『伯母の死』C・H・B・キッチン ハヤカワ・ミステリ

2015-04-27

Tag :

☆☆☆

こんなに苦いはずはないんだけど。でも、美しくあるには、いつも苦労がともなうもの―そう言いながら『ヴィナスの秘密』という強壮剤を飲みほしたキャサリン伯母は、突然大きなうめき声をあげ、息絶えてしまった。キャサリン伯母は、マルコムの母方の長姉で、若くしてジョン・デニスという富豪に嫁し、彼がその莫大な財産を愛妻に残して死んだのちには、その財産を順調に増し、六十三歳の今は、ハンニバルという身許の知れぬ若い夫と再婚、一族の女王として君臨していた。
その唯一の遺産つき近親キャサリン伯母から、週末を彼女のオソ・ハウスで過すようにとの電報を受け取って、マルコムは驚いた。なぜ、伯母が急に僕などに会いたがるのか?強い好奇心のとらわれて、彼は伯母のもとへむかった。久し振りに会った伯母は、年齢こそ老けたものの気持はすっかり若返ったようで、気分も上々、株式仲買店に勤めるマルコムに株式についての相談をもちかけてきた。が、話は核心に触れたところへ邪魔が入り、中断されてしまい、その直後、キャサリン伯母は『ヴィナスの秘密』を飲んで死んでしまったのだ……。
                         *
『伯母の死』は、1929年に発表されたものだが、はっきりと三十年後の本格探偵小説のたどりつく姿を示している、イギリス本格探偵小説の系譜を説くにあたって忘れることのできない作品である。小説としても優れ、魅力ある謎も持っている。イギリス新本格派の先駆的作品とも言うべきものである。 「解説」より 内容紹介より



本書は、これまでの全知型あるいはヒーロータイプの名探偵が活躍する本格探偵小説とは一線を画した、新しい本格探偵小説という位置づけらしく、探偵小説の歴史を語る上で言及されることの多い作品らしいです。しかし、資料的に重要な作品だとしても、本書より前に発表されたクリスティの『アクロイド殺し』のようなエポックメイキングかつ現代においても色褪せない作品と比べると、衝撃性や作品自体の魅力についてはかなり薄れていると感じました。
一応の探偵役であるマルコムという二十代の株式仲買人の男は、知能も才能においても飛び抜けたものがなく、いとこにも劣等感を抱くような人物で、事件の推理はするものの、自分自身も殺人犯から毒を盛られるのではないかと心配して神経衰弱になり、その果てに突飛な行動をとったりします。こんな人物が主役をはるというところも発表当時は目新しく感じられたのかもしれませんが、現代において読むに値するには、彼の行動にユーモアなり人物としての魅力を付け加えなければならないと思います。ピクトグラムで描かれた登場人物の関係“図”には、約二十人が表されているのに、その中で実際に登場するのは六人だけというのは面白かったので、この諧謔性、アイロニカルが物語に生かされていれば良かったのではないのでしょうか。




伯母の死 (ハヤカワ・ミステリ 270)伯母の死 (ハヤカワ・ミステリ 270)
(1986/04)
C.H.B.キッチン

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テーマ : 推理小説・ミステリー
ジャンル : 本・雑誌

『焼きたてマフィンは甘くない』リヴィア・J・ウォッシュバーン ヴィレッジブックス

2015-04-23

Tag :

☆☆

フィリスは元教師ばかりが集まる下宿のオーナー。待ちに待った収穫祭の料理コンテストも、秋の恵みたっぷりのマフィンで優勝間違いなし。ところが当日、飾り用のカカシがぽつんと取り残されているのを発見する。持ちあげるといやに重たい……それもそのはず、入っていたのは男性の死体だった!口の中には、なぜかフィリスの特製マフィンが―おばあちゃん探偵があばく、驚きの真犯人とは? 内容紹介より



〈お料理名人の事件簿〉シリーズの第五弾、三、四作目は未読です。
ランダムハウス講談社から版権が移り、本書からヴィレッジブックスからの出版になっています。
11月末の感謝祭を前にした町のイベント会場で、会場に飾られた案山子の服を身にまとった不動産業者の変死体が発見され、その口の中には主人公の作ったマフィンが入っていました。情況証拠にもとづき被害者の妻が逮捕されますが、彼女の犯行とは思えない主人公が独自に調査に当たるという展開です。犯行動機が痴情のもつれ、あるいは土地開発にまつわるものなのか、という単純な設定のわりに犯行計画がなかなか変わっていて珍しく感じました。できれば肝心の案山子の服装の謎が凝ったものであればもっと良かったのでしょうけれど、そこはかなり残念な結果に。
感情がたかぶることも少ない六十代の好々爺(お婆ちゃんですけれども)然としている主人公なので、もうちょっとなんらかの強い個性と物語に刺激が欲しいような気がします。これについては下宿人のふたりの女性についても同様で、脇を固めるという意味でも機能していないと思いました。真犯人の存在感については言わずもがな。

『桃のデザートには隠し味』ランダムハウス講談社
『かぼちゃケーキを切る前に』ランダムハウス講談社




焼きたてマフィンは甘くない (お料理名人の事件簿)焼きたてマフィンは甘くない (お料理名人の事件簿)
(2014/06/20)
リヴィア・J・ウォッシュバーン

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テーマ : 推理小説・ミステリー
ジャンル : 本・雑誌

『ゴールデン・パラシュート』デイヴィッド・ハンドラー 講談社文庫

2015-04-20

☆☆☆

コネチカット州ののどかな村で、ごみ拾いのピートが惨殺された。彼の意外な正体が発覚し、謎はさらに深まる。恋人の女性警官デズとともに、映画評論家ミッチが真相解明に乗り出した。そして、ミッチの手元には、少女売春をリアルに描いた小説が持ち込まれ……。MWA賞作家による人気シリーズ第5弾。 内容紹介より



“ミッチ&デズ”シリーズです。第四作目の『ダーク・サンライズ』は未読。
以前に気になっていた「ったく」という訳出が、本書では一回しか出てこなくて良かった。旧家名家、大金持ち、彼らの奇矯な振る舞い、高級ブランド(今回はメルセデス・ガルウィング)などのフレーズによってアメリカ人のセレブ嗜好を、それから平穏な村の裏にあるセックススキャンダルへのゴシップ趣味、この二つの要素でもって読者を刺激するという相変わらずのこの作家の得意な手法が取り入れられています。そしてそれらと対比をなす主人公(ミッチ)のこれまた相変わらずのイノセントぶりが少々鼻につきました。精神的成長とは無縁に見える彼、表面的で深みのないその他の登場人物たちの造形、この辺りには何か変化がほしいところです。そうしないと悪い意味でコージーミステリ色が強くなっていきそうな気がします。

ユーザータグ:デイヴィッド・ハンドラー




ゴールデン・パラシュート (講談社文庫)ゴールデン・パラシュート (講談社文庫)
(2012/02/15)
デイヴィッド・ハンドラー

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テーマ : 推理小説・ミステリー
ジャンル : 本・雑誌

『裏返しの男』フレッド・ヴァルガス 創元推理文庫

2015-04-15

☆☆☆☆

フランス・アルプスの村で、羊が噛み殺される事件が続いた。喉に残された巨大な狼の歯型に人々は恐怖した。山で暮らす、変わり者の男こそ狼男だ、と主張し始めた女牧場主が殺され、その喉にはやはり巨大狼の噛み跡が……。グリズリー研究家のカナダ人とその村で暮らすカミーユは、友人だった女牧場主の死に引き寄せられ、事件に巻き込まれていく。そしてニュースで事件を知り、村の映像に忘れがたいかつての恋人カミーユが映ったのに気づいたアダムスベルグ警視が事件に興味を抱き……。仏ミステリ界の女王の傑作。CWA賞受賞シリーズ第二弾。 内容紹介より



メグレ警視シリーズの血脈を引いていると個人的に思っているアダムスベルグ警視シリーズの第二作目。警視の命を狙う女性への扱いや報告書を待っている時の雰囲気なんかが今回もメグレ物を彷彿とさせました。しかし、本筋のストーリーに彼が係わってくるのはかなり遅めで、前半は彼の元恋人と殺された牧場主が親代わりに育てた青年と羊飼いの老人の三人による、改造家畜運搬車を駆っての犯人追跡劇風ロードノベル(作中でも彼らがロードムービーと称しています)がメインになっています。物語としてはこの部分に中だるみを若干感じますけれど、三人、特に青年と老人の独特なキャラクターを際立たせてそれを読者が味わうという意味では効果的に働いていると思いました。ストーリーがじわじわと犯人を追い詰めていくというスリリングな展開ではなく、最終盤に事態が急転直下するスタイルを採るためにミステリ的にはやや平板な印象が残りました。ただ、それはあくまでもこの作者にしてはという話ですので。

『青チョークの男』フレッド・ヴァルガス 創元推理文庫




裏返しの男 (創元推理文庫)裏返しの男 (創元推理文庫)
(2012/01/27)
フレッド・ヴァルガス

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テーマ : 推理小説・ミステリー
ジャンル : 本・雑誌

『地獄の湖』ルース・レンデル 角川文庫

2015-04-11

☆☆☆

信じられない幸運だった。サッカーくじで10万4千ポンドが当たったのだ。マーティンは自分の人生設計も含めて、ある計画にとりかかった。だがフランチェスカの出現がすべてを狂わせた。菊の花束を持って、戸口に立っていた少年のような娘…それがフランチェスカだった。決して正体を明かさない謎めいた女、彼女との出会いこそが、仕組まれざる惨劇への序曲だったのだが―。ミステリ界の新女王、レンデルが放つ円熟の力作。 内容紹介より



父親が共同経営者になっている会計事務所に勤める二十八歳のマーティン、少年の頃殺人事件を起こし、現在は電気屋兼大工のかたわらパートタイムの殺し屋をしている二十六歳のフィン。中盤までこのふたりの視点が入れ替わってストーリーが進み、中盤以降からフランチェスカというそれまで謎につつまれていた女性の正体が明らかになり、彼女からの視点も加わるという設定をとっています。この彼女の正体というのが結構こちらの意表をつくもので、ふり返ってみるとちゃんと伏線がしっかり張られているのでした。彼女にまつわるある新聞記事のトリックや殺人者を勘違いさせた別の新聞記事の使い方などにレンデルの巧技を見ることができるのですが、なぜマーティンが慈善行為を企てたのかというそもそもの理由など、やや彼の造形に深み(あえて浅く描くことで、善良なだけの平凡な人物を表そうとしているのかもしれませんけれど)が感じられませんでした。また、殺人者のターゲットには状況的にふたりの候補者がいたのにもかかわらず、どうしてそのひとりを選んだのかが納得いきませんでした。

タグ:ルース・レンデル




地獄の湖 (角川文庫)地獄の湖 (角川文庫)
(1986/05)
ルース・レンデル

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テーマ : 推理小説・ミステリー
ジャンル : 本・雑誌

『愚者たちの街』スチュアート・カミンスキー 扶桑社ミステリー

2015-04-06

Tag :

☆☆☆☆

老刑事エイブ・リーバーマンのもとへ、魅力的な売春婦エストラルダが保護を求めてきた。パートナーのハンラハン刑事が護衛についたものの、わずかな隙に殺人は起こった!しかも、現場のアパートには、ふたりのこわもての上司が住んでいる。大失態のなかはじまった捜査は混迷を深め、一方では私生活に続発する難問に、老刑事の悩みは深まるばかり。だが、犯人の凶弾は刑事たちの背後にも迫っていた……MWA賞作家カミンスキーが、巧妙なミステリーに人生の哀歌を描きだす、大好評の警察小説シリーズ。〈解説・池山冬樹〉 内容紹介より



本書は〈刑事エイブ・リーバーマン〉シリーズの第一作目です。著者の円熟味を感じられる、すごく沁みる作品でした。主人公は六十歳、彼の仕事のパートナーは四十八歳、このふたりの娼婦刺殺事件の捜査とともに彼らの私生活も語られて物語が進みます。特に、主人公の娘夫婦の離婚危機や彼の属するユダヤ人コミュニティの話題などはストーリーに幅を持たせていると思いました。妻と別居中のパートナーの方にはロマンスの兆しが見えていたりしているし、主人公の夫婦仲もまだまだ熱いのですけれど、やはり老境にさしかかる年齢ですから、そこから醸し出される渋味がなかなか良い印象を与えています。その一方、街の不良との絡みや、犯罪者を銃で脅したりする場面では老年から抱く(枯れた)イメージを覆すギャップがでていて面白味を加えている感じがしました。
そしてミステリ部分も一件落着の後に意外な事実が明らかになるという展開を見せています。

『消えた人妻』スチュアート・カミンスキー 講談社文庫




愚者たちの街―刑事エイブ・リーバーマン (扶桑社ミステリー)愚者たちの街―刑事エイブ・リーバーマン (扶桑社ミステリー)
(1999/06)
スチュアート・カミンスキー

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テーマ : 推理小説・ミステリー
ジャンル : 本・雑誌

『お菓子の家』カーリン・イェルハルドセン 創元推理文庫

2015-04-01

Tag :

☆☆☆☆

数週間にわたる入院生活のあとようやく自宅に戻った老婦人が見つけたのは、見知らぬ男の死体だった。連絡を受けたショーベリ警視は、部下と共に現場へ駆けつける。男は殺害されたらしい。その頃誰も知らぬある場所で、殺人者は高揚した気分で自らの行為を思い返していた。人を殺したことは悔やんでいない。ただ、もっと苦しめてやらなかったのが残念だった。そう、これで終わりではない。警察の調べはいっこうに進まず、その間にも殺人者の手は次の被害者に……。スウェーデン・ミステリの新しい才能が開花する、ショーベリ警視シリーズ第一弾。 内容紹介より



同じくスウェーデンの作家であるヘニング・マンケルの〈ヴァランダー警部〉シリーズ同様に警察ミステリです。主人公は妻と五人の子どもを愛する家庭人として描かれ、家族や彼の同僚たちのキャラクターもよく描き分けられているようなので、シリーズ物には基本的かつ大事な要所は押さえているように感じました。ストーリーについては、斬新さはないけれど手堅い気がします。結末はトリーッキーですが、伏線はしっかり張られています。警察による殺人事件の捜査と並行して、子供時代に過酷な経験をしたために惨めな人生をおくる男に焦点を当ててストーリーは展開していきます。
連続殺人事件の内容は結構凄惨であり、動機に関してもやりきれない気持ちにさせるものですが、主人公の家庭生活を挿むことで明暗を付けてバランスをとっており、また、ある人物の魂の救済に触れていることで読後感はすっきりしたものになっていると思います。これからが楽しみなシリーズです。




お菓子の家 (創元推理文庫)お菓子の家 (創元推理文庫)
(2013/06/11)
カーリン・イェルハルドセン

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テーマ : 推理小説・ミステリー
ジャンル : 本・雑誌

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