『グラーグ57』トム・ロブ・スミス 新潮文庫
2015-06-29
- Category : ☆☆☆☆
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運命の対決から3年―。レオ・デミドフは念願のモスクワ殺人課を創設したものの、一向に心を開こうとしない養女ゾーヤに手を焼いている。折しも、フルシチョフは激烈なスターリン批判を展開。投獄されていた者たちは続々と釈放され、かつての捜査官や密告者を地獄へと送り込む。そして、その魔手が今、レオにも忍び寄る……。世界を震撼させた『チャイルド44』の続編、怒涛の登場! 内容紹介より
前作にあったミステリ色は今回ほとんど見受けられず、冒険小説の趣が強い作品になっていると感じました。そして、前回より主人公が背負ったカルマがさらに彼を苛み、贖罪の旅が続くことになります。果たして彼の魂は救済されるのでしょうか?
宗教弾圧により主人公の手によって逮捕、投獄されていた司祭の妻が、彼の養女を誘拐し、解放する条件として、今なお獄中にある夫を釈放することを要求します。娘を救うため主人公は囚人になりすまし、非常に過酷な強制収容所ヘ潜入し、さらに、反ソ連の動乱が勃発したブタペストへ向かうという展開です。ストーリーは緩急にとみ、非常に読みやすいのですけれど、冒険小説調に指針が振れているせいなのか、主人公が、映画『ダイ・ハード』の“最もツイてない男”ジョン・マクレーンみたいに思えてきました。事実に則したであろうシリアスなエピソードが描かれるなか、前作同様の主人公のヒーローぶりは、ちょっと浮いているような気がするような。こういうところはシリーズ物の弊害かもしれません。
『チャイルド44』
テーマ : 推理小説・ミステリー
ジャンル : 本・雑誌
『チャイルド44』トム・ロブ・スミス 新潮文庫
2015-06-25
- Category : ☆☆☆☆
Tag :
スターリン体制下のソ連。国家保安省の敏腕捜査官レオ・デミドフは、あるスパイ容疑者の拘束に成功する。だが、この機に乗じた狡猾な副官の計略にはまり、妻ともども片田舎の民警へと追放される。そこで発見された惨殺体の状況は、かつて彼が事故と遺族を説得した少年の遺体に酷似していた……。ソ連に実在した大量殺人犯に着想を得て、世界を震撼させた超新星の鮮烈なデビュー作! 内容紹介より
国家保安省による政治犯容疑者への無差別な逮捕と過酷な取り調べが行われる一方、「ソ連に犯罪は存在しない」というプロパガンダのため、一般犯罪を取り締まる内務省所属の民警の地位、士気ともに低く、さらに捜査方法も劣るという状況のなか、エリート捜査官から地方の民警に降格した主人公が連続殺人犯を追うというもの。700ページを超える作品なのですが、中盤までの400ページほどで1950年代におけるソ連政府の圧政の非情さや閉塞感漂う社会情勢を描き出し、また、主人公と妻の感情の齟齬、彼の副官が謀る追い落とし工作などにも紙数が費やされています。これらの部分は、かなり鬱々とし、重苦しさを感じて気が滅入りました。国家権力の歯車の一つとなって機械的に容疑者を逮捕していた主人公の意識が、連続殺人の捜査を内々に手がけるうちに次第に変化し、また、妻との関係も変わっていくという、心の成長を中心に描いた読み応えのある力作だと思います。もっとも、純粋にミステリを愉しみたいという読者には不満が残るのかもしれません。
テーマ : 推理小説・ミステリー
ジャンル : 本・雑誌
『三十三本の歯』コリン・コッタリル ヴィレッジブックス
2015-06-21
- Category : ☆☆☆☆
Tag :
時は1977年、東南アジアの小国ラオス。国で唯一の検死官である72歳になるシリ先生は、灼熱の太陽のもと今日も死体と格闘していた―。自転車に相乗りした二人の謎の死人が運ばれてきたのを皮切りに、猛獣に首を咬みつかれ息絶えた女性が続けて現れるなど不可解な事件が頻発する。黒焦げ死体がみつかった古都ルアン・パバーンに赴いたシリは、魔力的なその地で三十三本の歯の秘密を知るのだったが……。現世と霊魂の異世界が渾然一体となった摩訶不思議な世界で繰り広げられる、霊界ドクター面目躍如の活躍。ヒューマンな魅力あふれる極上のユーモア・ミステリー。 内容紹介より
シリーズ第二作目。
様々な屍体が運び込まれ、検死に明け暮れるなか、国からの要請で地方で発生した事件の犠牲者を検死に赴くというパターンは前作と同じ。今回は、道路で見つかった、あたかも自転車に二人乗りしているかのような男たちの死体、その現場の側にある政府の建物の一室に保管されている旧王室ゆかりの筐体、ホテルの庭の檻から逃げ出した熊の行方、猛獣の咬み痕のある女性たちの遺体、古都で検死を行った二体の黒焦げ死体、これらの謎にシリ先生が挑みます。そして、シリ先生についている伝説的な霊魂イエミンのこと、先生が公共物破損の容疑で裁判にかけられる話、看護婦ドゥーイの失踪が絡んできます。この東南アジアを舞台にしたミステリは、霊魂、呪術といった超自然が程よく混ぜ合わされ、昔気質の一本芯が通った気骨の持ち主ながら、お茶目で人情味がある主人公や他の登場人物たちの魅力的なキャラクター造形によって絶妙な仕上がりになっていると思いました。2012年現在、シリーズは八作目まで出ているとのことで、出版社にはぜひ引き続き邦訳をお願いしたいです。
『老検死官シリ先生がゆく』
テーマ : 推理小説・ミステリー
ジャンル : 本・雑誌
『15のわけあり小説』ジェフリー・アーチャー 新潮文庫
2015-06-18
宝石商から18カラットのダイアの指輪をまんまとせしめる「きみに首ったけ」。大胆な保険金詐欺を企む「ハイ・ヒール」。信号待ちをしている間に恋に落ちる「カーストを捨てて」など15の短編を収録。思わず「やられた!」と叫びたくなる、驚きのエンディング。くすっと笑い、鮮やかに騙され、ホロリと涙する―。そう、面白いには“わけ”がある。巨匠がこだわりぬいた極上の短編集。 内容紹介より
タイトルに*印がついている作品は、「よく知られた事件に基づいたもの」(まえがきより)。
「きみに首ったけ」*
婚約者にそそのかされて、宝石店から高価な婚約指輪を盗み出す計画の片棒を担ぐことになった男の話。犯行の手口が、たしかヘンリー・スレッサーの『快盗ルビイ・マーチンスン』で使われたものと同じだと思います。
「女王陛下からの祝電」*
百歳の誕生日を迎え、慣例通りに女王陛下から祝電が届いた老人は、三年後、今度は妻へ届くはずの祝電がいっこうに届かないことを不思議に思う、という先が読めてしまう話。
「ハイ・ヒール」*
これも誰かの作品で読んだことがあるような気がしました。火災保険金詐欺を暴く損害査定人の話。
「ブラインド・デート」
ロアルド・ダール風な苦いユーモアのある作品。カフェの席に座り、隣の席についた客の容姿や年齢などについて推理することを密かな楽しみにしている目の見えない男性の話。ある日、彼の隣には女性客が座るのだが……。
「遺書と意志があるところに」*
余命僅かな老人に取り入り、その財産をかすめ取ろうと企む美人看護師の話。彼女が本来の相続人たちから裁判に訴えられないように採った計画が秀逸でした。
「裏切り」*
強盗犯は逮捕したものの、奪ったダイヤモンドの隠し場所がつかめない警部補は、犯人と同房になる囚人に取引を持ちかけ、ダイヤの在り処を探り出すよう依頼する。
「私は生き延びる」*
グロリア・ゲイナーの大ファンである骨董品店主。当の本人が彼の両隣の店へ連日立ち寄るという出来事が起きる。羨ましくて仕方がない彼の店に、ついに彼女が姿を現し、ロシアの高価なアンティーク品に目をつける。しかし、それは売約済みの品だったのだが……。
「並外れた鑑識眼」
放蕩三昧で若くして死んだ天才画家の作品にまつわる物語。彼のパトロンであった男の子孫にあたる神父に、教会の屋根の雨漏りの問題が持ち上がる。神父に謎の男がある取引を持ちかける。
「メンバーズ・オンリー」*
ジャージー島に住む女性と島の名門ゴルフコースに惚れ込んだイングランドの男性の人生を切り取った話。島の生まれでないとなかなか会員になれないという厳しい条件がある名門ゴルフクラブ。
会員になろうと努力する彼の人生を、ナチス・ドイツ占領下の島のエピソードを交えて描いた良品。
「外交手腕のない外交官」*
スーダン総督だった祖父、外務省に努めていた父、その二人の後を追うように外交官になった男。
しかし、彼にはまったく外交官としての才能がなく、結局、外務省の文書保管事務所に定年まで勤めた。しかし、野望を持つ彼は、一七六ニ年に制定され、現在も失効していないある古い法律に目を付ける。これもどこかで読んだ気がします。
「アイルランド人ならではの幸運」*
バカンスで訪れたスペインの島で、偶然に不動産業を営むことになったイギリス人の男性。やがて彼は島の開発にも関わるようになる。そして大規模な土地開発計画を手がけ、銀行から多額の資金を調達し、行政からの許可もおり、建設も始まった頃、スペインの国政選挙が始まる。ところが投票の結果、キャスティング・ヴォードを握ったのはある少数党だった。その後の悲喜劇。
「人は見かけによらず」
人品卑しからぬ人物、見たからに怪しい人物。これまた先が読めてしまう作品。
「迂闊な取引」
不治の病に侵された冷酷な銀行頭取が悪魔と交わした取引の話。悪魔は、受付の若者と頭取の人生を交換することを提案する。悪魔との取引にはいろいろ裏があるという、よくある小話。
「満室?」
観光に訪れたイタリアの町で、所持金が乏しくなった若者はこじんまりしたホテルで一夜の宿を乞うが、フロントの優雅で華奢な美女に満室だと断られてしまう。しかし、キャンセルが出たら泊まることができると言われた彼は、ホテルの最上階で待つことに。深夜十二時を過ぎて、フロント係の女性が案内した部屋は……。てっきりホラーかと。
「カーストを捨てて」*
一目惚れしたプレイボーイの恋の行方とカーストの違いを乗り越えて成就した愛の先にあったものとは。
『十一番目の戒律』
『十二の意外な結末』
『12番目のカード』ジェフリー・ディーヴァー 文藝春秋
2015-06-16
- Category : ☆☆☆☆
Tag : ジェフリー・ディーヴァー
ハーレムの高校に通う十六歳の少女ジェニーヴァが博物館で調べものをしている最中、一人の男に襲われそうになるが、機転をきかせて難を逃れる。現場にはレイプのための道具のほかに、タロットカードが残されていた。単純な強姦未遂事件と思い捜査を始めたライムとサックスたちだったが、その後も執拗にジェニーヴァを付け狙う犯人をまえに、何か別の動機があることに気づく。それは米国憲法成立の根底を揺るがす百四十年前の陰謀に結びつくものだった。それにジェニーヴァの先祖である解放奴隷チャールズ・シングルトンが関与していたのだ……。“百四十年もの”の証拠物件を最先端の科学捜査技術を駆使して解明することができるのか?ライムの頭脳が時空を超える。 内容紹介より
リンカーン・ライムシリーズ第六弾、『石の猿』は未読です。久しぶりに読むはらはらどきどきの捻りの達人ディーヴァー作品。
以前、『魔術師』を読んだ際に予感した、あるいは危惧した、このシリーズに登場する悪人たちのモンスター化と、それにともなう主人公のスーパーヒーロー化の症状が進行することによる、作品自体のトンデモ本化の現象がなくて安心しました。今回、確かに犯人は悪知恵を働かせる感情を持たない人物なのですが、なぜ感情を失ってしまったのかという説明は結構納得がいくものがありますし、モンスターぶりも抑制が効いている印象でした。捜査陣の裏をかき続けようとするトリックも狡知、ただし犯人が残したメモ書きの文法間違いはちょっとやり過ぎのような感じがしました。また、被害者の少女と彼女の友達の造形はややステレオタイプかもしれません。
ディーヴァーの作品ですから、一筋縄ではいかないことは承知して心構えをしていたのですけれど、それでも作者が繰り出す幾度ものひねり、ミスリードするテクニック、意外性のあるアイデア、サービス精神は非常に見事だと思いました。やはり第一級のエンターティナーです。
『魔術師』
『クリスマス・プレゼント』
テーマ : 推理小説・ミステリー
ジャンル : 本・雑誌
『十一番目の戒律』ジェフリー・アーチャー 新潮文庫
2015-06-12
- Category : ☆☆☆☆
Tag :
CIAの天才的暗殺者コナーは、南米での任務を終えた後、大統領から直々の電話を受けて再び不可能な任務に挑むことになった。ロシアに入国し、次期大統領候補の命を狙うのだ。しかし彼の周囲には周到に仕組まれた幾重もの罠が……。天才的暗殺者はCIAの第11戒律(汝、正体を現すなかれ)を守れるのか。CIAとロシア・マフィアの実体が描かれていると大評判の、サスペンス長編 内容紹介より
CIAが独断で行った南米コロンビアにおける大統領選候補者の暗殺事件。アメリカ大統領から暗殺計画への関与を追求されたCIA長官は保身のために、暗殺を実行したCIA局員である主人公を亡き者にしようと目論み、ロシアの次期大統領候補者への偽の暗殺計画を仕立てあげ、主人公をロシアに派遣する、という流れです。さらに次期大統領候補者である共産党中央委員会議長やロシア・マフィアがそれぞれの思惑を持って主人公を利用しようと企てるという国際謀略小説です。
こういうジャンルにつきもののカットバック手法を用い、物語はテンポよく進んでいき、また、陰謀や騙し合いの連続で読んでいて飽きません。特に、主人公が囚われ、死刑に処せられようとする箇所は、個人的に本書の山場といえる衝撃的な場面で印象に残りました。逆にエンディング部分はかなり予想通りで凡庸、主人公のキャラクターももっとアクみたいな強烈な個性が備わっていればと感じました。この主人公であるトラウマを知らない暗殺者が健全な家庭を営んでいるところなど、全体的にかなりハリウッド映画調であり、アメリカの需要に媚びた気もしますが、内容はバランスがとれた娯楽作品です。
『十二の意外な結末』新潮文庫
テーマ : 推理小説・ミステリー
ジャンル : 本・雑誌
『八番目の小人』ロス・トーマス ミステリアス・プレス ハヤカワ文庫
2015-06-09
- Category : ☆☆☆☆
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戦時中ドイツで行方不明になった富豪の息子を捜し出せ―金儲けのために手を組んだ元OSS大尉ジャクソンと小人の悪党プルスカーリュ。しかし二人の追うその息子とは、米英ソ三国がそれぞれの思惑で必死に捜索中の凄腕の暗殺者だった!第二次大戦直後の混乱のドイツに展開する追跡劇―クライム・ノヴェルの最高峰が贈る傑作長篇 内容紹介より
占領下のドイツを舞台にした、米英ソの勢力が暗躍する物語というと冷血、冷酷でシリアスな謀略小説を想像しがちですが、本書はそこではなくその斜め上を行っている印象を受けました。辛口だけれどブラックなユーモアを醸し出しているのは、国家とか大義とかいう胡散臭いもののためではなく、主人公二人、とくに小人の原動力となっているものが“カネ”に尽きるからなのでしょう。カネのためなら仲間も裏切る悪党なのに憎めないキャラクターが非常に良い味を出していると思います。また、暗殺者の身柄をその家族及び三カ国相手に競りにかける場面は本書をよく表していると思いました。三人称多視点で進むストーリーなので、それぞれの化かし合い、騙し合うもくろみが読み手にすんなり伝わり、場面転換が軽快で、話がスムーズに進展し、わかりにくさを感じませんでした。ロス・トーマスの作品は読みづらいイメージだったので、これは意外でした。
『黄昏にマックの店で』ハヤカワ文庫
テーマ : 推理小説・ミステリー
ジャンル : 本・雑誌
『回想のビュイック8』スティーヴン・キング 新潮文庫
2015-06-05
- Category : ☆☆☆
Tag : スティーヴン・キング
少年は父を亡くした。ペンシルヴェニア州の田舎町で堅実に警官を務めていた父を、突然の悲劇で。悲しみに打ちひしがれた少年に笑顔が戻ったかに見えたその日、父の元同僚たちは信じがたい話を語り始める。署の外には決して漏らせぬ秘密、倉庫に眠る謎の車ビュイック8(エイト)の存在と、息子の知らぬ父の意外な過去を……。練達の語り手キングが冒頭から引きずり込む、絶妙の開幕。 上巻内容紹介より
1979年の夏、ペンシルヴェニア州のガソリンスタンドに現れた1950年代型のビュイック。運転していた男が忽然と姿を消したために、車は田舎町の州警察分署に保管されることになった。
物語は、それ以来20年に渡ってビュイックにまつわる怪現象を町で起きた事件や出来事とを、そして場面も過去と現在を織り交えて進みます。そもそもこのビュイックは何なのか、異次元、異界、魔界、あるいは並行世界とを繋ぐ存在なのでしょうが、はっきりとした正体は明らかにされません。それではなぜ敢えてビュイック(の形状)なのかと考えてみると、これはおそらく作者の世代が持つ1950年代への郷愁のような気がします。意表をつく怪物的なデザインと大排気量をそなえた当時のアメリカ車は、彼らにとってアメリカの黄金期、力と富を象徴するものなのでしょうから。そして皮肉にも、本文中に警官が所有しているトヨタ車が駐車場に停まっている場面があります。話は怪奇現象一辺倒ではなく、それとともに、予想もつかないあるいは不確かな運命とか人生の流転とかも描き出そうとしているようです。娯楽的要素の強いSFホラーではないことで、車への定点観測、エピソードの羅列になり、物語が単調になってしまったように個人的に感じました。
ユーザータグ:スティーヴン・キング