどのように取り扱えば良いのか、という将来宇宙宅急便屋さんを目指す人へ向けた心得。




冷たい方程式 (ハヤカワ文庫 SF 380 SFマガジン・ベスト 1)冷たい方程式 (ハヤカワ文庫 SF 380 SFマガジン・ベスト 1)
(1980/02)
トム・ゴドウィン

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新版はこちら、
冷たい方程式 (ハヤカワ文庫SF)冷たい方程式 (ハヤカワ文庫SF)
(2011/11/10)
トム・ゴドウィン・他

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テーマ : SF小説
ジャンル : 本・雑誌

『あつあつ卵の不吉な火曜日』 ローラ・チャイルズ ランダムハウス講談社

2012-02-05

☆☆☆

小さな田舎町にアンティーク調のカフェが開店。その名もカックルベリー・クラブ。スザンヌをはじめ、少々訳ありのおばさま三人組が振る舞うのは、豊富な卵料理。ふわふわオムレツにベイクドエッグ―自慢の料理のおかげで店は連日大賑わい。ところがある朝、日替わり卵メニューをテイクアウトした弁護士が、店の駐車場で殺される事件が! 否応なく三人は事件に巻き込まれてしまい……!?人気著者による新シリーズ開幕。 内容紹介より



〈お茶と探偵 シリーズ〉の作者による新シリーズでシリーズタイトルは〈卵料理のカフェ〉です。
カックルベリー・クラブというその店では、卵料理をメインに食事ができるカフェに書籍、編み物用品コーナーを併設しています。〈お茶と探偵 シリーズ〉の舞台であるインディゴ・ティーショップでは、お茶や軽食しか提供していないのに比べると事業が拡大しているわけです。主要登場人物は店の共同経営者である三人の中年女性で、ひとりは夫を病気で亡くし、ひとりは施設に入所しているアルツハイマーの夫がおり、もうひとりは離婚協議中です。この店の人員構成は〈お茶と探偵 シリーズ〉と似ていますし、警察官との関係性も同様です。おまけに主人公のペットも犬なのです。ただ、殺人事件が二件、放火が一件、カルト教団がらみの事件が一件というふうに、一作品に結構事件が盛ってあるのは〈お茶と探偵 シリーズ〉と違うところです。つまり、それ以外の作品の骨組みは〈お茶と探偵 シリーズ〉とそうとう被っているし、ミステリの質の面においても、これはコージーミステリ全般に見掛ける弱点ですけれど、真犯人の登場場面の少なさ、主人公たちとの関連性の低さが改善されていません。真犯人の存在は極力希薄にしておいて、一方では、なんでもかんでも容疑者をたくさん取り揃えとけばいいっていうようにもとられかねない手法はいい加減止めたほうが……。

タグ:ローラ・チャイルズ




あつあつ卵の不吉な火曜日 (卵料理のカフェ 1) (ランダムハウス講談社文庫)あつあつ卵の不吉な火曜日 (卵料理のカフェ 1) (ランダムハウス講談社文庫)
(2009/12/10)
ローラ・チャイルズ

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テーマ : 推理小説・ミステリー
ジャンル : 本・雑誌

『淑やかな悪夢 英米女流怪談集』 シンシア・アスキス 他 創元推理文庫

2012-02-03

☆☆☆

神経の不調に悩む女にあてがわれた古い子供部屋。そこには、異様な模様の壁紙が貼られたいた……。“書かれるべきではなかった、読む者の正気を失わせる小説”と評された、狂気と超自然の間に滲み出る恐怖「黄色い壁紙」ほか、デモーニッシュな読後感に震撼すること必至の「宿無しサンディ」等、英米の淑女たちが練達の手で織りなす、本邦初訳の恐怖譚12篇を収めた一冊、文庫化。 内容紹介より



「追われる女」シンシア・アスキス
タイトル通りに無気味な男からストーカーまがいに追われる女性の話。
ある人物が登場したとたんに展開が読めてしまい、結末も何の捻りも意外性もなく終わってしまうという物足りなさ。

「空地」メアリ・E・ウィルキンズ・フリーマン
田舎町の旧家である一家に遺産が転がり込み、子供の教育や良縁を求め、都会の一等地の屋敷を格安の値段で購入し、引っ越してきたのは良いけれど、周りで怪奇現象が起き始めるという話。結局、一家の先祖が犯したらしい不行状が原因らしいということを示唆して終わりますが、その伏線が弱いためにインパクトがないです。

「告解室にて」アメリア・B・エドワーズ
ヨーロッパ旅行中にスイスのある田舎町を訪れた女性が、町の教会の告解室で目撃した牧師にまつわる話。嫉妬深い男と浮気癖のあるその妻、このふたりの身に起きた出来事に巻き込まれた牧師という構図。

「黄色い壁紙」シャーロット・パーキンズ・ギルマン
このアンソロジーの目玉作品。
もともとちょっとおかしいのに、この作品を読んで万が一さらにおかしくなったらどうしようかと心配しながら読んだんですけど、読む前にハードルを上げ過ぎたせいか、それほどでもなかったので良かった。想像力に乏しいため壁紙のイメージが湧かずに自分残念!ジワジワ来る怖さはあります。感受性の強い人や繊細な人はまた違った感想でしょう。

「名誉の幽霊」パメラ・ハンスフォード・ジョンソン
ある屋敷にでる姿は見せるが顔は見せない男の幽霊と泊まり客とのブラックユーモア・ホラー

「証拠の性質」メイ・シンクレア
亡くなった前妻の霊が、夫と後妻の営みの邪魔をするという、なんだか江戸落語にも同じような噺がありそうな、そこで落とすのかって言いたくなるような落としどころがエロチックな艶話。

「蛇岩」ディルク夫人
呪われた血が流れているとの理由で、母親に軟禁されている娘が、いわゆる白馬の王子様に命を救われ、
結婚し子供も授かり、末永く幸せに暮らしましたとさ、という物語の後日談。

「冷たい抱擁」メアリ・E・ブラッドン
永遠の愛を誓い合った若い男女の物語。心変わりしたことも知らず若者を待ち続ける娘、別の男との結婚を強いられて河に身を投げてしまいます。帰郷し娘の死を知った若者は、その地から逃げ出して放浪しますが、どこに行っても彼一人になると……。

「荒地道の事件」E&H・ヘロン
心霊探偵フラックスマン・ローが登場する話。彼が滞在する屋敷近くに出没する“地霊”が人間に危害を加えるというもの。この“地霊”という発想が西洋の怪談では目新しいような気がしました。

「故障」マージョリー・ボウエン
クリスマス・イヴに旧友を訪ねるため、目的地に列車で向かっていた主人公の男が、鉄道の故障のために途中下車し、真冬の夜、友人の家へ見知らぬ土地を歩いて行くはめに。歩き疲れた彼は、途中で見掛けた「願望荘」という宿屋に。そこには「イヴをこの宿で過ごすと、願いが叶う」との古い言い伝えがあり、主人公はある願いをかけます。彼の願掛けひとつに対して、二通りの結果が用意されているところが結構巧いと思いました。

「郊外の妖精物語」キャサリン・マンスフィールド
食べ物の話ばかりに夢中な両親を持つ、とても小さくてか弱い子供に降り掛かった、神隠しみたいな出来事。切なくて、非常に幻想的でもあり、おとぎ話のような物語。

「宿無しサンディ」リデル婦人
我が身を犠牲にするか、あるいは代わりの者を差し出すか、悪魔との取引を迫られる悪夢を見た牧師がとった選択とは……。どちらを選ぼうとも救済されないという状況への敬虔なクリスチャンの恐れは分かるものの、宿無しサンディという男の人物描写が大まか過ぎて、あれこれと余韻が残らないです。

タグ:ホラー




淑やかな悪夢 (創元推理文庫)淑やかな悪夢 (創元推理文庫)
(2006/08/30)
シンシア・アスキス他

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テーマ : ホラー小説
ジャンル : 本・雑誌

『千の脚を持つ男』 シオドア・スタージョン、アヴラム・デイヴィッドスン 他 創元推理文庫

2012-02-01

☆☆☆☆

自然のバランスがくずれ凶事が起こるとき、前凶として現れるのがモンスターである。丹念な筆に恐怖がつのりゆく田園の怪異譚(スタージョン)、スラム街のアパートの片隅に潜む怪奇(デイヴィットスン)、未確認海洋生物を追い求める遠洋船の話(コリア)、殺意を宿した美麗な自動車の狂走(ロバーツ)など、様々なタイプの怪物が登場する名作を精選。本邦初訳作5篇を含む全10篇。 内容紹介より



「沼の怪」ジョセフ・ペイン・ブレナン
「妖虫」デイヴィッド・H・ケラー
「アウター砂州に打ちあげられたもの」P・スカイラー・ミラー
「それ」シオドア・スタージョン
「千の脚を持つ男」フランク・ベルナップ・ロング
「アパートの住人」アヴラム・デイヴィッドスン
「船から落ちた男」ジョン・コリア
「獲物を求めて」R・チェットウィンド=ヘイズ
「お人好し」ジョン・ウィンダム
「スカーレット・レイディ」キース・ロバーツ、以上収録。

怪物ホラー傑作選のサブタイトルがついています。
中村融氏の編者あとがきによれば、本書の作品の掲載順は「アメリカ作家の作品を頭からならべ、大西洋を行き来して活躍したジョン・コリアの作品を橋わたしとして、イギリス作家の作品をならべている。両国のお国柄のちがいが浮き彫りになるように工夫した」(p370)のだそうです。すべての作品が古典的でベーシックなものであり、サイバーパンク系やスプラッター系の現代的な、ともすれば訳が分からないようなものは収録されていません。「沼の怪」「妖虫」「アウター砂州に打ちあげられたもの」「それ」、これらの作品は、未知なるものとの遭遇譚であって、出現する、襲う(被害に遭う)というパターンをとっています。だから続けて読むと、それ以上に話が派生していかないためにやや単調な印象を受けてしまいがちです。それ以降の作品からやや風味が変化してきて、「千の脚を持つ男」は、かつて天才ともてはやされた男が名声を取り戻すために、自らを実験台にしてしまう話で、人が変身してしまうパターン。「アパートの住人」は、グール(鬼)とそれを飼う老婆をハードボイルド風に描いたもの。「船から落ちた男」は、未知なるものそのものではなく、それを追い求める男を描いた作品。「獲物を求めて」は、ヴァンパイアものの変種。「お人好し」は、ひとりの婦人と蜘蛛が入れ替わる寓話みたいな感じの話。「スカーレット・レイディ」は、人を襲う“妖車”の話です。
怪物ホラーの入門書みたいな短編集でした。

タグ:ホラー




千の脚を持つ男―怪物ホラー傑作選 (創元推理文庫)千の脚を持つ男―怪物ホラー傑作選 (創元推理文庫)
(2007/09/22)
中村 融

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テーマ : ホラー小説
ジャンル : 本・雑誌

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