『真夏の夜の魔法』 ジェイムズ・P・ブレイロック 創元推理文庫
2013-08-30
- Category : ☆☆☆☆
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海辺の小さな町に、あのカーニヴァルがやってきた。十二年ごとにめぐってくる〈夏至〉の始まりだ。巨人の靴が流れ着き、人魚のような生き物が釣りあげられ、ネズミの仮面をつけた小人が走り去る。それは〈夢の国〉が姿を現す時間、少年と少女の冒険の季節。過去と現在と未来がひとつになるとき。彼らは……世界幻想文学大賞作家が贈る名作ファンタジー!(『夢の国』改題新版) 内容紹介より
ファンタジー、カーニヴァル、魔法、奇妙ないきもの、こういう単語が並ぶとどうしてもレイ・ブラッドベリを思い浮かべてしまいますが、この作品の世界観や豊かな想像力 、雰囲気も非常にブラッドベリの作品のそれに似たものを感じます。異なる部分は、ブラッドベリの作品から感じる、消えてしまったものや失ったもの、例えば時間や感覚などの二度と戻らないものへの哀感が本書ではあまり強くなく、冒険的要素が大きいところのような気がしました。これはパラレルワールドと〈夏至(ソルステイス)〉の期間には現在過去未来が交差し、時空を行き来できるという設定を採っているからかもしれません。物語は、小さな町に暮らす少年と少女が浜辺に打ち上げられた巨人の靴やカーニヴァルの出現、孤児院に現れる幽霊が残した本を契機に、夢の国へと導く秘薬 を携え、夢の国、少年の父親の死の謎、それに関わったと思われる父親の仇敵、それらを追い求めて巨人の世界へたどり着くという流れになって進みます。佳い作品だと思うのですけれど、大団円は突飛すぎるし、甘すぎるような。
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テーマ : ファンタジー・ホラー
ジャンル : 本・雑誌
『ジャクリーン・エス with腐肉の晩餐』 クライヴ・バーカー 集英社文庫
2013-08-27
スティーヴン・キング激賞!
私はホラーのジャンルの未来を見た。その名はクライヴ・バーカー。彼の仕事は、われわれが10年間いたずらに惰眠をむさぼっていたのではないかとさえ思わせる。彼の短編集は、怖くて文字通り一人では読めなかった作品。誰も足を踏みいれなかった身の毛もよだつ領域に、限界をこえて踏みこんだ作品に満ちている。恐るべきリアリティをもった文章にはウィットさえちりばめられ、凄まじい迫力で読者に迫ってくるのだ。
血の本[Ⅱ]
『腐肉の晩餐』
男女二人の大学生に近づき、彼らがそれぞれ心に秘めた恐怖を再体験させ、その様子を観察することで幼少期から抱き続ける自らの恐怖を取り除こうとする男。しかし、男はその実験により空想の世界にいた恐怖を現実の世界に創り出してしまう、という物語。実験台にさせられた学生が恐怖にさらされる様子がリアルであり、わたし自身が持つ恐怖にさらされそうな感じがして非常に嫌な気持ちになりました。ただ、男の恐怖の元になったイメージは凡庸か。
『地獄の競技会』
ロンドン市街地を走るチャリティ・レースに、世界を破滅させ、地獄が支配する勝負を賭けたランナーが参加していた。地獄の手下となっている国会議員の分身であるそのランナーは、次々に人間の走者を殺しゴールへと近づいていくが、それを知ったひとりのランナーとデッドヒートを繰り広げる。カーニバルなどのハレの舞台に魔界が紛れ込むという設定はよくあるけれど、勝者となった意外なランナーはもとより人間に混ざって律儀に走る魔物もユーモラスでした。
『ジャクリーン・エス 彼女の意志と遺言』
人生に倦んで自殺未遂を図ったヒロインは精神科医のカウンセリングを受けている最中、自らにサイキックの力があることを知る。彼女はその力の正しい使い道を求めて財界の大物に近づく。一方、彼女の愛人だった弁護士の男は彼女の行方を探し求めていた。
ロバート・R・マキャモンが短篇作品の「わたしを食べて」で、ゾンビになった男女の恋愛が成就する様を描き出したように、バーカーはこの作品において、スプラッタ・ホラーの世界でそれを見事に行ったと思います。
『父たちの皮膚』
かつてこの世には悪魔と女という二つの種族が共存していた。しかし、女が悪魔と協力して作った男がこの世を支配し最悪なものに変えてしまったため、その状況を正そうと悪魔はもう一度女と交わり、産まれた子供を男たちの世界に送り込もうと計画する。砂漠の中の小さな町を舞台に、ある夫婦の間に出来た子供を取り戻しに来た悪魔たちと町に住民との闘いを描いた作品。悪魔とはいっても、百鬼夜行みたいな様々な姿形をした怪物の群れであり、訳者の大久保寛氏があとがきで述べている「西部劇」に、メルヘンを融合させた感じがする特異な作品でした。
『新・モルグ街の殺人』
エドガー・アラン・ポーをリスペクトした作品なのでしょう。老画家と名探偵デュパンとの関係が殺人事件の遠因になり、それが殺人者を産んでしまうという設定が突飛すぎて腑に落ちない。なんだか馬鹿馬鹿しいけれど、「赤毛の若い女が、大きな醜男と腕を組み、サクレ・クール寺院の階段へぶらぶら歩いていった。太陽が彼らを祝福していた。鐘が鳴った。新しい日のはじまりだった」(p312)、この最後のシーンは、新しい世界の始まりという意味では不気味かも。
クライヴ・バーカー
![]() | ジャクリーン・エス with 腐肉の晩餐 血の本(2) (血の本) (集英社文庫) (1987/03/20) クライヴ・バーカー 商品詳細を見る |
『罪』 カーリン・アルヴテーゲン 小学館文庫
2013-08-21
- Category : ☆☆☆☆
Tag :
経理係の横領で二〇〇〇万円もの負債を抱えたペーターは、ある日奇妙な事件に巻き込まれる。見知らぬ女から強引に、ある会社社長に届け物を頼まれるのだが、その中身は足の親指。女から執拗な嫌がらせを受けていた社長に借金返済を約束されて、ペーターは探偵役を引き受ける。だが、いつのまにか女が仕掛けた巧妙な罠にはまっていた……。緊迫の追跡劇を描きながら、亡き父親の温かみが忘れられず、母親から疎外された痛みを抱える主人公の内奥をも克明に書き込んでいく。『喪失』で話題を呼んだ北欧ミステリー界の女王―鮮烈なデビュー作、ついに登場! 内容紹介より
巻き込まれ型のサスペンスに主人公自身の過去に関する内面吐露をからませた構成で、最愛の父親を亡くした喪失感と、夫の死を乗り越えられなかった母親から受けた疎外感、このふたつの感情をかかえ、恋人から裏切られた過去を持つ非常にナイーブな主人公の心理描写を緻密に行う一方、ストーカーにまつわる事件の展開をスピーディに進めることで両者のバランスを取り、ストーリーの流れが停滞した感じを与えないようにしています。また、主人公の素人探偵ぶりがコミカルな雰囲気を出し、作品の陰鬱なイメージを和らげてもいます。主人公の内面が詳細に描かれる反面、彼の姉と依頼主の会社社長の人物造形がかなり単純な印象を受けました。特に会社社長との関係性とその後の進展は大人のおとぎ話を思わせるくらい緩く生暖かいものです。この辺りは、極端にいうとBLに通じる、一般的に女性作家が好む男同士の友情が表わされているのかもしれません。一人の男を丹念に描き出した話としても、また、意外性のあるサスペンスとしてもよく出来た作品だと思います。
『喪失』カーリン・アルヴテーゲン 小学館文庫
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テーマ : 推理小説・ミステリー
ジャンル : 本・雑誌
『ジェイミーが消えた庭』 キース・グレイ 徳間書店
2013-08-17
- Category : ☆☆☆
Tag :
夜。何軒も連なってならぶよその家の裏庭を、ぼくとジェイミーは駆けぬける。塀をのぼり、越える。考える間もなく息を切らして跳び、走り、『目撃』されそうになれば『カゲ』に飛びこむ。ぼくらの大好きな遊び、昔、兄貴もやっていた遊びだ。ある晩、ぼくらは町で一番長い通り、だれもクリアしたことのない通りを、もう少しでクリアできそうになった…だが、そのときぼくがヘマをした。そのせいでジェイミーは住人につかまり、警官が呼ばれ、ジェイミーの親は激怒した。翌日、真剣にあやまったけれど、許してはもらえなかった「べつに絶交する気はないけど、おまえとはしばらく組みたくない」そして、ぼくがどうしたらいいかと悩んでいるうちに、ジェイミーの身に変事が…?
イギリス期待の新星がスピード感あふれる文体で描く、少年たちの友情と喪失と勇気の物語。デビュー作にもかかわらずガーディアン賞にノミネートされ、話題を呼んだ作品。 内容紹介より
イギリスにおいて少年たちの間で実際に行われている遊びを題材にした児童文学です。14歳のさえない男の子が主人公で、彼の失敗のせいで唯一の親友との関係にひびが入ってしまいます。なんとか信頼を取り戻そうと、彼なりにあれこれ考えたり、行動したりするのですけれど、そんななか、親友の身にある出来事が起きてしまいます。ストーリーの展開はかなり予測が付きやすかったのですが、この出来事は予想外な驚きでした。しかし、個人的には、特に児童文学で、こういう設定はあざとく映って好きではありませんが……。また、主人公が年齢の割に子供っぽく描かれていることも気になりました。ただ、物語の核である、夜のテラスハウスの裏庭を駆け抜けていくスピード感とスリルさは充分に伝わって来ました。
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『ムーアに住む姉妹』 ジェイニー・ボライソー 創元推理文庫
2013-08-11
- Category : ☆☆☆
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ボドミン・ムーアに住む姉妹から肖像画の依頼がきた。大乗り気のローズだが、曰くありげな姉妹の様子が気にかかる。そんなある日、絵画教室の教え子の家で姉妹にまつわる不可解な事実を耳にする。一方、中途半端なローズの態度に業を煮やしたピアース警部に女友達が出現。ローズは動揺を抑え、姉妹の身辺を探る。だが彼女の動きを察してか姉妹は依頼を取り消してきた。好評第5弾。 内容紹介より
このシリーズで作者が醸し出す雰囲気は、アン・クリーヴスの作品のそれに似ているような気が個人的にするし、自然や情景を細々と綴る描写力も備えている人だと思います(電話機の設置場所などどうでもいいことまで書いてあるけど)。だけれど作品全体として捉えると何故か魅力を感じません。シリーズ作品を五作も読めば、ある程度の愛着も湧こうというものですが、そういうものがない一番の原因はヒロインにまったくはまらないところだと思います。たぶん相性が悪いのでしょうが、「彼らは誰もがローズを好きで、ローズもそうだ。これほど多種多様な人々が集まっていること自体が、ローズのひととなりを雄弁に語っている」(p275)、これはヒロインが催したパーティに集まった人々を見たある人物の傍白なのですけれど、この「ひととなり」の魅力を示す具体的なエピソードやさりげない記述がほとんどないから、読んでいてもそういったものがこちらに伝わってこないのです。さて、ミステリとしては、もともとトリッキーなほうではないし、本書でも最終盤まで事件らしい事件は起きません。事の真相はなにやらルース・レンデルっぽかったのでした。
ジェイニー・ボライソー
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テーマ : 推理小説・ミステリー
ジャンル : 本・雑誌
『会員制殺人サイト』 ピーター・ジェイムズ ランダムハウス講談社
2013-08-06
- Category : ☆☆☆☆
Tag :
ある日の通勤電車で、トムは偶然CDの忘れ物を拾った。落とし主の手がかりを求め、自宅のパソコンで開いてみると、画面は監視カメラで覗いているような粒子の粗い画像を映しだした。場所はどこかのベッドルーム。黒いドレスの若い女性が、誰かを待っている。と、背後から覆面の男が短剣を振りかざし、女性を刺し殺した ― これは映画の予告か何かなのか?それとも……。世界26ヵ国語に翻訳されたベストセラー〈警視グレイス〉シリーズ、待望の第2弾! 内容紹介より
前作の『1/2の埋葬』と同じく、非常に読みやすい作品でした。また、今回も作者は、犯人や被害者以外の事件の当事者が登場する場面を警察の捜査場面に挿むことで、同時進行型のスピード感、及びタイムリミット型の緊迫感を非常に巧く煽っています。一方、主人公であるグレイス警視には、九年前に失踪した妻の行方を突き止める手立てとして霊能力に頼るという一面を与え、彼の精神的な脆さを表現しています。そして、彼の部下たちにも様々な個性を持った警察官を配し、地道な捜査活動を描いて警察小説の面でも手堅く、クライマックスではアクション場面も用意するという具合でそつがない感じを受けました。前回の衝撃的な舞台設定が強く印象に残っているために、今回の会員制殺人サイトという、現実にありそうでなさそうな微妙な設定と悪役たちのステレオタイプな浅い人物造形のせいで、ストーリーとしては損をしているような気がします。
『1/2の埋葬』ピーター・ジェイムズ ランダムハウス講談社
![]() | 会員制殺人サイト 上 (ランダムハウス講談社文庫 シ 4-3) (2008/12/10) ピーター・ジェイムズ 商品詳細を見る |
![]() | 会員制殺人サイト 下 (ランダムハウス講談社文庫 シ 4-4) (2008/12/10) ピーター・ジェイムズ 商品詳細を見る |
テーマ : 推理小説・ミステリー
ジャンル : 本・雑誌