『夜明け前の時』 シーリア・フレムリン 創元推理文庫
2012-12-31
- Category : ☆☆☆☆
Tag :
その日までルイーズは平和な毎日を送っていた。やさしい夫、まだ反抗期に手の届かない上の娘たち、そして、夜泣きの虫を発揮してはルイーズをあたふたさせる生後七ヶ月の息子。だが、あの謎の間借人が現れた日を境に、全ては一変した……。研ぎすまされた感性と絶妙のユーモアが生み出す、たぐいまれなサスペンス。アメリカ探偵作家クラブ最優秀長編賞に輝く傑作、ついに登場! 内容紹介より
1958年に発表されたこの作品は、きっと、ある一家にお手伝いさんとか間借人とかが現れて、これまでの平和な家庭が一変してしまうという定番サスペンスの先駆けのひとつなのでしょう。家事や育児に追われ、知人や隣近所との付き合いに気を使う主婦であるヒロインの有り様に作者の筆力を感じましたし、読んでいるだけでうんざりさせられるほど主婦業の大変さが伝わってきました。しかし、物語としては、ヒロインが負の感情を表に現さず、終始一貫して良い子ちゃんであるところに書かれた時代を感じてしまいました。現代の同様の作品と比べてみると、ここに“狂気”を入れ込まないせいで、サスペンス作品としての迫力に欠けている気がします。本作では育児が原因である睡眠不足というヒロインにかかる強力なストレスが、彼女の精神の均衡に影響を及ぼしてはいても、それがさらに進行して、あからさまな精神錯乱を暗示させるまでには描かれていません。現実と妄想の間の不鮮明な場所に彼女を立たせていたなら、もっと緊迫感が読者に迫ってきたのではないかと。それから、ヒロインのあちらこちらにあれやこれやと飛ぶ思考の移ろう箇所がやたら長く感じました。ただ、サスペンスといえども英国ミステリらしいユーモラスな味付けがしてある点は、そこいらの作家にはなかなか真似できないところだと思います。
さて、これで今年も最後の更新になります。この一年、この諸行無常ブログ“本みしゅらん”を訪れてくださった神様のような皆様、本当にありがとうございました。どうか良いお年をお迎えください。
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テーマ : 推理小説・ミステリー
ジャンル : 本・雑誌
『トリポッド 4 凱歌』 ジョン・クリストファー ハヤカワ文庫SF
2012-12-30
異星人の都市からぼくが持ち帰ったデータをもとに、大急ぎで対応策が立案された。宇宙のかなたの主人たちの母星から、まもなく大型船が到来する。その船には、主人たちが呼吸できるように地球の空気を変える機械がつまれているのだ。それが動き出せば、地球上のすべての生き物が絶滅してしまう。この怖るべき計画を阻止するため、異星人の三つの都市を同時に攻撃すべく遠征隊が出発した!〈トリポッド四部作〉堂々完結。 内容紹介より
異星人と戦うための仲間集めと組織化、より異星人のことを知るための捕獲作戦、偶然明らかになった異星人の生態、そしていよいよ敵の都市への攻撃。このようにシリーズは大団円へと向かっていきます。さて、シリーズを通してこの物語の語り手であるウィル・パーカーについて。安直な成長物語を期待しているわけではありませんし、等身大の男の子を主人公に据えたことによる読者の共感を誘う意図もわかります。そして、都合よく成長するのも不自然だとは思いますが、強情で思慮が浅く、柔軟性のない同じような思考パターンを繰り返す、この少年の成長のしなさ加減が終始気になりました。しかも運だけには恵まれるという。自由市民グループの指導者や理知的な仲間のフリッツから常に考えを否定されたり、またはたしなめられながらも、一向に性格の改善の兆しがない主人公を見ていると、まるで自分みたいでイライラしてくるのでした。
それから、強力な個性を感じさせる人物が不在に思えるのと、シリーズ中、対異星人への抵抗運動において女性の活躍がほとんど無かったり、存在さえ希薄だったりしたのは、女の子の読者のことを考えるとちょっと残念な気がします。
『トリポッド 1 襲来』
『トリポッド 2 脱出』
『トリポッド 3 潜入』
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『特捜部Q -キジ殺し- 』 ユッシ・エーズラ・オールスン ハヤカワ・ミステリ
2012-12-27
- Category : ☆☆☆☆
Tag :
「特捜部Q」―未解決の重大事件を専門に扱うコペンハーゲン警察の新部署である。見事に初の事件を解決したカール・マーク警部補と奇人アサドの珍コンビ。二人が次に挑むのは、二十年前に無残に殺害された十代の兄妹の事件だ。犯人はすでに収監されているが、彼一人の犯行のはずがない。事件の背後には政治経済を牛耳るあるエリートたちの影がちらつく。警察上層部や官僚の圧力にさらされながらも、カールは捜査の手を休めない ― 口うるさい新人も加入して勢いづく「特捜部Q」の大活躍を描く、シリーズ第二弾。 内容紹介より
前回、部下を失う事件に巻き込まれた精神的な後遺症により、「特捜部Q」という閑職に追いやられた主人公が見事事件を解決したため、今回は解決済みの殺人事件の再捜査を謎の人物から依頼されるというもの。場面転換を頻繁に行なって読みやすく、ストーリーもエキサイティングなのですが、何といっても前作のインパクトが強すぎて、やや評価が落ちました。多分、事件の真犯人が最初から明らかになっているという形式が今回はマイナスに働いたのかもしれません。それから犯人たちのキャラクターが、ある女性以外は書き分けられていない、似たような人物造形に留まっていることも原因のような気がします。その女性の人物像を際立たせるための配慮なのかもしれませんが、その他の人物にももう少し深みや相違点が欲しかったように思いました。それから助手のアサドについては、二作目で早々にマンネリ気味なので、新事実の披露なり若干のタネ明かしなりがあれば良かったような気がします。
ただ、物語を単なる過去の殺人事件の再捜査だけでなく、併せて一人の女性の復讐譚としても描いているところは作者の技量を感じました。
『特捜部Qー檻の中の女ー』ユッシ・エーズラ・オールスン ハヤカワ・ミステリ
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テーマ : 推理小説・ミステリー
ジャンル : 本・雑誌
『ディミティおばさまと聖夜の奇跡』 ナンシー・アサートン RHブックス・プラス
2012-12-23
- Category : ☆☆☆☆
Tag : クリスマス・ストーリー
双子の息子と過ごす、初めてのクリスマス。待望の雪も積もり、これで「完璧なクリスマス」が迎えられる!そう思った矢先、ロリは家の前で倒れている男性を発見。服はぼろぼろ、身元もわからず、意識不明のまま病院へ運ばれた。調べてみると、これまで男が各地で聖人のような奇跡を起こしてきたことだけがわかった。いったい何者なのか?そして命を削ってまでロリの家にやってきた目的とは?ロリのクリスマスは思いがけない方向へ転がっていくことに。 内容紹介より
ヒロインが小さなコミュニティに住み、莫大な遺産を相続して慈善活動を行う財団を設立しているところなど、リリアン・J・ブラウンの〈シャム猫ココ・シリーズ〉のクィラランを彷彿とさせるところがあります。しかし、〈シャム猫ココ・シリーズ〉をはじめとして一般的なコージーミステリにおいては村や町ではやたら殺人事件が頻発し、住民が減ることはあっても増えることはないのにたいし、このシリーズでは殺人事件などは起こらず、かえって住人が増えそうな傾向にあります。そんな数あるミステリ作品のなかでも独自の路線を行くこの〈優しい幽霊シリーズ〉。今回はクリスマス・ファンタジーと言えるほどファンタジー色が強いように感じました。幼い頃父親を亡くしたヒロインは、その体験から近づくクリスマスに夫や双子の子供たちと理想的なクリスマスを送ろうと準備に余念がありません。そんななか、彼女は自宅の庭でホームレスのような身なりをした男が倒れているのを発見します。この謎の男性の出現と彼の過去を調べていくうちに、ヒロインのクリスマスは、自分と家族や親しい知人たちとで祝う狭い定義のクリスマスから、恵まれない見知らぬ人々のことをも思う博愛のクリスマスへと大きく変化します。謎の男とカトリックの神父のふたりのキャラクターが重なる部分が多いのが気になりましたし、テーマのストレート具合に読んで気恥ずかしさも感じましたが、ヒロインが一つの殻を破り、人間的な成長を遂げていく過程を描いた、この季節にふさわしいなかなか感動的な物語でした。
『ディミティおばさま現わる』ナンシー・アサートン ランダムハウス講談社
『ディミティおばさま旅に出る』ナンシー・アサートン ランダムハウス講談社
『ディミティおばさまと古代遺跡の謎』 ナンシー・アサートン ランダムハウス講談社
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テーマ : 推理小説・ミステリー
ジャンル : 本・雑誌
『史上最悪のクリスマスクッキー交換会』 レスリー・メイヤー 創元推理文庫
2012-12-21
- Category : ☆☆☆
Tag : レスリー・メイヤー クリスマス・ストーリー
毎年楽しみにしているクリスマスクッキー交換会。今年はルーシーが自宅を会場提供したのはいいが、苦労は並大抵ではなかった。飲酒運転撲滅のビラを持ちこむ者あり、離婚のことばかり話題にする者あり、さらに息子の大学進学問題で参加者同士が一触即発の状況に。ぼろぼろのルーシーに追い打ちをかけるように、参加していた若い女性が翌日死体で発見される。好評主婦探偵第六弾。 内容紹介より
シリーズ第一作目の『メールオーダーはできません』と同じくクリスマス・シーズンが舞台になっている話。このシリーズは他のコージーミステリと比べてもストーリーの進め方が手馴れていて読みやすいと思います。ただ、相変わらずコージーにはつきものの伏線不足が顕著で、どうしても真犯人登場部分のいきなり感が否めません。ロブスターの漁獲規制、学校でのドラッグ汚染、未成年の飲酒などの主人公が暮らす町で起きる問題が、主人公の家族や友人知人に影を落としている様子が描かれて、それなりにおおまかな伏線作りの土台は用意しているのに、それらが序々に犯人という一点に集約していくプロセスに至らないのがいきなり感の原因だと思います。
クリスマスの用意で大忙しななか、家族や友人に降りかかる問題に当惑したり、憤慨したりする主人公の心理が上手く描写されているだけに、あと少しミステリ部分の出来が良ければと欲が出てくるわけです。それでもクリスマスクッキー交換会における参加者たちの表の顔や裏の顔、陰口、嫉妬や虚栄心などの姿が現され、交換会が史上最悪の事態を迎えてしまう序盤の部分はとても楽しめました。
ユーザータグ:レスリー・メイヤー
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テーマ : 推理小説・ミステリー
ジャンル : 本・雑誌
『魔法使いになる14の方法』 ダイアナ・ウィン・ジョーンズ 他 創元推理文庫
2012-12-18
アーサー王伝説のマーリンからハリー・ポッターまで、時代を超えて人に心をとらえている魔法使いの物語。ここに選んんだ14篇は、魔法を信じる子供たちと、そんな子供だった大人たちへの、楽しくて、ちょっぴり怖い贈り物。ネズビットからジョーンズまでの新旧の名手たちが「魔法」と「学校」をテーマに自慢の腕をふるいます。これを読んだら、あなたも魔法使いになれるかも……? 内容紹介より
収録作品、「ドゥ・ララ教授と二ペンスの魔法」E・ネズビット 「学校奇譚」マンリー・ウェイド・ウェルマン 「悪魔の校長」ジリアン・クロス 「ワルプルギスの夜」ハンフリー・カーペンター 「暗闇のオリバー」ラッセル・ホーバン 「さがしものの神様」ジョーン・エイキン 「ダブラーズ」ウィリアム・ハーヴィー 「飛行術入門」ジャクリーン・ウィルソン 「中国からきた卵」ジョン・ウィンダム 「お願い」ロアルド・ダール「見えない少年」レイ・ブラッドベリ 「わたしはドリー」ウィリアム・F・ノーラン 「なにか読むものを」フィリップ・プルマン 「キャロル・オニール百番目の夢」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
邦題を見ると、魔法使いになるためのノウハウみたいなことが全体のテーマになっているように思えますが、それとはあまり関係がありません。ただ、何百年も生きて、魔法が使えるヒキガエルから飛び方を教えてもらう女の子の話である「飛行術入門」には、飛行用軟膏の材料と作り方が書いてあり、また、ブラッドベリの有名な短編「見えない少年」では、透明人間になるための方法が披露されているので参考になるかもしれません。魔法のような才能が涸れてしまった人は「キャロル・オニール百番目の夢」を読んでお手本にしてみたら良いでしょう。
預かった奇妙な卵からは皇帝派の竜が孵化する可能性がある「中国からきた卵」、旅先で拾った石には何らかの魔力が備わっているかもしれない「暗闇のオリバー」、落とし物や失くしてしまったものを見つけ出すためには「さがしものの神様」に頼るのもいいけれど、効き目が強力すぎるかもしれません。
魔法の値段はいろいろで、「ドゥ・ララ教授と二ペンスの魔法」では、妹は兄に二ペンス分の魔法をかけてもらい、「わたしはドリー」では、女の子は五ドル出して、魔法がかかったお人形を貰います。
幽霊たちに襲われる「学校奇譚」、幽霊になったらある大好きだったことができなくなってしまった「なにか読むものを」、人間が楽しむことが大嫌いな悪魔と、カーニバル開催を賭けて対決する子供たちを描いた「悪魔の校長」、生徒たちの奇妙な遊びを語る「ダブラーズ」、そして、絨毯の模様を熱した石炭や毒ヘビに見立てたゲームに挑む少年を描いた傑作「お願い」。
微笑ましい話、不気味な話、せつない話、不思議な話、とりどりの作品が収録されています。
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『ハッカー/13の事件』 J・ダン&G・ドゾワ 編 扶桑社ミステリー
2012-12-15
ハッカー ― コンピューターをはじめ、ありとあらゆる情報システムに侵入して改変をおこなうアウトローたち。だがかれらの行動は、単なる犯罪行為ばかりではない。それは、テクノロジーの新たな地平を目指す挑戦であり、自由をもとめる精神の戦いでもあるのだ……1980年代以降のカルチャー・シーンを大きく変貌させた、ウィリアム・ギブスンの歴史的名作を筆頭に、ポスト・サイバーパンク世代の新たな成果まで、名編集者コンビが厳選した最強のハッカー小説、全13編!新世紀のヴィジョンがここにある。〈解説・山岸真〉 内容紹介より
収録作品、「クローム襲撃」ウィリアム・ギブスン 「夜のスピリット」トム・マドックス 「血をわけた姉妹」グレッグ・イーガン 「ロック・オン」パット・ギャディガン 「免罪師の物語」ロバート・シルヴァーバーグ 「死ぬ権利」アレクサンダー・ジャブロコフ 「ドッグファイト」マイクル・スワンウィック&ウィリアム・ギブスン 「われらが神経チェルノブイリ」ブルース・スターリング 「マシン・セックス[序論]」キャンダス・ジェイン・ドーシイ 「マイクルとの対話」ダニエル・マーカス 「遺伝子戦争」ポール・J・マコーリイ 「スピュー」ニール・スティーヴンスン 「タンジェント」グレッグ・ベア
邦題からミステリ系の作品が多いのかなと思っていたら、ほとんどすべてSF作品でした。そのジャンルに非常に疎いわたしでも知っている大御所の作品が収録されていて興味深く読めました。
犯罪組織のコンピューターをハッキングして大金をかすめ取るハッカーと現代でいうところのネットアイドルになりたがっている娘を描いた「クローム襲撃」。
大手多国籍企業を辞め、独自に研究を始めるための資本提供先を探している研究者に、仲介役として接触していた夫婦。交渉中に何者かに襲われ、妻と研究者が誘拐されてしまう。多国籍企業の陰謀だと考えた夫は、旧知の凄腕のハッカーの元へ赴く。よくあるパターンの話の落とし方だった「夜のスピリット」。
先日読んだデイヴィッド・ベニオフの短編みたいに盲検法が話の鍵になっている、難病に罹った双子の姉妹についての物語「血をわけた姉妹」。
ロック(音楽)とSFまたはセックスとSFの組み合せは、作品として表現するには個人的に非常に相性が悪いと思うので、「ロック・オン」と「マシン・セックス[序論]」は読み辛く、その世界に入りにくかったです。それに比べて、異星人に支配された地球で、人間の身体に埋め込まれた生体コンピューターをハッキングする「免罪師の物語」はとても読みやすかったです。
自分にアルツハイマーの症状が現れ始めてきたことを知った男は、人工知能を持つコンピューターに、過去から現在までの自らについてあらゆることを語りかける「死ぬ権利」。
「ドッグファイト」は、複葉機を駆り、敵機を撃ち落とすバーチャル・ゲームに嵌り、手段を選ばず名人に挑む青年の話。勝負に勝った時、彼が得たものとは。
麻薬をつくる遺伝機構を直接人間のゲノムにつけるウェットウェアを発明した男とその転写酵素誘導体が犬をはじめとして他の動物に伝えられた後の顛末をコミカルに描いた「われらが神経チェルノブイリ」。
「マイクルとの対話」は、白血病によって息子を亡くした母親が、“ヴァーチャル・セッションルーム”で息子と対話し、心理治療を受ける話。
八歳の誕生日にプレゼントされたバイオキットで、アメーバをレトロウィルスによって形質転換させた少年が、遺伝子操作、遺伝子接合、体細胞形質転換を経て、自らをゲノム操作し直接光合成システムが開発されるまでになった世界に行き着くまでにたどった道をエピソード形式で描いた「遺伝子戦争」。
「スピュー」は、バーチャル空間でネット監視の仕事をする男の話か?よく理解できなかったのです。
「タンジェント」は、不思議な能力を持った少年が四次元の世界とそこの住人と接触する話。ブラッドベリの短編「もののかたち」を思い出しました。
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『十二の意外な結末』 ジェフリー・アーチャー 新潮文庫
2012-12-13
愛人宅から男が出てくるのを目撃した男は、怒りにまかせて彼女を殴った。翌日、謝りに行ってみると、家の前に救急車が止まって……。全く予想外な結末が待ち受ける「完全殺人」、おまけの勲章をもらうために、コーンフレイクの蓋集めに熱中する少年が、本物の勲章に辿りつくまでを描く「本物じゃない」など、著者の興味の広さと私生活をも垣間見させる、創意に満ちた12編を収録する。 内容紹介より
作者によると、十二編中、十編は現実に起きた出来事にもとづくものなのだそうで、確かに「ア・ラ・カルト」と「ブルフロッグ大佐」は、『読むクスリ』シリーズ(上前淳一郎 著 文春文庫)に収録されていたとしてもまったく違和感がない気がしました。以下、「完全殺人」「本物じゃない」以外の短編の簡単な内容です。
「清掃屋イグナチウス」
ナイジェリアの大蔵大臣に任命されたイグナチウスは、政界や官界にはびこる汚職や腐敗を摘発する仕事ぶりが認められ、国家元首よりスイスの銀行が関わる特命の任務を命じられた。
「ア・ラ・カルト」
自分のようにつまらない仕事に就いて一生を終わらせたくないと考えた父親は、息子にできる限りの教育を受けさせたが、優秀な成績で学校を卒業した息子は父親と同じ工場で同じ仕事をしたいと言い張る。根負けした父親は、一年間別の仕事をしてそれでも考えが変わらなければ息子の希望通りにしてもよいと妥協し、ホテルのポーターの仕事を紹介する。
「掘り出しもの」
コツコツ貯めたお金で旅行に行くことが趣味の夫婦は、今回の旅行先であるトルコで名産の絨毯を購入しようと考えていた。その地において彼らは顔見知りの金持ち夫妻と遭遇し、二人に同行して高級な絨毯店に行くことになる。
「ブルフロッグ大佐」
東南アジアにある日本軍の捕虜収容所に収容され、仲間と共につらい体験をした英国軍大佐が終戦後、日本において日本軍将校を裁く裁判の責任者の一人に任命される。彼が加わった審理の席において、かつての収容所所長だった少佐とその下士官に死刑の判決が下るのだが……。
「チェックメイト」
チェスのゲームに負けた場合、男は金を払い、一方、女は身に付けているものを一枚づつ脱ぐ。アマチュアチェスの試合会場で出会った美女を自宅に誘い、そういうルールで賭けを持ちかけた男の話。
「泥棒たちの名誉」
鼻持ちならない金持ちから、彼の収蔵するワインのテイスティングをする賭けを挑まれた著名なワイン協会会長。後日、彼の屋敷で勝負が催されるが、彼は出てきたワインのすべての銘柄を当てることができなかった。果たしてその理由とは?
妻を誘惑した女たらしの男を事故を装って殺そうする夫が企てた計画を描く「うちつづく事故」。
クラブハウスにおいて、突然始まった古くからの友人同士のけんか騒ぎが名誉毀損の訴訟にまで発展した裏の事情とは、「抜け穴」。ユダヤ人でラビの息子とドイツ移民の娘の出会いから恋の始まり、そして離別、再会、そして終焉に至るまでをセンチメンタルに描いた「クリスティーナ・ローゼンタール」。
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テーマ : 推理小説・ミステリー
ジャンル : 本・雑誌
『黒十字の騎士』 ジェイムズ・パタースン ヴィレッジブックス
2012-12-10
- Category : ☆☆☆☆
Tag : ジェイムズ・パタースン ジェームズ・パターソン
時は11世紀。南フランスの村で妻ソフィーとともに宿屋を営むユーグは十字軍に加わったものの、敵味方双方のあまりの蛮行に嫌気がさし、やがて帰郷した。しかし、彼が目にしたのは焼け落ちた自分の宿。村人によれば、謎の騎士団が襲来し、宿に火を放ってソフィーを連れ去ったという。冷酷な領主ボードワンの仕業だと直感したユーグは怒りに燃えて、ソフィーを奪還すべく行動を開始する。が、その前途に渦巻くのは、計り知れない価値のある聖遺物をめぐる密謀だった!全米ベストセラーNo.1に輝く壮大なスケールの歴史アドベンチャー・ロマン! 内容紹介より
以下、ネタバレ気味です!ご注意下さい。
残酷な場面を省けばそのままディズニー映画の原作になりそうなお話でした。
あちこちの村で残虐な行為を繰り返す謎の黒十字の騎士たち、彼らに妻さらわれ家を焼かれた主人公は彼らがいるとみられる居城を目指すが、その途中、獣との戦いで怪我を負ってしまう。偶然通りかかった女性の計らいで、別の領主の城で静養することになる。ここまでの流れは、ドラゴンにさらわれたお姫様を救いに向かう王子様ないし騎士が、道中で病や怪我に倒れ、教会なり隠者の家で修行しながら回復を待つ、というおとぎ噺と同じパターンをとっています。それから諸々なことが起きて、封建社会のなかで領主の圧政に苦しむ領民が、主人公と彼がそれとは知らずに偶然、国に持ち帰ったある聖遺物の下に集い、領主に対して反旗を翻すというもの。
ある女性から別の女性へと気持ちが移る、主人公の移り身の早さも気になりましたが、肝心の城を攻め落とす方法がワンパターンだったのが芸がない印象を受けました。黒十字の騎士たちから村人総出で村を守るという設定も先例がたくさんあり過ぎて目新しさが見られないような。良くできたエンターテインメント作品ですけれど、読後にはソフィーさんがあまりにも可哀想という感想しか残りませんでした。
ユーザータグ:ジェイムズ・パタースン(ジェームズ・パターソン)
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テーマ : 推理小説・ミステリー
ジャンル : 本・雑誌
『99999 (ナインズ)』 デイヴィッド・ベニオフ 新潮文庫
2012-12-07
走行距離計の数字が回転する瞬間を楽しみに待つドラマーと、そんな彼を捨ててゼロがいくつも並ぶ契約書にサインする女性歌手の哀楽を描く表題作。若年兵がチェチェンの戦地で古参兵や老婆に翻弄される「悪魔がオレホヴォにやってくる」。ひきこもり青年や、エイズに感染したゲイのカップルなど、現代を象徴するキャラクターを鮮やかに造形し、光り輝く世界を提示する鋭利な短編集。 内容紹介より
以下、ややネタバレ気味です!ご注意ください。
「99999 (ナインズ)」
愛車のオドメーターが「99999」から10万マイルに変わる時を祝って、家族や仲間たちとバーベキューパーティーを催すパンク・ロック・バンドのリーダー兼ドラマー。彼にぞっこんで、彼のために曲を書いたバンドのリードヴォーカル。そんな彼女の才能を見出したメジャー・レーベルのプロデューサーが彼女だけを引き抜きいてデビューさせようと画策する。アマチュアの男とそれを捨ててプロになろうとする女、そしてどっぷり業界に染まった男という三つのタイプを造形し、その構図を作者は構築しているけれど、どれにも肩入れせず、誰の立場も否定せず、ただただ淡々と描いて見せているためにかえって印象に残る作品になっていると思います。
「悪魔がオレホヴォにやってくる」
チェチェン紛争に従軍したロシア軍の新米兵士の話。彼が二人の古参兵と共に、敵の支配下にあると思われる地域に建つ屋敷を偵察した際、邸内に隠れていた老いた女主人を見つけ出す。古参兵は彼に女主人を銃殺してくるように命じるが……。戦場での緊張感に包まれる中においても、古参兵のからかいや悪ふざけを受けている彼はその命令自体も冗談の一つではないかと考えたり、新米兵士の逡巡を感じ取った女主人は彼を丸め込もうとしたりする。残酷さとユーモラスな部分を併せ持った戦争文学。
「獣化妄想」
ニューヨークの街に突如現れた一頭のライオンと猛獣ハンターを父に持つ青年と彼が知り合ったジゴロ(?)にまつわる話。青年はライオンが彼宛のメッセージを携えてきたと考えるが、父親がライオン退治に呼ばれてしまうことになる。ライオンが何かのメタファーかというと、はっきりそうだとは言えないような気がするけれど、例えば、女を知らない青年の性衝動をライオンに喩え、性を謳歌するジゴロをその代替として補足説明に使い、ライオンを射止める父親を抑圧者として登場させているのかどうなのか、どう解釈したらいいのかよく分からなかった作品でした。
「幸せの裸足の少女」
五月のある日、フットボール選手として高校で一目置かれる十六歳の少年が、盗んだ車でカリフォルニアを目指す途中で知り合った少女の話。大学時代にフットボールの練習中に首の骨を折る事故に遭い、プロの道を諦めていた彼は、十四年前に出会い、連絡を取ると約束しながらとうとう電話しなかったその少女のことを思い出し、彼女を探すために当時出会った町へ出かける。かつて少年と少女の人生が五時間だけ交わり、また、離れていく。彼らがその後たどった人生をやや感傷的に描いた作品。
「分・解」
終末戦争の危機が迫るなか、シェルターに閉じこもった男の話。近所の人から馬鹿にされながら自作したシェルターの中で、後世に残すためにパソコンで日誌を綴っている彼は、ある日、パソコンがウィルスに感染していることに気がつく。そして、実は終末戦争など結局起こらなかったのではないかと恐れている。長年の努力と忍耐が無に帰すことを危惧する、パラノイアじみた男をブラックユーモア風に描いた近未来SFっぽい作品。
「ノーの庭」
女優志望のウェイトレスの話。業界から断られ続けてきた彼女は詩人の恋人ができて、個人的な幸せを得る。しばらくぶりに連絡のあったエージェントの勧めでTVドラマのキャスティングのオーディションを受け、採用されるかと思われたが、彼女が別の有名女優に似ていることで異論が出てしまう。これまで「ノー」と言われてきた彼女がとうとう「イエス」を言われるが、今度は彼女が「ノー」を言わなくてならなくなる。彼女の心の変化と新たな立場から発せられた、最後の「イエス」のシチュエーションが絶妙。
「ネヴァーシンク貯水池」
主人公が知り合ったばかりの女性から聞かされる彼女の亡くなった父親についての逸話。彼は皆に愛され数々の伝説を持つ好人物だったという。主人公は彼女と別れた後も彼女の父親のことが気にかかり、遺言通りに遺灰を貯水池に撒いてやろうと彼女のアパートに忍び込む。
「幸運の排泄物」
ゲイのカップルの出会いから別れまでを描いた作品。エイズに罹ってしまった彼らは、新しい治験薬を二人で試してみることにするのだが……。
エイズ患者をテーマにした作品に、レベッカ・ブラウンの『体の贈り物』という優れた短編集がありますが、この作品もなかなかの佳作だと思います。
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『エリア 7』 マシュー・ライリー ランダムハウス講談社
2012-12-03
- Category : ☆☆☆☆
Tag :
ユタ州の砂漠の地下深くにうがたれた秘密基地 ― 合衆国空軍第7号(立入禁止)特別区域、通称エリア7。基地を視察に訪れた大統領一行を空軍の反乱兵士たちが閉じ込めた、大統領が死ねば、全米14都市が爆弾でふっとび、核戦争開始の安全装置が解除される……。大統領を救出すべく、無敵の海兵隊大尉(案山子)が、人体改造を施した空軍特殊部隊を相手に獅子奮迅の活躍をするノンストップ軍事サスペンスのシリーズ第2作!! 内容紹介より
サブタイトルは〈合衆国空軍秘密基地を脱出せよ〉。
以下、ネタばれ気味です!ご注意ください。
シリーズ第一作目の『アイス・ステーション』がぶっ飛び過ぎていたので、本書は一段くらいおとなしめに感じますが、それでも他の作家の作品に比べると相当いっちゃってます。前作でも見られたように作者は多種な敵を繰り出してくる傾向があって、本書でも米国空軍の反乱兵、中国に内通する特殊部隊チーム、基地内に収容されていた凶悪犯、そして今回は鯱や象海豹の代わりに巨大熊。それから子供を登場させているところも前作のフォーマットをなぞっています。そしてこれにタイムリミットを設定してスリリングな要素を高めるという趣向。舞台は前回の氷原、雪原、海中から砂漠、湖、大気圏外へ。
ストーリーは、地上レベルとレベル1から6までの地下施設を持ち、早期警戒管制機を五、六機ほど駐機できる広大な規模の基地内を、主人公や彼の部下たちが大統領を護って、いわゆる鬼ごっこを繰り広げるのですが、途中でしばしば核攻撃を指令する信号を解除する作業を行ったり、ある秘密を有する男の子の行方を基地外へと追ったりしなくてはならないので、かなりせわしない感じも受けました。しかし、終始ハイテンションかつハイスピードで愉しめる娯楽小説であることは間違いありません。
『アイス・ステーション』マシュー・ライリー ランダムハウス講談社
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テーマ : 推理小説・ミステリー
ジャンル : 本・雑誌