『冬のさなかに』アビイ・ペン・ベイカー 創元推理文庫
2016-01-29
- Category : ☆☆☆
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一九一八年、ニューイングランド。一発の銃声とともに踏みこまれた下宿の一部屋で、殺され剥製にされた大家の死体が発見される。流言飛語が飛びかう中、スミス女子大学で論理学を講ずるマール・アドラー・ノートンと教え子フェイが見いだした二重三重のからくりとは。シャーロック・ホームズ譚の劈頭「ボヘミアの醜聞」に登場し、不朽の名探偵をして“あのひと”と呼ばしめた女傑アイリーネ・アドラー―同時代に生まれあわせたこの二人の天才を両親にもつ宿命の女性マールが遭遇した怪異な事件の顛末。謎解きの醍醐味を満喫させる本格長篇! 内容紹介より
サブタイトルは「ホームズ2世最初の事件」。
あちこちに剥製が飾られている家のなかで、剥製にされた大家(妙齢の婦人)の死体が発見される
、という猟奇的な事件に挑むのがホームズの娘マール(ホームズ自身は娘の存在を知らないという設定)と女子大生フェイのふたり。彼女たちはニューイングランドの北にあるブラトルバラという町に事件を解く鍵があるとみて、被害者が所属していた地元の劇団のメンバーに近づく。そして、複数の容疑者と入り組んだ彼らの人間関係が浮かび上がってくるというもの。たくさんの動物の剥製、事件現場での銃声、被害者の特注した一回り大きいサイズの靴、残された複数の脅迫状、異国から来た二人組などなどの謎の数々、非常にホームズものを感じさせる雰囲気作り、それにともなう伏線配置と回収はなかなかです。ただ、小道具はこまめに取り揃えているのですが、全体を見るとスケールが小さくて物足りない気もしました。人間の剥製というショッキングな出来事を超えるくらいのどんでん返しがなかった点が本書の弱いところだと思います。
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テーマ : 推理小説・ミステリー
ジャンル : 本・雑誌
『凍土の牙』ロビン・ホワイト 文春文庫
2016-01-25
- Category : ☆☆☆
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シベリアの僻地で殺人が発生。人員不足から捜査を命じられた市長ノーヴィクが事件を探り始めた矢先、娘が失踪した。事件の謎は凍土の彼方に隠されている。彼は決意した―娘と町は私が守る、戦ってやろうじゃないか。市長は収容所帰りの相棒とともに厳寒の地に赴く。心優しき男の意地を描き、冒険小説ファンの渇を癒す痛快作。 内容紹介より
解説の茶木則雄氏が本書を『ゴーリキー・パーク』(マーティン・クルーズ・スミス)と『もっとも危険なゲーム』(ギャビン・ライアル)に喩えているように、おおよそ400ページ過ぎまでは腐敗した権力とアメリカの企業、それに結びついた犯罪組織が利権を貪ろうとする状況下、殺人事件の捜査をきっかけに元地質学者であり元バイオリニストで理想家肌の市長がそれらの勢力と対立してゆく地味めな話が続き、その後にシベリアトラが棲息する森林を舞台した冒険小説へと移ります。主人公の娘の失踪と監禁といったサスペンスやトラの保護活動をしている女性研究者とのロマンスなどがあるとはいえ、やはり前半部分の長さ、若干のもたもた感が気になりました。市長の運転手や貨物空輸会社のオーナー兼パイロット、またサイコパス傾向のヘリコプターパイロットなどの個性的な登場人物にインテリで芸術家の主人公の造形がやや埋没気味に感じました。力作なのにそこが惜しい。
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テーマ : 推理小説・ミステリー
ジャンル : 本・雑誌
『雪 殺人事件』スジャータ・マッシー 講談社文庫
2016-01-20
- Category : ☆☆
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日系アメリカ人のレイ・シムラは東京で働く英語教師。正月休みの旅先で、同宿のサラリーマンの妻が殺された。誤認逮捕された弁護士と共に犯人を追うレイに魔の手が迫り、第二の殺人が。事件はハイテク・スパイ戦のもつれか、それとも不幸な家庭関係の果てか。日本を舞台にした本格ミステリー、鮮烈デビュー作。 内容紹介より
「ボルチモア・サン」紙の記者を経て、夫とともに来日し、英語教師をしていたこともある著者のシリーズ第一作目です。二作目の『月 殺人事件』以降は翻訳が止まっています。ミステリとしてデビュー作らしくストーリー進行がぎくしゃくして拙い印象を受けたし、なかでも訳出の問題なのか会話部分がこなれていない気がしました。それから著者がいつごろ来日していたのか分かりませんが、描かれている日本の様子が昭和風で古めかしく、異国情緒を強調するために社会や風俗を誇張しているのでしょうけれど、取り上げられている文化や習慣も時々首をかしげるような箇所が見られました。造形が今ひとつで人物だけがわらわらと登場し、取ってつけたようなサスペンスシーン、プロットが整理しきれていないミステリの部分を考慮すると、本書のアガサ賞新人賞受賞は異国趣味というバイアスが選考委員に多大にかかっていたのではないかと勘ぐりたくなります。
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テーマ : 推理小説・ミステリー
ジャンル : 本・雑誌
『フランキー・マシーンの冬』ドン・ウィンズロウ 角川文庫
2016-01-16
フランク・マシアーノはマフィアの世界から足を洗ったつもりだった。地元サンディエゴで釣り餌店をはじめ複数のビジネスを営むかたわら、元妻と娘、恋人の間を忙しく立ち回り、“紳士の時間”にはサーフィンを楽しむ62歳の元殺し屋。だが“餌店のフランク”としての彼の平和の日々は、冬のある一日に突然終わりを告げる。過去の何者かが、かつて“フランキー・マシーン”と呼ばれた凄腕の存在を消し去ろうとしていた―。 内容紹介より
ある日突然、命を狙われ始めた主人公は誰が何のために自分を殺そうとしているのかを調べ始める。それとともにマフィアに関わり始めた若い頃から、組織の一員となって次々に殺しに手を染めるようになるまでの事件や出来事を追想していく。犯罪小説でありながら、人生の絶頂期に命を失わなかった悲哀が表されているように感じました。「あの頃は良かった」と登場人物たちが言うように生き残った者の虚しさといった感情とバイオレンス・アクションの場面が好対照をなしています。そして、かつて獲物を狩る側だった立場が狩られる身に置かれた際の無力感を作者は手馴れた筆致で描いてみせます。今回の主人公が62歳であることもあり、ウィンズロウの創りだす主人公の特有の青臭さはほとんど感じられませんでした。非常に面白い作品なのですけれど、上手くまとまりすぎてストーリーに意外性がなく、『カリフォルニアの炎』みたいに主人公の立ち位置が見事に転換してしまう仕掛けも見られず、そんなところはちょっと残念でした。
ユーザータグ:ドン・ウィンズロウ
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テーマ : 推理小説・ミステリー
ジャンル : 本・雑誌
『友と別れた冬』ジョージ・P・ペレケーノス ハヤカワ文庫HM
2016-01-09
- Category : ☆☆☆☆
Tag : ジョージ・P・ペレケーノス
家出した妻の居所を探りだしてくれ。十五年ぶりに現れた旧友のビリーが、ニックに調査の依頼を持ちこんだ。彼はビリーの妻に複数の浮気相手がいた事実を突きとめ、その一人と会った。が、彼女が立ち寄った形跡はなく、しかも男から二十万ドルを持ち逃げしていたことも判明した。ニックは彼女の行方を追うが、その直前、友人の記者が何者かに殺されるという事件が……二人の友のため、探偵ニックが捨て身の闘いを挑む! 内容紹介より
『硝煙に消える』に続く〈探偵ニック・ステファノス〉シリーズの第二作目。
第一作目では二十代への憧憬と愛惜の念が強く描かれていましたが、今回は十代後半の友情と郷愁がテーマになり、三人の友が主人公の元を去ります。特に当時旧友ビリーと行った車での旅の様子はロードノベル風にかなり長く語られる(原題はNick`s Trip)とともに、そのシーンが今回失踪した友人の妻を捜す旅にオーバーラップしています。また、輝かしい十代の時を過ごしたワシントンDCという街の悪い意味での変化に言及し、それを自分自身の友情の変化にも重ねあわせてみせています。そして、友人だった殺された記者の事件を調べていく過程においても、街の変容ぶりがさらに強調されているのです。こういうテーマの分かりやすさはペレケーノスの特徴だと思います。
それから主人公は閑古鳥が鳴く探偵業のかたわらバーテンダーもやっているのですけれど、その店の従業員や常連たちの人物像や彼らとのやり取りがとても味があり、ストーリーの良いアクセントになっています。一方、ミステリ部分は結構普通の印象でした。
ユーザータグ:ジョージ・P・ペレケーノス
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テーマ : 推理小説・ミステリー
ジャンル : 本・雑誌
『われらが英雄スクラッフィ』ポール・ギャリコ 創元推理文庫
2016-01-06
- Category : ☆☆☆☆
Tag :
第二次大戦下の英領ジブラルタル。この地には、古くから奇妙な言い伝えがあった―サルがいなくなったとき、英国軍もいなくなる、と。その言い伝えのゆえにか、担当士官としてサルの世話に明け暮れるティモシー・ベイリー大尉と、部下のラブジョイ。ふたりが手を焼くのは、群でいちばんの暴れもの、スクラッフィ。彼の乱暴狼藉に頭を痛めながらも、サルたちを愛し軍務に励むふたりだが、ティモシーは左遷され、サルたちは激減する。さらに敵国ドイツの協力者が、言い伝えを戦況に利用しようと画策。英国軍の命運を担うのは、もはやスクラッフィ一匹だけ?史実に想を得て、ギャリコが物語るユーモア冒険小説の傑作、本邦初訳。 内容紹介より
「この地からサルがいなくなったとき、英国人もいなくなる」、という実際にある古くからの言い伝えが残る英領ジブラルタル。その野生のサルたちの世話をするのが英国陸軍砲兵隊サル担当士官の大尉とその部下。しかし、ある事件が起き大尉は更迭され、さらに第二次大戦が始り物資不足と環境の悪化によってサルたちが激減してしまう。言い伝えを利用してフランコ独裁下のスペインに参戦させようと画策するドイツ。そんな状況の中、サルの保護と個体数の増加を図るよう、チャーチル首相直々の命令がくだされる。そしてサルたちの繁殖作戦が始まる、というわけです。ドタバタあり、ロマンスあり、涙ありの人間たちの様子と豊崎由美氏の解説にある「擬人化を避けている」サルたちの姿が非常に対照的であり、それ故に人間たちの自分勝手な目論みに翻弄されるサルたちの悲哀が明白に浮かび上がっています。そこのところがこの作品を単なるユーモア小説だけにしていないし、作者の狙いでありその力量のなせる技なのでしょう。笑わせながら心に訴えかけてくるものがある名作だと思います。
遅くなりましたが、あけましておめでとうございます。本年も南国の楽園ブログをよろしくお願い致します。皆さまにとって良い一年でありますように。
『ハリスおばさんニューヨークへ行く』講談社文庫
『幽霊が多すぎる』創元推理文庫
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テーマ : 推理小説・ミステリー
ジャンル : 本・雑誌