『捜査官ケイト』 ローリー・R・キング 集英社文庫
2013-01-30
- Category : ☆☆☆☆
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新任の女性捜査官ケイトを見て、ベテラン捜査官のアルは、不満げだった。だが事件は待ってはくれない。サンフランシスコ郊外のコミュニティで、次々と発見された女児三人の殺害死体。二人はお互いを意識しながら、住民の聞き込みを始める。容疑者として浮かび上がったのは、美しく才能豊かな女流画家。彼女には17年前、女児殺害で刑に服した過去があった……1994年度エドガー・アラン・ポー賞受賞の傑作ミステリー。 内容紹介より
集英社文庫から五作品が出ている女性捜査官ケイトを主人公にしたシリーズの第一作目。
主人公は二十歳代後半で巡査部長に昇進し、新任捜査官としてサンフランシスコ市警に着任後、ベテラン捜査官とコンビを組みます。ここまではよくある設定ですが、異色なのは彼女が同性愛で恋人と暮らしているところです。と言っても、これまでの警察官を主人公にしたミステリ作品でさえ様々なキャラクターや性癖を持った人物が登場してきたから、特別ショッキングに感じないけれど、古典ミステリの主人公たちのことを考えると隔世の感はありますね。シリーズ作品の第一作目の常として主人公の背景が詳しく描かれ、当然、現在の恋人との出会いから同棲にいたるまでの顛末も語られるわけですが、ミステリとは関係のないこのあたりが話の流れを停滞させているような気がしたし、真犯人から狙われている女流画家の生い立ち、犯人と関わりあうようになった経緯が語られる部分、主人公が犯人から彼女をガードするため自宅にこもる部分もストーリーのテンポを乱しているような印象を受けてしまいました。女流画家の人物像をくどいほど詳細に描いている一方、犯人についての内面を含めた記述はそうでもなく、比較してバランスの悪さを感じるし、凶悪な犯行に走らせる恨みや復讐心がなぜそこまで大きくなったのかという説明が不十分な気がします。
捜査官ケイト (集英社文庫) (1994/11/18) ローリー・キング 商品詳細を見る |
テーマ : 推理小説・ミステリー
ジャンル : 本・雑誌
『悪党パーカー/エンジェル』 リチャード・スターク ハヤカワ文庫HM
2013-01-26
- Category : ☆☆☆☆
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えせ宗教家アーチボルトが率いる伝道団体の集会を襲撃、そこに集まる現金を奪え ― パーカーに新たなヤマがもちかけられた。今回の仕事に集まったのは、知りあいのマッキーと彼の情婦ブレンダ、前科者のリス、そしてアーチボルトのもとで働く“エンジェル”の四人。彼らは現金強奪に成功するが、やがて金の独り占めを狙うリスが仲間たちを殺そうと企み……23年ぶりの悪党パーカー復活に、ミステリ界が騒然となった話題作 内容紹介より
二十冊ほど邦訳されているこのシリーズで、読んだことがある作品は『悪党パーカー/人狩り』と本書だけ。古本屋でも全くといっていいほど遭遇しません。こういうページ数が少ない正統派の犯罪小説というのは展開が早く、エキサイティングなのが良いところです。また、主人公が饒舌系でなく寡黙でクールなのも個人的に好みです。本書で気付いたことが、場面転換のスタイルがちょっと変わっている点で、三人称多視点をとっているのですが、章が替わると過去に遡った場面から始まったりするケースが多いことで、例えば、パーカーたちが強盗に成功した場面から、次の章では襲われる数日前の伝道師と側近たちの場面に、さらに拷問を受ける内通者の恋人の場面へと切り換わったりしています。この手法は意外性があって結構面白く感じました。それにしても、このパーカーって人、事件関係者や刑事に素顔を晒しまくり、指紋もいたるところに残してますけどいいのでしょうか、こういうの。
さて、巻末にある木村二郎氏の解説「悪党パーカーの帰還」によると、作者はパーカーもの書こうとするも何回も挫折したそうで、ウェストレイクの創作姿勢と言えば、鼻歌まじりでタイプライターを叩いているイメージを個人的に持っていたから、これ程才能に恵まれた人でも作品を創り上げるということは大変苦労することなのだと改めて思いました。
『逃げだした秘宝』ドナルド・E・ウェストレイク ミステリアス・プレス ハヤカワ文庫
悪党パーカー/エンジェル (ハヤカワ・ミステリ文庫) (1999/04) リチャード・スターク 商品詳細を見る |
テーマ : 推理小説・ミステリー
ジャンル : 本・雑誌
『傷心』 デイヴィッド・ハンドラー 講談社文庫
2013-01-24
- Category : ☆☆☆
Tag : デイヴィッド・ハンドラー
53歳離れた義父ソアと駆け落ちしたクレスラは有名人の母から夫を奪った娘として自叙伝を依頼される。ゴーストライターを頼まれたホーギーはクレスラを取材するうち、彼女の心の闇に気づく。スキャンダルや中傷が飛びかうなか、ソアが惨殺された。ホーギーの推理が始まる。MWA賞受賞の人気推理シリーズ。 内容紹介より
主人公ホーギーの妻が出産したため、喧騒を逃れて田舎町の農場に引っ込んで生活していた彼らのもとへ、義理の娘と駆け落ちした、主人公の師であり友人でもある著名な作家ソアが転がり込む。さらにホーギーへ義理の娘のゴーストライターとなり、彼女の身の上話を書くよう頼み込む。
ということで、相変わらず小説の執筆が上手くいかないホーギーは、気が進まないなかゴーストライター稼業に戻ることになります。映画監督やミュージシャンなど、このシリーズに登場したこれまでの仕事相手と違って対象者が何ら実績を持たない小娘であるため、シリーズの要であるところの対象者の魅力には欠けているという内容的な弱点があります。それでは作家ソアが代わりに存在感を発揮しているかというと、彼からはヘミングウェイのフェイクみたいな印象しか受けませんでした。
ただし、これは対象者の人物像やその背景に労力を費やして読ませるというシリーズの定型を意図的にやや崩し、ホーギー自身が抱える問題、つまり生まれてきた子供との関係性や若い頃から引きずっている父親との確執にページを割いた結果だと思います。
とにかく肝心の娘の造形が普通のティーンエイジャーにしか感じないところが……。モラトリアム人間みたいな男を描くのは達者な作家ですが、もしかして女性を描くのは不得手なのかなと感じた作品でした。
ユーザータグ:デイヴィッド・ハンドラー
傷心 (講談社文庫) (2001/06) デイヴィッド・ハンドラー 商品詳細を見る |
テーマ : 推理小説・ミステリー
ジャンル : 本・雑誌
『荒ぶる血』 ジェイムズ・カルロス・ブレイク 文春文庫
2013-01-21
- Category : ☆☆☆☆
Tag :
暗黒街の殺し屋、ジミー。暴力で生きることしかできなかった男。その身にはメキシコ革命で恐れられた非情な闘士の血が流れる。彼が国境の南から逃げてきた女と出会ったとき、宿命の歯車が血と硝煙の匂いを発して回り出す。スタイリッシュなノワールと荒々しい活劇小説を融合させた掛け値なしの傑作。激情と慟哭が荒野を裂く。 内容紹介より
物語の冒頭、プロローグみたいな形で主人公の出自と、どうして生まれつき彼が暴力に対する適正を備えているのかという理由が明らかにされています。それを踏まえた上で考えてみると、結局、本書における主人公像は彼の父親の(スケールを小さくした)コピーに過ぎなかったのではないでしょうか。もしも、父親のように彼の中に流れる荒ぶる血にふさわしい時代に生まれていたなら、彼の境遇も異なったものになったのでしょうけれど、血筋から湧き上がってくるものを感じながらギャングのボスに仕える一介の殺し屋として刹那的な生き方をせざるを得ない悲劇が伝わって来ました。しかし、主人公への安易な感情移入を避けるように、ある女性との恋愛場面以外は一貫して冷徹な感情の振り幅の少ない、また、若者らしくない人物造形をとっているため、あまりこちらの琴線には触れなかったし、物語全体の印象は、悪く言えばエピソードの羅列であり、終始サイドストーリーを読んでいる感じが 消えませんでした。
ただ、暗黒街と言えば思い浮かぶニューヨークやシカゴではなくてテキサスの地方都市を舞台にしたこの作品は、西部劇の要素も混ざったとてもユニークなノワール作品だと思います。
『無頼の掟』ジェイムズ・カルロス・ブレイク 文春文庫
荒ぶる血 (文春文庫) (2006/04) ジェイムズ・カルロス ブレイク 商品詳細を見る |
テーマ : 推理小説・ミステリー
ジャンル : 本・雑誌
『バッキンガム宮殿の殺人』 C・C・ベニスン ハヤカワ文庫HM
2013-01-18
- Category : ☆☆☆
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女王陛下が使用人の死体を発見した!― メイドのわたしは事件の真相を密かに探るよう命じられ、被害者がつい先日も女王陛下の居室近くで目撃されていたという事実を知る。そんな畏れおおいところでいったい何をしていたのか?やがてこの壮麗なバッキンガム宮殿の中に隠れていた、複雑な人間関係が明らかになる……小粋なメイド探偵ジェイン・ビーの活躍を描く、英国ファン御用達ミステリ。カナダ推理作家協会賞受賞作 内容紹介より
シリーズタイトルは〈女王陛下のメイド探偵ジェイン〉。
近いうちに遺産と名誉が手に入るはずだった男が殺人の被害者になり、それぞれに犯罪の動機を持った数名の容疑者が判明し、ラストは一堂に会した彼らのなかから真犯人を名指しするという、本格推理小説の定型そのものの筋立てで、犯行現場がバッキンガム宮殿内であることと、エリザベス女王がヒロインに絡むという設定の妙を除けばさほど優れた作品とは思えないような気がしました。また、犯人は解らないまでも、かなり前の段階で犯行の最終的な目的の見当がついてしまうのは残念なところです。しかし、フィクションとは言え、メイドたちのルーチンワークや規則などはそれほど事実とかけ離れてはいないでしょうから、庶民とはまったく無縁な場所であり、普段の暮らしぶりも想像できない宮殿内の諸々のことについては英国ファンでなくとも興味深かったです。
それから、ヒロインをはじめとして登場人物たちのキャラクターが薄っぺらいのが気になりました。
バッキンガム宮殿の殺人 (ハヤカワ・ミステリ文庫) (2005/02) C.C. ベニスン 商品詳細を見る |
テーマ : 推理小説・ミステリー
ジャンル : 本・雑誌
『ロミオ』 ロバート・エリス ハヤカワ文庫HM
2013-01-16
- Category : ☆☆☆☆
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美女ばかりを狙った残忍な暴行殺人鬼「ロミオ」の出現で、ロス市民は恐怖のどん底に突き落とされた。殺人課刑事リーナ・ギャンブルはベテランの相棒と捜査に全力を尽くすが、狡猾な犯人はなかなか尻尾を出さない。だがやがて、リーナの家族の暗い過去と事件の不可解な繋がりが明らかになると、事態は一転。彼女自身にロミオの魔手が迫る ― 美しき女性刑事vs. 暴行殺人鬼の極限死闘!新鋭が放つ、衝撃のサスペンス。 内容紹介より
以下、少々、ネタバレ気味です。ご注意下さい!
口当たりが良くて読み易かったけれど、シリアルキラー物ということで読む前に構えていたせいか、どうも何かが足りないような感じが読後に残りました。シリアルキラーをテーマにした作品の面白さというのは、やはり殺人犯の化け物度に左右されるのだなと。たとえフィクションであっても常軌を逸した残虐な犯行やその描写が好みではないし、逆に苦手な方ですが、犯人像が予想していたものよりショボくて衝撃が弱いとなんだか肩透かしを食らったような気がしてしまいます。この連続殺人犯はおどろおどろしさに欠け、また、かと言って憎々しいほど狡知にたけてもいないし、読者には早々に犯人の正体が明かされることもあって迫力不足に感じてしまいました。ヒロインも等身大ではあるけれど、印象に残るほどの魅力があるわけでもなく、こういう登場人物の造形の乏しさが、この作品の弱いところなのではないかと思いました。
それから、ヒロインの弟を殺した真犯人については、若干設定に強引さや不自然な印象を受けましたが、かなり騙されてしまいました。そういう点では、これから先さらに良い作品が期待できる作家なのかもしれません。
ロミオ (ハヤカワ・ミステリ文庫 エ 5-1) (2008/07/08) ロバート・エリス 商品詳細を見る |
テーマ : 推理小説・ミステリー
ジャンル : 本・雑誌
『氷の眠り』 アーロン・エルキンズ ミステリアス・プレス ハヤカワ文庫
2013-01-13
- Category : ☆☆☆
Tag : アーロン・エルキンズ
アラスカの氷河で発見された一片の人骨から、意外な事実が判明した。三十年前に遭難したとされていた調査隊員は、実は殺されていたのだ。骨の鑑定にあたったギデオン・オリヴァー教授は、FBI捜査官ジョン・ロウとともに事件の再調査を開始した。だが、その直後に新たな殺人が……厳寒の地で深まっていく謎にスケルトン探偵が挑む。人気シリーズ第五弾。 内容紹介より
雪崩により遭難した調査隊のなかで唯一の生存者である、当時の調査隊長が回想録を書くために、かつての関係者や遭難者の遺族を現場近くのロッジに招待した。遭難現場に赴いた彼らはそこで偶然、人骨を発見するのだが、ギデオンはその骨に凶器によって付いたと見られる痕跡を認める。このシリーズの中でも、古典的な推理小説のパターンが目立つ作品のような気がしました。例えば、アラスカの国立公園内というひときわ人里離れた場所柄で、外部からの侵入を否定できる、容疑者が限定された条件という意味では擬似クローズドサークルとも言えるわけで、また、新たに起きた殺人事件は、ある人物が暴露本や回顧録を執筆すると触れ回った途端、屋敷内で殺人が発生するという設定を用いていると思います。この基本型に形質人類学のもろもろの知識を肉付けして一丁あがりみたいな作品で、伏線やミスリードを無難に仕込み、悪い意味でこなれた感じを受けました。(個人的に言っているだけですが)トラベルミステリとしての面では、野生動物にまつわるエピソードを加えるなどして話の広がりが欲しかったところです。
ユーザータグ:アーロン・エルキンズ
氷の眠り (ミステリアス・プレス文庫) (1993/02) アーロン・エルキンズ 商品詳細を見る |
テーマ : 推理小説・ミステリー
ジャンル : 本・雑誌
『説教師』 カミラ・レックバリ 集英社文庫
2013-01-11
- Category : ☆☆☆☆
Tag :
夏の朝、洞窟で若い女の全裸遺体と朽ちた古い遺体が2体見つかった。休暇中のパトリックだったが、妊婦のエリカを気遣いながらも捜査を指揮することに。検死の結果、新旧遺体は二重数年を挟んで全く同じ方法で惨殺されたことが判明、捜査線上に今は亡きカリスマ説教師の呪われた一族が浮上し……北欧の海辺の小さな町を震撼させた猟奇的殺人事件を作家&刑事が解決する大人気シリーズ第2弾! 内容紹介より
エリカ&パトリック事件簿シリーズの二作目です。
今回、季節が冬から夏に変わったからなのか、前作とくらべて作品の序盤の雰囲気が明るくなっていることと、厚かましい招かれざる客が二組も登場するコミカルな展開に軽く驚きました。しかし、それも快晴からやがて曇天になるがごとく、物語が進むにつれ次第に重苦しものになっていきます。
作者は、女性作家らしい登場人物の丹念な描き分けを行い、彼らそれぞれの人間関係を緻密に作り上げています。ただ、少々余計なのではないかと感じる部分もあって、例えば、ユーハン・フルトが襲われた事件とその犯人の件は、無ければ無いで全体がスマートになったのではないかと個人的に思いました。それは前述の招かれざる客の重複したエピソードに対しても言えることですけれど。
宗教を絡めたテーマ自体は珍しいものではありませんが、元夫からDVを受けていた、ヒロインの妹の心理状態にも認められるように、信仰に限らず精神を操るものが後々まで及ぼす影響力の強さや不気味さがよく表されているという印象を受けました。
『氷姫』カミラ・レックバリ 集英社文庫
説教師 エリカ&パトリック事件簿 (集英社文庫) (2010/07/16) カミラ・レックバリ 商品詳細を見る |
テーマ : 推理小説・ミステリー
ジャンル : 本・雑誌
『デルタ・スター刑事』 ジョゼフ・ウォンボー 早川書房
2013-01-07
- Category : ☆☆☆☆
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ページを繰るのももどかしい面白さ。『デルタ・スター刑事』に登場する警官たちは実にバラエティに富み、人間的で、奇想天外だ。物語は、恐喝から二重殺人へ、売春からカリフォルニア工科大学を舞台とする陰謀へと、スピーディに展開し、最後は追う者と追われる者の対決というミステリのクラシックなパターンを踏まえた上で、意外な結末を迎える。 ―USAトゥデイ
本書は、「辛気の館」というあだ名が付いている、リアリーが営む居酒屋に夜な夜な集まってくるロサンゼルス市警察の殺人課の刑事、パトロール警官、警察犬とそのパートナーといった、年齢も様々な男女の警察官たちが遭遇する事件や出来事をモジュラー型で描いた警察小説です。人生に倦んでいたり、リンチしてしまうほど犯罪者への暴力志向が強かったり、退職までの時間を常にカウント・ダウンしたり、死体を見たり検死解剖を見学するのが大好きだったり、何かのはずみで刑務所に入れられ囚人たちからオカマを掘られるのをいつも心配していたり、どの登場人物も大なり小なりエキセントリックにキャラ立ちし、かなりカリカチュアされているような印象を受けてしまいますが、作者自身が警官だった経歴を持ち、「アメリカ人にとってのリアリティが日本人にとっておとぎの国のようなアンリアルなものとして写る」という小林宏明氏の訳者あとがきを読むと、実際のアメリカの都市部の警察官像とそれほどかけ離れてはいないのかもしれないのかもと考えたりもします。一方、各キャラクターの個性かつそれに伴う刺激が強すぎて、若干疲れてしまうところもありました。彼らが醸し出すハイテンションな猥雑さに対して、風紀係の存在とその後は効果的なアクセントになっています。
警察小説において警官が刑事並みの存在感を示す作品はありそうであまりないと思うので、そういう点でも注目すべきミステリだと感じました。
デルタ・スター刑事 (ハヤカワ・ノヴェルズ) (1985/06) ジョゼフ・ウォンボー 商品詳細を見る |
テーマ : 推理小説・ミステリー
ジャンル : 本・雑誌
『奇跡の自転車』 ロン・マクラーティ 新潮社
2013-01-04
- Category : ☆☆☆☆
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スミシー・アイドは43歳。体重126キロ。昼間は兵隊フィギュアの製品管理で退屈な時間を過ごし、夜は酒と紫煙とジャンクフードに身を浸して漫然と日々を送っている。そんなある日、両親が自動車事故で死亡。葬儀を済ませ、遺品を整理していた彼は、父に宛てられた一通の手紙を開封する。それは、20年以上も消息を絶っていた姉ペサニーの死亡通知だった。こうしてスミシーは、いっぺんにひとりぼっちに ― 。
放心状態の彼は、実家のガレージで少年時代の自転車を発見する。タイアの空気が抜けているのに気づいた彼は、ガソリンスタンドに向う。それが、姉の眠るLAにいたる大陸横断旅行のスタートとなることも知らずに ― 。
心を病んで奇行に走りつづけた姉。そんな彼女に振り回されながらも温かく幸せだった家庭。記憶をたどりながらひたすら西へとペダルを踏みつづけるスミシーを、優しくも残酷なアメリカの人々はどう迎えるのか……。 内容紹介より
あけましておめでとうございます。本年も当ブログをよろしくお願いいたします。皆様にとって良い一年でありますように。
積読本のなかに、巳(蛇)が邦題の付いた本がないので、今年、奇跡が起きるように本書を読んでみました。
「あんた、どうしようもないデブッチョのウスノロになろうとしてるよ。それに飲み過ぎだと思う。今だって酔っぱらってるでしょ」(p436)、「あたしを捜してくれたときのこと、覚えてる?給水塔の下で見つけてくれたこと、あったでしょ?あたしを自転車に乗せてくれて、自分はならんで走ってたよね。あたし、だから、怖いの。あんたが走るのをやめちゃうんじゃないかって。やめてほしくないのよ。あんたにはランナーでいてほしいの。走ることを覚えててほしいの。」(p438~439)
身体のなかにいる“声”のせいで、自傷や家出を繰り返す姉ペサニーから、青年時代にこう言われた主人公スミシーは姉が危惧したとおり“走ること”をやめてしまい、無為な人生を過ごすデブッチョになってしまっています。両親ばかりか、姉までも亡くしたことを知った彼は、酔ったまま自転車で走り出しますが、それがLAへの約二ヶ月に渡る自転車旅行の意図しない始まりでした。
物語は、主人公が旅中に出会う人々やエピソードと彼の姉の少女時代に始まり、消息を絶つまでの回想シーンを交互に挿んで進むロードノベルです。
森田義信氏の訳者あとがきによると、この作品にオーディオ・ブックという形で出会ったスティーヴン・キングが主人公スミシーを『ライ麦畑でつかまえて』のホールデンになそらえたらしいのですが、無邪気さを感じさせる悪意のなさ、云われのない誤解や暴力を受けても他人への憎しみなどの負の感情を抑えるところや各エピソードの内容から『フォレスト・ガンプ』を思い出しました。人生を走ることをやめていたとはいえ、43歳にしてはかなり子供じみている印象を受けるのが気になりましたけれど、幼馴染の娘ノーマとの泣かせるやり取りなど再生を描いた佳い作品でした。
本書は、新潮文庫からは『ぼくとペダルと始まりの旅』というタイトルで出ています。
奇跡の自転車 (2006/08/30) ロン・マクラーティ 商品詳細を見る |
ぼくとペダルと始まりの旅 (新潮文庫) (2010/09/29) ロン・マクラーティ 商品詳細を見る |