『犯罪の帝王』 トニィ・ダンバー ハヤカワ文庫HM

2012-03-30

Tag :

☆☆☆☆

娘はとっとと結婚して孫をこしらえちまい、おれは年がいもなくビキニの女に欲情しちまう始末。弁護士は毎日が波瀾万丈だ。そんなとき、最高の親友が銀行強盗の凶弾からおれをかばって死んじまったんだ。ちくしょう、犯人を絶対とっつかまえてやる。もちろん、犯人の裏にいる「犯罪の帝王」もまとめてな!じゃ、急ぐんでまたな ― ニューオーリンズの粋な弁護士タビーは今日も孤軍奮闘。頭から湯気だしてがんばってます。 内容紹介より



物語の基本形は、ミドルエイジクライシス気味の主人公による犯罪小説風復讐譚みたいなものですけれど、そこにボーイフレンドを殺された娼婦の敵討ち、犯罪組織同士の抗争、裁判官選挙が絡んで来ます。
主人公は、親友が殺された銀行強盗事件を指図したと思われる、街を牛耳る犯罪組織のボスの正体を暴くために、女子プロ・ボクシングの興行をネタにしてコンゲームを仕掛けるのです。その偽の取引の見せ金を用立てて貰おうとするも、市警察や組織の被害者、対抗組織にことごとく断られてしまう場面が間が抜けて可笑しかったです。このように雰囲気はユーモラスでスラップスティック調でもあり、とても軽い感じがしました。そして、この作品の非常に特徴的な趣向は、事の発端となった銀行強盗事件の場面が断片的にしか触れられていないことでしょう。ある重要書類を盗む目的での、単純な銀行強盗を装って計画した事件であり、主人公とともに人質になった女友達がどさくさにまぎれて、貴金属や宝石などの盗品を持ち逃げしてしまう出来事も起きているのです。しかし、ストーリーではその詳細がばっさり省かれているので、読者にとっては説明不足に感じるかもしれません。あるいは、思いきったアイデアだと感じるかもしれませんが。最後に、本書は三人称であり、主人公は自分のことを「わたし」と言い、内容紹介文のような口調ではありません。




犯罪の帝王 (ハヤカワ・ミステリ文庫)犯罪の帝王 (ハヤカワ・ミステリ文庫)
(2001/07)
トニイ・ダンバー

商品詳細を見る

テーマ : 推理小説・ミステリー
ジャンル : 本・雑誌

『ロンドン幽霊列車の謎』 ピーター・キング 創元推理文庫

2012-03-27

Tag :

☆☆☆☆

ロンドンで辻馬車業を営むわたしが乗せた奇妙な客は、馬車から降りたとたん、忽然と姿を消した。その男は死体となって発見され、同業者のひとりが殺人容疑で逮捕される。わたしは彼に、御者仲間全員の力を合わせて留置所から出してやると約束する ― 六千組の目と耳を総動員して、ヴィクトリア朝ロンドンを舞台に、辻馬車探偵ネッドたちの活躍を軽快に描く、傑作歴史ミステリ! 内容紹介より



〈辻馬車探偵ネッドの事件簿〉というシリーズタイトルが付けられていますが、邦訳されているのは本書だけみたいです。こういう時代設定の冒険小説寄りの歴史ミステリは、個人的に好みなのでとても面白く読めました。辻馬車の御者という主人公の職業も個性的だし、年齢も様々で、泥棒、法律家、役人、教師などの職歴を持つ、彼の仕事仲間たちの多彩な顔ぶれとそれぞれにまつわるエピソードもストーリーを盛り上げています。ガチな謎解きよりも冒険小説の伝統を踏襲しているために、ミステリ自体には目新しく感じさせるものはさほどありませんが、テムズ川の川床の下をくぐる地下鉄工事と関連した事件を用いて、ヴィクトリア朝時代にマッチした雰囲気を造り上げていると思いますし、また、カール・マルクスをちょっとだけ登場させたり、労働組合の黎明期を描いたりしているところもこの時代特有のイメージを読者に強く印象付ける効果を与えています。とにかく成長小説の要素も持ち合わせた、軽快で肩の凝らない、良くできた娯楽作品だと思います。

『グルメ探偵、特別料理を盗む』ピーター・キング ハヤカワ文庫




ロンドン幽霊列車の謎 (辻馬車探偵ネッドの事件簿) (創元推理文庫)ロンドン幽霊列車の謎 (辻馬車探偵ネッドの事件簿) (創元推理文庫)
(2011/03/11)
ピーター・キング

商品詳細を見る

テーマ : 推理小説・ミステリー
ジャンル : 本・雑誌

『ヘルバウンド・ハート』 クライヴ・バーカー 集英社文庫

2012-03-24

Tag : ホラー

☆☆☆☆

苦痛が快楽に変わり、快楽が苦痛に変わる《亀裂》の彼方の世界……。魔道士に誘われ、快楽の世界の囚われ人になった魔性の恋人、フランクを蘇らせるため、ジュリアは行きずりの男にナイフを突き立てた。血をすすり、生贄のエキスを吸い取り、フランクは人間の肉体を取り戻してゆく。「血が欲しい、皮膚をくれ!」フランクの叫びに、ジュリアは二度、三度、殺戮の刃をふるう。欲望に憑かれた男女を待っていたのは、身の毛もよだつ堕地獄の罠だった。淫魔が巣食う恍惚の世界への扉を開く《ルマルシャンの箱》とは何か?鬼才クライヴ・バーカーが鮮烈に描く愛と妄執のドラマ。 内容紹介より



六面体の寄木細工の秘密箱を開けることができたなら、究極の悦楽をもたらしてくれる魔道士を呼び寄せられる、という話を聞いたフランクは偶然にもその箱を開けることができた。しかし、異次元から来た魔道士たちが施す快楽はとても人間に理解できるものではなかった。魔道士たちによって化け物のような姿形になったフランクは、以前関係を持ったことがある義妹に助けを求める。

封印を解いてしまった系のストーリーの一種だと思いますが、著者の短篇「髑髏王」みたいに解き放たれた魔物が直接人間たちに危害を加えるのではなくて、魔物の犠牲者と共犯者が他人に危害を及ぼすというちょっと捻った内容です。フランクを元の人間の形に戻すためには人の血やエキスが必要なので、ジュリアは酒場で男を拾って自宅に誘い込み……、という単純さですから、ただただ残虐で無気味なシーンを理屈抜きに愉しめば良いのでしょう。正体不明の魔道士たちの存在も非常に気味が悪かったです。何かの封印になってたりするかもしれないから、むやみに石とか貼紙とかを動かしたり、破いたり、いわくありげな物を触ったりするのは止めよう。

映画『ヘル・レイザー』の原作本だそうです。

『セルロイドの息子』クライヴ・バーカー 集英社文庫




ヘルバウンド・ハート (集英社文庫)ヘルバウンド・ハート (集英社文庫)
(1989/06)
クライヴ・バーカー

商品詳細を見る

テーマ : ホラー小説
ジャンル : 本・雑誌

『魔女がいっぱい』 ロアルド・ダール 評論社

2012-03-21

Tag :

☆☆☆☆

この世の中、ほんとうは魔女がいっぱいいるんだ。そのへんの女の人とまったく変わらない格好をしているから、みんな、気づかないだけ。おばあちゃんが、見分け方を教えてくれたんだけど……。ある日、ひょんなことから、ぼくは魔女の集会をのぞき見した。魔女たちは子どもが大嫌いで、恐ろしい相談をしていた。運悪く、ぼくは見つかり、つかまってしまい、鼻をつままれて苦しくなったので、口をあけた……。 内容紹介より



ネタバレ気味です!ご注意下さい。

ロアルド・ダールの多くの作品には、それがたとえ子供向けであったとしても毒っ気や残酷さが見え隠れするところがあると思います。たとえば『ぼくのつくった魔法のくすり』での小さな塵となってどこかへ消え失せてしまったおばあさんには、なんらの救済策もセンチメンタルなフォローもなされていませんでした。子供というのは結構登場人物たちが酷い目に遭うことをおもしろがる傾向にあるものですから、そういうところも魅力のひとつなのですが、本書の場合は主人公の置かれた残酷な境遇にたいして違う展開を描いて見せています。
魔女の集会に偶然紛れ込んでしまった少年は姿形をネズミに変えられてしまいます。しかも、少年が魔女を退治しても、彼は元の人間の身体には戻ることなく、相変わらずネズミのままです。世話をしてもらっている祖母に少年はネズミの寿命を尋ねます。そして彼は人間より遥かに短い命でしかないことを教えられ、それとともに読者も彼のこれからの生涯が短いことを知らされるのです。このように魔女を退治してめでたしめでたしではないストーリーの流れが、とても新しくて印象的でした。また一方、少年の悲運な身の上について、読者をただ物悲しい気持ちにさせたまま終わらせるのでなく、物語はさらに少年のこれからの活躍を予感させるやりとりでエンディングを迎えているのです。とてもトータルバランスのとれた大人が呼んでも面白い作品です。

『おばけ桃が行くロアルド・ダール 評論社
『ぼくのつくった魔法のくすり』ロアルド・ダール 評論社
『こちらゆかいな窓ふき会社』ロアルド・ダール 評論社




魔女がいっぱい (ロアルド・ダールコレクション 13)魔女がいっぱい (ロアルド・ダールコレクション 13)
(2006/02)
ロアルド・ダール

商品詳細を見る

テーマ : 児童書
ジャンル : 本・雑誌

『待ち望まれた死体』 キャサリン・ホール・ペイジ 扶桑社ミステリー

2012-03-17

Tag :

☆☆☆

生まれも育ちもNYという正真正銘、都会育ちのフェイス。持ち前の積極的な性格から仕出し料理の店を開くと、大手マスコミも絶賛するほどの盛況ぶりだったが、たまたま知り合った男性トムと恋に落ち、仕事を捨てて結婚。ところがトムの仕事は、ニューイングランドの片田舎での牧師だった。泣く泣く愛するマンハッタンに別れを告げてニューイングランドへやってきたフェイス。美しい自然と平和だけが取り柄のようなこの村になんと殺人事件が起こった……。アガサ賞最優秀処女長篇賞に輝くウィットに富んだ秀作ミステリー。 内容紹介より



フェイス・フェアチャイルド シリーズの第一作目で、昔、第七作目の『スープ鍋につかった死体』を読んだことはあります。内容は当然覚えていませんが、記録では☆を二つしか付けてないのであまり面白とは感じなかったのでしょう。本書は、ミステリの定番設定としてよく使われる、ある人物の死によって町の住人たちの知られざる顔が明らかになるというものです。今回はセックス・スキャンダルが騒動の火種になっているわけですが、どうもこの醜聞と牧師の妻というヒロインの立ち位置とのギャップがあるのと牧師夫妻がセックス関連の話題をしたり、言葉を発する様子がちょっと上品とは思えなかったのです。ミステリ史上における歴代の牧師や神父などの(準)主人公たちには、老成し枯れたイメージを抱きがちなので、この若夫婦の生々しさにはなにか下衆な感じを受けてしまったのでした。設定が設定ですから、他と比べてミステリの質は可もなく不可もない印象です。ただ、犯人と対峙するクライマックスからラスト部分にいたる尺の長さは、ただただひっぱり過ぎて事件解決の爽快感を削いでいるように思いました。




待ち望まれた死体 (扶桑社ミステリー)待ち望まれた死体 (扶桑社ミステリー)
(1996/05)
キャサリン・ホール・ペイジ

商品詳細を見る

テーマ : 推理小説・ミステリー
ジャンル : 本・雑誌

『殺人交叉点』 フレッド・カサック 創元推理文庫

2012-03-14

Tag :

☆☆☆☆

十年前に起きた二重殺人事件は、きわめて単純な事件だったと誰もが信じていました。殺人犯となったボブをあれほど愛していたルユール夫人でさえ疑うことがなかったのです。しかし、真犯人は私なのです。時効寸前に明らかになる驚愕の真相。‘72年の本改稿版でフランス・ミステリ批評家賞を受賞した表題作にブラックで奇妙な味わいの「連鎖反応」を併録。ミステリ・ファン必読の書。 内容紹介より



「殺人交叉点」と「連鎖反応」の二つの中編が収録されています。前者が偶発的に起きてしまったサスペンス性の高い作品で、後者は殺人計画をたてた男が登場するユーモラスな雰囲気を持った作品です。
「殺人交叉点」では、殺人事件の犯人と被害者の母親がほぼ交互に事件を供述する形を取って物語が語られています。とてもよく組み立てられた作品であり、ほとんどの読者が騙されるであろうトリックも巧みな名作です。欲を言えば、被害者が事件当時持っていたある所持品、その品物は真犯人を名指しできる証拠品なのですが、その価値に誰も気が付かず、諸事情により、たくさんの人物の手を経て最終的に恐喝者の手に渡ります。その証拠品の行方が、その時々で挿まれていたならば、さらにハラハラドキドキ感が高まっただろうなと思いました。
「連鎖反応」は、婚約者がいながら浮気していた相手が妊娠し、養育費をまかなうために、勤め先で出世を果たさなくてはならなくなった男の話です。そのためには自分よりヒエラルキーの高い上司を亡き者にしなくてはと殺人を計画します。かなりドタバタした、悪い冗談みたいな物語で、男の末路も皮肉が利いていました。




殺人交叉点 (創元推理文庫)殺人交叉点 (創元推理文庫)
(2000/09)
フレッド カサック

商品詳細を見る

テーマ : 推理小説・ミステリー
ジャンル : 本・雑誌

『悪意の楽園』 キャロリン・G・ハート ミステリアス・プレス ハヤカワ文庫

2012-03-11

☆☆☆☆

ヘンリー・Oの元に奇妙な絵が届いた。そこには6年前に事故死した夫が崖から突き落とされている姿が!やがて、夫が迷宮入りの誘拐事件の真相をつかんでいた事実が浮かぶ。夫はそのために殺されたのか?彼女は被害者の家族に会うためハワイを訪れるが、家族のだれかが夫を殺したという疑惑が……現代版ミス・マープルが夫の死の謎に挑むシリーズ注目作 内容紹介より



主人公の夫が墜落死した屋敷の女主人は彼の長年の友人であり、誘拐事件の被害者の母親です。事故死だと思っていた夫の死が、その誘拐事件と関係があるのではないかと考えた主人公は、夫の親友だった女性の元を訪れます。そこは夫の最期の場所であり、彼と非常に親密だった女性が住むところでもあり、そして夫を殺した人物が潜む邸でもあります。主人公は夫との思い出に耽り、その死を嘆くとともに、彼と女主人との仲を疑い、嫉妬心を抱いたり、また、身の危険を感じたりします。一人称で語られるために、主人公の心に押し寄せる様々な感情が、傍白という形でこれでもかという具合に描かれていきます。被害者のひとりが最愛の夫だという状況が、このシリーズの他の作品とは違うもの、単なる謎解きだけではない作品にしているという印象を受けました。こってり気味の心理描写が好みな方にはお勧めかもしれません。
『優雅な町の犯罪』と同じく、この人物にはこういう動機があるから容疑者だ、この人物にもああいう動機があるから容疑者だ、というパターンを10人の人物を対象に繰り返すのには、ちょっと閉口しました。容疑者が絞り込まれるとか、調査が進展して手掛かりが増えるとかがなくて、強弱に欠けてるんですよね。

『死者の島』キャロリン・G・ハート ミステリアス・プレス ハヤカワ文庫
『優雅な町の犯罪』キャロリン・G・ハート ミステリアス・プレス ハヤカワ文庫




悪意の楽園 (ミステリアス・プレス文庫)悪意の楽園 (ミステリアス・プレス文庫)
(2001/01)
キャロリン・G・ハート

商品詳細を見る

テーマ : 推理小説・ミステリー
ジャンル : 本・雑誌

『すべての小さきもののために』 ウォーカー・ハミルトン 河出書房新社

2012-03-08

Tag :

☆☆☆

あの日、それはみんな魔法っぽかった。「人間たちは生きものを殺す。わたしは埋める。ハリネズミや小鳥やカエル、それにカタツムリだって」森で出会った小さな人は言った。 帯より



1968年に発表された作品です。
子供の頃に遭った交通事故が原因で、心の成長に遅滞をきたした三十一歳の「ぼく」が語り手です。少年の語り口で訳文も平明で易しいために、読み始めはヤングアダルト向けの作品のように感じますが、ホモセクシャルらしき人物が登場したり、暴力シーンが描かれているので、そのジャンルではないようです。母親の死後、義父から虐待を受けていた主人公は、ある日、家から逃げ出し、ある「小さな男」に出会います。男は人間に殺された動物を埋めることを仕事にし、主人公もそれを手伝わせてもらうようになります。「人間はおたがいどうしを埋められる」けれど、「動物には手を貸してやらねばならない」からです。それは特定の動物でなく、すべての小さな生きものたち。男の行為は、生を全うできなかった生きものに、埋めることで終止符を打ってあげているのでしょうか。
それに対して、死にかけているトラック運転手や主人公の義父への「小さい男」の仕打ちには、訳者の北代美和子氏が書かれているように「不可解」さを覚えました。動物の権利を主張する、一部の団体が、人に対して過激な行動をとったりすることがあるように、彼の信念に歯止めが掛からなくなっている様を現しているのでしょうか。
そしてまた、物語冒頭のトラック事故、主人公の子供時代の交通事故、小鳥の死骸を貼付けたまま駐車している車、主人公を襲う継父が運転する車など、車(運転者)に対しては、かなりネガティブなイメージを繰り返しています。




すべての小さきもののために (Modern&Classic)すべての小さきもののために (Modern&Classic)
(2004/01/17)
W・ハミルトン

商品詳細を見る

テーマ : 読んだ本。
ジャンル : 本・雑誌

『ディーン牧師の事件簿』 ハル・ホワイト 創元推理文庫

2012-03-06

Tag : 短編集

☆☆☆

八十歳を迎えたのを機に牧師の任を退き、愛犬とともに静かな老後を送るはずだったサディアス・ディーン。そんな彼のもとに、次々と不可解な殺人事件の謎が持ちこまれる。屋敷を相続した五人兄弟を襲う“足跡のない”連続殺人、密室状態のアパートから消えた狙撃者、教会で行われた聖餐式の最中の毒殺……元牧師の名探偵ディーン先生が六つの難事件に挑む、不可能犯罪連作短編集。 内容紹介より



「足跡のない連続殺人」「四階から消えた狙撃者」「不吉なカリブ海クルーズ」「聖餐式の予告殺人」「血の気の多い密室」「ガレージ密室の謎」収録。

この作品は2008年に発表されたデビュー作で、福井健太氏の解説によると、作者はジョン・ディクスン・カーの影響を受けている、不可能犯罪ものマニアだそうです。一時代前に隆盛を極めた本格推理小説のなかでも、そろそろ密室ものの回帰と復権を目指しても良い頃かもしれませんけれど、味付けは今までにない新しいものが欲しいところです。一方、これまでの不可能犯罪ものは、おどろおどろしげでゴシック風な気配を漂わせつつ、真相は科学的に解明できるトリックを用意していたものですが、本書では、「足跡のない連続殺人」と「聖餐式の予告殺人」の二作品だけ、それぞれに悪魔と天使をイメージとして登場させているだけです。短篇ということもあって、怪奇性や超自然現象を予感させる雰囲気作りが少なくて気分が盛り上がりませんでした。また、このジャンルの多くに見られる、作者がパズルにかまけて人物造形が疎かになるという傾向が気になりました。登場人物たちは、まるでボードゲームの駒のように配置され、指示通りに動かされている、という印象が強く、正邪にかかわらず人間的魅力を感じません。主人公の老牧師だけ、唯一、亡き妻を想って感傷に浸ってしまう場面を必ず挿入しているだけでした。長篇ではどうなのか、読んでみたいところです。




ディーン牧師の事件簿 (創元推理文庫)ディーン牧師の事件簿 (創元推理文庫)
(2011/01/08)
ハル・ホワイト

商品詳細を見る

テーマ : 推理小説・ミステリー
ジャンル : 本・雑誌

『メグレ警視 (世界名探偵 コレクション10)』 ジョルジュ・シムノン 集英社文庫

2012-03-04

☆☆☆

ブーローニュの森の番人が散歩道で死体を発見した。被害者は高名な医者で、夜会服を着たまま至近距離から拳銃で撃たれていた。パリ警視庁のメグレ警視が捜査にのりだす(「街中の男」)。メグレは犯罪よりも犯人に興味を持つ。彼は医者のように、弁護士のように、懺悔聴聞僧のように、犯人の心理に近づく。 内容紹介より



「月曜日の男」「街中の男」「首吊り船」「鑞のしずく」「メグレと溺死人の宿」「ホテル《北極星》」「メグレとグラン・カフェの常連」収録。

「月曜日の男」
ある医師の家で働いていたメイドが急死し、彼女の両親の訴えにより検死解剖が行われた。その結果、彼女が妊娠していたことと、死因はライ麦の芒(のぎ)によって腸に開いた小穴によるものだったことが判明する。何者かが食べ物に芒を混ぜ、被害者に食べさせていたのだ。そして、毎週月曜日に食事の施しを受けに医師の家にやってくる老浮浪者《月曜日の男》が、医者の子供たちのためにエクレアを持参していたことが明らかになり……。使用人を含めた医者一家内の醜聞沙汰と読み手に想像させた後、部外者の浮浪者に目を向けさせ、そして真犯人を暴くといった三段階の変化が上手いです。

「街中の男」
高名な医師の射殺事件に関し、ある男を追って、何昼夜も続く尾行。男は自宅に戻ろうとせず、厳冬のパリの街中をさまよう。やがて男の持ち金も尽きて……。尾行されていると判っている男の悲壮感や疲労、彼を追うメグレの一徹な執念、この二人の様子が鬼気迫る感じの異色作でした。
『街中の男ーフランス・ミステリ傑作選(1)』にも収録されています。

「首吊り船」
セーヌ河にある水門の堰に乗り上げそうな平底船で発見された男女二人の首吊り死体。男は平底船の老船長、女は彼のかなり年下の後妻だった。大金を隠し持っていると噂の老船長はケチなために妻とは不仲だった。その妻には若い愛人がおり、事件後に姿を消していた。自殺なのか殺人なのか、大金の隠し場所はどこなのか、それとも噂だけだったのか。三面記事にでも載ってそうな話。

「鑞のしずく」
パリから百キロほど離れた田舎の村で起きた二人暮らしの老姉妹の殺傷事件。金を溜め込んでいる老姉妹の家へよく無心に来ていた、殺された妹の息子が逮捕されるが、彼は容疑を否認する。しかし、状況証拠はすべて彼に不利な物ばかり。メグレは現場に残った小さな痕跡から事件の謎を解いていきます。メグレが見得を切るみたいな場面が「首吊り船」と同様。

「メグレと溺死人の宿」
出張先で起きた車の転落事故を調べる羽目になったメグレ。夜、川沿いの道の急カーブで、トラックが停車していた乗用車に衝突し、車は川に転落してしまう。その際、助けを求める声をトラックの運転手と近くにいた船頭が聞いていた。引き上げられた車内には人影はなかったが、トランクから女性の死体が発見された。車の所有者は、《溺死人の宿》とあだ名を付けられた、道路沿いに建つ宿屋に宿泊していた男女のカップルのひとりだった。なかなか凝った出来の良い作品。

「ホテル《北極星》」
二日後に警視庁を定年退職する予定のメグレが残務処理をしていた時、人気のない刑事部屋にかかってきた電話に、つい出てしまったせいで捜査を受け持つことになったホテルでの刺殺事件の話。メグレは事件現場に残っていた遺留品の持ち主と見られる若い女性宿泊客を連行し、取り調べを始めるのだが……。主に、取り調べを行うメグレの部屋を舞台にした尋問劇みたいなものでしょうか。

「メグレとグラン・カフェの常連」
メグレが退官後に隠居した別荘のある町で起きた殺人事件。被害者は町のカフェで行っている、メグレのカードゲーム仲間のひとりだった。動機は金目当てのものか、それとも、カフェのメイドを巡ってのトラブルによるものなのか。周囲からの好奇心や期待に反してメグレは事件早々、自宅に閉じこもったり、釣に出かけたりして、かかわり合いになるのを避けるのだった。事件についてメグレのもとへ、いろいろな人物が、調査の依頼に来たり、告白に来たり、相談に来たりする様子と、それに対してまったく素気無い態度を取るメグレが可笑しかったです。

ところで、作品とはあまり関係ないけれど、メグレ警視シリーズ作品中の天候というのは暗かったり、寒かったり、雨が降ってたりしているイメージが強いのですが、本書でも季節はすべて寒い秋か冬、三篇で雨が降り、一篇では氷塵が舞っています。

『メグレと老婦人』ジョルジュ・シムノン ハヤカワ文庫
『メグレ、ニューヨークへ行く』ジョルジュ・シムノン 河出文庫
『街中の男ーフランス・ミステリ傑作選(1)』ジョルジュ・シムノン 他 ハヤカワ文庫HM




メグレ警視 (世界の名探偵コレクション10) (集英社文庫)メグレ警視 (世界の名探偵コレクション10) (集英社文庫)
(1997/07/18)
ジョルジュ・シムノン

商品詳細を見る



テーマ : 推理小説・ミステリー
ジャンル : 本・雑誌

『ライノクス殺人事件』 フィリップ・マクドナルド 創元推理文庫

2012-03-02

Tag :

☆☆☆

ライノクスの社長フランシス・ザヴィアー・ベネディック、通称F・X。会った者はたいてい彼のことを一目で好きになる。ごく僅かな例外を除いては。唯一の“例外”たるマーシュは、彼に積年の恨みを抱いているという。それが高じてか、コテージを訪れた郵便配達夫に悪態をつき、駅や劇場でも奇行を重ねるなど暴走寸前。たまりかねて面談を約した夜、F・Xの自宅で時ならぬ銃声が―。 内容紹介より



おそらくミステリ小説を好きな方なら、マシューというやたら目立つ言動を振りまく、いかにも怪しげな人物が登場したとたん、彼に付帯しているトリックを早々に見極めてしまうと思います。さて、そのトリックに感づいた読者が抱え込むのは、その早期のネタバレ状態をどういう具合に判断して取り扱い、考えればよいのか、という問題です。1930年に発表されている作品ですから、当時としては斬新かつ衝撃的な内容だったと推察し、読者のこれまでのミステリ歴による経験値を鑑み、ついネタを見破ってしまったことを前提に読み進むのか。はたまた、ネタバレ以上に面白い展開がそれ以降に待っていると期待するのか。あるいは、見え透いたトリック自体がレッドへリングという罠なのか疑いながら読むのか。特に、三番目の目先に餌をぶら下げられる手法には、ルース・レンデルの作品を始めとして、個人的に頻繁に痛い目に遭っているので用心しなくてはいけないのです。
本書がそのネタバレトリックにすっかり依存しているわけではありませんが、わたしはそれが気になってしまい、ユーモラスな部分ほかをあまり楽しめなかったのでした。

『ゲスリン最後の事件』フィリップ・マクドナルド 創元推理文庫




ライノクス殺人事件 (創元推理文庫)ライノクス殺人事件 (創元推理文庫)
(2008/03/24)
フィリップ・マクドナルド

商品詳細を見る

テーマ : 推理小説・ミステリー
ジャンル : 本・雑誌

プロフィール

てんちゃん1号

  • Author:てんちゃん1号
  • 海外ミステリなどの感想を誤字脱字、表現・文法間違いを交え、思い込みと偏見を持って書いています。そんな素晴らしいブログなのでリンクとか何でもフリーです。異次元、霊界、他惑星からもお気軽にどうぞ。

カテゴリー

最近の記事

月別アーカイブ

06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07 

ユーザータグ

短編集 ホラー SF クリスマス・ストーリー アンソロジー ルース・レンデル アーロン・エルキンズ スティーヴン・キング デイヴィッド・ハンドラー キャロリン・G・ハート ジョー・R・ランズデール ローラ・チャイルズ マイクル・クライトン ジョアン・フルーク ジョージ・P・ペレケーノス ドン・ウィンズロウ ポーラ・ゴズリング ジェームズ・パターソン エド・マクベイン ジェイムズ・パタースン ジル・チャーチル ヘニング・マンケル C・J・ボックス ローレンス・ブロック リチャード・マシスン D・M・ディヴァイン レジナルド・ヒル スチュアート・ウッズ リリアン・J・ブラウン ジャネット・イヴァノヴィッチ ピーター・ラヴゼイ パーネル・ホール アリス・キンバリー レックス・スタウト S・J・ローザン ジョルジュ・シムノン ジョー・ゴアズ マーガレット・ミラー ウィリアム・カッツ クレオ・コイル カール・ハイアセン レスリー・メイヤー アイザック・アシモフ ヒラリー・ウォー エド・ゴーマン カーター・ディクスン マイケル・ボンド ルイーズ・ペニー マーシャ・マラー ジェフリー・ディーヴァー ジョン・ディクスン・カー リタ・メイ・ブラウン ジェームズ・ヤッフェ イーヴリン・スミス ジャック・カーリイ キャロリン・キーン ウィリアム・L・デアンドリア コリン・ホルト・ソーヤー ローラ・リップマン フレッド・ヴァルガス ポール・ドハティー ロブ・ライアン ジェフ・アボット G・M・フォード エヴァン・マーシャル オーサ・ラーソン ジョアン・ハリス サイモン・カーニック リン・S・ハイタワー ドナ・アンドリューズ ファーン・マイケルズ アンソニー・ホロヴィッツ ジャン=クリストフ・グランジェ スタンリイ・エリン レイ・ハリスン ケイト・ロス アンドレア・カミッレーリ レニー・エアース ジョン・クリード コニス・リトル デイヴィッド・マレル クリスチアナ・ブランド ウイリアム・P・マッギヴァーン ウィリアム・ランデイ ジャック・フィニイ リック・ボイヤー サキ ジェーン・ラングトン ユージン・イジー ウォルター・モズリイ アン・クリーヴス ビリー・レッツ イーサン・ブラック ダナ・レオン エーリヒ・ケストナー ウォルター・サタスウェイト スタンリー・エリン ポール・ドハティ トバイアス・ウルフ 

ブログ内検索

全ての記事を表示する

全ての記事を表示する

リンク

RSSフィード

最近のトラックバック

最近のコメント